| 第5話 北原よしかず |
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「しかし、山野さんも酔狂な方ですなあ。」 何が、と無言で視線を送ると、鴉はにやりと笑って答えた。 「だってそうでございましょ?影丸さんは任務だからしょうがないとして、どうして赤の他人のあなたが、影一族なんて名前も聞いたこともない危険なものに首を突っ込もうとなさるんで。」 先刻の闘いが嘘のようなうららかな昼下がり。三人は並んで飛騨に向かう道を歩いていた。 「別に・・・ちょっと気になるだけだよ。する事もないし、いいじゃないか。」 「へえ、まあそんなもんですかねえ。」 相も変わらずにやにやと笑い続ける鴉は、浩一の言葉から何かを感じとったらしいが、それ以上はたずねようとはしなかった。 「・・・じゃあ、あんたはどうなんだ。どうして影丸についていくんだ。やめておいた方がいい、とさっき影丸には言っていたくせに。」 自分の心の内を見透かされることには慣れていない浩一、妙にぶっきらぼうな口調になりながら逆に尋ねた。 ふん、と鼻を鳴らしながらも鴉は素直に答える。 「なに、あたしはですね、その影一族の力を見てみたいんで。」 顔を見返す浩一に、にやりと笑みを返しながら鴉は続けた。 「あたしはこう見えても武芸者のはしくれでござんす。強い者の力を見てみたいと思うのは、当たり前の事ですよ。」 増してや、と今度は影丸に顔を向けると、 「相手があの影一族とあればねぇ・・・これは、長生きしても見られるもんじゃあないですからねぇ。まあ死なない程度に見物させていただくつもりでござんす、へい。」 鴉はさらに言葉を続ける。 「それに気になるじゃぁありやせんか。百年以上も生きてて、まだ足腰も達者だなんて、絶対何かがあるに違いないですぜ。影武者をたてているか何なのか――。おとぎ話の人魚の肉を食ったわけじゃあるまいし、へっ、人間が百年も生きていて、ぴんしゃんしているなんて、信じられるかってんだ。」 「二百年。」 先頭を歩いていた影丸が、不意にその沈黙を破った。 「僕は、二百年生きている人間を知っている。年をとる事もなく、驚異的な回復力を持つ不死身の男を。」 まさか、と息を呑む鴉と浩一の表情を、影丸は立ち止まって振り返る。 「殺しても殺しても、そのたびに復活して僕の前に現れた――。そいつの正体を知りたい。一体何者なんだ!?」 影丸は再び歩み始めた。 「そいつは甲賀の忍び――これは僕の推測に過ぎないが、その男と同じような事を言われている影一族の首領ともしや関係があるのかも――そう思って僕はこの仕事を引き受けたんだ。」 尤も、と苦笑いして影丸は続けた。 「伊賀の忍者が幕府の仕事を断るなんて、できっこないけれどね。」 ――殺しても殺しても、そのたびに復活して僕の前に現れた――。 この言葉を聞いたとき、浩一は自分の考えている事が見破られたのかと思った。 似ている。あの男に、似ている。 あの男は、確かに倒した。なのに、必ず復活して自分の前に姿を現す。前とは違った姿となっていることもあった。しかし、何故必ずよみがえる!?偶然と呼ぶにはあまりにできすぎている。 そして、いま一人。 やはり滅びることなく生きつづけている、仮面の忍者赤影。 赤影と、甲賀の男と。つながりがあるのだとしたら。 もしかしたら、あの男も関係しているのかもしれない。あの男の居場所が、わかるかもしれない。 ヨミ。 お前は一体、どこにいる? 考え事をしていた浩一が我に返ったのは、前を歩いていた鴉の背中にぶつかってからだった。 「何...」 鼻をおさえて前を見ると、鴉の更に前、先頭を歩いていた影丸が立ち止まって、辺りを見まわしていた。 「参ったな...」 途方にくれた口調で影丸が呟いた。 怪訝に思った浩一が影丸の視線の先を見ると、道の真中に立て札が立っている。 「通るなって、ことか...?」 立て札の古めかしい字が読めず、何の事かわからず戸惑っている浩一に、 「岩崩れで道がふさがったんじゃ。」 説明が聞こえてきた。 声の主は、そばの岩場で煙草を吸っている老人だった。 「あんたら、飛騨に行きなさるんだね?」 ええ、とうなずきながら影丸が進み出ると、 「悪いことは言わん、やめといた方がええ。ほれ、その立て札にも書いたあるじゃろ?岩崩れはついこの間のことじゃ、まだ岩も固まっとらんし、いつ崩れるかわからん。飛騨行きはやめとけ、やめとけ。」 人のよさそうな老人は煙草の煙を吐きながら、首を振った。 「しかし、飛騨に行く道はこれだけですし...」 影丸は苦笑いをすると、鴉と浩一に向き直った。 「どの程度の岩崩れなのか、僕が見にいってみる。できれば山越えは避けたいから、大した事ないようだったら通ってしまいたい。急いで行ってくるから、しばらくの間、ここで待っていてくれるかい?」 反論する理由もなく、頷く二人とすぐに歩き出した影丸を、老人はじっと見つめていた。 人のよさそうな笑みを浮かべながら。 (おや...?) 立て札の所から、しばらく歩いたろうか。影丸は岩場にこしかけ、一服している老人の姿を見つけた。 「ご老人、先ほどはありがとうございました。」 「おお、あんたはさっきの...」 「ご老人もいらっしゃったんですね。」 「うむ。わしも用事があるんでの。あそこにいても仕方がないから来てしまったんじゃ。」 そう言って破顔した老人に会釈を返すと、影丸は再び歩き始めた。 三人がわかれた時、あの老人はまだ一服して休んでいたはず。 (年の割にずいぶん足の早い人だな。) その時は、そう思っただけだった。 岩崩れは、まだだろうか。 「また、会ったのう。」 それは一刻も歩いた頃。老人は木の蔭でまた一服していた。 「...ええ。また...。」 影丸はそれだけ言って足を速めた。 岩崩れは、まだ見えない。 そして、疑念は確信に変わった。 三人がわかれて一刻半。 それは、また岩場にいた。やはり煙草をふかしながら。 老人を見つめながら、影丸は無言であとずさる。 迂闊だった。何故気づかなかった。 「お兄さん、どうなさったんじゃ。怖い顔をしなさって...」 いつまで経っても見当たらない岩崩れ。漢字混じりの立て札を難なく読む事ができる老人。そして、忍者である自分を先回りできる、その足。 「あんた...」 空気が張る。奇妙に暑い。 老人が笑みを浮かべたまま、煙草をぱしっ、とはたいた。燃え滓が地に落ちる。 思わずそれに気を取られた。 不覚に気づき、一瞬後に顔を上げたが、そこに敵はいなかった。代わりに、遥かな上から先ほどの老人とは打って変わった、敵意に満ちた声が聞こえてきた。 「途中でひき返せば、殺すつもりはなかった。」 影丸は思わず、目を見開いた。 「影一族に、赤影さまにはむかう者には死あるのみ!関わった事が不運と思え!」 この声。 知っている。 この声は―――! 「お前―――!」 足元に張り巡らされた火薬が爆ぜた。 「...気分が悪い...」 影丸が行って一刻もした頃。木に寄りかかるようにして立っていた浩一が、呟いた。 「鴉さん、ここらに水が飲めるようなところはあるかい?」 「確か少し降りたところに沢があったはずですが...だいじょぶですかい?」 うん、と頷く言葉とは裏腹に浩一の顔色は青い。 まだ、体調が完全に戻っていないところに、ずっと歩き通しだ。大丈夫なことはない。 「平気だ...少し、水を飲みにいってくる。影丸が戻ってくるといけない、しばらく待っていてくれ。」 言って、教えられた方向に水を求めて浩一は姿を消した。 「ほんとに大丈夫かね...」 浩一の姿が見えなくなってしばらく、ぶつぶつ言いながら、首を傾げた鴉の鼻に、つんと異臭がした。 「山火事か!?」 あわてて見まわすと、周りから煙が生き物のようにじわじわと辺りを包み始めている。 「こりゃやべえ、逃げないと...」 思って、奇妙なことに気がついた。 音がしない。 こんな所にまで煙がきているのに、木々が燃える音がしない。動物も逃げ出していない。 焦りの表情は消え、にやりと余裕の笑みが浮かぶ。 「煙だけの山火事たあ、こりゃおもしれえなあ...」 手は腰に帯びた刀にのびていた。 「煙幕...てことは、忍者かな?」 気配はない。 抜き放たれた刀の切っ先が、かすかに光った。 「やっぱり知った顔ですかい?」 地に放り出された男の顔を確認し、うなずく。 「間違いない、伊賀の霧兵衛だ。」 呟くように影丸は言った。 「ふむ。こりゃどういうことなんですかねえ。」 影丸が道を進んだあと、何でも鴉はしばらくの間一人になったという。その時にこの男が――霧兵衛が襲ってきたと言うのだ。 うつむいたままの影丸が、やはり呟くように答えた。 「あんたを襲ったのは霧兵衛、伊賀でなじみの顔だ...おれを襲ったのは火鬼といって、やっぱり伊賀者仲間だ。幸いおれも火鬼と同じように火術を得意としているから、何とか切り抜ける事ができたが...どうして火鬼がおれを襲うんだ?おれは変装も何もしていなかった。話もした。火鬼はおれが影丸だとわかっていたはずなんだ!」 現に自分だって、声でそうと気づいた。あれが火鬼だとわかった。ならば火鬼ほどの使い手が気づかないわけがない。なのに、何故。 我知らず、唇を噛む ―――伊賀には伊賀の約束事がある。たとえ敵味方に雇われても仲間同士の殺し合いはしないという約束事がな――― 以前、そんな事を教えてくれた伊賀の忍びがいた。確か白虎とかいう名の。影丸が疑問に思っているのは、そういう事なのだろう。金次第でどんな人間も斬ってしまう自分には理解できない、妙な約束事だ。 鴉はそんな事をつらつらと考えていた。 第一、と影丸は言葉を続ける。 「火鬼も霧兵衛も伊賀者だ。どうして飛騨の忍びに義理立てをするんだ。わからない。」 「まあ、いいじゃないですか。その、霧兵衛てのと、火鬼っての、二人とも生きてここにいるんだし。目が覚めたら直接訊いてみリゃいい話じゃないですかい、ねえ?」 うん、とうなずきながらも影丸は目の前の男に奇妙な戦慄を覚えた。 一言で火術といっても、使う人間の癖がある。自分は火鬼の癖を知っていたから、そこをついて木の葉火輪で逃れた。そして黒い木の葉で眠らせた。 しかし、この男はそんな小細工は一切抜きだった。霧兵衛は隠形術を得意とするかなりの使い手。その霧兵衛を殺さずに、気絶させるだけの事をやってのけるとは――。 この男、何者。 「う.....」 霧兵衛が動いた。頭をふりながら、起き上がる。何やら苦しそうだ。 「霧兵衛。」 膝をついて影丸が呼びかけた。鴉は警戒している。 まだ頭がぼうっとしているようだ。だが油断はならない。刀の柄に手をやりながら、もう一度呼びかけようとした、その時。 「影丸じゃねえか!?」 喜色をあらわにした霧兵衛が叫んだ。 「いやー、久しぶりだなあ!お互い幕府の仕事してるってえのに、なかなか会えないもんなあ!元気か?ええ、おい!」 あまりの事に影丸と鴉が面食らい、顔を見合わせていると、ふと霧兵衛が辺りを見回した。 「ところで影丸...おれはどうしてこんな所にいるんだ?おれは何してたんだ?」 再び面食らう。 「何言ってやんでぇ!」 先に我に返り、怒声を上げたのは、鴉。 「煙幕まで張って、ご丁寧な歓迎してくれて、それで何してたんですか、とくらあ!ふざけんじゃねえや!」 「...影丸、こいつ、誰だ?知り合いか?」 ―――おかしい。――― 霧兵衛のとぼけ方は演技じゃない。本当に、何も知らないのだ。 霧兵衛と鴉の怒鳴り合いが続いている側で火鬼が体を動かした。 「火鬼...」 今度はあまり用心しない。多分、大丈夫だ。おそらく、こいつも―――。 「影丸...?何で、お前が...?おれはどうしてこんな所にいるんだ?...おれは、何してたんだ?」 やはり。 ―――おれはどうしてこんな所にいるんだ?おれは何してたんだ?――― 以前、葉山の城を探ったとき、催眠術の使い手、夢之丞の術にかけられた仲間の一人が同じ事を言った。 「催眠術か―――」 それなら、火鬼が自分を攻撃してきたのもうなずける。 「伊賀者をコケにしてくれて...やってくれるじゃないかっ!」 足元の小石を蹴った。既に、遅い。影一族は自分たちの先手に回っている。影丸たちが動いている事に、とうに気づいているのだ。 と、そこまで考えたときに、ふとある事を思い出した。 「鴉さん...山野さんは?」 「山野さんなら...気分が悪いから、って言って水を飲みに沢の方に降りていきましたよ。へえ。」 「一人でか!?」 「ここにあっしと影丸さんがいる限り、そうでしょうねえ。そう言えば、あっしがこいつに攻撃をしかけられる前に出かけたから...ちょっと遅いですねえ...」 そこまで言った時、鴉も気づいたようだ。 影丸に、火鬼が。鴉に、霧兵衛が。それぞれが一人になった時を見計らって敵はきた。 それは、つまり。 影丸と鴉は転がるようにして沢への道を下っていった。 後に残された霧兵衛と火鬼が首をかしげて顔を見合わせる。 ―――気分が悪い。 息が上がっている。このままじゃ、まずい。普段の時ならまだしも、この体調では。 そもそも、この沢にやってきたのは水を飲むため。体が芳しくないので、せめて喉を潤しておきたかった。だが、今ではそれが徒となっている。 水草に足を取られる。泥土はすばやい動きを軽減させる。それは相手とて同じ事だろうが、自分の体調を思えば、どちらが有利かは火を見るよりも明らかだ。 相手がかまえた。 ―――くる! 無数の小石が浩一の体をかすめた。 「つっ...!」 頭はかばったものの、それでダメージが軽くなるわけではない。 接近戦は、不利だ。あの、どこから出てくるかわからない棒みたいなものに骨を砕かれる。すでに、肋骨の辺りをやられた。息をするのが、苦しい。 離れた所から攻撃できるもの――― ―――火炎放射――― は、触れられなければ意味がない。 また、相手が動いた。 あの小石がとんでくるのか、それとも他の何かか―――。 は、と浩一は気づいた。 ―――読めばいい。 相手の心を読めばいい。そうすれば、次の攻撃がつかめる。どうしてこんな簡単な事に気づかなかったのか。幸い、そのくらいの余力はある。 ―――精神を、統一する――― 敵がゆっくりとかまえた。 ―――心を空にして――― 敵の動きが止まる。 ―――読む。 激痛が走った。無数の小石が体を貫いている。 「何故....」 足が力を失い、水を割るように両膝をついた。 読めないはずがない。なのに、この相手からは何も読み取れなかった。 (まさか、こいつも超能力者なのか?) テレパシー能力を持っている者の心を読み取る事は不可能だ。しかし、目前の敵がそうだとは思えないのだが。 (それとも、テレパシーまで使えなくなったのか?) と思ったその時。 ―――山野さん、持ちこたえててくれ。今、今行くからな――― ―――こっちだよなあ、山野さんが降りてったのは。あと少しだな、きっと――― あふれんばかりに聞こえてくる、その、声ならぬ声。 (テレパシーは、まだ使えている。) という事は、目の前の敵はやはり、超能力者なのか? 敵が動く。 「ま、まてっ!」 相手がかすかに動きを止めた。 偶然聞こえてきた、おそらくは影丸と、鴉の心の声。どうやら自分の危機を察してくれたらしい。しかも、かなり近くまで来ている。 二人が来るまで持ちこたえられれば、この勝負、勝てる。何とか引き延ばさなくては。 「あんた、どうして僕をこんな目に合わすんだ?」 黙して語らない。 「僕はこちらに来てから、色々な奴にからまれた。何でなのかはわからないけれど―――。どうして、僕の命が狙われるんだ。」 かまえに入った。また、あの小石か? 「答えろ、答えてくれ!おまえはヨミと関係があるのか!?」 動きが止まった。 やはり、ヨミと関係があるのか? ―――ちがう。間合いを計っているだけだ! 「教えてくれ―――君は、何者だ!?」 瞬間、浩一の体を、その棒のような武器が突いた。 「ぐっ...」 うめいて倒れる。ひやりとした水が頬に心地いい。が、見事に急所をつかれ、体は自らの意思とは逆に、重く、自由がきかない。かろうじて動かす事ができるのは、目だけだっだ。 憎しみをこめて、その敵をゆっくりと見上げた瞬間、浩一は気づいた。 (操られている...!) 操られている人間というのは、目を見ればそうとわかる。戦っている最中はそれどころではなかったが、今ならはっきりとわかる。 (だから、心が読めなかったのか―――) 敵は一歩一歩、草を踏みしめて近づいてきた。 催眠術をかけられている人間特有の、あのうつろな目。しかし、この敵はそれでも尚、その目の中に奇妙に強い、何かがあった。その、たった一つの瞳の中に。 「君は...何者だ...」 年の頃なら浩一とそう変わらないその敵は、浩一を地に這わせた棒状の奇妙な武器を―――七節棍を軽く握って、かすかに答えた。 「―――土の中から生まれた鬼よ―――」 |
| なかなか話が進まず、ねちねちと書いていたら、こんな量に...すいません。 次は、残業から解放された敷島博士にお願いします。 |