正太郎の声 「理論上はほとんど完璧であったが実際に製作に入ってみると様々な不都合や細かいトラブルが発生した、調整、調整の連続で気の滅入るような日々を過ごした、さしもの敷島さんも鉄人の知能回路導入には無理があるのではないかと弱音を漏らすこともあったが持ち前の粘り腰を発揮し、問題をひとつひとつクリアしていき当初の予定より二ヶ月遅れでようやく一応の完成を見た、ファイア博士との接見の日より八ヶ月が経過していた、新緑の季節、研究所前の街路樹の若葉が風に揺れている」
敷島研究所 オフィイス
正太郎 「ファイア博士が日本へ?」
敷島 「うん、さっき外務省から連絡があった」
正太郎 「でも博士はまだ・・」
敷島 「うん、特別な恩赦で仮釈放にはなれたが本来渡航は許されん身だ、だが日本とパガオニア両国の話し合いで実験に立ち会うという名目で特別に許可されたそうだよ」
正太郎 「そうですかあ、それは何よりですねえ」
敷島 「この半年間の苦労の成果を見てもらうことができる、いや、ワシも嬉しい」
正太郎 「いつ来られるんですか?」
敷島 「急に決まった話なんでね、今月の25日、実験の前日じゃ」
正太郎 「そうですか、それで・・日本での滞在先は?」
敷島 「初日は大使館に泊まってもらうがね、それ以降はワシが特別に手配させてもらったよ」
正太郎 「へえ、どこです?」
敷島 「うん、展望大浴場のあるホテルだ」
正太郎 「それって・・自分の趣味で決めてません?(苦笑)」
5月26日、房総半島、二子浦海岸 改造を終えた鉄人が立っている、少し離れた場所に仮説テントの本部席が設けられ実験計測用の機材やモニターが数台置かれている、来賓として警察庁高官、政府関係者、報道関係者などが席についている、
松林の海岸通を黒塗りの大使館の車が向かってくる、実験会場へと到着し、ファイア博士が大使館員に付き添われて降り立ちゆっくりと歩いてくる、
八ヶ月前に接見した時よりもかなり痩せた印象がある、正太郎と敷島博士が歩み寄る、
敷島 「博士、ご無沙汰でした、いや、よくおいで頂きました」
ファイア 「フフ、お国の厚意に甘えさせていただきましたわい」
正太郎 「見てください、博士の協力で生まれ変わった鉄人です」
ファイア 「おお・・こいつだけはちっとも変わっておらん」
敷島 「実際に手をつけてみると難題だらけでしたが何とかここまでこぎつけました」
ファイア 「いや、よく努力なされた、転用にあたり思った以上に仕組みが複雑になってしまったのでさぞご苦労されたでしょうな」
敷島 「予定より二ヶ月も遅れてしまいましたが、いい勉強になったと思っております」
ファイア 「うん、今日は成果のほどをじっくりと見せてもらいましょう」
正太郎 「さあどうぞ、お席の方へ」
(ファイア博士をはじめすべての参列者が席につく)
正太郎 「博士・・そろそろ?」
敷島 「うん」 (本部席の前に進み出て一礼)
敷島 「それでは只今から新しく知能回路システムを導入した鉄人の遠隔自動操縦実験を行います、内容を説明しますとこの海岸の沖合い8キロの地点に沈没した貨物船が横たわっております、その船倉に目標物、今回は軽トラックを用意しています、
鉄人の知能回路には船の位置、船体の構造、侵入経路と目標物の形状とその位置を覚えこませてあります、船内には決められた侵入口から入り、目標である軽トラックを抱えて海上へと浮上する、ここまでの一連の行動を鉄人が独自に行う訳です、出動してから海面浮上までの所要時間は20分以内を目標にしております、海中の鉄人の動きはお近くのモニターをご覧下さい・・・それでは実験を開始いたします」
敷島博士が各研究員に向かって手を高く差し上げ開始の合図をする、
研究員Å 「各計測装置始動!水中班スタンバイ」
敷島 「では、正太郎君」
正太郎 「はい、さあ鉄人、うまいことやってくれよ!」
リモコンのスイッチが入れられる、鉄人が腕を高く差し上げ「バンワオーーッ」と二度咆哮を上げる、ロケットエンジンに点火、轟音とともに弾かれるように上空へ、高度二百メートルで水平飛行に移行、時速300キロの速度で目標地点へおよそ3分で到達、急降下から海面にダイブした、
潜水班 「鉄人の着水音を確認しました、エンジン音がしだいに大きく聞こえます、もう間もなく視界に入るものと・・・あっ、見えました!肉眼で確認しました、映像を送ります」
地上班 「こちらのモニターに映像を受信しました、よく見えます、そもまま動きを追ってください」
潜水班 「了解しました」
鉄人が沈没船の右舷に両足を着底、侵入経路の右舷の裂け目に向かって歩を進めていく・・
正太郎の声 「見事に鉄人は船内の目標物を探し当て、それを抱えて海上に浮上した、所要時間は17分と30秒足らず、成功と呼んで差し支えなかった」
二子浦海岸に実験を終えた鉄人が立っている、参列者のほとんどが海上をあとにしている、撤収作業をしている研究員たち、みんな表情は明るい、鉄人の足元に敷島、正太郎、ファイア博士が立っている、
ファイア 「いや、見事じゃった、完璧と言ってよかろう」
敷島 「今日のデータを持ち帰って分析すればシステムの微調整を施してもっと時間短縮が可能になります」
ファイア 「うむ、」
敷島 「今後もいろんな状況を設定した実験をくり返して調整を重ねながら知能回路の精度を高めていきたいと思います」
ファイア 「そうじゃね、その調整作業は同じ知能回路を使っておってもそのロボットごとに微妙に違うものじゃ、徐々に馴染ませていくしかないんじゃ」
敷島 「はい、」
ファイア 「フフフ・・これでようやっと鉄人にもワシの命が宿ったわい」
正太郎 「さっき鉄人が生まれ変わったと言いましたが本当にそれを実感しました、まるで鉄人に命が宿って自分の意志で動いているような・・」
ファイア 「ファイア2世も3世もそんな感じじゃった、もっと時間をかけていろんなことを覚えさせ調整を
くり返していたらどんなに素晴らしい働きをしておったことだろう・・・それを見られなかったのが残念じゃよ」
敷島 「博士、鉄人がいますよ、もう鉄人はあなたの作品でもあるんですから・・」
正太郎 「そうですよ、今後半年から一年にかけてシステムをピークに持っていくつもりですからこれからも調整について意見を聞かせてください」
ファイア 「そうして差し上げたいがあいにくワシにはもう時間が残されておらんでな・・」
敷島 「それはまた・・どうして?」
ファイア 「去年の暮れから体調が思わしゅうなくての、春先にちゃんと診てもらったところ、すい臓にガンができておるそうじゃ」
正太郎 「そんな・・」
ファイア 「もう一部肺にも転移しておるらしい、医者が言うにはもってあと半年じゃそうな・・」
敷島 「・・・・・・・・」
ファイア 「今も言うたがワシの生ある内にこうして鉄人にワシの命を宿すことができた、しかもありがたいことにこの目で見ることもできた、科学者として本当に満足しておる、この期に及んでこれ以上何か求めるのは贅沢というものじゃろう」
敷島 「何と申し上げていいか・・言葉もありません」
ファイア 「なに、この歳まで生きられれば決して早死にというわけでもない・・そうじゃ、正太郎君」
正太郎 「は、はい」
ファイア 「ジェフから聞いたよ、日本に「終わり良ければすべて良し」という言葉があると・・ワシはこの数ヶ月この言葉を噛み締めておる」
正太郎 「・・・・・・・・」
ファイア 「ワシはすべて良しと言えるほどいい終わり方ができたのだろうかとな・・」
正太郎 「博士の知能回路を導入できたことでこれから鉄人はもっと素晴らしい活躍をしてくれるでしょう、その功績はビッグファイア博士のものでもあると思います」
ファイア 「うん・・」
正太郎 「胸を張っていただいていいと思います、僕たちがきっとそうします」
ファイア 「ありがとう・・いいたむけの言葉をもらった」
正太郎 「・・・・・・・・」
ファイア 「さて、今日の実験は成功を見たようじゃし・・では敷島さん、参りましょうか」
敷島 「はあ・・あのう(何処へ?)」
ファイア 「展望大浴場とやらへ」
敷島 「ああ・・はい(苦笑)」
正太郎の声 「実験の日から四ヵ月後、ビッグファイア博士はパガオニアで静かに息を引き取った、博士の遺した知能回路の技術は次世代の鉄人にも受け継がれていく、博士に深い感謝の念を送るとともに博士の冥福を心から祈る」
正太郎日誌 ファイア博士の遺産 (完)
