王様の宮殿
由比敬介による好きな音楽限定のブログ。

 ELOといったってエロじゃない。Electric Light Orchestraの略だ。
最初に私がELOに出会ったのは中学生の頃、テレビであった。ソウル・トレインと同じくらいの時間帯にやっていたアメリカの音楽番組で、「ラレドの嵐」 を聞いたのが初めてだった。同じ時に、ビージーズの「ブロードウエイの夜」をやっていて、なぜかこの2曲がすごく好きになった。
ELOはジェフ・リンというリーダーが率いるロック・グループだが、エレクトリック・ヴァイオリンやチェロといった、弦楽器を演奏するメンバーがいて、クラシカルな編曲を得意とするバンドだった。曲もほとんどジェフが書いていると思う。
彼は元々moveというバンドにいて、それがELOの母体となっているはずだ。
私が最初に聞いた「ラレドの荒し(Laredo Tornado)」は5枚目のアルバム「エルドラド(El Dorado)」に入っている曲だが、彼らが有名になったのは、最初はチャック・ベリーのカバー「ロール・オーバー・ベートーヴェン(ROLL Over Beethoven)」だと思う。その後は「A New World Record」「Out of the Blue」「Discovery」そして何より、オリビア・ニュートン=ジョンとの「ザナドゥ(Xanadu)」で売れたと思う。この3枚のアルバムはミ リオン・セラー級だったはずだ。
非常にポップで、私としては珍しい。多分ストリングスセクションのアレンジなどが好きだったのだろう。
どちらかというと私は初期の頃の方が好きで、ELOの音楽はよくビートルズ風とか言われるのだが、私にはよく分からない。ジェフがビートルズ・マニアな のはよく知られた話だが、であれば、そういう側面はあるかも知れない。だが、私はビートルズをほとんど聴かないので、よく分からない。・・・・「ロール・ オーバー・ベートーヴェン」も、ジョン・レノンが歌っているはずだが。
実は、売れてからのELOは余りよく知らない。「Face The Music」だったかな?その辺りまでが聴いていた最後だ。「Evil Woman」なんていう曲は代表曲だと思うが、日本タイトルのクレジットが、昔は「悪い女」とか、よく覚えていないが日本語で付いていたようなかすかな記 憶はあるが、その後は「エビル・ウーマン」だった。聴いていれば、「イーヴル・ウーマン」と発音しているのだから、いいかげんなものだ。
だが、この曲は好きだ。私は、これぞELOだと思っている。アルバムとしては「エルドラド」がコンセプト・アルバムとしてもまとまりがあっていいが。
実はCDになってから、最初の2枚のアルバムは持っていない。今度輸入盤やさんでも探してみようかな。

Godiego
12 月 24th, 2004 by admin in ロック, 日本のロック No Comments

Godiegoは、日本のロックグループだ。ゴダイゴといった方が通りはいい。「モンキーマジック」や「ガンダーラ」「銀河鉄道999」や、様々なCMソングで有名だ。といっても、70年代から80年代に活躍したので、今では昔の話だ。
タケカワユキヒデは、その後、ソロでも多少テレビに出たりしていた。奈良橋陽子さんという方が多く作詞を担当していたと記憶している。なぜ作詞家の話を 書くかと言えば、私にとってゴダイゴは、セカンドアルバムに始まって、セカンドアルバムで終わっているからで、それは確かに、「ガンダーラ」は好きだが、 他の曲はほとんどどうでもいい。

この「DEAD END」というアルバムがすべてで、しかもむちゃくちゃ好きなアルバムだからだ。「袋小路」というこのアルバムは全曲が英語詩である。
メンバーはミッキー・吉野、タケカワユキヒデ、トミー・シュナイダー、スティーヴ・フォックス、浅野孝己の5人だが、外国人(少なくとも名前は)が二人 いるし、タケカワユキヒデは外語大出だし、まあ、英語詩のアルバムを出す要素は揃っている。ミッキー・吉野は元ゴールデン・カップスだから「長い髪の少 女」とかをやっていたことになる。それよりゴールデン・カップスは「巨人の星」で、星飛雄馬(このひゅうまを一発で変換する最近の日本語変換はすごい)の 最初のガールフレンドオーロラ3人娘が歌っていた「クールな恋」の原曲を歌っているのだ。「あいらびゅ、あいらびゅ、ふぉればもー」というやつだ。 さて、そんな「DEAD END」だが、アルバム全体がいいが、特にアルバムタイトルにもなっている「Dead End~Love Frowers Prophecy」という曲と、「The Last Hour」という曲が好きだ。「Mikuni」は静かなバラードだが、「Dead End」は曲全体が面白い構成をしていて、特徴的な小気味いいピアノのリフで始まり、第1主題を2回繰り返し、第2主題と展開部へ進んだ後、そこから引き 返して、第2主題、第1主題と進む。そして第1主題の繰り返しで終わるのだ。つまり曲全体が「袋小路」なのだ。そして最後のリフレインは、少しずつ転調し て音を高くしていく。
この曲を最初に知ったのはいつだったか忘れたが、確かテレビでライブを観たのだった。「新創世記」というファーストアルバムからの曲と、「Dead End」を演奏したのを覚えている。すぐにレコードを買った。それ以来、この「Dead End」は、何回聴いただろう。ほとんど飽きたことがない。歌えと言われたらきっと歌えるだろう。歌詞を覚えている。残念ながらカラオケ屋にあった試しが ないが。
タケカワユキヒデの歌はどこか空気が抜けていて迫力はないが、とてもユニークで、彼にしか歌えない歌を歌う。以前にテレビで昔の歌手が最近のヒット曲を 歌う番組があり、たまにそれに出ていたが、人の歌を歌うとあまり上手く聞こえなかった。メリハリやアタックがないのですべての音楽が流れてしまう。
しかしこのアルバムではそんなタケカワの歌唱はほとんどプラスに働いていて、非常に良く仕上がっている。
ゴダイゴがなぜゴダイゴなのか由来は知らないが(あるいは後醍醐か?)、英語に直す時にGodiegoとした覇気はこれ以降のアルバムには、少なくとも 私は感じない。Go-Die-Goというグループ名とDead Endというアルバムタイトルはまさに私の感性にしっくり来る響きだったし、それに負けない内容であった。
もともと「僕のサラダガール」というCMタイアップでデビューした彼らだから、むしろこのアルバムは彼らの本質を外れた物だったのかも知れない。

“Made in Europe”は恐らく、僕が最も好きなDeep Purpleのアルバムだ。  最初にパープルを聴いたのは、たぶん解散直前くらいの時だったと思う。それまでは日本の歌謡曲やフォークばかり聴いていた僕にとって、パープルは騒音以上の何物でもなかった。今では想像できないが、本当にうるさかった。  確か当時、世界で最もうるさいバンドとか言われていたはずだ。そういう意味では、ぼくの印象はあながち間違っていなかったことになる。 そんなぼくがハード・ロックを聴くきっかけはRainbowのセカンドアルバムだったが、当然そこから遡って、ディープパープルも聴くようになっ たし、Zepやらグランドファンクやら、当時のハード・ロック、へヴィ・ロックをそしてプログレッシブ・ロックを端から聴き倒した。
このメイド・イン・ヨーロッパもその中の1枚だが、このアルバムは、デヴィッド・カヴァーデルを再認識させるアルバムだったし、後のホワイトスネイクを聴く大きなきっかけだった。
1. Burn
2. Mistreated [Interpolating Rock Me Baby]
3. Lady Double Dealer
4. You Fool No One
5. Stormbringer
レコードのA面3曲/B面2曲と、わずか5曲しか入っていないアルバムだったが、捨て曲はなかった。
第3期といわれる布陣になってからのアルバム2枚からの選曲で、当時も実は”Smoke on the Water”や”Highwaystar”なども演奏されていたが、ここには入っていない。そしてそれが正解だ。デヴィッドとグレン・ヒューズの2期の曲 は、あまり出来がいいとは思えない。この時期の他のアルバムを聴くと、それがよく分かる。
パープルのヴォーカリストとしては、デヴィッド、ロッド・エヴァンス、イアン・ギランとうい個人的な序列なのだが(グレンは入っていません)、イ アンのヴォーカリストとしての才能は認めるにやぶさかではない。当時のイアンとデヴィッドの歌唱力の差は歴然で、しかもイアンの歌詞はデヴィッドには合わ ない。
曲は基本的にリッチー・ブラックモアが作っているのだろうが、Burn以降の曲は、基本的にそれ以前と違う。
その「Burn」で幕を開けるこのヨーロッパでのライブは、まことに素敵だ。
Mistreatedも全パープル及びホワイトスネイク、レインボー、ディオ、あらゆるヴァージョンの中で最高の出来だ。ここでのデヴィッドは歌唱力などを超越してセクシーで魅力的な歌を歌っている。
リッチーもきっと、これからレインボーという新天地でがんばるぞという意気込みでもあるのか、熱が入っている。
パープルの代表曲というと、「Highwaystar」「Smoke on the Water」「Speedking」「Black Night」「Woman from Tokyo」など、2期の曲がほとんどで、1期では「Hash」3期では「Burn」4期はない。と、とても偏っているわけだ。
仕方がないとは思うが「Mistreated」は名曲だと思うのだな。出来に比べて評価が低い。
このmIstreatというタンゴを知ったのはこのときが初めてだし、その後、別の文脈でも見たことがない。
辞書で引くと虐待とか酷使と載っているのだが、こんな単語は日本語環境で暮らしていては、英語の単語としてお目にかかれなくても不思議ではない。
I’ven mistreated~と始まるこの曲は、つまり「俺は虐待された~」という歌い出しだ。続けてI’ven abused~I’ven struck downherated babe~I’ven confusedと続くのだが、結局女に逃げられて落ち込んでるという歌なのだ。
デヴィッドの歌詞はこの手が多い。相当打ちのめされているのだな、という感じだ。ルチアの狂乱もこれでは敵うまい。
そしてLady Double Dealer(邦題はなぜか「嵐の女」)これもMistreatedと同工異曲かな。内容は。
You Fool No oneは18分にも及ぶ。この前奏で、ジョン・ロードが弾く「Hava Nagila」というユダヤ民謡が好きで、CDまで買った。
そしてラストがStormbringer(邦題は「嵐の使者」・・・こちらは解る)
個人的にはライブ・インジャパン(外国ではMade in Japan)よりもこちらの方がはるかに好きだ。
このアルバムは、リッチー・ブラックモアが抜けるという、危機的状況を前にしながら、当時のパープルの音楽がいかにクオリティの高いものだったかを証明しているように思える。
1970年というのはビートルズが解散した年だが、その70年代は、へヴィでハードなロックが席巻した。
その70年代のほぼ真ん中に発表されたこのアルバムは、少なくとも僕にとって、70年代を象徴するアルバムの1枚なのだ。
ビートルズではぼくを洋楽に引き込むことは叶わなかった。レインボーとそれにるいするバンドたちが、未だに愛しい。

URIAH HEEP
4 月 22nd, 2005 by admin in ハードロック, ロック No Comments

 URIAH HEEPは、イギリスのロックバンドだ。ミック・ボックス、デヴィッド・バイロンの在籍したSPICEというバンドにケン・ヘンズレーが加入した後、 ファースト・アルバムを発表する。「VERY ‘EAVY, VERY ‘UMBLE」がデビューアルバムだ。1970年のことだ。
ヒープはプログレッシブなカラーを持ったハードロックバンドだと思う。それは、ケン・ヘンズレーのオルガンが醸し出す音色にも原因があるし、彼の書く曲にも原因はある。
初期の頃はディープ・パープル的な楽曲も多い。バイロンはロック歌手だが、きちんとしたボイス・トレーニングを受けてたらしく、いい歌を歌う。ただ個人的にはその後のジョン・ロートンの方が好みだが。
ヒープのアルバムで最も有名なのはなんと言っても「対自核(Look at Youraself)」だろう。初期の代表曲、「7月の朝(July Morning)」が入っているからと言うこともある。だが、その前に出したアルバム「ソールズベリー(Salisbury)」のタイトル曲が私は非常に 好きだ。16分に及びホーン・セクションなどが入った意欲的な作品で、こてこてのミック・ボックスのギターソロが聴ける。16分というと、昨今の4分前後 の音楽が当たり前になっている人たちには、なんて長い曲だと思えるかも知れないが、当時はLPの片面に1曲などと言うことも珍しくなかったし、クラシック で言えば、決して長すぎる曲とも言えない。むしろ、メディアに乗せるためにソナタ形式よろしく、時間的にも構成的にも、お行儀いい最近の楽曲の方がなんだ か寂しいような気がする。
以前、カラオケで「私は風」を歌ったことがあるが、この曲は10分近い曲で、ギターソロだけでも数十秒ある。カラオケで歌うとその部分がかなり顰蹙ものだ。こういう世相の中では、16分の楽曲というのはあまり生まれてこないし、あってもメジャーにはなりづらい。
ディープ・パープルがそうであったように、ユーライア・ヒープも大曲主義は徐々に影を薄れさせ、しかもどんどんポップになっていった。73年のライブが 大きな転換点のような気がする。その前の「悪魔と魔法使い(Demons And Wizards)」「魔の饗宴(The Magician’s Birthday)」の時が、そのジャケットの美しさとともにピークだったと思う。特に前者に入っている「安息の日々(Easy Linin’)」はヒープの中でも1,2を争う名曲だ。先ほど書いた「ソールズベリー」と比較すると圧倒的に短い、約2分半の曲だ。
ゲイリー・ゼインの感電事故やドラッグによる死などをはさみ、ヴォーカリストデヴィッド・バイロンが抜け、一時期ジョン・ウエットンが加入したりして1976年にジョン・ロートンが加入する。
この人は非常にハードロック向きのヴォーカルで、バイロンの好きな人には恐らく人気はないのではないかと思う。ハイトーンで、非常に伸びやかな声をして いるのだが、ライブなどを聴くと、実はバイロンよりも声域は狭いだろうと思わせる。彼の加入したヒープは「Firefly」「Innocent Victim」「Fallen Angel」という3枚のアルバムを出す。
「Firefly」の中の「哀れみの涙 (Sympathy)」 「Innocent Victim」の中の「幻想(Illusion)」「チョイス(Choices)」は、今でも大好きな曲だ。「Fallen Angel」は全体的に非常にポップで、「ラヴ・オア・ナッシング(Love Or Nothing)」が最も好きだが、微妙に平均値のアルバムという気がする。ファンじゃなければ聴こうと思わないが、意外といいアルバム、みたいな。
この後も着実にアルバムを出し続けるが、1980年に最も多く楽曲を手がけてきたキーボードのケン・ヘンズレーが抜けてしまう。個人的にはヒープ はケンのバンドだと思っていたが、あっけなく脱退してしまう。この時点で、オリジナルメンバーはギターのミック・ボックスだけになってしまうのだが、西暦 が2000年を超えてもアルバムを出し続けてきた。2003年に「ソニック・オリガミ(Sonic Origami」を出して以来は音沙汰がないが、やはりヒープはヒープ、ミック・ボックスだけになっても(ドラマーは、割と初期から参加しているリー・ カースレイクだが)、ヒープの音を響かせてくれている。すごいことだ。
私は、全てのアルバムを持っているわけではないが、20枚くらいは所有している。
私にとってユーライア・ヒープはいぶし銀のハードロックで、めちゃくちゃ輝いているわけではないが、時折じっくり聴きたくなる音楽だ。ピーター・ゴルビーという最近のヴォーカリストはあまり好きではないが、それでも全体としてはいい味を出している。
俺の一番好きなのはユーライア・ヒープだと言うことは今までも、そしてこれからも絶対にないが、新しいアルバムが出れば買い続けるし、旧いアルバムも時折聴く、そういうバンドなのだ。
このサイトがヒープに関しては圧倒的にすごい。ここまでやってくれるとまさに脱帽だ。私の知らないアルバムも(特にライブ)何枚も掲載しているし、ジョン・ロートンのバンドについても載っている。いやいや・・・また無駄な金を・・・・いかんな。

Vehicle - The Ides Of March
12 月 20th, 2008 by admin in ロック No Comments

 最近なぜか、今更ながらThe Ides Of Marchの「Vehicle」にはまっている。
The Ides Of Marchは、60年代に結成されたバンドで、1970年にこの「Vehicle」で大ヒットを飛ばして有名になっている。このバンド名を調べてみると、ソーントン・ワイルダーという人の書いた「三月十五日」という作品が出てくる。この3月15日というのは、実はシーザーの暗殺された日であるらしく、「ides」というのはローマの暦で3,5,7,10月の15日、残りの月は13日をいうのだそうだ。だから、「Ides Of March」は、3月15日という邦訳になる。「Ides of February」だったら、2月13日ということか、ちょっと面白い。
だからバンド名が小説なのか、そもそも3月15日という名前を付けたかったのかはよく分からない。
いわゆるブラスロック、シカゴみたいなやつだが、この曲しか知らない。
「Vehicle」は乗り物のことだが、歌詞の内容は女の子をナンパする歌だ。だがかっこいい。
オフィシャルサイト を見ると、まだ活動しているらしい。まあ、60歳は過ぎているに違いない、皆さん。いきなりかかるのがVehicleなので、まあ、最大のヒットなのだろう。いわゆる一発屋というのかも知れない。
でも、この機会にサイトにある音を聞いてみたら悪くない。リストを見ると「Eye of the Tiger」のカバーなんかもやっていたりする。まあ、オフィシャルに載っているベストが出たら考えてもいいかな。
このVehicleという曲も、いろいろカバーされている。 最近ではBo Biceという人がカバーしているのがYouTubeに出ていた。他にもJo Lyn Ternerやシャーリー・バッシーまで歌っている。
You need to a flashplayer enabled browser to view this YouTube video
とにかくかっこいい。70年代の初期はこういう曲が結構あるから侮れない。
Hey, well I’m the friendly stranger  In the black sedan
Oh won’t you hop inside my car?
I got pictures, got candy, I am a lovable man
I’d like [...]

 久しぶりにDVDを購入した。
ホワイトスネイクのライブだ。約2年半前、2004年にロンドンで収録したコンサートだ。
ホワイトスネイクというか、デヴィッド・カヴァーデルののアルバムは、気づけば買っているのでほとんど持っているのだが、ソロ・アルバムなどを出し、ホワイトスネイクはもう解散なのかな?とも思っていたので、なかなかうれしいアルバムである。
今も脇でかかっている。
デヴィッドのデビューはディープ・パープルの「バーン(Burn)]のはずなので、このライヴの1曲目は、まさにそのデビュー曲から歌い始めたということになるわけだ。
喉の手術以来、やけに高音が出るようになったように思っていたが、この1曲目の印象は、喉の温まらない、かわいそうなくらい「ガレた」声だった。途中で 「嵐の使者(Stormbringer)」をインクルードするという、なかなかいかした演出を加えてくれたが、今回はグレン・ヒューズの声がないのが寂し かった。
だんだん往年の声に戻ってきたデヴィッドは、やはりかっこよかった。昔に比べて圧倒的に歌はうまくなっている。
これはハマースミス(劇場は違うようだが)での2度目のライブアルバムになるわけだが、今回は、「ミストリーテッド(Mistreated)」を歌って いないのは残念だった。バーンをやったから、ディープパープルの曲はもういいだろうということだとは思うが、今の「ミストリーテッド」が聴いてみたかっ た。
「エイント・ノー・ラヴ・イン・ザ・ハート・オブ・ザ・シティ(Ain’t No Love In The Heart Of The City」から「ジャッジメント・デイ(Judgment Day)」まで、多くのアルバムから、かなりまんべんなく選曲されていて、構成のバランスは非常にいい。惜しむらくはデヴィッドの2枚のソロ・アルバムか らの選曲がないことだ。尤も、「エイント・ノー・・・」は、ホワイトスネイクのファーストに先駆けて出された4曲入りシングルに入っていた曲なので、それ をソロからの曲と数えれば、「入れた」ことになるのかもしれない。
個人的には「ブラインドマン(Blindman)」か「ノース・ウインド(North Wind)」あたりを聴きたかった。
それでも、これまでライブでは聴いたことがなかった(知らないところで出ているのかもしれないが)「ドント・ブレイク・マイ・ハート・アゲイン(Don’t Break My Heart Again)」が聴けたのはとてもうれしかった。
かつて2枚出ていた半分パープルなメンバーのライブよりも、キレのいい演奏は、買ってよかったと思った。ダグ・アルドリッジのギターは、80年以 降の速弾きのギタリストの一人以上では、私にとってはないので、それほどの感銘はないのだが、ソロよりもリフなどでかっこいい音を出していた。もう一人の ロブ・ビーチという人はよく知らないが、端正にギターが弾ける人という印象だ。
ファースト・アルバムに入っている「テイク・ミー・ウイズ・ユー(Take Me With You)]が、あんなにかっこいい曲だとは知らなかった。
しかし何だ、日本盤は4,500円もするのだ。輸入盤に字幕が付いているとはいえ、数少ないしゃべりの部分だけで、それほど必要でもない感じだ。 でもこれ、見るまで判らないからな。輸入盤とは3割以上価格が違うわけだ。・・・しかし輸入盤はリージョン1、うちのプレーヤーではかからない。
このリージョン・コードというやつ、全く制作者側のエゴのみで作られた煩わしさきわまりない仕組みだ。ハリウッドのあがきってやつだきっと。
今回のはCDが付いているが、全曲ではない。せっかくなので全曲つけてくれよ、という感じだ。

左が初回限定版。
いや、なんだかんだで、デヴィッドはいい。

 たまたま、NHKのBSなんちゃらいう番組を、地上波で再放送をしているのを途中から見た。3大ギタリストをテーマとした紹介番組だった。
 3大ギタリストと言えば、エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジだが、ぼくはこの3大ギタリストという呼称が嫌いだ。極論すれば、元ヤードバーズというだけのことで、敢えて3大という風に祭り上げる意味がよく分からない。
 ということで、自分にとってギタリストという場合、どういうラインナップになるのだろうか?と考えてみた。
 例えば、ぼくはスコーピオンズが好きだが、スコーピオンズのギタリストという意味では、あまり意識したことがない。この人が弾いているという認識だ。同様に、ホワイトスネイクも「ホワイトスネイク」というアルバムの前後では、まったく方向性が違うが、でも、違うというだけだ。
 ぼくがギタリスト、として第一に名前を挙げるとすれば、それは、マイケル・シェンカーだ。
 前述したスコーピオンズの初代ギタリストではあるが、そのキャリアは置いておくとして、UFOの「現象(Phenomenon)」に収録された「ロック・ボトム(Rock Bottom)」のギター・ソロが、ぼくにとってはギターソロの最高傑作だ。曲全体としては、フィル・モグという人の声がそれほど好きではないので、どうかなと思うが。マイケル・シェンカーは、まったくボーカリストを選ぶ目がない、とぼくは思っている。尤も、モグは、彼が選んだわけではないので、縁がない、という方がいいかもしれない(UFOファンには怒られるな・・・)。
 次は、リッチー・ブラックモア。ある意味この人は別格なのだが、リッチー自体が好きかと言われると、ソング・ライターとしては、僕の好みの曲をたくさん書いてくれているので好きだし、ギター・プレイもすごい。だが、すげーぜとは行かない。実は、マイケルもすげーぜではない。好きなだけだ。
 ここからは3位以下だか、すげーぜとなる。
 ジェフ・ベック、カルロス・サンタナ、ロリー・ギャラガー、ロビン・トロワー、ニール・ヤング、テッド・ニュージェント、デイヴ・メイソン、ジミ・ヘンドリックス、ジミー・ペイジ、ポール・コゾフ、アルヴィン・リー
 順不同だが、こんな感じになる。
 もちろん、エリック・クラプトンだって、今これを書くときかかっているサンタナバンド時代のニール・ショーンだって、ゲイリー・ムーアだって、デヴィッド・ギルモアだって、スティーヴ・ハウだって、ロバート・フリップだって場合によっちゃ、マーク・フファーナーだって、他にも素晴らしいギタリストは大勢いる。だが、ロバート・フリップが好きでクリムゾンを聴いているのではなく、イエスも、ピンク・フロイドも、GFRもそうじゃないんだな。
 ジェフ・ベック以下のギタリストは、彼らのギターの音が好きなのだ。
 デイヴ・メイソンなんて、彼にしか出せない音色だし、メロディーだ。
 今更ジミ・ヘンでもないが、ジミ・ヘンは外せない。
 インペリテリがいくら速くても(すでに古いか)、速弾きははアルヴィン・リーだ。
 マイケルとリッチーは、どうやら作曲家としてのなにやらぼくにフィットする世界が、ギタリストとしての株も上げているのだ。
 今日は名前を挙げただけ。続きはいずれ。
 

 スコーピオンズ(Scorpions)のデビューアルバムであるロンサム・クロウ(Lonesome Crow)は、1972年に発売されたアルバムで、ぼくが初めて聴いたのは、1980年代半ばだったと思う。それまではスコーピオンズのファーストアルバムを「電撃の蠍団(Fly to The Rainbow)」だと思っていた。
最初に買ったスコーピオンズは「狂熱の蠍団(Virgin Killer)」だった。当時大学生で、クラシックを聴くサークルに所属していたが、そこでは直接問屋にレコードを買いに行っていて、レコード店の仕入れ価格で購入することができた。そして、それをまとめて買いに行く係というのがあって、1年生の時その担当をしていた。確か、半年その係をすると、部費で、好きなレコードをもらえたのだが、それでもらったのが、このレコードだった。
「狂熱の蠍団」はたぶん、スコーピオンズの中で 一番うるさいアルバムだろう。クラシックサークルで、それをご褒美にもらったわけだ。
その後、2nd「電撃」3rd「復讐の蠍団(In Trance)」と購入し 、「蠍団爆発(Tokyo Tapes)」まで購入した。間に入る4th「暴虐の蠍団(Taken by Force)」は、だいぶ後になってから購入した。
彼らは、ベルリンの壁が崩壊したときに演奏をしたり、ベルリン・フィルと競演したり、 現在でも活躍しているし、相当売れているバンドでもある。
2nd「電撃」辺りを聴くと、メロディアスなハード・ロックで、とても日本で売れたのが解るメロディラインだ。後のジャーマンメタルなどにとても大きな影響を与えたのが解る。
メンバーはヴォーカルのクラウス・マイネとギターのルドルフ・シェンカーが不動で、最初から現在に至るまで在籍している。要するにこの二人のバンドなのだ。
ファースト・アルバム「Lonesome Crow(恐怖の蠍団てついていたらしい)」の時は、ルドルフの弟、マイケルがリードギターを弾いていた。マイケルは2ndに曲を書いているが、バンドからは抜け、UFO、MSGとこちらもスコーピオンズとは別なハード・ロックで活躍している。マイケル・シェンカーはとても優れた作曲家だと思うし、それは非常に日本やヨーロッパ向けのメロディラインだ。
2ndからウルリッヒ・ロート(ウリ・ロートと言われていた)、「ラヴ・ドライブ(Love Drive)」からは現在のマティアス・ヤプスにギターが変わっているが、このマイケルが参加した「ロンサム・クロウ」だけが特に異質な音作りをしている。マイケルの曲調からすれば、2ndの方がマイケルらしいので、まさにプロデュースの問題なのかもしれない。
全体を通して、メジャーコードの曲が1曲もなく、アルバムタイトルにもなっている「Lonesome Crow」などは13分を超える大曲だ。おそらく90年代以降にファンになった人には、全く別のバンド、聞きづらいアルバムに違いない。
だが、この重苦しいアルバムが、僕は大好きだ。 クラウスの歌は、この頃から本当にうまいし、マイケルのギターはとても10代とは思えないテクニックだ。
よくプログレと言われるが、まさに当時のプログレッシブ・ロック的な要素を持っている。尤も、クラシック寄りではなく、 ジャズ寄りだ。リズムや、インプロヴィゼーションぽいギター演奏など、ライヴ・ハウスで全体を切れ目無しに演奏してそうな内容だ。そして、プログレの中ではハードな方だ。クリムゾンやピンク・フロイド好きのプロデューサーだったに違いない。
僕は7が最も好きだが、4などには後のUFO等に通じるものがある。

1. I’m Goin’ Mad
2. It All Depends
3. Leave Me
4. In Search of the Peace of Mind
5. Inheritance
6. Action
7. Lonesome Crow
 

 テッド・ニュージェントはアメリカン・ハードロックの重鎮。60年代の終わりからアンボイ・デュークスというロックバンドを率いて、70年代の中頃からソロ、80年代だったか90年代だったかに、ダム・ヤンキースで一時期ギターを弾き、現在はまたソロに戻っている。
かつてはテッド・ナジェントなんて言う名前で紹介されていたらしい。私が最初に聴いたのは大学生の頃、池袋の輸入盤ショップで「Dog Eat Dog」を買うきっかけとなった、何かのラジオ番組だった。日本盤は野獣何とかというタイトルでEpicSonyから発売されていた。
とにかくハード・ギターの人で、長い間にも全く変わらないという感じがする。自分で歌も歌うがあまりうまくはない。「Dog Eat Dog」では、一部をミート・ローフが歌っていて、やけにそこだけ歌がうまかった。
日本でもいまだにCDがたまに発売されることもあり、全く人気がないわけでもないのだなと思うが、あっという間に市場から消えてしまう。
まあ、狩猟好きで、ハンターを守る会会長みたいな風情があるので、私生活はあまり知りたくはないが、まさにそんなイメージをステージにも持ち込んでいる感じがする。
私が最初に買ったアルバムはそれでもテッドのアルバムの中では叙情的な部類で、他はもう、何か抜けてるかのようにハードな音楽一辺倒といってもいい。私はどちらかというとその叙情的なテッドのギターが好きだが、ハードというかワイルドなテッドも実は魅力満載。
つい先頃「Craveman」というテッドらしいタイトルのアルバムも出している。間違いなく50代だと思うが、熱気は衰えない。何となく戦う男という感じ。
とにかくギターな人なので、引きまくってくれるとそれだけでうれしい。音色はまさにハード・ブギー!ライブが真骨頂!
気になった方は聴いてみて。

 ディオと言えば、私にとっては<ロニー・ジェイムス・ディオ>ELF、レインボー、ブラック・サバス、ディオというバンドに在籍し、ボーカルを担当していたディオその人のことだ。1948年生まれと言うことなので、現在56才。
メジャー・デビューはELFらしいので1970年。ファーストアルバムは72年の「ELF」。ロニーが妖精というより悪魔にコスプレしたジャケットだ。 クレジットにはRonald Padavona とある。本名だ。そして、Bass & Vocal。セカンドアルバムの「LA59」からは、ロニー・ジェイムス・ディオとなる。この辺りまではロックンロールバンドで、妙に彼のヴォーカルだが ハードな印象を与える。ただ、このセカンドの方はいいアルバムだと思うが。非常にポップで聴きやすい。恐らく曲にはキーボードを担当していたミッキー・ リー・ソウルの影響が強いと思うが、こんなアルバム、知ってる人はよっぽどのロニーファン以外にはいないだろうな。レコードは国内でも発売になったことが あるので、ファーストよりは知られているかも知れない。
サードアルバムは75年の「trying To Burn The Sun」-太陽を燃やそうって、エンゲルベルト・フンパーディンクの全然原タイトルとは違う有名曲みたいなタイトルだが(ちなみにこのエンゲルベルト・フ ンパーディンクって、クラシック聴く人は、「ヘンゼルとグレーテル」っていう有名なオペラを書いた人だと思ってしまうことがある。こちらは、エンゲルベル ト・フンパーディング・・・最後が濁るのだ)。
このサードアルバムは、リッチーブラックモアが参加したとかしないとか、真偽の程は知らないが、確かにリッチーっぽいギターも入っていることは入っている。その上、それまでのロックンロールなELFとは一線を画すような曲調にもなっている。
同時に、この後発表される「リッチー・ブラックモアズ・レインボー」というアルバムにはELFっぽい「Black Sheep Of The Familiy」なんていう曲も入っているので、ELFからレインボーへの移行みたいなものがこのサードからレインボー・ファーストにかけては見られるの で面白い。
このころはまだ、最近のディオみたいなおどろおどろしい歌い方はしていないが、時々リキの入ったコブシみたいなものは既にある。どこかのディオの紹介サイトで、メタル界のサブちゃんみたいな書き方をしていたが、ある意味、言い得て妙という気もしないではない。
ディオのボーカルの魅力は、裏返すと、嫌いな人にはそここそが一番嫌な、からみつくようなコブシ回しにこそあるので、いわば諸刃の剣のような感じだ。例 えば、ロバート・プラントとか、ジョン・アンダーソンとか、グレッグ・レイクとか、ロブ・ハルフォードでもいいんだが、ロニー的な歌手というのは欧米には あまり多くない。ハイトーンでシャウトするみたいな表現に合うのは、例えばイアン・ギランでさえ、それほど演歌っぽくない。
ディオはあの声で、高い音を出す。さすがトランペットで鍛えただけのことはあるが、だがストレートに高いところへ来るのではなく、ロニーならではの、独特な節回しがあるのだ。
だからこそ、オジー・オズボーンの後のブラック・サバスで、そこそこオリジナリティーの高い(レインボー的という言い方もあるだろうが)ボーカルを維持できたのだと思う。オジーの声はやはり、ヨーロッパぽいから。その点、ロニーのボーカルは土着の臭いがする。
リッチー・ブラックモアが、ギラン、デヴィッド・カヴァーデールと来て、どうしてロニーだったのか、実は理解に苦しむところがないわけではない。 もちろん、歌は上手いし、声量はあるし、音楽的な趣味も近い物があったことは伺えるが、だとしても、リッチーがバロックを好きなほど、ロニーは好きじゃな い気がする。
中世的な物への憧れというのは、例えば日本で言えば、戦国時代かぶれみたいな物で、ユーライア・ヒープにしてもウイッシュ・ボーン・アッシュにしても、多くのバンド、特にプログレでは、そういう傾向がある。
レインボーのファーストに入っている「Temple Of The King」やサードの「Kill The King」はもとより、「Gates Of Babylon」「Staegazer」なんていう曲も、実際は中世のお話しではないが、彼らの頭の中には非常に中世的な世界があったであろう事は想像に 難くない。
バッハの音楽というのは中世の音楽ではもとより無く、近世の作曲家だ。
別にその辺りを明確にする必要は全くないが、バッハが大好きと公言してはばからないリッチーが、バンドで演奏したのは第九であって、ブランデンブルク協 奏曲じゃないし、彼はクラシックナイズされていたディープ・パープルの音楽をハードロックに変えてしまった人だから、むしろそういう意味では、ロニーを ハードロックに引きずり込んだら「売れる」に違いないと踏んだのではないか?
そんな気さえしている。
レインボーに関しては以前に書いたので、あまり書くつもりはないが、ロニー・ジェイムス・ディオの音楽は、結局のところ、このレインボーが大きな転回点になっていることは間違いない。
私は個人的にはロニーのファンなので、何でも好きなのだが、メタル・ロニーよりもむしろ、むしろロックンロール・ロニーの方が好きなんだなあ。
さて、レインボー以降のロニーについてはまたいずれ。

ディオ2
2 月 20th, 2005 by admin in ハードロック, ロック No Comments

 ロニー・ジェイムス・ディオの2回目。(1回目
先日、新しいアルバムが先日発売になった。

相変わらずのおどろおどろしいというか、買うのがちょっと恥ずかしいというか、妖しいジャケットだ。あくまで悪魔とか、そんな世界にこだわっているようだ。ライナーの裏表紙で、おなじみの「影絵の狐」みたいな指をした本人が写っている。
対訳を見てみると、これまた相変わらず、神話的というか、イメージ的な歌詞が延々と続く。「あなたが好きよあっは~ん」みたいな歌詞は欠片もない。 ディオは、ロックンロールバンドELFがそのままリッチー・ブラックモアを迎えた形でリッチー・ブラックモアズ・レインボーというバンドになる。70年代の半ばのことだ。
レインボー(何となくレインボウの方が好きなのだが、日本語表記はこのバンドに限っては、レインボーなのでそう書くが)は、曲調はやはりリッチーの手に なるので、ディープパープルだが、ロッド・エヴァンス、イアン・ギランやデヴィッド・カヴァーデールなどとは一線を画すロニーの歌詞は、基本的にラブ・バ ラードはない。
レインボーの最初のアルバムに入っている曲も、当時はタイトルが日本語にされていたので解りやすいが、「銀嶺の覇者」「自画像」「黒い羊」「虹をつかも う」「蛇つかい」「王様の神殿」「もしもロックが嫌いなら」「16世紀のグリーンスリーブス」「スティル・アイム・サッド」という10曲だが、最後の「ス ティル・アイム・サッド」は元々ヤードバーズの曲だし、このアルバムでは完全なインスト曲になっている。
タイトルだけ見ても、リアルなラブソングはない。「虹をつかもう(Catch The Rainbow)」は多少その気があるが、非常に夢想的な内容だ。
実はELFのアルバムでもロニーがこういう曲を書いていたかというとそうでもない。だから、レインボーはリッチーとロニーによる、中世へのオマー ジュ的なコンセプト・バンドだったんだと思う。ロニーが参加した3枚のスタジオ録音は、上記のアルバムで始まり、セカンドでは「タロット・ウーマン」とか 「スターゲイザー」のような曲(後者は魔術師にたぶらかされて塔を建てる労働者の歌だ)、サードではアルバムタイトルそのものが「バビロンの城門(The Gates of Babylon)」で、最近でもよくテレビのBGMで使われる派手なイントロの曲は「キル・ザ・キング(Kill The King)」だ。
ただどちらかというと、現在の二人の状況を見ていると、吟遊詩人を気取ってブラックモアズナイトというデュオ(若い奥さんと二人で)を組んで、中 世フォークロア的な世界を追い続けるリッチーと、完全にメタルと悪魔的世界にどっぷりのロニーとでは、大分隔たりがあるし、「ああそうか」この二人が組む とこんな中間的世界ができあがっていたのもうなずける、といった感じだ。
レインボーを脱退したロニーが加入したのが、オジー・オズボーンの抜けた後のブラック・サバスだった。レインボー的と言われる「ヘヴン・アンド・ ヘル(Heaven and Hell)」、サバス色が濃くなった「モブ・ルールズ(The Mob Rules)」とライブを出して、一旦離れるが、後にもう一枚参加することになる。「デヒューマナイザー(Dehumanizer)」という、どちらかと 言えば、ファンからもあまりいい評価は得られなかったアルバムだ。
非常に機械的で、アタックの強い、現在のディオを予測させる内容になっている。個人的には実は結構好きだ。もちろん、先の2枚、あるいはサバスであれば、オジーのいないサバスなんてサバスじゃないという向きは多いに違いない。
オジーという人は、テレビで自宅をドラマのように公開してしまうような奇矯な人でもあるので、やはりサバス・ワールドに与えていた影響は大きいと思う。
しかし、独特の重いリフとサウンドは、トニー・アイオミ、ギーザー・バトラー、ロニー・ジェイムス・ディオの3人ならではの音だと思う。
バンドとしてのディオは、このブラック・サバスの最初の3枚のアルバムと、「デヒューマナイザー」の間にスタートする。レインボー-「ヘブン・ア ンド・ヘル」と来た流れの先にあるようなファースト・アルバム「ホーリー・ダイバー(Holy Diver)」は、サバスを辞めたロニーが、レインボー的ではない、どちらかというと黒魔術的な音楽世界に足を踏み入れた、最初の1枚だ。本来は、サバス こそがそれに当たる感じもするが、かなりレインボーを引きずっており、アルバム的には楽しいが、サバスの2枚はディオの世界観ではない。
私は英語が堪能ではないので、この「Holy Diver」というタイトルの意味が正確に摑めていない。ジャケットには、悪魔だかなんだか解らないが、そんなようなものから逃げている牧師か神父が湖で溺れかけているような絵が描かれていた。
歌詞を聴いていると、真夜中の海に飛び込んで逃げろ逃げろ見たいに聞こえる。
まあ、ディオそしてロニー・ジェイムス・ディオはこのアルバムを境に、人生をこの路線にかけているとしか思えないほど突き進んでいる。彼が多分、30代の半ばから後半にかけてではないかと思う。
実は「ルック・アップ・ザ・ウルブス(Lock up the Wolves)」辺りから後は、比較的何を聴いても同じ・・・・というイメージがある。実は今回もそうだった。だが、ディオが頑なにこの道を追い求めるよ うに、レインボーで、私にロックを聴くきっかけを与えてくれた彼の声は、私にとっては何にも代え難く、少しくらい曲がつまらなくっても買い続けるのだ。
確かに彼の声が、「ア・ライト・イン・ザ・ブラック」を歌っていなかったら、私は今でも「ハードロックは騒々しい」と思っていたに違いない。世の中にはこういう勝手な一期一会というものがあるのだ。

 デヴィッド・カヴァーデールとの出会いは、もちろんディープ・パープルだが、長い間、彼のソロアルバムが私の愛聴盤であった。
デヴィッド・カヴァーデールはイアン・ギランの後を受けて、「Burn(邦題:紫の炎)」からディープ・パープルに参加した。当時、それほど歌がうまい とは思わなかったが、非常に味のあるブルージーな声質のヴォーカリストではあった。「Stormbringer(邦題:嵐の使者)」「Made In Europe」「Come Taste The Band」という4枚のアルバムを出してディープ・パープルが解散した後、2枚のソロアルバムを出している。
最初のが「Whitesnake」2枚目が「North Wind」この2枚が特に好きだった。中でも「Whitesnake」の2曲目「Blindman」という曲が好きで、繰り返し聞いていた。もちろん今でも好きだが、大分聴く機会も減った。
彼の歌い方はハード・ブルース・ロッカーという感じで、かなりルーズで、ねちっこさを感じることもある。酒場で酔っぱらいが眠そうに歌っているよ うな雰囲気もある。Whitesnakeをバンド名にしてから、特に、アメリカで当たった頃は大分高音のシャウト歌手みたいになってしまったが、このソロ の頃は、あまり高音も出ていなくて、それが魅力でもあった。
ディープ・パープルではリッチー・ブラックモアとトミー・ボーリン、ホワイトスネイクではミッキー・ムーディーとバーニー・マースデン・・・そのあと は、ジョン・サイクスだのヴィヴィアン・キャンベルだの、エイドリアン・ヴァンデンヴァーグだのスティーヴ・ヴァイだのメタル・ギタリスト目白押しだ が・・・ジミー・ペイジなんてのもあるが、とにかく、誰と組んでも、デヴィッドはデヴィッドなので、私にとっては、ロニー・ディオを聴いているのと同じ に、幸せに浸れるわけだ。
ディープ・パープルというメジャーなバンドでスタートし、初期のホワイトスネイクでは「フール・フォー・ユア・ラヴィン」をイギリスで当て、ジョン・ ロードと縁を切ってアメリカに渡ってからは、「Serpens Albus(邦題:白蛇の紋章)」は世界的に大ヒットした。考えてみると、リッチー・ブラックモアよりも成功している。
このアルバムのタイトル、Serpens AlbusのAlbusというのが意味がよく分からない。辞書で引いても出てこないし。本当に紋章っていう意味なのか?しかもこのタイトル、CDでは、読めないくらいに小さい。タイトルなのかも怪しいくらいだ。
しかしビルボードチャートの上位に入ったりすると、コマーシャリズムとか、アメリカナイズとか言われるが、それほどこのアルバムはアメリカンな作品ではない。
確かにジョン・ロードと一緒にやっていた頃は、ブルース指向なのに、なんかちょっと野暮ったい部分があって、突然このアルバムから音がクリアになった感 じがして、何かが違うが、それは多分、ポリープの手術で高音が出るようになったので、心機一転したデヴィッドの心象の表徴なのだと思う。確かにこのアルバ ムでのジョン・サイクスの存在は大きいけれど、やっぱりホワイトスネイクはデヴィッドの個人バンドなのだ。
それは、ディオが何をやろうとディオであるように、存在感の大きさというのは否めない。
ジミー・ペイジとのコラボレーション(ロバート・プラントの真似のように言われるが、全く違うぞ!)もなかなか良かったけど、1枚で終わり、最近 ではたまにソロアルバム出したりしてる。お金もあるし、美人の奥さんと悠々自適なのかも知れない。年も年だけど、まだまだがんばって欲しい。
ブルージーなソロアルバムでも出してくれないかな。

 私はハードロックが好きで、知り合いもそのことはよく知っている。
でも私のハードロック歴は(今となっては長いが)、例えばDeep PurpleやLed Zeppelinが好きだといっても、リアルタイムでは聴いていない。むしろ、Deep Purpleが解散したときに、ラジオから特集でその音楽が流れているのを聴いたとき、なんてうるさい音楽だろう、俺は聴かんな。そう思っていた。
同じようなことは例えばクラシックでも言える。小、中、高と音楽の授業はあったが、ホルストの「惑星」とシューベルトの「魔王」以外で興味を持った作品は一つもなかった。
さて、現在はそのどちらも大好きで聴くのだが、そもそもはハードロックにある。それまでは歌謡曲ばかりを聴いてきて、洋楽といってもせいぜい、TV番組 の「ソウルトレイン」やちょっとしたラジオ番組で聞きかじる程度、むしろ映画音楽やポール・モーリアなどが私にとっての洋楽だった。
ある朝、起き抜けのNHK-FMで、洋楽の新譜を紹介する番組をかけていた。学校へ出かける直前のことだったと思う。かかっていたのはRainbowの 「Rising」というアルバムで、このRainbowは前出のDeep Purpleにいたギタリスト、Ritchie BlackmoreがELFというバンドを率いて作ったバンドで、このアルバムは2枚目、既にELFのメ ンバーはボーカルを除いて総取っ替え、曲想はともかく、音色などは別物で、むしろDeep Purpleよりもうるさかった。
ところが出会いというのは面白い物で、私はこのアルバムに打ちのめされた。当時ステレオの無かった私はエアチェック(懐かしいな!)したカセットを聴きまくった。
最初に買ったアルバムは彼らのライブ・アルバムだった。
そこからが私のハードロック人生の始まりで、高校3年の時だった。同時にEaglesの「ホテル・カリフォルニア」なども流行っていたので、嗜好はハードロックにとどまらず、ロック全般に広がっていった。
ちょっと話はずれるが、私は当時映画の「2001年宇宙の旅」を見て大好きになり、その冒頭に流れるR.シュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」を買った。
RainbowのドラマーはCozy Powellだったが、彼はライブでチャイコフスキーの「1812年序曲」という曲をバックにドラム・ソロを叩いていた。で、「1812年序曲」を買っ た。ついでに、なぜか「白鳥の湖」の抜粋版を買った。有名な「情景」のメロディーが好きだっただけで、「ドカベン」の影響ではない。
この3枚がクラシックを聴くきっかけで、言ってみれば、ハードロックあってのクラシックだった。ハードロッカーはなぜかクラシックが好きだ。特にバロッ ク音楽。「Ritchieの何とか言う曲はバッハのコード進行と同じだ」そんな文章を読んですげえなと思った。今考えてみると、よく意味が分からない。
さて、クラシックの話は別の機会に譲るとして、ハードロックだ。
Rainbow以来、多くのハードロックバンドを聴いた。当時はDeep PurpleよりもLed Zeppelinの方がかっこいいというイメージが何となく世間にもあった。渋谷陽一氏とかがいろんなところで公言していたのも一つの原因かも知れない が、確かに、Zepの方が、あか抜けているような感じがするというか、Purpleは要は歌謡曲なのだ。この路線で言えば、Whitesnakeや Scorpions、Uriah Heepといったバンドが歌謡ハードロックといった感じだろうか。ある意味Zepは孤高なのだ。そして、Zepの根底にあるのはブルースだが、 Purple系バンドはどちらかというとクラシックの臭いがする。そんなイメージの違いが一つの理由であるようだ。
私は当然Zepも聴くが、どちらかというとPurple畑の人で、Ronie James Dio とDavid Coverdaleという二人のボーカリストが好きで、この二人がアルバムを出せば、もう60才だと言われても今だに購入する(Ian Guilanじゃないんだなこれが)。面白くなくても買う。これは対象のアーティストが違っても、音楽好きにはよくあることではないかと思う。
最近のハードロックバンドにどんな人たちがいるのか、実はよく知らない。Aerosmithは最近でも流行っているようで、昔は聴いたが(今でも 「Dream On」や「Kings and Queens」「Draw The Line」なんて曲は好きだ)、このところあまり聴かない。実際、Deep Purpleも現在でもバンド活動をしているようだし、新譜が出れば聴くこともあるが、かつての、レコードに針を落とすときの高揚感や、隅から隅までライ ナーを読んでいた頃の情熱はない。
今これを書いている瞬間、MSGの「Searching for Reason」という曲がかかっているが、ほんとなぜなんだろう?
うちの親父は浪曲と、ディック・峰、村田英雄など、往年の大歌手が好きで、子供の頃、大晦日、東京12チャンネル(現在のテレビ東京)でやっている、懐メロ番組を見ていてレコ大などの裏番組を見られないため、子供心に不満を感じていた。
最近でもその番組は続いているようで、見ると今では、私が子供の頃に活躍していた歌手も多く出ている。下手すると、40代の歌手でも出演している。確かにそのころの歌謡曲やフォークは懐かしいから、意外と耳に心地いい。
私にとっての70年代ハードロックは、この耳に心地いい感を持った音楽である。
音楽の感性というのが、若い頃に耳にした、しかも興味ある音楽によって何らかの形で固められるのかなという気さえしている。もちろん全員が全員で はないし、せいぜい傾向というに止まることだけど、若い人と中年、そしてさらに年配という風に、おそらくは音楽の嗜好はかなり固定的に意識付けされる、そ んなようなそんなものかもしれない。といって、新しいものを受け付けないというわけではないだろうが。
今日私は、CDショップで、サイモン・ラトル指揮のメシアンの遺作「彼方の閃光」という曲を試聴した。素晴らしい音楽だった。いずれ購入しようと思ったが、事情があって今日は買わなかった。
きっと、現代のハードロックもいい物がたくさんあるに違いない。なかなか耳にする機会がないので知らないだけだろう。なんだかちょっともったいない気がする。
あ、今サンタナがかかっている。サンタナも好きなんだなあ。
そのうち。

パリス
8 月 17th, 2005 by admin in ハードロック, ロック No Comments

 無性にパリスが聴きたい。特にそのセカンドアルバムが。
と言ったところで、多くの人がパリスなるバンドを知らないと思う。インターネットで検索しても「パリス」というバンドはほとんど出てこない。
フリートウッド・マックと言えば、結構多くの人が懐かしく思い出すに違いない。
ミック・フリートウッド、ピーター・グリーン、リンジー・バッキンガムなどが板が、その中にロバート(ボブ)・ウエルチという人がいた。後にソロで、「フレンチ・キス」というアルバムをヒットさせたが、彼が、マックをやめて作ったのがパリスというバンドだ。
ファーストアルバムは「Bigtown2061」だったかな?そんなタイトルのアルバムで、レッド・ツェッペリンの真似っこみないな事も言われた。確かに中に「Black Book」なんていう曲があって、「Black Dog」みたいだったような記憶もある。
ところがセカンドアルバムは、うってかわってポップな仕上がりで、私はこれが大好きだった。特に、「青ざめた馬乗り(Pale Horse Pale Rider)」という曲が好きだった。当時はハード・ロックと言われていたようだが、どう聞いても普通のポップスだった。軽快だったし。
レコードがCDに変わり、古いレコードのほとんどを処分したときに、そのアルバムも売ってしまった。どうせCDで買い直すと思っていたからだ。
ところが、今に至るまで、1回もCD化されていないのだ。ファーストは何回かCDになって、確かCDの棚のどこかにあるはずだ。ところがセカンドは、一 向に出ないどころか、海外のショップで探しても見あたらない。ごく希に、国内で手に入らないものは海外から買ったこともあるが、出ていないものはどうしよ うもない。
発売元は東芝EMIでレーベルはクリサリスだったと記憶している。レコード売らなければ良かったな。
実はレコード売らなければ良かったのにもう一枚ある。ただこちらは、タイトルもアーティストもうろ覚えで、検索が出来ない。
逆にレコードを売らなかったおかげで聴けたのは(サンプル盤だったからと言うのがあるが)、バンド名は忘れたが、サザンロックのグループだ。レーナード スキナードばりのギターで、もっとハードだった。でもまあ、アメリカで探すとこんなバンドは腐るほど、当時はいたに違いないが。
いずれにしても、ああ、パリス聴きたい。

 マイケル・シェンカーというギタリストがいる。
スコーピオンズというハードロック・バンドにお兄さんがいて、最初のスコーピオンズにも参加していた。とてもメロディアスなギターを弾く人で、私は多分ギタリストの中では一番好きだ。
スコーピオンズではほとんどプレイらしいプレイをしていない感じだが(少なくともアルバムでは)、その後、UFOというバンドを結成し、そこを辞めたあ とはMSGという、昔懐かしいバッグのような名前のバンドを結成する。Michael Schenker Groupの略だ。そのあとはソロで活動したり、MSGを再びやったりしている。まあ、MSGがマイケルの非常に個人的なバンドなので、UFOを辞めたあ とは、ほとんどソロだと言っても過言ではない(少なくとも私にとっては)。
UFOのフィル・モグーという人はそこそこいいヴォーカリストだと思うが、それ以降のヴォーカリストは、あまりいい人に出会っているとは言い難い。特に MSGで最初に歌っていたゲイリー・バーデンという人は、私は下手くそだと思う。意外と日本では、そしてMSGを好きな人の中では評価が高いこともあるよ うだが、単純に「クライ・フォー・ザ・ネイションズ」とかの、曲が良かったから人気があったような気がする。それでも、彼が参加した「限りなき戦い (Built to Destroy)」というアルバムは結構好きだが。
マイケル・シェンカーはドイツ人で、当然お兄さんのルドルフもドイツ人なのだが、スコーピオンズの「ロンサム・クロウ(Lonesome Crow)」というアルバムに参加した時は16歳だというからすごい(今、この前の文章を打ったら、「だというカラス語彙」という変換をされた!ロンサ ム・クロウの呪いか?!)。次の「何とかの蠍団(Fly To The Rainbow)」では、作曲だけでプレイをしていない。レコーディングの前に辞めたらしい。でも、タイトル曲や「Fly People Fly」など、非常にきれいなメロディーを書いている。そして、兄さんの元を去ってまで参加したUFOで、「現象(Phenomenon)」という名作を 作るのだ。UFOは元々別のギタリストでデビューしていたバンドだが、ディープ・パープルの「イン・ロック」以上にUFOというバンドそのものを決定する ようなアルバムだ。「ドクター・ドクター(Doctor Doctor)」や「ロック・ボトム(Rock Bottom)」という名曲が入っている。分けてもこの「ロック・ボトム」のソロは、いまだに私のロック人生(たわいもないが)の中でベスト3に入る。
2枚ほど置いて、「新たなる殺意(Lights Out)」もいい。このアルバムはタイトル曲がライブでも演奏されるし、有名だが、それ以外にも名曲が多い。

現象 新たなる殺意
MSGは、そこそこかな。UFOがなければ、私のマイケルへの評価はきっと、それほど高くないかも知れない。MSGで1枚選ぶなら、グラハム・ボネット が参加した「黙示録(Assault Attack)」かな。原題はなんだか過激なタイトルだが、収録曲のデキはなかなかいい。 この人は、いわば早弾きの元祖みたいな人で、非常に素晴らしいテクニックを持っている。テクニックと同時に、メロディアスな旋律を弾ける人で、 その二つが相俟っていることで評価されているのだと思う。ことに日本人好みのいわゆる「泣き」と言われる旋律を弾くが、同じような感じのゲイリー・ムーア などと比べると、洗練されている。というか、歌謡曲の一歩手前で止まっているのだ。ゲイリー・ムーアは完全に歌謡曲だから。なんと言っても本田美奈子だっ て歌ってるんだから。
ただ人間的には奇癖がある人で(ロック界はやたら多いが)、メンバーとのいざこざや、神経症だったりと、いろいろあるようだ。そういうところには あまり興味がないのだが、グラハムがステージで、マイケルはホントはギターを弾いていないとか言って、別のギタリストを連れ出したなんて話を聞いたことが ある。真偽の程は知らないが。
何時の頃からか「神」と呼ばれ、フライング・ブイという、布袋寅泰もたまに弾いていたギターをトレードマークにしていた。グループ名そのものをタイトル にしていたアルバムが、日本盤になるとなぜか「神」になってしまうところで、レコード・メーカーの作為を感じないわけではないが、それくらいうまいと言う ことだろう。
アルヴィン・リーなんて言う人は、それ以前から早弾きで有名だった人だし、アル・ディ・メオラなんていう人もかなりの超絶技巧の持ち主だが、マイケル一 人が「神」と名付けられたのには、テクニックばかりでなく、様式美とか、そういう大上段に構えた何かを信奉しがちなハードロック界ならではの命名だと思 う。
最近でもアルバムを出しているが、昔日の勢いはない。まあやむを得ないか。しかし、リッチー・ブラックモアがブラックモアズ・ナイトというバンド というかで、自分がやりたい世界を、新しいきれいで若い奥さんと楽しくやっているのを見ると、マイケルにももう一花咲かせて欲しいなという気がする。
いや、もちろんいまだってがんばってはいるんだけど・・・

「Living in Oz」は、リック・スプリングフィールド(Rck Springfield)の、たぶん7枚目くらいのアルバムだ。最初の発売は1983年。
リックはオーストラリアのロック歌手で、アメリカに渡った後、テレビドラマでもブレイクしたらしい。たぶん、最も有名な曲は「ジェシーズ・ガール(Jessie’s Girl Springfield )」とか、その前の「アメリカン・ガール(American Girl )」 なのだと思う。
「Living in Oz」は、その「ジェシーズ・ガール」が入ったアルバムの次に発売され、10曲が収録されていた。1,3,8がシングルカットされていた。
80年代らしいポップ感覚があるアルバムだが、もう少し骨太で、ハードだ。5と10がバラードというか、静かな曲だが、他はハードチューンだ。
ぼくはこの中の「ソウルズ(Souls)」が大好きで、アルバム以外にビデオも手に入れた。今でも聴いている。
都会から出てきた男がスターになって、それを田舎の彼女が追いかけてきて、結局そちらに落ち着く的なビデオだが、たぶん歌の内容もそんな感じだ。ただのポップスだと言ってしまえばそんなものだが、この曲を聴いて、すばらしいメロディーメーカーだと思ったものだ。「two souls searching for each other, one spilit looking for the other.」というサビのメロディがとてもいい。アルバム全体でも、あまり捨て曲はないが、個人的には、4,10がソウルズに続く。
YoutubeでPVを探したが、見つからなかった。だが、別の女性が歌ったのを見つけた。たぶん子供番組で歌っているのだが、これはこれでなかなかよい。

1. Human Touch
2. Alyson
3. Affair of the Heart
4. Living in Oz
5. Me & Johnny
6. Motel Eyes
7. Tiger by the Tail
8. Souls
9. I Can’t Stop Hurting You
10. Like Father, Like Son
CD情報
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国内盤
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レインボー
10 月 27th, 2004 by admin in ハードロック, ロック No Comments

 レインボーというのはこの場合、私をハードロックの世界にのめり込むきっかけを作ったバンドの名前だ。レインボウではなくレインボーが、レコードメーカーの日本語表記だ。
75年のデビューで、84年に一回解散、95年にちょっとだけ再結成(名前だけか)という経歴です。
元々ディープ・パープルにいたリッチー・ブラックモアがディープ・パープルを脱退、ELFというアメリカのバンドに参加するような形で「Ritchie Blackmore’s Rainbow(邦題:銀嶺の覇者)」がファースト・アルバムです。セカンド・アルバムを出す時、ELFのヴォーカリスト、ロニー・ジェイムス・ディオを 除く残りのメンバーを解雇、今は亡きコージー・パウエルを含む3人を補充してセカンドアルバム「Rainbow Rising(邦題:虹を翔る覇者)」をリリースしたのが76年でした。私が17歳の時、このアルバムを聴いたのが全ての始まりでした。
特に「A Light In The Black」という、LP B面の2曲目に収められていた曲が大好きでよく聴いていました。いかにもリッチーらしいリフと激しいコージーのドラム、そしてのびのあるロニーのヴォーカ ルが渾然一体となった、ハードロックはこれでいいんだぜ!と言わんばかりの8分を超える名曲です。この曲がなければ、その後の私のハードロックを皮切りと した洋楽への傾倒も、あるいはクラシックへの指向も無かったかも知れません。
作家の栗本薫はRun With The Wolf」なんて言う作品を初期の頃に書いてますが、このアルバムの中の一曲です。
なかなか発売されなかったライブ、そして「Long Live Rock’n’roll(邦題:バビロンの城門<アーチ>)」までが、私がこの世で最も好きな二人のヴォーカリストのうちの一人、ロニーが参加したアルバムです。ここまではLPも見開きジャケットでした。
ロニーが辞めて変わりにグラハム・ボネットが参加し一緒にパープル時代の盟友ロジャー・グローヴァーが加わった「Down To Earth」からは、曲もちょっとポップ指向になり、1曲の時間も短くなってきました。このアルバムにはホルストの「惑星」から、火星の一部をモチーフに した「Eyes Of The World」という曲があるのですが、2年ほど前に、着メロでこの曲を見つけた時にはびっくりしました。「All Night Long」や「Since You’ve Been Gone」なら解りますがね。
グラハムは1枚で抜けて、次の「Dificult To Cure(邦題:治療不可)」からは、ジョー・リン・ターナーが最後までヴォーカルを務めています。このアルバムはアメリカでも成功したらしいですが、後 年ホワイトスネイクは1位になっていますから、同じパープル出身とはいえ、この点の勝負はリッチーよりもデヴィッド・カバーデールに軍配が上がったようで す。
このアルバムではリッチーはタイトルにもなっている曲でベートーヴェンの第九の終楽章を恥ずかしげもなく弾きまくっています。私は苦手だ。
次のアルバムは「Straigt Between The Eyes(邦題:暗闇の一撃)」は、なかなかいいアルバムだと私は思っています。1曲目の「Death Alley Driver」は、「Highwaystar」みたいですが、それより成功していません。
そして事実上のラストアルバムとなった「Bent Out Of Shape」ですが、この作品は確かにレインボーの中にあっては比較的評価が高いのですが、ジャケットからはレインボーらしさはなくなっています。
ディープパープルからレインボーに入った人は多いと思います。パープルよりもリッチー色が強いようにも思えます。でも私はレインボーだし、これは クラシックで言えば私のマーラーに対するこだわりと一緒で「Rising」は私にとっては「復活」と同じくらい重要なアルバムです。そしてレインボーは私 にとって、リッチーのバンドである以上にロニー・ジェイムス・ディオのバンドなのです。 ELFに始まり、レインボー、ブラックサバス、Dioと、彼のア ルバムはどんなにつまらなくても買います。聴きます。
あの小さな身体から出る力強い声は、私を魅了してやみません。
この記事をきっかけに調べてみたら、こんな素晴らしいサイトを見つけてしまいました。
レインボー研究所

レス・ポール
8 月 16th, 2009 by admin in ロック No Comments

 先日、レス・ポールが亡くなったというニュースを電車内で知った。
 なんだか最近、大御所の死が続く。もちろん、いつだって誰か死んでるし、その中に著名な人物も数多い。
 だが、世間でどんなに有名でも、自分がどれほど驚くかというのは、また別の話である。
 5月の末に作家の栗本薫が亡くなり、翌日作詞家の石本美由起が亡くなった。無くなった時間にもよるのか、ニュースは同日に流れたケースが多かった。
 石本美由起は昭和を代表する日本の作詞家で、「悲しい酒(美空ひばり)」や「矢切の渡し(ちあきなおみ他)」などを書いた人だ。
 一方栗本薫は中島梓名義で評論なども書く、ミステリとSFを中心に活躍した作家だ。
 まあ、ニュースの扱いが磯本美由起の方が非常に大きかったのはテレビ局などとしては当然のことかも知れない。でもまあ、言っちゃ何だが、85歳まで生きて天寿を全うした方に比べ、まだ56歳という若さでなくなった栗本薫の扱いは、その作家としての仕事に比べて小さかった。
 ぼくは実は、栗本薫は1冊しか読んだことがない。だが、グイン・サーガという、130巻近い大著を著した作家は、おそらく世界でも以内に違いない。どうやらギネスに申請もしていないのか、載っていないらしいか、まさにギネス級の作品だ。どんな本屋でも、新刊(文庫書き下ろし)は必ずといっていいほど平積みされている。
 早川書房はローダンとグインで食っているという噂を聞いたことがある。
 この2作は、方やギネス認定の世界最長編小説(先日ドイツで2500巻を超えた)と、ギネス未認定の個人による世界最長編小説だ。ローダンは最初から複数作家で書かれているし、すでに最初の巻を書いた作家は二人とも死んでいる。ローダンは売れ続ける限り、書き続けることができる小説だが、グインはそうではない。栗本薫無くしてグイン無し、なのだ。
 これだけのものを書いた作家としては、無くなったときの扱いがきわめて小さいし、テレビのクイズ番組でもおなじみのみたいな扱いは、きわめて悲しい。読んでなくてもそう思うのだから、ファンはさぞやがっかりしたろう。
 さて、レス・ポールだが、レス・ポールと聞いて、最初に思い浮かぶのはギター以外のなにものでもない。個人的には、エリック・クラプトンが真っ先に浮かぶ。
 まったくもって、ぼくはフェンダーのストラスキャスターにあこがれた側なので、ギブソンのレスポールの音ではなく、ストラトなのだよ、などともしかしたら昔は、弾けないくせに語ったこともあるかも知れないが、ローダンとグインの比較ではないが、やはりレスポールは素晴らしいわけで、その名を冠したギーターはともかく、本人が死んでしまったのだな、と思ったわけだ。
 というより、「えっ!まだ生きてたの?」というのが実感だった。
 後で調べると94歳だそうなので、大往生というところか。
 だが、なんか感慨はあるのだ。ストラトキャスターが死ぬことはないし。
 ここで取り上げた3人の故人、全てのご冥福をお祈り致します。

 レッド・ツェッペリンと言えば、今更言うまでもなく、伝説的なイギリスのハードロックバンドだ。1969年のデビューで、10枚前後のアルバムを出している(数えていない)。
レッド・ツェッペリンは「ツェッペリン」とかゼップとか日本では言われる。恐らく最も有名な曲は、「天国への階段(Stairway to Heaven)」だろう。「胸一杯の愛を(Whole Lotta Love)」「ロックンロール(Rock’n’rokk)」「移民の歌(Immigrant Song)」「グッドタイムズ・バッドタイムズ(Goodtimes Badtmes)」「永遠の歌(song Remains The Same)」「アキレス最後の戦い(Achilles Last Stand)」等、有名な曲には事欠かない。
個人的な好みとしては、「天国」「アキレス」「永遠」「ゴナ・リーブ・ユー(Babe I’m Gonna Leave You)」「一人でお茶を(Tea for One)」と言ったところだ。
私はロバート・プラントの歌よりも、ジミー・ペイジのギターに比重がある。アルバムは、ジャケットの好みも含めて、「アキレス」と「お茶」が入っている 「プレゼンス(presence)」が一番好きだ。「俺の罪(Nobody’s Fault But Mine)」なんていう印象的な曲も入っている。
ツェッペリンは70年代の日本では、ディープ・パープルかツェッペリンかというハードロックの2大バンドのようなところがあって、歌謡曲のような パープルよりも、よりブルースなツェッペリン派が何となくかっこよかった。渋谷陽一などはまさにそういう人だった。ラジオ番組でも、「比較するな!」とい う感じだった記憶がある。
ツェッペリンの曲は「聖なる館」「フィジカルグラフィティ」辺りが、あまり面白くない。5枚目6枚目だ。最初の頃の、荒削りだが、なんだか2分ちょっと の曲でも、ものすごいエネルギーが横溢しているような曲が、どうも「天国への階段」辺りで様変わりしている気がする。実際、「天国への階段」が入っている 4枚目の、どこにもジャケットにタイトルが書いてないアルバムでは、その傾向が出ている。レコードのB面、つまり「天国への階段」の後の曲はなんかとらえ どころがない。
「プレゼンス」と「「イン・スルー・ジ・アウトドア」は突然ポップになったような気がしたものだ。「イン・スルー」は、実はアルバムとしてはかなり面白い のだが、際だった曲がない。私はどちらかというと、アルバムの統一感みたいなものより、突出して好きな曲があればその方がずっといいので、「この曲しか聴 かない」CDなんていうのが結構ある。
今でも、パープル系のバンドは、ツェッペリンに比べて評価が低いが、実はパープル系のバンド・・・・というかリッチー・ブラックモアの書いた楽曲 というのは、非常にテレビなどでよく使われる。確かに同じハードロックでも傾向は全く違っていて、私などは敢えて、「歌謡曲」と「ブルース」という言い方 をするが(ブルースったって、青江美奈じゃない・・・青江美奈は青江美奈で素晴らしいが)、意外と的を射ていると私は思っている。
それと、ジミー・ペイジの影のある容姿、煙草をくわえてツインリードのギターを弾く姿などがとてもかっこいい。ちょっと禿げかけたリッチーのギョロ目とは大分違っていたりするのだ。でも、私はどちらも好きだ。甲乙は付けがたい。
ロバート・プラントの驚異的に高い音域は、到底カラオケなどで歌っても出るはずもないので・・・・イアン・ギランも一緒かな?それにもあこがれたりしてしまうが。
ツェッペリンが解散したのは、ドラマーのボンゾことジョン・ボーナムが死んだからだが、そういう意味でも、メンバーチェンジをやたら繰り返していたパープル系の人たちと、4人でワンセットのようなツェッペリンとは大分違う気がする。