タイムマシンと言って、別にウエルズの小説の話題じゃない。
 だがウエルズの昔から、あるいは時間旅行という意味では、マーク・トウェインという先達がいるが、不可能でありながら尽きせぬ魅力あるテーマである。
 そもそも時間という概念はアインシュタインによって、縮んだり伸びたりすることが解ってから(それともローレンツか?)、大きく概念が変わった。人によって進み方が違うことが証明されたからだ。が、そもそもこの時点でよく分からない。
 ウラシマ効果と呼ばれる現象は、まさにこの光速度に近い運動をする物体では、その外よりも時間がゆっくり進む。光速度に達した段階で進み方はゼロになるわけだが、このことを浦島太郎に模した表現だ。つまり、光の速度に近いスピードで宇宙を旅して帰ってくると、宇宙船では大して時間が過ぎていないが、地球では何十年も何百年も経ってしまっているというやつだ。
 ある意味未来への時間旅行の訳だ。
 だがこの時間旅行の概念は、ちょっと違う。
 例えばウエルズの時間旅行であれば、時間をあたかも道路のように行き来すること、途中下車をすれば、そこには未来や過去の自分がいる可能性があるのだ。
 前出のウラシマ効果は、時間の進み方は違うかも知れないが、実は宇宙船も地球も同じ時空にいる。常にいるのだ。ドラゴンボールに出てくる「精神と時の部屋」のようなもので、それぞれに別の次元が存在するように、同じ時空の中に二つの時間があるようなものだ。
 実際にこの時間の遅延現象は、超高速で飛ぶ飛行機と地上の間で時間のすすみに差が出るという現象で証明されているらしい。あるいは、若々しくいる秘訣は、年中旅客機で旅行をすることかも知れない。新幹線だって、ちりも積もればで、少しは違うはずだ。いや、新幹線は地面を走ってるからそうじゃないのかな?その辺り、よく分からない。
 さてこの時間旅行というのは、できないからこそしてみたい。自分が若返ったりするのとは別に、過去や未来を体験してみたいというのはそういうことに思いを馳せれば誰にでも共通の願望となろう。
 ジュラ紀や白亜紀に戻って恐竜を見てみたいとか、キリストの最期を見てみたいとか、戦国時代の真実を探ってみたいとかいう、過去への憧憬とともに、この先人類がどうなっていくのかという興味も、時間旅行が可能であれば多くの人が持つだろう。
 よく言われるパラドックスというやつは、例えば、「ターミネーター」などで、未来の自分が、過去の自分を守るために送り込んだ男が自分の父親だったなどという、問題を確実に惹起する。
 人は意志と科学が何かを成し遂げることを本質的に信じている。
 しかし、人が空を飛びたいという願望を飛行機で叶えたようには、時間旅行は行かない。空を飛ぶのは、鳥や虫が既に飛んでいるという実例があるが、未だかつて時間旅行をした何物かというのは見つかっていないからだ。
 それでもパラドックスや物理的な不可能性を超えて、まじめに研究している人たちもいる。時の彼方への旅は、宇宙の果てへの旅と同じく、人類がその歴史の中で実現できそうにないことだし、少なくとも私が生きている間での実現は100%無理と断言できるわけだが、そういうものに向かって何かをほとばしらせることが無くなったら、人類はおしまいなのかも知れない。
 軍備の拡張にたくさんのお金を使うよりも、無駄と解っていても、こういうことにたくさんのお金を使う世の中が早く来ることを願ってやまない。
 

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