王様の宮殿
由比敬介による好きな音楽限定のブログ。
つちやかおり
1 月 25th, 2009 by admin in 歌謡曲 No Comments

 今更つちやかおりでもない。
 つちやかおりは、たぶん80年代くらいのアイドル歌手で、しぶがき隊のふっくん、布川某の奥様のはずだ。
 当時レコード店に勤めていたので、知識はある。だが、唯一聴いたことがあるのは「もう家なんて帰らない」という曲で、これは秋元康と高橋恭司という人の作曲だ。実はこの高橋恭司、虎舞竜の高橋ジョージだ。レコード店にいる利点の一つは、レコード会社から頂けるサンプル盤だった。尤も、本来は貸与で、しかもレコード店に対してだが、欲しいものがあると営業マンにねだったものだ。もちろん、店頭で繰り返しかけるので、むしろ店員が気に入って欲しいという盤の方が宣伝効果はあったかも知れない。
「もう家なんて帰らない」はそうではなく、まとめて送ってきた中にあったレコードだった。
 ただ、記憶は曖昧で、自分で買った可能性も高い。アイドルでも気に入ると買っていたから。
 まあ、今更どちらでもいいのだが、この曲は気に入っていて、現在ではパソコンに取り込んで聴いている。当時のシングル盤で同様になぜか気に入っているのは、秋山絵美という歌手の「太陽のアラベスク」という曲だ。これは、今は亡きブルーコメッツの井上大輔の曲だ(井上忠夫の方がしっくり来るな)。大西結花の「シャドウ・ハンター」という曲も井上氏の作曲で、似たような曲調だ。こちらは浅香唯が主演をしていた当時の「スケバン刑事」の挿入歌だった。実はこれもレコードを持ってたり。
 さて、そんなわけで、つちやかおりはぼくにとって「もう家なんて帰らない」だけの歌手だったのだが、そのつちやかおりの曲をパソコンに取り込むに辺り、元々レコードからはめんどくさいわけで(結局レコードから取り込んだのだが)、ネットで探していたら、デビューアルバムが再発売されていた。しかも、YouTubeで見ると、その曲が聴ける。というか見れる。そこで物は試しに聴いてみるとなかなか面白い。
 60,70,80年代のアイドル歌謡曲、あるいはもっと大きく歌謡曲というのは、演歌とも違い、ニューミュージックやフォークとも違う、メロディ偏重の(というと語弊があるが)、こてこての日本人向けポップスが多い。
 現在の、グローバルでアメリカンというか、音と詞の関係がとても外国風な音楽ではなかなか生まれてこない、ベタな音楽がたくさんあった。
 だから、どんな歌手の曲でも、アルバム何枚か聴けば、たぶん1曲や2曲は気に入る曲がある。そんなわけで、つちやかおりのアルバムを借りた。到底買う気にはならないから(だって25年前の、しかも聴きたいのは1曲だけで、2,236円。信じられない値付けですよ)レンタルで借りた。
 実際には「オリエント急行」以外にもちょっと面白い曲が2曲ほど入っていた。とは言っても、ちょっと続けて聴くのはやはり1曲だ。
「もう家なんか帰らない」はなかなか時代のギャップを、当時でさえ感じる曲だったが、「オリエント急行」の方は、何ともアイドルらしからぬ内容の曲だった。
 この頃のアイドルは、歌はへたくそというイメージがあるが、そんなことはない。結構うまい人が多いし、つちやかおりもなかなかうまい。
 
 アイドルもなかなか侮れないということだ。

悲愴感
8 月 20th, 2008 by admin in 歌謡曲 No Comments

 悲愴感と言えば、フジテレビの「はねるのとびら」でデビューする3人組のことだ。アンガールズの田中、ロバートの山本、ドランクドラゴンの鈴木と、日本人の苗字の上位を集めたようなユニットだし、明らかに「はねる」の前番組「クイズヘキサゴン2」の羞恥心のパクリなのだが、これがいい。
羞恥心も悪くはなかったが、より、こっちの方がいい。
こういうアイドル歌謡曲が昔は溢れていた。もちろんそれでも、アレンジは最近のものだし、70年代の歌謡曲とは違う。でも、こういう歌は純日本という感じがする。演歌などとは別に、日本的だ。

そしてメロディーラインがとてもよくできている。羞恥心は、アラジンの高原兄だが羞恥心は誰なのだろう?悲愴感は羞恥心に比べて、完全にお笑い路線だし、上地がいないのだから羞恥心ほど売れないと思うが。ちなみに、youtubeでは、はねるのとびらの番組から取られた映像は、すべて削除されている。狭量なことだ。

歌謡曲
12 月 19th, 2004 by admin in 歌謡曲 No Comments

 歌謡曲というジャンルは、どこからどこまでを指すのだろう。
私は、自分のパソコンに入れてある邦楽のMP3は、基本的にすべて「J-POP」というジャンルにしている。演歌も、ロックも関係ない。唯一、アニメの 音楽は「Anime」でフォルダも変えている。あ、もちろん、日本人のジャズは「Jazz」だし日本人の演奏家でもクラシックは「Classical」に なってはいるが。
北島三郎と、中島みゆきが同じジャンルのはずはない。北島三郎は、明確に演歌だし、中島みゆきは今の言い方ならJ-pop、かつてはニューミュージッ ク、それ以前ならフォークソングとなろう。では、由紀さおりはと言えば、これが歌謡曲だ。もちろん、日本の童謡を歌った曲ではなく、「手紙」とか「夜明け のスキャット」とかだ。
さて、森昌子の古い歌に「中学三年生」という歌がある。森昌子と言えば、デビュー曲「せんせい」も演歌かどうか怪しいところだが、「越冬つばめ」「立待岬」など、後年はまさに演歌の歌手である。
この「中学三年生」は、実はアルバムの中で山口百恵も歌っている。これは当時で言えば、やはり歌謡曲だ。ちょっと後になると、アイドルポップスと言うことになるだろう。でも、何となく森昌子が歌うと演歌だったりする。
演歌も歌謡曲の一部と考えれば、これは解りやすい。
しかし、私はポップスと歌謡曲の違いがよく分からない。日本のポップスが歌謡曲で、今はそういう言い方をほとんどしない、というような区切りでいいのだろうか。
歌謡という言い方はやはり古臭いし、演歌という表現は古さを尊ぶからこそ朽ちない表現なのだ。そういう意味では、中島みゆきも、浜田省吾だって歌謡曲だし、私はよく思うのだが、ディープパープルってイギリスの歌謡ロックだ。
ロックやポップスの中で、あれだけこてこての歌謡曲的メロディラインを書く人は少ない。最も最近の洋楽に関してはとんと暗い私だが。
さて、この歌謡曲というのはとても日本人にしっくり来るのだ。いわゆる日本の5音音階は、例えば沖縄民謡に似たところがあるので、本来から言え ば、西洋音楽の日本人なりのアレンジ音楽といった方がいいのかも知れない。まさに日本人は、このアレンジという部分がとても上手で、最近の日本の若い人向 けの音楽も、アメリカやイギリスの音楽を巧く輸入している部分が多い。
確かに昭和40年代、50年代くらいの歌謡曲には私くらいの年齢以上になれば、懐かしさが第一になる。かつて、自分の親が懐メロを見る姿を見て、退屈な 音楽が多いと思っていたが、今、懐メロ番組を時々やっているが、そこに登場する歌手は、かつて自分が幼い頃、あるいはティーンエイジャーだった頃といった 方がいいかもしれないが、その頃に流行っていた歌手だ。
サザンオールスターズ、井上陽水、中島みゆきといった歌手は当時から第一線だったし(サザンは少し後だが)、今でも第一線だ。すごいことだと思う。
懐かしさというのは一つには曲そのものに対するノスタルジックな印象もあるが、当時の出来事との関連で懐かしさを感じるものもある。おそらくは恋愛が最右翼だと思うが、その時の感情を呼び起こすことができる。
洋楽ももちろんそうだが、歌謡曲は曲だけでなく、その歌詞も絡むことがある。
私がそういう感情と共に思い起こす曲をふと思い浮かべるとしたら、バンバンの「いちご白書をもう一度」と、アグネスチャンの「白い靴下は似合わない」な のだが、どちらもユーミンの曲だ。そう言えば、ユーミンも昔も第一線だし、今も第一線だが、なんか最近はパワーダウンしている。まあ、中島みゆきも「地上 の星」がなければ、それほどでもないので、やはりサザンはすごい。別にサザンはそれほど好きではないが、すごいということだけは言える。
サザンは歌謡曲じゃないと一般的には思うが、これはかつてニューミュージックと呼ばれたジャンルは、歌謡曲ともフォークとも一線を画すという意味 で使われたからだ。サザンよりちょっと古いが、雅夢の「愛はかげろう」という曲がある。これも言ってみればニューミュージックの曲だが、今聴くと、歌謡曲 だなこれは。・・・・という印象でくくれるのが、きっと歌謡曲なのだ。
それにしてもこの「愛はかげろう」は、カラオケで歌う時は要注意だ。女の子と行く時はちょっとセクハラだから。

私の16才
5 月 30th, 2009 by admin in J-POP, 日本の音楽, 歌謡曲 No Comments

「私の16才」と言えば、小泉今日子のデビュー曲だ。
小泉今日子は1982年のデビューで、この年にぼくは初めて社会に出た。勤めた会社がレコードの卸売業だったので、小泉今日子は、言ってみれば商品だった。小泉今日子は3月のデビューだが、5月にデビューした中森明菜は営業部に挨拶しに来たのを、当時経理だったぼくは、遠目に見ていた。
その中森明菜はデビュー当時から好きで、アルバムは毎回購入していた。ハードロックとクラシックに混じって、当時は自分のレコード棚では珍しいアイドルアルバムだった。
小泉今日子は、あまり歌がうまい印象がなくて(実際下手だったと思う)、ほとんど聴かなかった。経理から翌年希望を出して小売店へ配属になったとき、聴く音楽の幅が一気に広がった。それまでほとんど聴かなかったジャズを聴くようになったのもその頃からだ。
小泉今日子は、その年にブレイクする。
「私の16才」や2枚目の「素敵なラブリーボーイ」はオリコンのベストテンには入っていない。2枚目の「少女A」でブレイクした中森明菜よりは遅かった。
「素敵なラブリーボーイ」は林寛子のカバーだが、高校時代に聴いたことがあった。林寛子は歌手としてはそれほど成功したとは言えないと思う。この75年前後は、スター誕生で森昌子、桜田淳子、山口百恵がデビューした頃から、アイドルはこれでもかというほどデビューし、訳が分からない。
さて、ぼくはよく知らなかったのだが、小泉今日子のデビュー曲「私の16才」もカバーだったらしい。たまたまYouTubeでオリジナルを見つけた。
79年の森まどかという歌手の「ねえ、ねえ、ねえ」という曲のようだ。
森まどかのデビュー曲だという(13歳)「ひまわりの夏」というのもあったので聴いてみたが、なるほど、これでは売れなかっただろう。楽曲も面白くないし、演歌歌手がポップスを歌ったような感じだ。
ところが翌年に出されたという「ねえ、ねえ、ねえ」は小泉今日子の「私の16才」と、アレンジもほとんど変わらないが、歌唱力だけがかなり勝っている。
相変わらず演歌臭はあるのだが、丁寧で安定している。個人的にはこちらの方が全然いいのだが、当時素人くさかった小泉今日子が、僅か3年後にカバーし、その後の活躍を見れば、プロモーションだけの問題ではないだろう。
まあ、オリジナルに切り替えた「ひとり街角」「春風の誘惑」は、カバーの2曲よりも良かったし、「艶姿ナミダ娘」あたりからの小泉今日子のプチカリスマな雰囲気は、やはり才能だったのだろうと思う。単純にレコードを売っていたときの印象だけでもそう思う。

森まどかオフィシャル
まだ歌手をやっていらっしゃる。