第4話 ロデム
「うん…」
 破れた障子の間から差し込んでくる朝日の眩しさに、バビル2世は思わず目を覚ました。
「ここは…」
「気がつきなさったかい」
「ハッ!だ、誰だ!!」
横から突然かけられた声に、バビル2世は思わず身構えた。
「おっと、待っておくんなせぇ。べつに変な気はござんせん」
そこにいたのは、背は低く少し猫背で、お世辞にもいい男とはいえぬ怪しげな男であった。
「兄さんが戦ってるのに出くわしましてな、虫の息だった兄さんをこの社まであっしが運んだって寸法でさぁ」
 確かに言われたとおり、古くなった社の中であった。言われるまでそんなことにも気づかなかったのは、男が浮かべる薄ら笑いのせいであったかも知れない。
「なぜ僕を助けた?」
「いやね、兄さんが使った、あの技のキレ。とてもこのまま見殺しにするには惜しいと思いやしてね」
 未だに、テレパシーが戻らないバビル二世ではあったが、この男の言葉に嘘は無い様であった。しかし、決して本音を打ち明けているわけでもなかった。男はバビル二世の体に染み付いた匂いに惹かれているだけだった。体に染み付いた、戦いの匂いに…。
「あっしの名前は、…そう、鴉とでも呼んでおくんなせぇ。けちな渡世人でさぁ。…しかし兄さん、奇妙なカッコをしておいでだねぇ。どこから来なさった」
「兄さんは止してくれ。僕の名前は、バビ…山野浩一。遠くから…、そう、遠くから来た。」
「へへへ、兄さ…おっと、山野さんでしたね。あんたも過去に訳ありってやつですかい。なら、さっきの一件も納得がいくってもんだ。あんなやつらに狙われるのは、少なくとも堅気のもんじゃねぇ」
「さっきのやつの正体を知っているのか?」
「山野さん、あんた相手も知らずに戦ってたんですかい?」
「いきなりやつの方から仕掛けてきたんだ。」
 鴉と名告る男は、心底不思議そうな顔をしてバビル二世の顔を見た。
「やつらの名はは血風党、裏の世界じゃ泣く子も黙る殺し屋集団でさぁ。山野さん、あんた本当に狙われる理由に心当たりがないんですかい」
「無い事も無い。僕がこの世界にやって来た時に世話になった源兵衛という男が狙われているらしい。僕はその巻き添いだ」
「ははぁん、その源兵衛って男は、脱党者ですな」
「脱党者?」
「何でも、血風党には血の掟があって、脱党者は血の果てまでも追われ殺されるそうでさぁ」
「詳しいな…」
「へへへ…、蛇の道は蛇ってやつでね」
「では、脱党者が今何処にいるか調べる方法は無いか?」
「そりゃ、あっしに聞くより、血風党に聞く方が早いってもんでしょう」
「らしいな…」
バリッ!バビル2世が話し終わるや否や、破れ障子を突き抜け、すごい勢いで何かが飛び込んできた。輪だ!!
「血風党か!!」
「ちっ!すっかり取り囲まれちまった。十人はいやがる」
「十四人か…」
バビル2世がスッと精神集中すると、血風党の居場所が手に取るように見えた。
「あの木の向こうに5人、向こうの茂みに5人、あの岩陰に4人…」
「ほう、山野さん、よく分かりやしたね」
「すまない、あんたまで巻き込んでしまった。なんとか、あんただけでも逃げてくれ」
「いやなに、あっしが好きで助けたんでさぁ。それにここまできたら、やつらも逃がしてくれるつもりもありやせんて」
途端に、鴉の目に怪しげな光がともった。
「今だ!!」
バビル2世の合図で社から飛び出す二人。彼等の体をかすめる霞のつぶてが、深々と死の烙印を施す。
「ぎゃっ!」
バリバリバリ!バビル2世が両腕を身体の前で交差させると、近くにあった石燈篭が、まるで意思でも持つかのごとく、血風党に襲いかかる。
「ぐわぁぁぁぁっ」
鴉の刃が走る。一閃したと思えば二振り、二閃したと思えば三振りしている鴉の太刀筋に、さすがの血風党も怯みを見せた。
「ぬうぅ!こやつ等出来るぞ!!」
「慌てるな!円陣を敷け!」
さっと周りを囲む血風党。左手に深編み笠を持ち、右手に刀を構えている。
「ぬぅ!」
鴉が陣に向かい小太刀を振るう。しかし、小太刀は深編み笠に仕込まれた盾に阻まれ、甲高い音と共に折れてしまう。一方、バビル2世も、体調が完全に戻っていない中、無理をしてサイコキネシスを多用した為、参っていた。
「森々の剣〜 密々の戟〜 柳花 水を斬る〜」
不気味な歌が木魂する。高々と振り上げられた刀が今にも振り下ろされんとした、まさにその時、
「お待ちなせぇ!用があるのはあっしじゃないんですかい」
静かな森の中に響く声。がっくりと膝を突いていたバビル2世の耳に届く、聞き覚えのある声。
「こ、この声は…」
血風党と同じ姿をした男が立っていた。
「おおっ、探したぞ、源兵衛!」
そこに隙が生まれた。
「ぎゃぁぁぁぁっ」
血風党の額を割る十方手裏剣。鴉も折れた小太刀で応戦する。しかし、相手は名の知れた血風党。
「仲間を抜けた者には、死あるのみ!!」
血風党の攻撃が源兵衛に集中してくる。
「止むを得ん!!」
源兵衛が、叫ぶと共に、その懐から多くの木の葉が舞い始め、突然燃え始めた。
「こ、これは!!」
「木の葉火輪の術っ」
次々に倒れて行く血風党。そして、ついに最後の一人が倒れた時、吐き捨てるが如くつぶやいた。
「き、貴様、ただの武芸者ではないな…」
「その通り…」
源兵衛が自らの顔を破り捨てた。
「我が名は、伊賀の影丸」
そこに現れたのは、紅顔の少年忍者であった。
「き、貴様が伊賀の影丸か…」
それがこの血風党の、この世における最後の言葉となった。
「源兵衛…」
「先ほどは失礼した。僕の名前は、影丸。伊賀の影丸。幕府の転覆を狙う血風党の内偵をしていたんだ。きみは、え〜と…」
「山野浩一。こっちは鴉」
「はじめやして…」
「きみたちには迷惑をかけたね」
「それより、さっきの連中は何故僕を襲ったんだい?」
「やつらは血風党。裏の武術に通じ、暗殺を生業としている。近頃、豊臣恩顧の忍び者と手を結び、徳川幕府の転覆を目論んでいる。僕がその内偵を進めていることに気づいた奴等は、僕と僕に関わったもの全てを殺すつもりだったんだろう」
「ひええ、桑原桑原…」
「本当に迷惑をかけてしまった」
「それより君は、これから何処にいくんだい?」
「敵の忍び者の本拠地、飛騨へ…」
「飛騨?」
「うむ。敵の忍び者の名は影一族。」
「影一族…って言うってぇと…」
「知っているのか、鴉」
「へぇ、影一族ってぇと、闇夜での戦いが滅法強く、針の落ちる音を聞き取り、草花や血の匂いを嗅ぎ取り、風の流れを読み取るってぇ、あの伝説の影一族ですかい?」
「知っているのなら、話は早い。その影一族だ」
「お止めなせぇ。悪いこたぁ言わねぇ。相手が悪過ぎらぁ」
「ありがとう。しかし、任務だ、逆らうわけにはいかん。それに…」
「それに?それに、何だ?」
「影一族を束ねる伝説の忍びにも会ってみたい」
「伝説の忍び?」
「誰ですかい、そりゃ」
「すでに齢百を越えたと聞くが、今尚その技の冴えは衰えぬと聞く」
「そんな忍びがいるんですかい」
「いる。その忍びの名は…」
「忍びの名は?」
「仮面の忍者、赤影!!」
はい、わかっています。裏技です。卑怯者です。
正直言って、自分でもこうなるとは思っていませんでした。
書き進めて行くうちに、「あいつも出したい、こいつも出したい」と色々欲が出してしまい、結局、こんな作品になってしまいました。
もう、後を続ける方には「ご愁傷様」としか言い様がありません。
てなわけで、下僕の後始末をお願いできる方はこの方だけです。
ご主人様、よしなに…。