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	<title>王様の宮殿</title>
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	<description>由比敬介による好きな音楽限定のブログ。</description>
	<pubDate>Mon, 01 Dec 2008 15:38:44 +0900</pubDate>
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		<title>ELO</title>
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		<pubDate>Thu, 10 Feb 2005 17:10:16 +0900</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[プログレッシブロック]]></category>

		<category><![CDATA[ロック]]></category>

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		<description><![CDATA[　ELOといったってエロじゃない。Electric Light Orchestraの略だ。
最初に私がELOに出会ったのは中学生の頃、テレビであった。ソウル・トレインと同じくらいの時間帯にやっていたアメリカの音楽番組で、「ラレドの嵐」 を聞いたのが初めてだった。同じ時に、ビージーズの「ブロードウエイの夜」をやっていて、なぜかこの2曲がすごく好きになった。
ELOはジェフ・リンというリーダーが率いるロック・グループだが、エレクトリック・ヴァイオリンやチェロといった、弦楽器を演奏するメンバーがいて、クラシカルな編曲を得意とするバンドだった。曲もほとんどジェフが書いていると思う。
彼は元々moveというバンドにいて、それがELOの母体となっているはずだ。
私が最初に聞いた「ラレドの荒し（Laredo Tornado）」は5枚目のアルバム「エルドラド（El Dorado）」に入っている曲だが、彼らが有名になったのは、最初はチャック・ベリーのカバー「ロール・オーバー・ベートーヴェン（ROLL Over Beethoven）」だと思う。その後は「A New World Record」「Out of the Blue」「Discovery」そして何より、オリビア・ニュートン=ジョンとの「ザナドゥ（Xanadu）」で売れたと思う。この3枚のアルバムはミ リオン・セラー級だったはずだ。
非常にポップで、私としては珍しい。多分ストリングスセクションのアレンジなどが好きだったのだろう。
どちらかというと私は初期の頃の方が好きで、ELOの音楽はよくビートルズ風とか言われるのだが、私にはよく分からない。ジェフがビートルズ・マニアな のはよく知られた話だが、であれば、そういう側面はあるかも知れない。だが、私はビートルズをほとんど聴かないので、よく分からない。・・・・「ロール・ オーバー・ベートーヴェン」も、ジョン・レノンが歌っているはずだが。
実は、売れてからのELOは余りよく知らない。「Face The Music」だったかな？その辺りまでが聴いていた最後だ。「Evil Woman」なんていう曲は代表曲だと思うが、日本タイトルのクレジットが、昔は「悪い女」とか、よく覚えていないが日本語で付いていたようなかすかな記 憶はあるが、その後は「エビル・ウーマン」だった。聴いていれば、「イーヴル・ウーマン」と発音しているのだから、いいかげんなものだ。
だが、この曲は好きだ。私は、これぞELOだと思っている。アルバムとしては「エルドラド」がコンセプト・アルバムとしてもまとまりがあっていいが。
実はCDになってから、最初の2枚のアルバムは持っていない。今度輸入盤やさんでも探してみようかな。
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		<title>Godiego</title>
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		<pubDate>Thu, 23 Dec 2004 16:56:04 +0900</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日本のロック]]></category>

		<category><![CDATA[ロック]]></category>

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		<description><![CDATA[ Godiegoは、日本のロックグループだ。ゴダイゴといった方が通りはいい。「モンキーマジック」や「ガンダーラ」「銀河鉄道999」や、様々なCMソングで有名だ。といっても、70年代から80年代に活躍したので、今では昔の話だ。
タケカワユキヒデは、その後、ソロでも多少テレビに出たりしていた。奈良橋陽子さんという方が多く作詞を担当していたと記憶している。なぜ作詞家の話を 書くかと言えば、私にとってゴダイゴは、セカンドアルバムに始まって、セカンドアルバムで終わっているからで、それは確かに、「ガンダーラ」は好きだが、 他の曲はほとんどどうでもいい。

この「DEAD END」というアルバムがすべてで、しかもむちゃくちゃ好きなアルバムだからだ。「袋小路」というこのアルバムは全曲が英語詩である。
メンバーはミッキー・吉野、タケカワユキヒデ、トミー・シュナイダー、スティーヴ・フォックス、浅野孝己の５人だが、外国人（少なくとも名前は）が二人 いるし、タケカワユキヒデは外語大出だし、まあ、英語詩のアルバムを出す要素は揃っている。ミッキー・吉野は元ゴールデン・カップスだから「長い髪の少 女」とかをやっていたことになる。それよりゴールデン・カップスは「巨人の星」で、星飛雄馬（このひゅうまを一発で変換する最近の日本語変換はすごい）の 最初のガールフレンドオーロラ３人娘が歌っていた「クールな恋」の原曲を歌っているのだ。「あいらびゅ、あいらびゅ、ふぉればもー」というやつだ。　さて、そんな「DEAD END」だが、アルバム全体がいいが、特にアルバムタイトルにもなっている「Dead End～Love Frowers Prophecy」という曲と、「The Last Hour」という曲が好きだ。「Mikuni」は静かなバラードだが、「Dead End」は曲全体が面白い構成をしていて、特徴的な小気味いいピアノのリフで始まり、第１主題を２回繰り返し、第２主題と展開部へ進んだ後、そこから引き 返して、第２主題、第１主題と進む。そして第１主題の繰り返しで終わるのだ。つまり曲全体が「袋小路」なのだ。そして最後のリフレインは、少しずつ転調し て音を高くしていく。
この曲を最初に知ったのはいつだったか忘れたが、確かテレビでライブを観たのだった。「新創世記」というファーストアルバムからの曲と、「Dead End」を演奏したのを覚えている。すぐにレコードを買った。それ以来、この「Dead End」は、何回聴いただろう。ほとんど飽きたことがない。歌えと言われたらきっと歌えるだろう。歌詞を覚えている。残念ながらカラオケ屋にあった試しが ないが。
タケカワユキヒデの歌はどこか空気が抜けていて迫力はないが、とてもユニークで、彼にしか歌えない歌を歌う。以前にテレビで昔の歌手が最近のヒット曲を 歌う番組があり、たまにそれに出ていたが、人の歌を歌うとあまり上手く聞こえなかった。メリハリやアタックがないのですべての音楽が流れてしまう。
しかしこのアルバムではそんなタケカワの歌唱はほとんどプラスに働いていて、非常に良く仕上がっている。
ゴダイゴがなぜゴダイゴなのか由来は知らないが（あるいは後醍醐か？）、英語に直す時にGodiegoとした覇気はこれ以降のアルバムには、少なくとも 私は感じない。Go-Die-Goというグループ名とDead Endというアルバムタイトルはまさに私の感性にしっくり来る響きだったし、それに負けない内容であった。
もともと「僕のサラダガール」というCMタイアップでデビューした彼らだから、むしろこのアルバムは彼らの本質を外れた物だったのかも知れない。
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		<title>Intermezzo</title>
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		<pubDate>Thu, 13 Jan 2005 16:59:56 +0900</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[オペラ]]></category>

		<category><![CDATA[クラシック]]></category>

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		<description><![CDATA[　先日、Intermezzoというダーバンのブランドのマフラーを頂いた。多謝。
さてこのIntermezzo、普通に読めばインテルメッツォだが、ダーバンはインターメッツォなのだ。これがイタリア語なら、多分インテルメッツォが 正しいが、言語というのは意外にこれをインターメッツォと読んでいる国なり地方なりがあるのかも知れない。単純に間違いと決めつけるわけにはいかない。
例えばAeroという接頭辞は、「エアロ」だが、Aeroflotは「アエロフロート」だ。でも、Aerosmithはアエロスミスではない。エアロス ミスだ。元々このAeroはAir（空気）のことだから、「えあーろ」とうことだと思うが、アエロフロートはロシアの航空会社だからなのか、それにしたっ てAeroの部分は飛行機を表す英語だから、どうもよく分からない。
さて、同様に、Intermezzoも、インテルメッツォとAtokで打って変換すると、Intermezzoと表示されるのだが、インターメッツォと打っても、実は同じ単語が出る。
そもそもこの言葉は、「間奏曲」を表すイタリア語のはずなので、本来は「インテルメッツォ」のはずだ。音楽用語は、イタリア語やドイツ語がほとんどなので、これはインテルメッツォであると疑っていなかったのだが、これは微妙な聞き取りの違いとしては、表記が大幅に違う。
実は辞書によると「インテルメッゾ」と書いてあるものもある。いっそのこと、「インターメッゾ」とでも書いてくれれば、明らかに英語読みの誤表記では、 と思えるのだが、そもそもイタリア語の素養どころか、英語の素養もあまり無いので、どうもただ釈然としない気持ちだけがしこっている。
閑話休題。
間奏曲と言えば、忘れられないのがカラヤン指揮によるレコードだ。この「うちでのこづち」で、マスネの「シンデレラ」というオペラについて書いた時にちょっと触れた。
この中でカラヤンは、必ずしも全て著名ではないけれど、間奏曲が単体で聴いて楽しめるものを10曲前後収録していた。CDになって曲数が増えていたが、ものによって何でこれを追加？みたいなヴァージョンもあった。
カラヤンは死後、「アダージョ」というアルバムをグラモフォンが発売してベストセラーになった。私自身は聴いていないが、「アルビノー二のアダージョ」とか、言ってみれば静かなクラシックの寄せ集め。そしてこの原点が多分、この間奏曲集だ。
「椿姫の第三幕の間奏曲」「カヴァレリアルスティカーナの間奏曲」「道化師の間奏曲」「友人フリッツの間奏曲」「マスネのタイスの瞑想曲」「修道女アンジェリカの間奏曲」くらいまでは覚えているが、後何が入っていたか思い出せない。
これらはどれも静かで美しい、言い方を変えると、いい睡眠薬の音楽だ。
基本的にはそれに続く楽章のテーマになるようなメロディーが使われている。
インテルメッツォとはそもそも、オペラ・セリア（シリアスなオペラって事だ）の幕間に関係ない喜劇を入れるという、それだけ考えると意味が分からない仕組みの、その喜劇のことだ。ペルゴレージの「奥様女中」が有名だ。・・・あのCDはどこへ行ったの・・・
それが、幕と幕を繋ぐ間や、場と場を繋ぐ間、あるいは、オペラとは関係なくても、何かの間に挿入される曲などが、いつの間にか間奏曲になった。日本語で 間奏曲と書けば、非常に意味はよく分かる。mezzoとは、メゾフォルテとかメゾソプラノでも解るように、中くらいとか、真ん中のという意味のようだ。 interも多分英語的にはそんな感じだ（インテル入ってるっていうのもきっとそんなところだろう。英語ではIntel Insideだが、これをインテル入ってるに言い換えた人は頭がいい。・・・余談だ）。だから、インテルメッツォは、中の音楽というような意味なのだろ う。
さてこのカラヤンのアルバムを聴いてみると、たとえオペラが総合芸術であっても、十分抜粋で楽しめるというのが私の意見だった。例えば、レコード やCD でオペラを聴く場合、１枚とか１面だけとかいう聴き方を普通にできるから。歌唱もイタリア語だったり、たまにドイツ語やフランス語、ロシア語だったりする わけだが、そもそも何を歌っているか解らないので、筋は追わない。
ところが、なかなかオペラを見にいく機会がなかったのだが（オーケストラコンサートばかりで）、ここ数年、たまにオペラを見るようになると、ああ、CD では見えていなかったものが（言葉の意味としては当然だが）あったのだ！という思いに、これまでオペラを見なかったことを後悔した。
オペラ公演の唯一の欠点は、休憩時間が長いことだが、これは歌手のことを考えればやむを得ない。これのせいで、2時間のオペラは3時間以上になるし、た いがい6時は過ぎて始まるので、9時過ぎまで食事はできない。これは日本の劇場では当然だ。海外のホールを知らないが、さすがに映画館のように座席で何か を食べられるとは思えない。せいぜい、幕間のサンドイッチとコーヒー程度だ。
しかし最近は、字幕もしっかり出るから、内容も追いやすいし、極めて快適だ。
もちろん、それでカラヤンの間奏曲集の価値が下がったわけではないが、オペラは再発見だったのだ。
さてそのカラヤンの間奏曲集で思うのは、60年代から80年代にかけて、カラヤンが帝王として君臨していたクラシック界だが（CDの収録の長さにまで影 響を及ぼすのだからたいしたものだ）、カラヤンという指揮者は、実にこういう種類の、いわばエンターテインメントとしてのクラシックの扱いが上手いと思 う。多分、R.シュトラウスも走だったのではないかな？と思わせるほど、カラヤンのR.シュトラウス作品もいい。美しく聴かせるすべをわきまえている。ベ ルリン・フィルというのもミソかも知れない。
とにかく間奏曲、Intermezzo、侮るなかれ、ということで。
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		<title>JAZZ</title>
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		<pubDate>Mon, 28 Mar 2005 17:13:50 +0900</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[ジャズ]]></category>

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		<description><![CDATA[　JAZZに関しては、私はあまり強くない。一時期そこそこ聴いていたが、JAZZファンから言わせれば、きっとききかじり程度のことだろう。
一番古いJazzアーティストとしての認識は、JAZZじゃないと言われるかも知れないが、アル・ディ・メオラだった。多分学生時代のことだ。自 分でもジェフ・ベックの流れという感じだし、当時で言えばクロスオーバー、今でいうフュージョンというのがしっくり来る内容だ。ディ・メオラは今でも好き だし、当時のやたら速いフレーズばかりでなく、それ以降の落ち着いたのも好きだ。
モダン・ジャズを聴き始めたのは20代の半ば、レコード店に勤めていた折、当時の店長からいろいろ教わった。今でも聴くのはソニー・ロリンズ、ジャッ キー・マクレーン、マット・デニス等、当時聴いていたアーティストが多い。その中で、これもその店長から教わったのだが、アルフィーという映画のテーマを ソニー・ロリンズが演奏していたものと、コールマン・ホーキンスの「ジェリコの戦い」という曲、そして、マット・デニスの「エンジェル・アイズ」は今でも よく聴いている。どちらかというと、かなり演歌的というか、「クール・ストラッティン」や「クレオパトラの夢」なんかもそうだが、べたべたな感じかも知れ ない。
「ジェリコの戦い」は元々黒人霊歌だが、最初に聴いたのはバーバラ・ヘンドリックスというソプラノの名歌手が出した『黒人霊歌集」というアルバムだった。 この曲が好きで、コールマン・ホーキンスという名前も知らなかったがCDを買った。そしたらけっこう良かった。この２つの演奏は大分違うし、そもそもメロ ディー自体が微妙に違う。それでも同じ曲だし、どちらにも魅力を感じる。
クラシックで、メロディーが違うが同じ曲というのは余り無いだろうが、ジャズでは元々インプロヴィゼーションがその根底にあるので、即興というよ り、リアルタイム変奏みたいな表現で言い表せるような味が、ジャズらしさのように感じる。８ビートとか４ビートとかというリズムやテンポよりも、その即興 性と、自由さがJAZZの真骨頂のような気がする。
実はキース・ジャレットとかをあまり聞かない。自分の音楽的指向だと、聴けば好きになりそうな気がするのだが、なぜかほとんど聴いたことがない。最近少し、コルトレーンとか、マイルスとかにも食指が動くようになってきた。ようやくだが。
音楽というのは奥深く、クラシックだけ聴いていても、相当時間がないと『聴いた』という感覚まで持っていくのは難しい。増してたジャンルに渡ると、非常に表面的にならざるを得ない。
ただ、まあ、それも音楽の持つ良さの一つではあるのだ。そう思いながら今、小野リサを聴いていたりして。
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		<title>Made in Europe / Deep Purple</title>
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		<pubDate>Thu, 29 Nov 2007 17:26:25 +0900</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[ハードロック]]></category>

		<category><![CDATA[ロック]]></category>

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		<description><![CDATA[

&#8220;Made in Europe&#8221;は恐らく、僕が最も好きなDeep Purpleのアルバムだ。 　最初にパープルを聴いたのは、たぶん解散直前くらいの時だったと思う。それまでは日本の歌謡曲やフォークばかり聴いていた僕にとって、パープルは騒音以上の何物でもなかった。今では想像できないが、本当にうるさかった。 　確か当時、世界で最もうるさいバンドとか言われていたはずだ。そういう意味では、ぼくの印象はあながち間違っていなかったことになる。　そんなぼくがハード・ロックを聴くきっかけはRainbowのセカンドアルバムだったが、当然そこから遡って、ディープパープルも聴くようになっ たし、Zepやらグランドファンクやら、当時のハード・ロック、へヴィ・ロックをそしてプログレッシブ・ロックを端から聴き倒した。
このメイド・イン・ヨーロッパもその中の1枚だが、このアルバムは、デヴィッド・カヴァーデルを再認識させるアルバムだったし、後のホワイトスネイクを聴く大きなきっかけだった。
1. Burn
2. Mistreated [Interpolating Rock Me Baby]
3. Lady Double Dealer
4. You Fool No One
5. Stormbringer
レコードのA面3曲／B面2曲と、わずか5曲しか入っていないアルバムだったが、捨て曲はなかった。
第3期といわれる布陣になってからのアルバム2枚からの選曲で、当時も実は&#8221;Smoke on the Water&#8221;や&#8221;Highwaystar&#8221;なども演奏されていたが、ここには入っていない。そしてそれが正解だ。デヴィッドとグレン・ヒューズの2期の曲 は、あまり出来がいいとは思えない。この時期の他のアルバムを聴くと、それがよく分かる。
パープルのヴォーカリストとしては、デヴィッド、ロッド・エヴァンス、イアン・ギランとうい個人的な序列なのだが（グレンは入っていません）、イ アンのヴォーカリストとしての才能は認めるにやぶさかではない。当時のイアンとデヴィッドの歌唱力の差は歴然で、しかもイアンの歌詞はデヴィッドには合わ ない。
曲は基本的にリッチー・ブラックモアが作っているのだろうが、Burn以降の曲は、基本的にそれ以前と違う。
その「Burn」で幕を開けるこのヨーロッパでのライブは、まことに素敵だ。
Mistreatedも全パープル及びホワイトスネイク、レインボー、ディオ、あらゆるヴァージョンの中で最高の出来だ。ここでのデヴィッドは歌唱力などを超越してセクシーで魅力的な歌を歌っている。
リッチーもきっと、これからレインボーという新天地でがんばるぞという意気込みでもあるのか、熱が入っている。
パープルの代表曲というと、「Highwaystar」「Smoke on the Water」「Speedking」「Black Night」「Woman from Tokyo」など、2期の曲がほとんどで、1期では「Hash」3期では「Burn」4期はない。と、とても偏っているわけだ。
仕方がないとは思うが「Mistreated」は名曲だと思うのだな。出来に比べて評価が低い。
このmIstreatというタンゴを知ったのはこのときが初めてだし、その後、別の文脈でも見たことがない。
辞書で引くと虐待とか酷使と載っているのだが、こんな単語は日本語環境で暮らしていては、英語の単語としてお目にかかれなくても不思議ではない。
I&#8217;ven mistreated～と始まるこの曲は、つまり「俺は虐待された～」という歌い出しだ。続けてI&#8217;ven abused～I&#8217;ven struck downherated　babe～I&#8217;ven confusedと続くのだが、結局女に逃げられて落ち込んでるという歌なのだ。
デヴィッドの歌詞はこの手が多い。相当打ちのめされているのだな、という感じだ。ルチアの狂乱もこれでは敵うまい。
そしてLady Double Dealer（邦題はなぜか「嵐の女」）これもMistreatedと同工異曲かな。内容は。
You Fool No oneは18分にも及ぶ。この前奏で、ジョン・ロードが弾く「Hava Nagila」というユダヤ民謡が好きで、CDまで買った。
そしてラストがStormbringer（邦題は「嵐の使者」・・・こちらは解る）
個人的にはライブ・インジャパン（外国ではMade in Japan）よりもこちらの方がはるかに好きだ。
このアルバムは、リッチー・ブラックモアが抜けるという、危機的状況を前にしながら、当時のパープルの音楽がいかにクオリティの高いものだったかを証明しているように思える。
1970年というのはビートルズが解散した年だが、その70年代は、へヴィでハードなロックが席巻した。
その70年代のほぼ真ん中に発表されたこのアルバムは、少なくとも僕にとって、70年代を象徴するアルバムの1枚なのだ。
ビートルズではぼくを洋楽に引き込むことは叶わなかった。レインボーとそれにるいするバンドたちが、未だに愛しい。
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		<title>R.シュトラウスの音楽</title>
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		<pubDate>Wed, 29 Sep 2004 16:16:39 +0900</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[作曲家]]></category>

		<category><![CDATA[クラシック]]></category>

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		<description><![CDATA[　先日、音楽著作権協会のホームページを見たところ、R.シュトラウスの作品が、特別の記事になっていた。ちゃんと読まなかったが、戦争を挟んでいた関係でいまだに著作権があると遺族が主張していたようで、しかし既に裁判でないということが決まったというような話だった。
R.シュトラウスという人は1964年生まれだから、既に生誕140年になるが、無くなったのが確か戦後1949年頃だったと思うので（調べろって か？）、まだ55年くらいしか経っていない。差し引きすると85才くらいまで生きたことになる。ヒトラーの元でも働いていたようなので世渡りはうまそうで ある。
ハードロックの項でも書いたが、私が初めて買ったクラシックのレコードの一つが「ツァラトゥストラはかく語りき」というシュトラウスの交響詩だった。「2001年宇宙の旅」ばかりでなく、CMやテレビの効果音としても有名な導入部を持つ美しい曲である。
シュトラウスは大きく分けると、若い頃に交響詩ばっかり書き、中年以降オペラを書き、晩年に少しだけ何かを書いたという印象のある、作曲家で指揮者である。オペラは、ワーグナー以降のドイツの最大の作曲家である。ワーグナーのように「楽劇」と呼ばれる作品も書いている。
私は最初に買った曲ではあるが、所詮冒頭の管楽器のファンファーレとティンパニの部分が好きで買ったので、そこから後が聴けるようになったのは大分後の ことだった。しかし好きになると、「ドン・ファン」「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯」「英雄の生涯」「アルプス交響曲」と立て続けに聴き、 マーラーの交響曲第6番とカップリングになっていた「メタモルフォーゼン（変容）」で、最も好きな作曲家の一人になっていた。「メタモルフォーゼン」は第 二次世界大戦後の作品だが、切々とした弦楽合奏の中にもシュトラウスらしいコマーシャリズムみたいな親近感を持てるメロディラインが美しい。
ようやく最近、オペラが聴けるようになってきた。「ばらの騎士」の重厚な管弦楽に載せたきらびやかな歌は、ワーグナーでもなかなか聴けない。これを聴くと、なぜマーラーのオペラがないのだろうと残念な思いがする。
「サロメ」は、オペラとしては初期の作品に属するが、幻想的な前奏で始まり、ちょっと無調を感じさせるナラボートの歌は、詩付きの交響詩「ドン・キホーテ」といったイメージもあるが、私が唯一学生時代から聴けたシュトラウスのオペラ（楽劇）だ。
R.シュトラウスの音楽は、それまでのロマン派の音楽とはやはり一線を画すような感じがする。独特の世界観と、空間、そして音の厚み。まさに職人 芸と呼ぶべき音楽で、友人のマーラーにあるようなどろどろした人間臭さはない。「英雄の生涯」などというオペラを書き、その英雄が自分自身だと言うくらい だから、ある意味脳天気だったのかも知れないが、とても安心して聴ける音楽だ（俺だけか？）。
作曲家で誰が一番好きか？と聴かれたらやはりクラシックにのめり込むきっかけを作ったマーラーと答えるだろうが、同時代だからというわけではなく、シュトラウスはやはりはずせない作曲家だ。
最近はあまり交響詩を聴いていない。「家庭交響曲」とか「マクベス」とか、佳曲は他にもたくさんあるので、いずれCDになっているのは制覇したいと思う。
でも今この時点でかかっているのはパット・トラバースなんだよな。
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		<title>URIAH HEEP</title>
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		<pubDate>Thu, 21 Apr 2005 17:14:56 +0900</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[ハードロック]]></category>

		<category><![CDATA[ロック]]></category>

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		<description><![CDATA[　URIAH HEEPは、イギリスのロックバンドだ。ミック・ボックス、デヴィッド・バイロンの在籍したSPICEというバンドにケン・ヘンズレーが加入した後、 ファースト・アルバムを発表する。「VERY &#8216;EAVY, VERY &#8216;UMBLE」がデビューアルバムだ。1970年のことだ。
ヒープはプログレッシブなカラーを持ったハードロックバンドだと思う。それは、ケン・ヘンズレーのオルガンが醸し出す音色にも原因があるし、彼の書く曲にも原因はある。
初期の頃はディープ・パープル的な楽曲も多い。バイロンはロック歌手だが、きちんとしたボイス・トレーニングを受けてたらしく、いい歌を歌う。ただ個人的にはその後のジョン・ロートンの方が好みだが。
ヒープのアルバムで最も有名なのはなんと言っても「対自核（Look at Youraself）」だろう。初期の代表曲、「7月の朝（July Morning）」が入っているからと言うこともある。だが、その前に出したアルバム「ソールズベリー（Salisbury）」のタイトル曲が私は非常に 好きだ。16分に及びホーン・セクションなどが入った意欲的な作品で、こてこてのミック・ボックスのギターソロが聴ける。16分というと、昨今の4分前後 の音楽が当たり前になっている人たちには、なんて長い曲だと思えるかも知れないが、当時はLPの片面に1曲などと言うことも珍しくなかったし、クラシック で言えば、決して長すぎる曲とも言えない。むしろ、メディアに乗せるためにソナタ形式よろしく、時間的にも構成的にも、お行儀いい最近の楽曲の方がなんだ か寂しいような気がする。
以前、カラオケで「私は風」を歌ったことがあるが、この曲は10分近い曲で、ギターソロだけでも数十秒ある。カラオケで歌うとその部分がかなり顰蹙ものだ。こういう世相の中では、16分の楽曲というのはあまり生まれてこないし、あってもメジャーにはなりづらい。
ディープ・パープルがそうであったように、ユーライア・ヒープも大曲主義は徐々に影を薄れさせ、しかもどんどんポップになっていった。73年のライブが 大きな転換点のような気がする。その前の「悪魔と魔法使い（Demons And Wizards）」「魔の饗宴（The Magician&#8217;s Birthday）」の時が、そのジャケットの美しさとともにピークだったと思う。特に前者に入っている「安息の日々（Easy Linin&#8217;）」はヒープの中でも1,2を争う名曲だ。先ほど書いた「ソールズベリー」と比較すると圧倒的に短い、約2分半の曲だ。
ゲイリー・ゼインの感電事故やドラッグによる死などをはさみ、ヴォーカリストデヴィッド・バイロンが抜け、一時期ジョン・ウエットンが加入したりして1976年にジョン・ロートンが加入する。
この人は非常にハードロック向きのヴォーカルで、バイロンの好きな人には恐らく人気はないのではないかと思う。ハイトーンで、非常に伸びやかな声をして いるのだが、ライブなどを聴くと、実はバイロンよりも声域は狭いだろうと思わせる。彼の加入したヒープは「Firefly」「Innocent Victim」「Fallen Angel」という3枚のアルバムを出す。
「Firefly」の中の「哀れみの涙 （Sympathy）」　「Innocent Victim」の中の「幻想（Illusion）」「チョイス（Choices）」は、今でも大好きな曲だ。「Fallen Angel」は全体的に非常にポップで、「ラヴ・オア・ナッシング（Love Or Nothing）」が最も好きだが、微妙に平均値のアルバムという気がする。ファンじゃなければ聴こうと思わないが、意外といいアルバム、みたいな。
この後も着実にアルバムを出し続けるが、1980年に最も多く楽曲を手がけてきたキーボードのケン・ヘンズレーが抜けてしまう。個人的にはヒープ はケンのバンドだと思っていたが、あっけなく脱退してしまう。この時点で、オリジナルメンバーはギターのミック・ボックスだけになってしまうのだが、西暦 が2000年を超えてもアルバムを出し続けてきた。2003年に「ソニック・オリガミ（Sonic Origami」を出して以来は音沙汰がないが、やはりヒープはヒープ、ミック・ボックスだけになっても（ドラマーは、割と初期から参加しているリー・ カースレイクだが）、ヒープの音を響かせてくれている。すごいことだ。
私は、全てのアルバムを持っているわけではないが、20枚くらいは所有している。
私にとってユーライア・ヒープはいぶし銀のハードロックで、めちゃくちゃ輝いているわけではないが、時折じっくり聴きたくなる音楽だ。ピーター・ゴルビーという最近のヴォーカリストはあまり好きではないが、それでも全体としてはいい味を出している。
俺の一番好きなのはユーライア・ヒープだと言うことは今までも、そしてこれからも絶対にないが、新しいアルバムが出れば買い続けるし、旧いアルバムも時折聴く、そういうバンドなのだ。
このサイトがヒープに関しては圧倒的にすごい。ここまでやってくれるとまさに脱帽だ。私の知らないアルバムも（特にライブ）何枚も掲載しているし、ジョン・ロートンのバンドについても載っている。いやいや・・・また無駄な金を・・・・いかんな。
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		<title>いきものがかり</title>
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		<pubDate>Fri, 30 Mar 2007 17:24:31 +0900</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[J-POP]]></category>

		<category><![CDATA[日本の音楽]]></category>

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		<description><![CDATA[　ぼくは音楽に関しては雑食なのだが、最近のポピュラー音楽は、あまり聴かなくなっている。昔のようにCountDownTVなどを見て情報を仕入れることもしなくなった。
クラシックを今でもよく聴ける一つの理由は、新曲が少ないことかも知れないという気にさえなる。新しいCDやDVDが発売になったところで、その多くは既存の音楽を別の誰かが演奏したものだ。曲自体はなじみがある。
今パソコンからはSantanaが流れている「Open Invitation」という曲だ。別に選んだわけではなく、毎度おなじみのランダム再生故の選曲だ。それでもSantanaの音楽は、耳になじんでいるし、これも10年以上前の録音だ。
一つの音楽を1回しか聴かないとすれば、相当数の音楽に触れることは可能だが、そんなことはあり得ない。結局気に入った音楽は繰り返し聞くし、どんなに流行っていようと、どんなに優れていようと、聴きたくない音楽というのはある。
星をめざして／ＮＥＷＳ
蕾（つぼみ）／コブクロ
Ｆｌａｖｏｒ　Ｏｆ　Ｌｉｆｅ／宇多田ヒカル
千の風になって／秋川雅史
Ｃｌｉｍａｘ　Ｊｕｍｐ／ＡＡＡ　ＤＥＮ－Ｏ　ｆｏｒｍ
ＢＵＴ／愛証／倖田來未
ＷＩＮＤＩＮＧ　ＲＯＡＤ／絢香×コブクロ
ＣＨＥ．Ｒ．ＲＹ／ＹＵＩ
Ｌｏｖｅ　ｓｏ　ｓｗｅｅｔ／嵐
ＬＵ　ＬＵ　ＬＵ／ＧＡＭ
上記はオリコンの今週のチャートからコピってきたベストテンだが、さすがに全く知らないということはないが、曲として認識できるのは2～3曲だ。秋川雅史の曲なんて、こんなところにはいるのは信じられない。紅白恐るべしという感じだが。
相変わらず、クラシックとハードロックの比重が高い、進歩のない音楽生活をしているのだが、ちょっと前、何かのＣＭでＳＡＫＵＲＡという歌を聴いた。テレビ画面の下に「いきものがかり」と書いてあった。
これが「生き物係」から来ていることなど知らなかったが、何度かネットで調べようと、テレビでその都度名前を覚えながら、その都度、しばらく忘れていた。・・・・すぐ調べれば問題ないのだが。
そんなことでようやく調べて、ＳＡＫＵＲＡ1曲をダウンロードしたのだが、なぜかこの曲が泣ける。
歌詞自体は今更ぼくなどが感動するような、ノスタルジックではあっても、青春とは縁のない年齢なので、それほど感じることはない。だがなぜか、恥ずかしい話だが、このメロディを聴いていると、じわっと涙が出てくるのだ。
これまであまりこういう経験はない。
ロックのギターで「泣き」なんていうことをよく言ったが、そんなものに入り込んだり、アグネスチャンの「白い靴下は似合わない」で高校時代に切ない思い をしたり、クラシックのいろいろなメロディで感動したりという経験はあるが、ポップス聴いて、涙するなんて・・・・年のせいか？何て思ってしまったりする ほどだ。
尤も、ヴォーカルがこの子でなかったら、どうかな？とも思う。
オフィシャルページを見ると吉岡聖恵という子らしい。
ミーシャあたりからだろうか、非常に歌唱力を売りにできる歌手が増えたように思う。だが、歌唱力というのは、魅力的な声があって始めて有用なものだと、今回の音楽を聴いて思った。
テクニックは、努力で身につけることのできる人が多くいるはずだ。もちろんそれだって素晴らしいことだ。しかし天性の、努力では身につけることができないのが声だ。
楽器は、チューニングさえしっかりすれば、同じ音を出すことができる（に違いない・・・いや、もちろん洗練された演奏は、その音色もユニークだ）。しかし声は、技術ではない（なんて断言すると、誤解を受けそうだが）。
魅力的な声は、生まれ持ったものだ。同じ歌を、魅力的な声で少し下手なのと、平凡な声で抜群のテクニックで聴く場合、前者の方がいいように思える。もちろん、個人差もあるし、そもそも「魅力的」というのは、普遍化できない。
だから敢えてどの歌手が魅力的で、どの歌手が凡庸かなどというのは、まったくもって聞く側の身勝手な思いこみかも知れない。
ナタリー・デセイというソプラノがいる。素晴らしい高音と、のびのある美しい声を持った天才的なソプラノだ（個々でマリア・カラスを出すのは、何 か違う気がするので）。コロラトゥーラだが、高い声ばかりで勝負するわけではない。いずれにしても当代随一のソプラノのひとりだ。
ぼくは、マスネのほとんど上演されることのない「サンドリヨン（シンデレラ）」というオペラが好きなのだが、これは唯一でているＣＤ（かつてはレコードだったが）で歌っている、フレデリカ・フォン・シュターデという歌手の魅力に依るところが大きい。
たぶんソプラノの実力としては（世代は違うが）デセイには及びも付かない。
しかしシュターデの、細いが透明感のある声は、僕には魅力的なのだ。
シュターデは基本メゾ・ソプラノだと思うのだが、このサンドリヨンではソプラノとして歌っている。
まあ、そんなわけで、「魅力的」の内訳はとても個人に負っているのだが、このいきものがかりの吉岡聖恵さんは、久々に日本人のポップス歌手で声に惚れた。
最近人気のある伊藤由奈とかＹＵＩとかもきれいないい声をしていると思うのだが、それとはちょっと違う、いい周波数に入ってますという声をしている。もちろん、ＳＡＫＵＲＡという歌限定での話だ。他の曲は知らない。でも聴いてみようという気にはなる。
それにしても、今かかっているのがBlueOysterCultだ。ぜんぜんいい声じゃないが、素敵だ。
こうやって別の曲を聴いて楽しんでしまうと、SAKURAは錯覚かな？何て思えてしまう。だって、曲だけで泣くなんて・・・・やはり自分でも信じられない。
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		<title>はじまりはじまり</title>
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		<pubDate>Tue, 12 Aug 2008 16:03:39 +0900</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[茶飲み話]]></category>

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		<description><![CDATA[　これまで「うちでのこづち」というブログサイトをやってきたが、そこから音楽の話だけ、独立させることにした。
基本的には、それほどの意図はない。持ってるCDやDVDの感想とか、ライヴの話とか、まつわる話題を、毎日一つずつ、書いていければいいかな、と希望的観測で。
元々、音楽の幅は広いと思っていたのだが、よく考えてみると、それほど広くない。
かつて、自分の親が大晦日に、レコード大賞でもなく、紅白でもなく、東京12チャンネルの懐かしの日本歌謡とかいう番組を 夕方から見ていた。子供は（当時の）最近の歌謡曲番組が見たいのだ。藤山一郎や、ディック峰、東海林太郎や高峯秀子など、別に見たいわけでもない。
でもまあ、そのおかげで、伊藤久男の「イヨマンテの夜」なんて言う曲を覚えたのも、事実ではある。高田浩吉の 「大江戸出世小唄」なんて言うのも面白かった。でもやはり、子供は、黛ジュンが見たいのだ。花の中三トリオが見たいし、新御三家が見たいのだ。
だが、ある程度の年齢になってふと思うと、まったくではないが、それでも最近の音楽は追わなくなっているし、興味もあまりない。
購入するCDは70年代の前半から活躍している大御所の最新作だったりする。
だが、別にそんなことはどうでもいい。ある意味順送りだし、聴くものは聴く。羞恥心も好きだし、悲愴感（羞恥心よりもいいな）も好きだ。倖田來未だって、何曲かは聴くし、他にも好きな曲はきっとあるに違いないが、いちいち調べるのもめんどくさいだけだ。
現在PCのハードディスクに入っている音楽は、およそ15万分、2500時間分だ。CD1枚を1時間と考えれば、2500枚分が入っていることになる。結局のところ、全部が好きなわけでは当然無く、　その中から、徐々に興味で書いていこうと思う。
自ずと、ロックとクラシックが多くなるのは解っているが。しかもそのロックですら、「クラシックロック」という風に最近はカテゴライズされる音楽が多くを占めている。
まあ、ざっくばらんに。
ところで、タイトルにした「王様の宮殿」だが、言わずもがな、レインボーの「Temple of the King」のことだ。
例によって毎日書くと言って、有言不実行の男なので、万が一読んで下さる方は、大目に見て頂きたい。
さて、はじまりはじまり・・・・・
（ちなみに、最初の方の掲載は、うちでのこづちに書いたものをコピーした）
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		<title>イェヌーファ</title>
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		<pubDate>Thu, 02 Dec 2004 16:49:19 +0900</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[オペラ]]></category>

		<category><![CDATA[クラシック]]></category>

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		<description><![CDATA[　東京文化会館にヤナーチェックのオペラ「イェヌーファ」を観に行ってきた。余り有名なオペラでもないし、それほど期待しないで見に行った。チケッ トを購入したのが遅く、インターネットでの購入だったが、余りいい席が取れなかった。しかし、実際は空席が結構あり、S席でも観られたな。
内容は、イェヌーファという村一番の美人が、遊び人の男と恋仲なのだが、もう一人実直な青年が彼女に恋をしている。恋仲の男とイェヌーファは婚前 に致してしまっていて、実はお腹に子供がいる。母親は、そんな男との結婚は認められないと言って男にも怒る。もう一人の男は、あいつはおまえの顔が好きな だけだと言いながら、逆上してイェヌーファの顔に切りつけてしまう。
母親はイェヌーファがウィーンに行ったと言って部屋に閉じこめ、彼女はそこで子供を産む。子供がいるので仕方なしに、母親は遊び人にイェヌーファと結婚 してくれと懇願するが、男は自分がののしられたことを根に持ち、しかも顔に傷ついたイェヌーファには興味が無くなっており、実は既に村長の娘と婚約をして いた。
実直な男は、自分の行為を詫び、その後もイェヌーファを慕っている。
母親は、イェヌーファがその実直な男と結婚して幸せになって欲しいと思うが、そのためには子供がきっと邪魔だと、、イェヌーファに薬を飲ませて、眠っている間に、子供を氷の張った川に捨ててしまう。
母親は自分が犯した罪の重さにさいなまれ続けるが、やがて、イェヌーファはその実直な男と結婚することになり、その婚礼の当日。
客には村長夫妻と、その娘、そしてフィアンセである遊び人がいる。
そんな折、外で氷の中から子供の死体が見つかる。イェヌーファは自分の子であることを証言し、群衆が子殺しの母親に石を投げようとした時、母親が自ら名 乗って罪を告白する。イェヌーファは、母が自分の将来を思った故の殺人であったことを理解し、母を赦す。そんなことがありながらも、これからも君を守って いくという実直な男の愛を受け入れて物語はハッピーエンドに。
そういう内容で、まあストーリーにはつっこみどころがいろいろあるが、大抵のオペラはそうなのでここでも些末は気にかけない。
ヤナーチェックのオペラは「利口な目狐の物語」のCDを持っているが、まともに聴いたことがなかった。ELP（エマーソン・レイク＆パーマーだ、もちろ ん。・・・パウエルじゃない）のナイフエッジという曲でもそのモチーフが使われた、シンフォニエッタと、タラス・ブーリバ、クロイツェルソナタという名の 弦楽四重奏曲などが有名だが、印象としては結構粗野な音楽という気がしていた。
今日聴いたオペラは、所々ドヴォルザーク風のメロディー有り、ワーグナー風ありだが、かなりオリジナリティーに富み、しかもなかなかいい曲だ。管楽器はやはり粗野なイメージを払拭しきれないが、むしろ今日のオペラには合っているような感じだ。
第１幕はちょっと冗長で、音楽そのものはかなり面白いのだが、場面が退屈だった。
ところが、２幕からは急に緊張感が増し、４人しか登場しない２幕は、ほとんど母親の独壇場といった感じで、時間を感じさせない素晴らしい物だった。続く 3幕も、子供の死体が上がった辺りからは、怒濤のように終幕へ向かい、かなりクオリティーの高い作品であるように思える。
罪を負った母親が群衆と部屋を出て行き、舞台にイェヌーファとラツァ（実直な男）の二人だけにするシーンでの音楽は、ワーグナーチックだった。しかもそ れで終わってしまうくらい盛り上げてくれる。いかにもそれで子殺しにピリオドを打ったような印象があり、死んでしまった子供がいかにも可哀想な扱いだとい う思いは残るが、その後、二人が愛を確かめる場面の音楽は美しく、しかも前途の多難さを表現の中に残す、終わり方だった。
演出もなかなかよく、非常に舞台装置を旨くシンボリックに使っていた。
「道化師」や「カヴァレリア」のような、いわばヴェリズモに属するオペラだと思うが、より泥臭く、生々しい。しかし、ヴェリズモをヴェリズモらしく見せるためには人殺しが必要だというのは、どうもミステリーとかぶるところがある。
悲劇を悲劇らしく、しかも身近なものとして描くのがヴェリズモなのだろうか？単なるリアリズムではなく、悲劇でなければならないような・・・
今日の演奏では、母親役の渡辺美佐子さんが、鬼気迫る厳格でありながら、誰よりも娘を愛する母親役を最も好演していたように思う。イェヌーファ役の津山さんも良かったが、渡辺さんは圧倒していた。
指揮は阪哲朗さんだが、若干荒さはあったように思うが、ヤナーチェックにはそれくらいの方がいいのかも知れない。
カーテンコールで後ろに直立不動で並んでいた二期会の合唱団の面々は、第１幕の若者の羽目を外したハチャメチャシーンでも、素晴らしい動きをして、イェ ヌーファが遊び人、シュテバとエッチしてしまう部分を非常にシンボリックに表現する演出を成功させていた。舞台狭しとあの大人数か駆け回り、絡み合う姿は 圧巻だった。
人はあまりはいっていなかったし、１幕で帰った人もいたようだが、作品的には１幕と残り２幕のデキに差があり、まとまっていない気もするが、後半だけでも十分に観る価値はあるし、また演奏もそう言って過言ではない。
見せ場が、イェヌーファと母親に極端に偏っているので、他の配役には気の毒な作品のようにも思える。・・・ラツァはそうでもないかな。
いずれにしても、思った以上にいい演目、そしていい演奏で満足して帰ってきた。・・・DVDでも買うかな。出てれば。
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