JAZZに関しては、私はあまり強くない。一時期そこそこ聴いていたが、JAZZファンから言わせれば、きっとききかじり程度のことだろう。
一番古いJazzアーティストとしての認識は、JAZZじゃないと言われるかも知れないが、アル・ディ・メオラだった。多分学生時代のことだ。自 分でもジェフ・ベックの流れという感じだし、当時で言えばクロスオーバー、今でいうフュージョンというのがしっくり来る内容だ。ディ・メオラは今でも好き だし、当時のやたら速いフレーズばかりでなく、それ以降の落ち着いたのも好きだ。
モダン・ジャズを聴き始めたのは20代の半ば、レコード店に勤めていた折、当時の店長からいろいろ教わった。今でも聴くのはソニー・ロリンズ、ジャッ キー・マクレーン、マット・デニス等、当時聴いていたアーティストが多い。その中で、これもその店長から教わったのだが、アルフィーという映画のテーマを ソニー・ロリンズが演奏していたものと、コールマン・ホーキンスの「ジェリコの戦い」という曲、そして、マット・デニスの「エンジェル・アイズ」は今でも よく聴いている。どちらかというと、かなり演歌的というか、「クール・ストラッティン」や「クレオパトラの夢」なんかもそうだが、べたべたな感じかも知れ ない。
「ジェリコの戦い」は元々黒人霊歌だが、最初に聴いたのはバーバラ・ヘンドリックスというソプラノの名歌手が出した『黒人霊歌集」というアルバムだった。 この曲が好きで、コールマン・ホーキンスという名前も知らなかったがCDを買った。そしたらけっこう良かった。この2つの演奏は大分違うし、そもそもメロ ディー自体が微妙に違う。それでも同じ曲だし、どちらにも魅力を感じる。
クラシックで、メロディーが違うが同じ曲というのは余り無いだろうが、ジャズでは元々インプロヴィゼーションがその根底にあるので、即興というよ り、リアルタイム変奏みたいな表現で言い表せるような味が、ジャズらしさのように感じる。8ビートとか4ビートとかというリズムやテンポよりも、その即興 性と、自由さがJAZZの真骨頂のような気がする。
実はキース・ジャレットとかをあまり聞かない。自分の音楽的指向だと、聴けば好きになりそうな気がするのだが、なぜかほとんど聴いたことがない。最近少し、コルトレーンとか、マイルスとかにも食指が動くようになってきた。ようやくだが。
音楽というのは奥深く、クラシックだけ聴いていても、相当時間がないと『聴いた』という感覚まで持っていくのは難しい。増してたジャンルに渡ると、非常に表面的にならざるを得ない。
ただ、まあ、それも音楽の持つ良さの一つではあるのだ。そう思いながら今、小野リサを聴いていたりして。
フィッシャー=ディースカウの声を最初に聴いたのはいつのことだろうか?もちろんレコードを通してだが、多分、25年以上前のことだろう。場合に よっては学校で聴いているかも知れないが、記憶にはない。曲はきっとシューベルトの歌曲だったりするかも知れないが、マーラーの歌曲であった可能性もあ る。
抑制のきいたすこぶる知的な印象を割と最初の頃から持っていた。地声に近いピアニッシモと、「抜き」とでも表現したいような歌い方は、他のバリトンとは違うと思っていた。
ディースカウというとオペラよりも歌曲という印象がどうしても強いし、しかもドイツリートだ。シューベルト、シューマン、マーラー、ヴォルフというのが 私にとってのフィッシャー=ディースカウと言うところだ。私はマーラーからクラシックに入ったので、とりわけマーラーには重きを置きがちだが、ディースカ ウの場合はシューベルトとヴォルフだ。もちろん、「子供の不思議な角笛」や、フルトヴェングラーとの「さすらう若人の歌」など、マーラーの歌曲の中にあっ ても、特筆すべき名演奏をCDに残してはいるが、ヴォルフに関してはディースカウがいなかったら、私はこれほど好きになっていたか解らない。
シューベルト、シューマン辺りの歌謡性の高い歌曲は普通に聴いて楽しく聴けるが、ヴォルフはその曲自体に知的(痴的)とも言える難しさを内包している。 さすがに19世紀末の音楽であり、マーラーなどに比べても、非常に現代的である。マーラーとヴォルフは浅からぬ因縁のある関係だが、ヴォルフの非常に流麗 なタイプの曲でも、どこか調性のあやふやさを宿しているし、長大な曲になると、メロディという切り口ではなかなか入り込めない、そして沈潜し鬱屈した雰囲 気を持った曲もたくさんある。その辺りを実にディースカウは丁寧に、まじめに歌い、その雰囲気を伝えてくれる。
メーリケ歌曲集などがよく他の歌手も録音しているが、私はゲーテの歌曲集が好きだ。特に「プロメテウス」とか「人間の限界」などという物々しい内容の、しかも時間的にも長い曲がのめり込んで聴ける。ここらの曲のディースカウは、荘重で感動的だ。
マーラーなどで見せる諧謔的な(この辺りの表現は少々オーバーなくらいに感じるが)ものとは違って、しかもシューベルトやシューマンのように、さらっと聞き流しても聴けるのとは違って、常にまじめに向き合わされる。
シューマンの「詩人の恋」などはディースカウよりも、ちょっと脳天気とも言えるヴンダーリッヒ版の方が好きで、そちらをよく聴くが、ヴォルフは他の歌手のを聴いても、結局はディースカウに戻る。
一つには全集に近い内容のものが発売されているということにも依ると思うが、それは裏返してみれば、自信と愛着の表れで、ヴォルフの多くの歌曲を愛していたに違いない。
そろそろまじめにディースカウのシューベルトを聞いてもいいかなと思っている。私にとっては「冬の旅」よりも「水車屋の娘」と「魔王」だったので、他の曲もきちんと聴いた方がいいな、という感じだ。それでも、自分の好みから言えば、ヴォルフのようにはならないだろうな。
ヴォルフってもっと評価されてもいいと思うのだが。