犬敷島が行く先も告げず姿を消してから6日が経過した、そして今日は敷島重工の本社で定例の役員会議が開かれる日である、
本社ビルの秘書課に専務取締役の井上が入ってくる・・・
井上 「おう、関君」
関 「ああ専務、やっとお戻りで」
井上は九州に出張中、敷島夫妻の暴挙を耳にして信じられないという面持ちで東京に戻ってきた、
井上は会社創業時からのメンバーで敷島には絶対の信頼と信服をおいているのである、
井上 「関君・・あの報告は確かか?」
関 「はい、残念ながら・・」
井上 「あの社長が・・まったくの別人格になってしまったというのかね?」
関 「俺は生まれ変わったんだ・・などということをはばかることなく仰っていました」
井上 「やはり・・精神に異常をきたしたと思うか?」
関 「普通に考えればそういうことになりますが・・しかし奥様まで同時にガラッと変わってしまったというのは、いくらなんでも、」
井上 「まったくだ・・いったい何がどうなっておるんだ?」
関 「私はオカルトっぽいことは信じない主義でしたが、いささか自信が持てなくなりました」
井上 「まさか何か邪悪なものがあのご夫婦にとりついたとでも?」
関 「あの二人を見ていますとどうもそんな気がして・・」
井上 「バカな、あり得ん話だ!」
関 「そうですが・・・」
井上 「それで社長は今日は出社するのかね?役員会には出ると言ってたんだろ?」
関 「はい、今朝私が直接お宅までお迎えに上がりましたところ、お出になったのは奥様だけでして社長は出先から直接会社に行くと言っておられました」
井上 「奥様には会ったんだな?」
関 「はい、」
井上 「奥様の様子はどうだ?その後何かやらかしたりしてないか?」
関 「会社の名誉を大きく傷つけるようなことはなさっておりませんが、連日豪遊されているそうでして・・」
井上 「豪遊?・・あの控え目な春江さんがか?」
関 「今朝、交際費で落とすようにとこれを渡されまして、」
井上 「なんだその請求書?( 手に取って仰天 )ご・・520万だと!・・何なんだこの、ゴールデンナイトって?」
関 「はい・・銀座のホストクラブです」
井上 「ホ・・ホスト?」
関 「現場に居合わせた他の客からの情報によりますと10人のホストを黒のビキニパンツ一枚の格好にさせてはべらせ、ご自分はSMの女王のようなコスチュームで朝までドンチャン騒ぎをしていたとか・・・」
井上 「なんか・・もう目まいがしてきた、」
関 「専務、経理に回してもよろしいでしょうか?」
井上 「落とせるわけないだろこんなもん!」
関 「では、どうしたら?」
井上 「とにかくこれは俺が預かっておく、それよりまずはやはり社長だ、役員会に出てきたら社長の真意を俺がきっちり質してやる、その上で代表取締役を勤められる状態でないと判断したら、誠に残念だが緊急動議を出して社長を解任することになるだろう、君もそのつもりでいてくれ」
関 「・・はい」
時刻は午前10時を回った、会議室には敷島を除く19名の役員たちが席についている、およそ半数の役員たちがここ数日の敷島の異常ぶりに不安げな表情でヒソヒソと語り合っているのに対してあとの半分の役員たちは不思議と冷静で、むしろどっしりとした感じで座っているように見える・・・これにはある理由があったのだ、
井上 「もう会議を始める時間だが・・社長はまだかな?」
重役 「もしかしたら出社して来ないかもしれ・・(会議室の電話が鳴る)もしもし?・・社長が?・・・そうかわかった、
(受話器を置き) 受付からだ、今社長が出社された」
井上 「そうか、」
およそ半数の重役たちに緊張が走る、残りの重役たちは相変わらず平然としたままである、井上はそんな彼らのリアクションに何やら違和感を覚えたが・・やがて廊下から敷島の陽気な歌が聞こえてきた、
犬敷島 「♪沖のカモメに潮時問えば~わたしゃ立つ鳥~波に聞けチョイ♪」
(会議室のドアをバーーンと開け放つと)
犬敷島 「いよう!みんな揃っとるな、ご苦労ご苦労、」
井上 「社長!」
思わず立ち上がって敷島の顔を見る井上、その顔つきや物腰で自分が知っている敷島隆でないことは一目瞭然であった、
犬敷島 「さあ~てと、ちゃっちゃと済ませるとするか」
(そう言って社長のイスにどっかと座りふんぞり返って見せる)
井上 「社長・・その前にちょっとよろしいですか?」
犬敷島 「おう・・井上君だったな」
井上 「いや、だったなって( 創業以来のメンバーにそれはないだろ?)先日社長と奥様がなさったことについての処理ですが、」
犬敷島 「処理だあ?」
井上 「結婚式場でのことにつきましては・・まあ社長がかなり酒に酔っておられたということにして、ご両家には当社からの謝罪文とそれ相応の慰謝料を支払うということで何とか収めることができそうですが、問題は奥様が大衆の面前で黄色い羽根募金の寄付を拒んだことです、拒むにしてもあのような無礼な断わり方はないだろうと全国から抗議が殺到しております」
犬敷島 「ふふん、」
井上 「社長・・奥様がなさったことは社長のご意志ではございませんよね?」
犬敷島 「いいや、春江が言ったことは俺が言ったも同然だ」
井上 「そ・・そんな!」
犬敷島 「貧乏人のガキに金なんぞくれてやることはない!」
井上 「しかし、この寄付は役員会で決定したことですよ、社長お一人の一存で覆したりできるものじゃないでしょう?」
犬敷島 「そいつは違うな、俺の意志こそが敷島重工の意志なんだよ」
井上 「・・・本気で仰っているんですか?」
犬敷島 「もちろんだ」
井上は悟った、こんな状態の敷島に社長を任せてはおけないということを、もう井上にためらいはなかった、
井上 「突然ですが緊急動議を提出したい、敷島社長の即時解任を求めます、賛成の諸君は挙手願いたい!」 (つづく)
