王様の宮殿
由比敬介による好きな音楽限定のブログ。

 スコーピオンズ(Scorpions)のデビューアルバムであるロンサム・クロウ(Lonesome Crow)は、1972年に発売されたアルバムで、ぼくが初めて聴いたのは、1980年代半ばだったと思う。それまではスコーピオンズのファーストアルバムを「電撃の蠍団(Fly to The Rainbow)」だと思っていた。

最初に買ったスコーピオンズは「狂熱の蠍団(Virgin Killer)」だった。当時大学生で、クラシックを聴くサークルに所属していたが、そこでは直接問屋にレコードを買いに行っていて、レコード店の仕入れ価格で購入することができた。そして、それをまとめて買いに行く係というのがあって、1年生の時その担当をしていた。確か、半年その係をすると、部費で、好きなレコードをもらえたのだが、それでもらったのが、このレコードだった。

「狂熱の蠍団」はたぶん、スコーピオンズの中で 一番うるさいアルバムだろう。クラシックサークルで、それをご褒美にもらったわけだ。

その後、2nd「電撃」3rd「復讐の蠍団(In Trance)」と購入し 、「蠍団爆発(Tokyo Tapes)」まで購入した。間に入る4th「暴虐の蠍団(Taken by Force)」は、だいぶ後になってから購入した。

彼らは、ベルリンの壁が崩壊したときに演奏をしたり、ベルリン・フィルと競演したり、 現在でも活躍しているし、相当売れているバンドでもある。

2nd「電撃」辺りを聴くと、メロディアスなハード・ロックで、とても日本で売れたのが解るメロディラインだ。後のジャーマンメタルなどにとても大きな影響を与えたのが解る。

メンバーはヴォーカルのクラウス・マイネとギターのルドルフ・シェンカーが不動で、最初から現在に至るまで在籍している。要するにこの二人のバンドなのだ。

ファースト・アルバム「Lonesome Crow(恐怖の蠍団てついていたらしい)」の時は、ルドルフの弟、マイケルがリードギターを弾いていた。マイケルは2ndに曲を書いているが、バンドからは抜け、UFO、MSGとこちらもスコーピオンズとは別なハード・ロックで活躍している。マイケル・シェンカーはとても優れた作曲家だと思うし、それは非常に日本やヨーロッパ向けのメロディラインだ。

2ndからウルリッヒ・ロート(ウリ・ロートと言われていた)、「ラヴ・ドライブ(Love Drive)」からは現在のマティアス・ヤプスにギターが変わっているが、このマイケルが参加した「ロンサム・クロウ」だけが特に異質な音作りをしている。マイケルの曲調からすれば、2ndの方がマイケルらしいので、まさにプロデュースの問題なのかもしれない。

全体を通して、メジャーコードの曲が1曲もなく、アルバムタイトルにもなっている「Lonesome Crow」などは13分を超える大曲だ。おそらく90年代以降にファンになった人には、全く別のバンド、聞きづらいアルバムに違いない。

だが、この重苦しいアルバムが、僕は大好きだ。 クラウスの歌は、この頃から本当にうまいし、マイケルのギターはとても10代とは思えないテクニックだ。

よくプログレと言われるが、まさに当時のプログレッシブ・ロック的な要素を持っている。尤も、クラシック寄りではなく、 ジャズ寄りだ。リズムや、インプロヴィゼーションぽいギター演奏など、ライヴ・ハウスで全体を切れ目無しに演奏してそうな内容だ。そして、プログレの中ではハードな方だ。クリムゾンやピンク・フロイド好きのプロデューサーだったに違いない。

僕は7が最も好きだが、4などには後のUFO等に通じるものがある。
Lonesome Crow
1. I’m Goin’ Mad
2. It All Depends
3. Leave Me
4. In Search of the Peace of Mind
5. Inheritance
6. Action
7. Lonesome Crow

 

「Living in Oz」は、リック・スプリングフィールド(Rck Springfield)の、たぶん7枚目くらいのアルバムだ。最初の発売は1983年。

リックはオーストラリアのロック歌手で、アメリカに渡った後、テレビドラマでもブレイクしたらしい。たぶん、最も有名な曲は「ジェシーズ・ガール(Jessie’s Girl Springfield )」とか、その前の「アメリカン・ガール(American Girl )」 なのだと思う。

「Living in Oz」は、その「ジェシーズ・ガール」が入ったアルバムの次に発売され、10曲が収録されていた。1,3,8がシングルカットされていた。

80年代らしいポップ感覚があるアルバムだが、もう少し骨太で、ハードだ。5と10がバラードというか、静かな曲だが、他はハードチューンだ。
ぼくはこの中の「ソウルズ(Souls)」が大好きで、アルバム以外にビデオも手に入れた。今でも聴いている。
都会から出てきた男がスターになって、それを田舎の彼女が追いかけてきて、結局そちらに落ち着く的なビデオだが、たぶん歌の内容もそんな感じだ。ただのポップスだと言ってしまえばそんなものだが、この曲を聴いて、すばらしいメロディーメーカーだと思ったものだ。「two souls searching for each other, one spilit looking for the other.」というサビのメロディがとてもいい。アルバム全体でも、あまり捨て曲はないが、個人的には、4,10がソウルズに続く。
YoutubeでPVを探したが、見つからなかった。だが、別の女性が歌ったのを見つけた。たぶん子供番組で歌っているのだが、これはこれでなかなかよい。

Living in Oz

1. Human Touch
2. Alyson
3. Affair of the Heart
4. Living in Oz
5. Me & Johnny
6. Motel Eyes
7. Tiger by the Tail
8. Souls
9. I Can’t Stop Hurting You
10. Like Father, Like Son

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悲愴感
8月 20th, 2008 by admin in 歌謡曲 No Comments

 悲愴感と言えば、フジテレビの「はねるのとびら」でデビューする3人組のことだ。アンガールズの田中、ロバートの山本、ドランクドラゴンの鈴木と、日本人の苗字の上位を集めたようなユニットだし、明らかに「はねる」の前番組「クイズヘキサゴン2」の羞恥心のパクリなのだが、これがいい。

羞恥心も悪くはなかったが、より、こっちの方がいい。

こういうアイドル歌謡曲が昔は溢れていた。もちろんそれでも、アレンジは最近のものだし、70年代の歌謡曲とは違う。でも、こういう歌は純日本という感じがする。演歌などとは別に、日本的だ。


そしてメロディーラインがとてもよくできている。羞恥心は、アラジンの高原兄だが羞恥心は誰なのだろう?悲愴感は羞恥心に比べて、完全にお笑い路線だし、上地がいないのだから羞恥心ほど売れないと思うが。ちなみに、youtubeでは、はねるのとびらの番組から取られた映像は、すべて削除されている。狭量なことだ。

はじまりはじまり
8月 13th, 2008 by admin in 茶飲み話 No Comments

 これまで「うちでのこづち」というブログサイトをやってきたが、そこから音楽の話だけ、独立させることにした。

基本的には、それほどの意図はない。持ってるCDやDVDの感想とか、ライヴの話とか、まつわる話題を、毎日一つずつ、書いていければいいかな、と希望的観測で。

元々、音楽の幅は広いと思っていたのだが、よく考えてみると、それほど広くない。

かつて、自分の親が大晦日に、レコード大賞でもなく、紅白でもなく、東京12チャンネルの懐かしの日本歌謡とかいう番組を 夕方から見ていた。子供は(当時の)最近の歌謡曲番組が見たいのだ。藤山一郎や、ディック峰、東海林太郎や高峯秀子など、別に見たいわけでもない。

でもまあ、そのおかげで、伊藤久男の「イヨマンテの夜」なんて言う曲を覚えたのも、事実ではある。高田浩吉の 「大江戸出世小唄」なんて言うのも面白かった。でもやはり、子供は、黛ジュンが見たいのだ。花の中三トリオが見たいし、新御三家が見たいのだ。

だが、ある程度の年齢になってふと思うと、まったくではないが、それでも最近の音楽は追わなくなっているし、興味もあまりない。

購入するCDは70年代の前半から活躍している大御所の最新作だったりする。

だが、別にそんなことはどうでもいい。ある意味順送りだし、聴くものは聴く。羞恥心も好きだし、悲愴感(羞恥心よりもいいな)も好きだ。倖田來未だって、何曲かは聴くし、他にも好きな曲はきっとあるに違いないが、いちいち調べるのもめんどくさいだけだ。

現在PCのハードディスクに入っている音楽は、およそ15万分、2500時間分だ。CD1枚を1時間と考えれば、2500枚分が入っていることになる。結局のところ、全部が好きなわけでは当然無く、 その中から、徐々に興味で書いていこうと思う。

自ずと、ロックとクラシックが多くなるのは解っているが。しかもそのロックですら、「クラシックロック」という風に最近はカテゴライズされる音楽が多くを占めている。

まあ、ざっくばらんに。

ところで、タイトルにした「王様の宮殿」だが、言わずもがな、レインボーの「Temple of the King」のことだ。
例によって毎日書くと言って、有言不実行の男なので、万が一読んで下さる方は、大目に見て頂きたい。

さて、はじまりはじまり・・・・・

(ちなみに、最初の方の掲載は、うちでのこづちに書いたものをコピーした)

Made in Europe.jpg

“Made in Europe”は恐らく、僕が最も好きなDeep Purpleのアルバムだ。  最初にパープルを聴いたのは、たぶん解散直前くらいの時だったと思う。それまでは日本の歌謡曲やフォークばかり聴いていた僕にとって、パープルは騒音以上の何物でもなかった。今では想像できないが、本当にうるさかった。  確か当時、世界で最もうるさいバンドとか言われていたはずだ。そういう意味では、ぼくの印象はあながち間違っていなかったことになる。 そんなぼくがハード・ロックを聴くきっかけはRainbowのセカンドアルバムだったが、当然そこから遡って、ディープパープルも聴くようになっ たし、Zepやらグランドファンクやら、当時のハード・ロック、へヴィ・ロックをそしてプログレッシブ・ロックを端から聴き倒した。
このメイド・イン・ヨーロッパもその中の1枚だが、このアルバムは、デヴィッド・カヴァーデルを再認識させるアルバムだったし、後のホワイトスネイクを聴く大きなきっかけだった。

1. Burn
2. Mistreated [Interpolating Rock Me Baby]
3. Lady Double Dealer
4. You Fool No One
5. Stormbringer

レコードのA面3曲/B面2曲と、わずか5曲しか入っていないアルバムだったが、捨て曲はなかった。
第3期といわれる布陣になってからのアルバム2枚からの選曲で、当時も実は”Smoke on the Water”や”Highwaystar”なども演奏されていたが、ここには入っていない。そしてそれが正解だ。デヴィッドとグレン・ヒューズの2期の曲 は、あまり出来がいいとは思えない。この時期の他のアルバムを聴くと、それがよく分かる。

パープルのヴォーカリストとしては、デヴィッド、ロッド・エヴァンス、イアン・ギランとうい個人的な序列なのだが(グレンは入っていません)、イ アンのヴォーカリストとしての才能は認めるにやぶさかではない。当時のイアンとデヴィッドの歌唱力の差は歴然で、しかもイアンの歌詞はデヴィッドには合わ ない。
曲は基本的にリッチー・ブラックモアが作っているのだろうが、Burn以降の曲は、基本的にそれ以前と違う。

その「Burn」で幕を開けるこのヨーロッパでのライブは、まことに素敵だ。
Mistreatedも全パープル及びホワイトスネイク、レインボー、ディオ、あらゆるヴァージョンの中で最高の出来だ。ここでのデヴィッドは歌唱力などを超越してセクシーで魅力的な歌を歌っている。
リッチーもきっと、これからレインボーという新天地でがんばるぞという意気込みでもあるのか、熱が入っている。

パープルの代表曲というと、「Highwaystar」「Smoke on the Water」「Speedking」「Black Night」「Woman from Tokyo」など、2期の曲がほとんどで、1期では「Hash」3期では「Burn」4期はない。と、とても偏っているわけだ。
仕方がないとは思うが「Mistreated」は名曲だと思うのだな。出来に比べて評価が低い。
このmIstreatというタンゴを知ったのはこのときが初めてだし、その後、別の文脈でも見たことがない。
辞書で引くと虐待とか酷使と載っているのだが、こんな単語は日本語環境で暮らしていては、英語の単語としてお目にかかれなくても不思議ではない。
I’ven mistreated~と始まるこの曲は、つまり「俺は虐待された~」という歌い出しだ。続けてI’ven abused~I’ven struck downherated babe~I’ven confusedと続くのだが、結局女に逃げられて落ち込んでるという歌なのだ。
デヴィッドの歌詞はこの手が多い。相当打ちのめされているのだな、という感じだ。ルチアの狂乱もこれでは敵うまい。

そしてLady Double Dealer(邦題はなぜか「嵐の女」)これもMistreatedと同工異曲かな。内容は。
You Fool No oneは18分にも及ぶ。この前奏で、ジョン・ロードが弾く「Hava Nagila」というユダヤ民謡が好きで、CDまで買った。
そしてラストがStormbringer(邦題は「嵐の使者」・・・こちらは解る)
個人的にはライブ・インジャパン(外国ではMade in Japan)よりもこちらの方がはるかに好きだ。

このアルバムは、リッチー・ブラックモアが抜けるという、危機的状況を前にしながら、当時のパープルの音楽がいかにクオリティの高いものだったかを証明しているように思える。
1970年というのはビートルズが解散した年だが、その70年代は、へヴィでハードなロックが席巻した。
その70年代のほぼ真ん中に発表されたこのアルバムは、少なくとも僕にとって、70年代を象徴するアルバムの1枚なのだ。
ビートルズではぼくを洋楽に引き込むことは叶わなかった。レインボーとそれにるいするバンドたちが、未だに愛しい。

 銀座のライオンでカルメンを見てきた。
こんなところでオペラが見られるとは正直思っていなかった。

銀座7丁目のライオンビルの5階が会場だったが、100人は入っていたろう。予約制なので、すでに席も決まっており、しかも開場10分ほどだったが、7割以上は埋まっていた。
ライオンなので取り敢えずビールを飲み前菜。一応、ランチを頂いてからの演奏ということになっていた。

ほぼ時間通りに開演、ピアノ伴奏だが、フロアをうまく使っていて、楽しませてくれる。
いきなりハバネラから始まってくれたおかげで、気分は入りやすかった。
「セギディーリャ」「闘牛士の歌」「花の歌」と、前半2幕はとてもテンポよく行った。
主役の杣友さんは美人で、迫力がある中にも、色気のあるカルメンを演じていた。ホセの青柳さんは、うまい。そして、ホセらしい。エスカミーリョの佐藤さんも、なかなか素晴らしい響きで、闘牛士を演じていた。

日本語上演だったので、意味もよく分かって見やすかった。ただフランス語でないと、時折、浅草オペラではないが、ミュージカルっぽく響くことがある。ミュージカルが悪いというわけではないが、オペラはやはりオペラで、根本的な何かが違う。

間に20分の休憩を置いていたが、杣友さんは特に出ずっぱりに近いので、しんどかったと思う。
オペラハウスでもないし、オケがあるわけでもなく、合唱もないが、十分に堪能できる内容だったと思う。逆にダイジェスト演奏だったことが幸いしているかも知れない。

それにしても、ライオンはなかなか面白いことをやってるのだな、と感心した反面、食事に関しては、あれではいかんな。皆基本的にはオペラを見に来 ているから、恐らく寛大だが、メインディッシュが出てこないは、出てくれば冷めているは、出す順番はめちゃくちゃだは、いつもやってんじゃないの?と言い たくなった。
いっそのこと、サンドイッチかカレーライスでもさっと出してもらった方が幾分かいい。

また何かあれば行こうかな、という気にはなった・・・・若干値は張るが。

http://r.gnavi.co.jp/g131804/menu2.htm

 ぼくは音楽に関しては雑食なのだが、最近のポピュラー音楽は、あまり聴かなくなっている。昔のようにCountDownTVなどを見て情報を仕入れることもしなくなった。

クラシックを今でもよく聴ける一つの理由は、新曲が少ないことかも知れないという気にさえなる。新しいCDやDVDが発売になったところで、その多くは既存の音楽を別の誰かが演奏したものだ。曲自体はなじみがある。
今パソコンからはSantanaが流れている「Open Invitation」という曲だ。別に選んだわけではなく、毎度おなじみのランダム再生故の選曲だ。それでもSantanaの音楽は、耳になじんでいるし、これも10年以上前の録音だ。
一つの音楽を1回しか聴かないとすれば、相当数の音楽に触れることは可能だが、そんなことはあり得ない。結局気に入った音楽は繰り返し聞くし、どんなに流行っていようと、どんなに優れていようと、聴きたくない音楽というのはある。

星をめざして/NEWS
蕾(つぼみ)/コブクロ
Flavor Of Life/宇多田ヒカル
千の風になって/秋川雅史
Climax Jump/AAA DEN-O form
BUT/愛証/倖田來未
WINDING ROAD/絢香×コブクロ
CHE.R.RY/YUI
Love so sweet/嵐
LU LU LU/GAM

上記はオリコンの今週のチャートからコピってきたベストテンだが、さすがに全く知らないということはないが、曲として認識できるのは2~3曲だ。秋川雅史の曲なんて、こんなところにはいるのは信じられない。紅白恐るべしという感じだが。

相変わらず、クラシックとハードロックの比重が高い、進歩のない音楽生活をしているのだが、ちょっと前、何かのCMでSAKURAという歌を聴いた。テレビ画面の下に「いきものがかり」と書いてあった。
これが「生き物係」から来ていることなど知らなかったが、何度かネットで調べようと、テレビでその都度名前を覚えながら、その都度、しばらく忘れていた。・・・・すぐ調べれば問題ないのだが。

そんなことでようやく調べて、SAKURA1曲をダウンロードしたのだが、なぜかこの曲が泣ける。
歌詞自体は今更ぼくなどが感動するような、ノスタルジックではあっても、青春とは縁のない年齢なので、それほど感じることはない。だがなぜか、恥ずかしい話だが、このメロディを聴いていると、じわっと涙が出てくるのだ。

これまであまりこういう経験はない。
ロックのギターで「泣き」なんていうことをよく言ったが、そんなものに入り込んだり、アグネスチャンの「白い靴下は似合わない」で高校時代に切ない思い をしたり、クラシックのいろいろなメロディで感動したりという経験はあるが、ポップス聴いて、涙するなんて・・・・年のせいか?何て思ってしまったりする ほどだ。

尤も、ヴォーカルがこの子でなかったら、どうかな?とも思う。
オフィシャルページを見ると吉岡聖恵という子らしい。
ミーシャあたりからだろうか、非常に歌唱力を売りにできる歌手が増えたように思う。だが、歌唱力というのは、魅力的な声があって始めて有用なものだと、今回の音楽を聴いて思った。

テクニックは、努力で身につけることのできる人が多くいるはずだ。もちろんそれだって素晴らしいことだ。しかし天性の、努力では身につけることができないのが声だ。
楽器は、チューニングさえしっかりすれば、同じ音を出すことができる(に違いない・・・いや、もちろん洗練された演奏は、その音色もユニークだ)。しかし声は、技術ではない(なんて断言すると、誤解を受けそうだが)。

魅力的な声は、生まれ持ったものだ。同じ歌を、魅力的な声で少し下手なのと、平凡な声で抜群のテクニックで聴く場合、前者の方がいいように思える。もちろん、個人差もあるし、そもそも「魅力的」というのは、普遍化できない。

だから敢えてどの歌手が魅力的で、どの歌手が凡庸かなどというのは、まったくもって聞く側の身勝手な思いこみかも知れない。

ナタリー・デセイというソプラノがいる。素晴らしい高音と、のびのある美しい声を持った天才的なソプラノだ(個々でマリア・カラスを出すのは、何 か違う気がするので)。コロラトゥーラだが、高い声ばかりで勝負するわけではない。いずれにしても当代随一のソプラノのひとりだ。
ぼくは、マスネのほとんど上演されることのない「サンドリヨン(シンデレラ)」というオペラが好きなのだが、これは唯一でているCD(かつてはレコードだったが)で歌っている、フレデリカ・フォン・シュターデという歌手の魅力に依るところが大きい。
たぶんソプラノの実力としては(世代は違うが)デセイには及びも付かない。
しかしシュターデの、細いが透明感のある声は、僕には魅力的なのだ。
シュターデは基本メゾ・ソプラノだと思うのだが、このサンドリヨンではソプラノとして歌っている。

まあ、そんなわけで、「魅力的」の内訳はとても個人に負っているのだが、このいきものがかりの吉岡聖恵さんは、久々に日本人のポップス歌手で声に惚れた。
最近人気のある伊藤由奈とかYUIとかもきれいないい声をしていると思うのだが、それとはちょっと違う、いい周波数に入ってますという声をしている。もちろん、SAKURAという歌限定での話だ。他の曲は知らない。でも聴いてみようという気にはなる。

それにしても、今かかっているのがBlueOysterCultだ。ぜんぜんいい声じゃないが、素敵だ。
こうやって別の曲を聴いて楽しんでしまうと、SAKURAは錯覚かな?何て思えてしまう。だって、曲だけで泣くなんて・・・・やはり自分でも信じられない。

 ポール・モーリアが亡くなった。81歳だったという事だ。
最初にポールモーリアの音楽に接したのは、今から35年くらい前の話だ。だから、当時彼は40代だったという事だが、当時から、どう見てもじじいだと思っていたのだが、まだ若かったのだ。

カセットテープにポール・モーリア楽団の音楽はたくさん入れていた。
今回ニュースで、「恋は水色」の・・・・とあったが、確かに「恋は水色」は有名だし、ジェフ・ベックもカバーしているが、ポール・モーリアといえば、少なくとも日本人は「オリーブの首飾り」だろう。
これがかかるだけで、誰かがマジックをやるのだと思うくらいに、演芸マジシャンの代名詞みたいな曲だ。

「エーゲ海の真珠」とか「涙のトッカータ」とか、ジェット・ストリームなどの番組でよくかかっていた。
イージー・リスニングというジャンルの王様みたいな存在だったように思う。
ポール・モーリアを筆頭に、レイモン・ルフェーブル、リチャード・クレーダーマン、パーシー・フェイス・オーケストラ、フランク・プウルセル等々、当時はよく聴いていた。クレーダーマンは少し後かな?

クラシックでもなく、ポップスというにはエレガントで、イージー・リスニングとはよく言ったものだという感じだ。

ポール・モーリアという位だから、きっとフランス人だと思うが、タワーレコードで検索したら、ほとんど国内盤で、輸入盤は少ない。よくある日本で一番ヒットというたぐいなのだろうか?

明るい曲よりも、多くが哀愁を帯びた音楽だったように思う。日本人の感性に何か訴えかけるものがあるのだろう。
久々に聴きたいと思っても、持っていないので、今度買うかな。哀悼の意味も込めて。

 ブルックナーは言うまでもなく、19世紀後半に活躍したクラシックの作曲家だ。

私はここで何度も書いているようにマーラーの復活をきっかけに、多くクラシックを聴くようになった。ブルックナーとマーラーは、師弟関係にあるの で、よく書物などでは「ブルックナー・マーラー」などと一括りにされることがある。ブルックナーは1824年生まれなので、1860年生まれのマーラーと は36歳の年の差がある。70年代の半ばにウィーン音楽院で、マーラーはブルックナーから和声を習っている。

マーラーが交響曲で歌を多用しているのに反して、ブルックナーは一切それがない。だが、宗教曲を除くと、ブルックナーの作品もおおむね交響曲ばか りで、しかもベートーヴェン以来の9曲の呪縛に見事はまっている。だからこそマーラーは、巨大な第8番の後に「大地の歌」を交響曲として発表したのだ。

さて、これまでブルックナーのレコードやCDを持っていなかったわけではなく、相当昔に、0,3,4,8,9という番号の交響曲をレコード、あるいはCDで持っていた。何回かは聴いている。しかしこれまで、何度聞いても、どこがいいのか解らなかった。
ブルックナーにかに関しては、昔はよく「天国的」とか言う表現を聞いたことがあるような記憶があるが、独特と言ってもいいスケルツォ(ブルックナークレッシェンドとでも呼びたいような)や、やたらと金管がうるさいというイメージを払拭しきれないでいた。

最近、タワーレコードでロジェストヴェンスキーのブルックナーの交響曲全集を買った。私はロジェヴェンという人が好きで、ショスタコーヴィチの交響曲全集やら、チャイコフスキーの後期の交響曲やらを愛聴しているが、このブルックナーもなかなかよい。
これまで聴いたことがなかった、2,5,6と言った曲や、持っていなかった1,7なども面白い。アダージョは綺麗だし、金管もうるさく感じられなくなり、相変わらずランダムできているときにブルックナーのどこかの楽章がかかると、つい必要以上に耳を傾ける。

もとより、本も読んでいないし、ライナーも読んでいない(輸入盤なので読めないのだが)。だからブルックナーの知識は非常に乏しいのだが、重厚で、そのくせ広がりがあり、巨大な何かを感じる曲が多い。マーラーと違って、描写的なところは少ないような気がする。
むしろ、ベートーヴェン、ブラームスと来たドイツの交響曲の正当な後継者という気がする。ドイツらしい堅苦しさはやはり備えているように思う。

昔と違い、1曲聴き通すという聴き方をほとんどしなくなったので、演奏会にでも行かない限り、どうしても部分聴きになる。まあ、それが私の楽しみ 方なので、あえてそれを変えようとは思わないし、ブルックナーの後にレインボーでもかかったりすると、一気にそのモードになるので、まだまだブルックナー には浅い。

クラシックというのは、面白いと思う。昔はブラームスだって面白くないと思っていたが、今では大好きだし、最近はほとんど聴かなかったベッリーニ なども好きだ。まだまだ埋もれている作曲家とか、どちらかというと、バッハという大家が私のテリトリーにほとんどいないので、開拓の余地がある。

ロジェヴェンと言えば、ロシアの指揮者だが、昔ビクターから出ていたメロディアというレーベルは、いい盤がたくさんあった。神保町の古書センター の上の方に、ロシアものを中心にしたCDショップがあり、そこでロシアンロックなども買ったりかつてはしたものなのだが、今でもあの店はあるのだろうか? 何年も行ってはいない。店名も忘れた。久々に行ってみようか。・・・芳賀書店には行かないぞ。・・・たぶん。

 久しぶりにDVDを購入した。
ホワイトスネイクのライブだ。約2年半前、2004年にロンドンで収録したコンサートだ。
ホワイトスネイクというか、デヴィッド・カヴァーデルののアルバムは、気づけば買っているのでほとんど持っているのだが、ソロ・アルバムなどを出し、ホワイトスネイクはもう解散なのかな?とも思っていたので、なかなかうれしいアルバムである。
今も脇でかかっている。

デヴィッドのデビューはディープ・パープルの「バーン(Burn)]のはずなので、このライヴの1曲目は、まさにそのデビュー曲から歌い始めたということになるわけだ。
喉の手術以来、やけに高音が出るようになったように思っていたが、この1曲目の印象は、喉の温まらない、かわいそうなくらい「ガレた」声だった。途中で 「嵐の使者(Stormbringer)」をインクルードするという、なかなかいかした演出を加えてくれたが、今回はグレン・ヒューズの声がないのが寂し かった。
だんだん往年の声に戻ってきたデヴィッドは、やはりかっこよかった。昔に比べて圧倒的に歌はうまくなっている。
これはハマースミス(劇場は違うようだが)での2度目のライブアルバムになるわけだが、今回は、「ミストリーテッド(Mistreated)」を歌って いないのは残念だった。バーンをやったから、ディープパープルの曲はもういいだろうということだとは思うが、今の「ミストリーテッド」が聴いてみたかっ た。
「エイント・ノー・ラヴ・イン・ザ・ハート・オブ・ザ・シティ(Ain’t No Love In The Heart Of The City」から「ジャッジメント・デイ(Judgment Day)」まで、多くのアルバムから、かなりまんべんなく選曲されていて、構成のバランスは非常にいい。惜しむらくはデヴィッドの2枚のソロ・アルバムか らの選曲がないことだ。尤も、「エイント・ノー・・・」は、ホワイトスネイクのファーストに先駆けて出された4曲入りシングルに入っていた曲なので、それ をソロからの曲と数えれば、「入れた」ことになるのかもしれない。
個人的には「ブラインドマン(Blindman)」か「ソース・ウインド(North Wind)」あたりを聴きたかった。
それでも、これまでライブでは聴いたことがなかった(知らないところで出ているのかもしれないが)「ドント・ブレイク・マイ・ハート・アゲイン(Don’t Break My Heart Again)」が聴けたのはとてもうれしかった。

かつて2枚出ていた半分パープルなメンバーのライブよりも、キレのいい演奏は、買ってよかったと思った。ダグ・アルドリッジのギターは、80年以 降の速弾きのギタリストの一人以上では、私にとってはないので、それほどの感銘はないのだが、ソロよりもリフなどでかっこいい音を出していた。もう一人の ロブ・ビーチという人はよく知らないが、端正にギターが弾ける人という印象だ。

ファースト・アルバムに入っている「テイク・ミー・ウイズ・ユー(Take Me With You)]が、あんなにかっこいい曲だとは知らなかった。

しかし何だ、日本盤は4,500円もするのだ。輸入盤に字幕が付いているとはいえ、数少ないしゃべりの部分だけで、それほど必要でもない感じだ。 でもこれ、見るまで判らないからな。輸入盤とは3割以上価格が違うわけだ。・・・しかし輸入盤はリージョン1、うちのプレーヤーではかからない。
このリージョン・コードというやつ、全く制作者側のエゴのみで作られた煩わしさきわまりない仕組みだ。ハリウッドのあがきってやつだきっと。
今回のはCDが付いているが、全曲ではない。せっかくなので全曲つけてくれよ、という感じだ。

左が初回限定版。

いや、なんだかんだで、デヴィッドはいい。