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<title>うちでのこづち</title>
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<modified>2008-06-12T17:14:51Z</modified>
<tagline>　エッセイという言葉の語源は「試み」だと言います。思いや意見を自由に述べたものと辞書にもあります。「随筆」というのも似たようなものです。それ以上のこれといった制限はないようです。
　どうもweblog、あるいはblogという表現は自分にはしっくり来ない部分があります。当然の事ながら、weblogにはエッセイや随筆にない様々な機能があります。実際私はその辺りの詳細がよく分かっておりません。
　であれば、エッセイと言ってはばからない、そんな開き直った姿勢が、長く書き続けるための自分に対する動機付けに違いありません。そう、「うちでのこづち」は、由比敬介のエッセイ集です。</tagline>
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<copyright>Copyright (c) 2008, keisuke</copyright>

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<title>たばこが千円になるというお話</title>
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<modified>2008-06-12T17:14:51Z</modified>
<issued>2008-06-12T16:25:23Z</issued>
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<summary type="text/plain">　たばこを千円にするという「たばこと健康を考える議員連盟」なるものが結成されるら...</summary>
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<dc:subject>社会的</dc:subject>
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<![CDATA[<p>　たばこを千円にするという「たばこと健康を考える議員連盟」なるものが結成されるらしい。<br />
　ぼくはたばこを吸わないので、現在いくらかすらよく知らないのだが、どうやら300円前後らしい。とすると、3倍以上に値上げを考えているということだ。</p>

<p>　ニュースを見ると、「来年度の基礎年金の国庫負担率引き上げで生じる約２．３兆円の財源不足へのたばこ税充当がねらい(産経新聞)」ということなので、単なる増税が目的らしい。</p>

<p>　先日、タクシーの多くが禁煙になった。公共の場所をすべて禁煙にしている自治体もあるようだ。<br />
　たばこ吸いの方々には、ほとんどいじめに近いような仕打ちに思えるかもしれない。</p>

<p>　でも、喫茶店などで、喫煙大好きな方が近くに坐ったりすると、実はこちらがいじめに遭っているようなものだ。法律に違反しているわけでも、店が禁止しているわけでもないので文句も言えない。だが、たばこの煙は嫌いだし、副流煙によって健康被害も得ているはずであるので、こういうときはいつでも、ただただ不快になる。</p>

<p>　喫煙者の人には世知辛い世の風潮だが、たばこのパッケージに書いてある、「喫煙は、あなたにとって肺がんの原因の一つとなります。疫学的な推計によると、喫煙者は肺がんにより死亡する危険性が非喫煙者に比べて約2倍から4倍高くなります」などの(他にもいくつかある)注意書きが事実であるなら、やむを得まい。</p>

<p>　たばこを千円に値上げすると、おそらく禁煙に走る人も多くいるに違いないが、それでも止めない人が大勢いて、700円の税収増が、年間で数兆円をまかなえるという試算があるということは、計算すれば、どの程度禁煙する人が増えると予想しているのかが分かるはずだ。<br />
　ただ、国の計算は、多くの場合、楽天的で、夢想的なので、あるいは思った以上に禁煙する人が多いのかもしれない。<br />
　評論家の森永拓郎は、インタビューで、大量に買いだめし、冷凍保存をして値上がりしたたばこは買わないと豪語していたが、きっとこの人などは、昨今の禁煙ブームが腹立たしくてならないに違いない。・・・・あなたのたばこも地球温暖化に悪影響を与えている等というのは、やはり言いがかりに違いないが、ついそういう突っ込みすら入れたくなる。<br />
　いずれにしても、こんな人はいないので、どうしても吸いたい人は、自動販売機に札を入れてもおつりのでない状況に、ずっと腹立たしい思いをし続けながらたばこを吸い続けるに違いない。たばこの害に、ストレスという害を付け足されることになる。</p>

<p>　その結果、思った以上に税収が上がらず、ましてや減収になった場合、国家はどうするのだろう?また税金を下げるのだろうか?</p>

<p>　そもそも、たばこは身体に悪いから、国民のことを考えて、という発想なら、たばこを全面禁止でもいいようなものだが、麻薬や覚醒剤のような幻覚作用がほとんど無いから、依存性だけではなかなか近視もできない。ということで、高額にして、どうしても吸いたい人は多額の税金を払って吸ってください。<br />
　というのなら、税収が増えようが減ろうが関係ないので、いいはずだが、税収増額ありきで始めると、なんだか後々にうさんくささが残る。<br />
　仮に、もう吸わないと言って、国民全員が禁煙してしまったら、税収はゼロになるし、JTは潰れかねない。<br />
　ただそれでも、国民の健康のため、というのなら、政治家も賞賛に値するのだが・・・・</p>

<p>　未成年に自販機でたばこを買わせないために多額の費用をかけて始まったTASPOだが、なかなか持つ人が増えないらしい。都内ではまだ始まっていないので、実感もないが、この、未成年に吸わせない目的というのも、昔から疑問を持っている。</p>

<p>　未成年の喫煙に関しては「未成年者の喫煙は、健康に対する悪影響やたばこへの依存をより強めます。周りの人から勧められても決して吸ってはいけません」という記載がたばこにあったりするらしいが、未成年だけに悪いわけはないと思うのだが、未成年だけに禁止している。<br />
　20歳の誕生日を過ぎたら、急にたばこの健康被害が減少するはずがない。</p>

<p>　高校時代、多くの友人がたばこを吸っていた。大学では酒もたばこも当たり前だった。30年くらい前の話だ。<br />
　現在では、そのあたりは非常に厳しい。ゆるめろとは言わないが、かつて高校時代にたばこを吸っていた大人が、今そういった決まりを作っているような気がしてならない。<br />
　もちろん、大人になって分かることがある。<br />
　例えば勉強をすることなどは、子供の頃より、大人になってからの方が楽しかったりするし、あの頃もっとやっておけばよかった、等というのは、多くの人が体験することだろう。たばこだって、かつて自分は高校生の時に吸っていたが、やはりよくないから、禁止にしようというのであれば、筋も通っている。</p>

<p>　でもなんだか、闇雲に法をかざして禁じているようにしか見えないのだな、これが。<br />
　<br />
　国がたばこに関して決めごとをするとき、WHOの勧告などに沿うように、本当に国民の健康被害を考慮しているように見えないところがどうも素直に訊けない部分だ。<br />
　とはいえ、千円にして、少しでもたばこを吸う人が減ってくれるのであれば、ぼくのような人間は、その本来の目的がどこにあろうと、結果オーライなので、賛同するしかない。</p>

<p>　もし自分が若い頃にたばこを吸うようになっていたら、性格上、なかなか止められなかったと思うし、止めた方がいいと思っても、国に対して文句をたらたら言っていたかもしれないな、とは思う。<br />
　ぼくがたばこを吸わなかったのは、周りが見なすって板からだし、おやじもヘビースモーカーだったからだ。<br />
　それらの人に感謝しなければいかんな、と思う。</p>

<p>　たばこの好きな方々にはかわいそうだが、このまま、公共の場所、公園や飲食店なども含んだ、施設なども広く禁煙になってくれることを祈りたい。<br />
　</p>]]>

</content>
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<title>闘牛</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.psymage.com/blog/archives/2008/05/post_313.html" />
<modified>2008-05-05T17:38:39Z</modified>
<issued>2008-05-05T07:42:19Z</issued>
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<summary type="text/plain">　スペインで闘牛がいずれ無くなるのでは、というようなニュースを見た。 　バルセロ...</summary>
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<![CDATA[<p>　スペインで闘牛がいずれ無くなるのでは、というようなニュースを見た。<br />
　バルセロナでは、3つあった闘牛場が一つに減り、1万人以上収容できる観客席も年平均3千人くらいしか入らないということらしい。尤も、スペインはバルセロナだけではないので、マドリッドなどではどうなのかとか、スペイン全体がどういう状況にあるのかまでは放送されていなかったと思う。<br />
　闘牛廃絶を訴える政党もあるらしいし、世論調査でも、闘牛は野蛮だとか興味がないとか、その方向にあることは事実のようだ。</p>

<p>　闘牛については、おそらく世間一般の人以上の知識はない。闘牛と言えば、スペインや中米の赤い布を振る闘牛士が、牛を斃す行事くらいの認識しかない。<br />
　闘牛について、最初に自分の意識が向いたのは、先頃亡くなったクラークの「幼年期の終わり」でだった。<br />
　圧倒的な科学力を持つオーバーロードが、人類に「生きるため以外の他生物の殺害」を禁じ、それに従わない闘牛場の観客全員が強烈な痛みを味わい、それで闘牛が終焉を迎えるという行だ。</p>

<p>　映画「スパルタカス」「グラディエーター」や多くのローマを扱った映画では、貴族の前で死闘を演じる剣闘士(グラディエーター)の姿が描かれているが、人類史の中で、自分の意志とは関係なく、命をかけて他人の娯楽のために戦わされた人間は、きっとたくさんいるに違いない。<br />
　人間がだめなら動物で、とい短絡的な発想だとは思いたくはないが、どちらかというと、それに賭け事の加わった形で、闘牛やその他の「闘動物」といった競技が始まったであろう事は想像に難くない。</p>

<p>　歴史や伝統というのは、物事に箔を付けるが、所詮は長期間続いたというだけのことに過ぎない。<br />
　伝統だって、時代時代で意味も変わるし、存在意義が変化するのは当たり前だ。「伝統とは自堕落のことだ」というマーラーの言葉は大好きだが、闇雲に使うとまったく持って無責任な言葉になる。<br />
　闘牛を自堕落とは言わないが、娯楽のラメの殺生というのは、おそらく時代に合わないに違いない。</p>

<p>　闘牛協会の人がインタビューで、「闘牛は日本の捕鯨と一緒で理解されない文化」みたいなことを言っていたが、逆に言えば、日本の捕鯨はそういう理解を、海外にされているのだ。捕鯨が単なる文化的行事なら、廃止は大賛成だが、捕鯨は食文化に根ざした日本人の生活を支える部分だし、それで生計を立ててきた人も多い。<br />
　鯨を食わなくても他の肉があるというのは当然詭弁だし、鯨と牛や豚を区別しているものが何なのか、分かりづらい。それが知能だなどというのであれば、なおさら分かりづらい。<br />
　前述の闘牛と捕鯨の比較は、所詮は最終的に食うという意味かもしれないが、だからといって、文化や歴史という名目で、殺害を楽しんでいい訳はない。闘牛士の精神がいかに高邁であろうと、やっていることは確かに野蛮だ。<br />
　闘牛に意義があるとすれば、それはそういう歴史的な意味において、そういう時代もあったというように将来言われ、書物やネットに記載されるということくらいだろう。<br />
　捕鯨だって、鯨を追うことそのものを観客に見せて金を取るのなら、同じ事になるかもしれないが、そこは違っている。</p>

<p>　実は日本にも闘牛はあるが、これは牛闘士を闘わせるものだ。<br />
　闘犬や闘鶏など様々な競技があるが、現在では禁止されているところもあるようだ。詳細を調べたわけではないので分からないが、これらもあまりいいとは思えない。</p>

<p>　先日、水戸市の湖で黒鳥と白鳥が、中学生に撲殺される事件があったが、古かったり文化だったりというお題目をのぞけば、闘牛の底流を流れるのはこれと同じ事だ。</p>

<p>　さて、生き物を殺すのはよろしくないことだが、例外的に食べるためにそれをすることを否定はできない。<br />
　精進料理というのがあるが、植物だって生き物には違いないので、肉を食わなければいいなどと言うのは、宗教的な意味をのぞけば、これも詭弁に近い。仏教やヒンズー教やイスラム教、それぞれの教義の中で、これはよくてこれはよくないというのは、ルールだからやむを得ない。「食べない」事は宗教だし文化だ。意味があると思う。<br />
　それでも、それ以外のものは食べるわけで、食物連鎖は、人間が無機物から食料を合成してそれだけで生きていける時代が来るまでは、必要なことなのだ。</p>

<p>　だが、それではゴキブリや蚊はどうかというと、マラリアなどを媒介する場合は別にして、どちらかというと、「害虫」という意味で殺害する。</p>

<p>　要するに、人類の進化過程が一種のヒエラルキーとなっていて、人間を頂点とし、微生物を最下層として、下に行くほど、殺害が自由になると言うのが現代における生命の重要度の物差しなのだ。<br />
　その基準をほ乳類に置くのか、昆虫に置くのか、大まかな常識がそこにはあると思われる。</p>

<p>　ただ、それでも尚、「猿は猿を殺さない」を標榜する「猿の惑星」ではないが、たとえ食べるためでも唯一殺してはいけないのが人間のはずなのだが、人間は人間を簡単に殺す。<br />
　爆弾や戦車が戦場で人を殺すのは、あるいは闘牛と同じくらい軽い気持ちではないのか?少なくとも実際に戦場にはいない命令をする人間には、そんな意識しかないように、どうしても思えてしまう。</p>

<p>　闘牛をなくすことは、あるいは簡単なことかもしれない。同じくらい生命を尊重する考え方で、少なくともより重いと思える人間の命を救うために、戦争をなくすことが、どうしてそんなに難しいのだろうか?</p>]]>

</content>
</entry>

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<title>瀬尾佳美とか・・・諸々</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.psymage.com/blog/archives/2008/04/post_312.html" />
<modified>2008-04-28T16:54:40Z</modified>
<issued>2008-04-28T15:26:46Z</issued>
<id>tag:www.psymage.com,2008:/blog//1.519</id>
<created>2008-04-28T15:26:46Z</created>
<summary type="text/plain">　3か月半ぶりの書き込みである。 　瀬尾佳美という青学の准教授（この准教授という...</summary>
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<name>keisuke</name>
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<email>keisuke@psymage.com</email>
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<dc:subject>社会的</dc:subject>
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<![CDATA[<p>　3か月半ぶりの書き込みである。</p>

<p>　瀬尾佳美という青学の准教授（この准教授というのは、なぜ助教授じゃなくなったのだろう・・・最近の言葉の言い換えには、何とも興味がそそられる）が、先日の光市母子殺人事件の死刑判決後にブログで発した発言を期に、話題になっている。<br />
　この教授の発言に関する意見というのは、その多くが非難であり、基本的にはぼくも大筋でその意見に同調するので、敢えてここで、正面からそのことをわざわざ書くつもりはない。</p>

<p>　あくまで参考のためにこの人の文章を引用の引用で掲載する。</p>

<blockquote>　繰り返すが私は死刑廃止論者ではない。麻原なんかさっさと首絞めたらいいと思っている。
だが、光市の事件に関しては死刑は重すぎるように思えてならない。犯人が少年だからだ。
私は少年に対する死刑には原則反対だ。
理由は日本では18歳になっても選挙権がないから。選挙権もないのに、義務だけあるのは気に入らない。
金の掛け金を何千万も横領している公務員がなんのお咎めもない一方で、いくら重大犯罪人だといっても子供を死刑にするのは私の「正義感」には合わない。
もちろん、だからといって何をしてもいい訳ではないが、国が死刑という形で犯す殺人には、熟慮が必要だと思うのである。
最低でも永山基準くらいをラインにしてほしいものだ。
永山事件の死者は4人。対してこの事件は1.5人だ（まったくの個人的意見だが赤ん坊はちょっとしたことですぐ死んでしまうので、傷害致死の可能性は捨てきれないと思っている）。
一審、二審の判断は、相場から言えば妥当なところではなかったろうか。
</blockquote>
<a href="http://blog.goo.ne.jp/kitano-maso/e/0c0702c62f60afcd1f7f45596049e890" target="_blank">引用元</a>

<p>　この人は、すでにWikipediaにまで項目があるし、今回の事件についてばかりではなく、これまでも多くの問題発言を繰り返し、シンパもいないわけではないようだ（詳細は知らないが）。</p>

<p>　いずれにしても、大学で学生に何かを教えているわけで、教える内容の賛否はともかく（個人的にはとても「否」だが）、その文章を読んでいると、とても稚拙な感じがする。この場合、稚拙という表現が合っているのかは、自分自身疑問なのだが、大学の先生が書くにしては、ということだ。<br />
　この人、「リスク理論入門」というタイトルの本を出しているが、自信の身に降りかかるリスクをうまく回避できなかったようだ。<br />
　この後、青山学院への山のような直接抗議などに対して、謝罪や言い訳を言って、最も反発の強かった「幼児を0.5人と換算した」と見える場所についても、「傷害致死の可能性」を0.5としていると書いている。</p>

<p>この准教授は、例えば拉致被害者に対しても</p>

<blockquote>「（拉致被害者は）私の目から見ると信じられないくらい幸福です。なのにその幸福に感謝もしないで、いつまでもいつまでも『めぐみっちゃん』とか不幸面してられるアンタが心底うらやましいよ、とTVを見るたびに思います」</blockquote>
この引用はJ-CASTのニュースから

<p>というような発言を以前にしているらしい。</p>

<p>　これは、もって他山の石となすべき事なのだけれど、内容は別にしても、この表現方法はどうしてこうなるのだろう。<br />
　日本のブログ文化は、内容の善し悪しに関わらず、この表現という点において、とても自由で、危うい。<br />
「不幸面してられるアンタ」という表現が、この場の書き手の心情を最もよく表しているとしても、この文章を不特定多数に公開する場合、どういう効果があるか、考えないで表現できる危うさが、そこに存在する。</p>

<p>　書籍や雑誌は、編集者が、テレビも様々なフィルターが、多くの場合かかる。<br />
　しかしながらブログは、「日記」との狭間で、フィルター無しに直接的に伝わり、なおかつ、流行というか、それぞれに特有の文章的傾向がある。<br />
　2チャンネルの隆盛により、匿名で感情を吐露したり、あるいは補遺とを傷つけるような表現が日常的に、しかも安直に使用されることがよくある。</p>

<p>　この瀬尾という人の場合は、根本的に何かが欠落しているような内容なので、そのことも相まって、読者感情を逆撫でする。<br />
　ただ、最近はやりの学校裏サイトやプロフなどでも、ニュースで見る限り（実際のサイトは見たことがないが）直接的に人を傷つける発言が、ある意味効果的に使われているし、それが日常語であるようにさえ思える。</p>

<p>　福田首相が、後期高齢者医療者制度について、山口の補選で街頭演説するシーンが何度も流れたが、あの年齢で、首相までやっている人が、ああいう表現をして、選挙に勝てると思っているのが恐ろしい。<br />
　尤も、友人の友人がアルカイダの友達だったり、大臣をしてこの発言という人たちは多いし、年金記録の付け合わせが3月までに解決しなかったことに対しても、「誤解を与えた」という表現で謝罪をするような国家なのだから、表現についてはまず大人が正さなければいけないのかもしれない。</p>

<p>　人間が社会生活を送らなくてはならないのは、もはややむを得ない事だし、自分と他人の関係を抜きにして、生きていくことは、基本的に不可能だ。<br />
　であれば、自由というのは、自己の自由であると同時に、他人の自由でもある。そのこと抜きには自由を語れない。<br />
　だからこそ、中国はチベット問題で世界から非難されているわけだ。・・・尤も、中国の「自由」は、自由主義国家の自由とは、意味が違うのかもしれないが。</p>

<p>　日本には、幸か不幸か敬語が存在する。こんなものがなければ、もっと表現は平易なのかもしれない。<br />
　しかし、存在して、まだその威力があるうちは、それなりに使い分けが必要になろう。</p>

<p>　ぼくは、朝青龍の尤も好きになれない点が、その敬語をほとんど使えない点にある。彼はモンゴル人なので、関係ないと言うほど、日本語は下手ではないし、新聞やテレビの記者相手に、丁寧語すら使おうとしない彼に、横綱としての資質のなさを感じる。<br />
　横綱はまず強くなければならないと言われるし、それももっともなことだが、相撲が品格の高さを失ってしまったら、プロレスと何ら変わらないとさえ思えてしまう。それならば、プロレスの方がずっとおもしろい。・・・いや、プロレスにはプロレスの品格があり、それは言葉遣いとはあまり関係ないのだ。<br />
　しかし相撲は違う。・・・ただ、そう感じない人が増えてくれば、それはそれで、仕方がないのかもしれない。</p>

<p>　さて、言葉や文章というのは、斯様に人に対する心象を形成する。<br />
　例えば内容は別にして、丁寧な言葉で書かれた文章で、いやな思いをする人はあまりいないだろう。<br />
　しかし、正論であっても、攻撃的であったり、人を小馬鹿にしたような表現方法を採られると、反発したくなったり、いやな思いをするものではないだろうか。</p>

<p>　どんなことでも一概には言えない。時には過激な表現手段が必要なこともあるかもしれない。<br />
　だがどんな場合でも、読む人の心象を大切にするという姿勢は、必要なはずだし、それは自ずと文章に表れる。</p>

<p>　もちろん表現だけではない。意見の表出はある程度自由だが、人の考え方には流行や道徳的なことも含めて、ある程度の規範が、時代時代にある。それを超越して変化もあるには違いないが、そのバランスの中で我々は生きている。淘汰されていく考え方や行動がある一方、守られ、継続していくそれもあるのだ。<br />
　それらの基本にあるのが、自他のの関係性であることは間違いない。</p>

<p>　表現手段も、表現内容も、実はそのバランスがとれる内側で使用される間は、きっと自由なのだ。</p>

<p>　しばらくぶりに書くとどうも、こうしてまとまらない。・・・続けて書こう。<br />
　</p>]]>

</content>
</entry>

<entry>
<title>XHTML1.0　Strict</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.psymage.com/blog/archives/2008/01/xhtml10strict.html" />
<modified>2008-02-15T17:36:49Z</modified>
<issued>2008-01-12T13:37:56Z</issued>
<id>tag:www.psymage.com,2008:/blog//1.518</id>
<created>2008-01-12T13:37:56Z</created>
<summary type="text/plain">　職業柄、ホームページにエラーがないように、という配慮は当たり前のことではあるが...</summary>
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<name>keisuke</name>
<url>http://www.psymage.com/</url>
<email>keisuke@psymage.com</email>
</author>
<dc:subject>インターネット・PC</dc:subject>
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<![CDATA[<p>　職業柄、ホームページにエラーがないように、という配慮は当たり前のことではあるが、ホームページを構成するタグのあり方には、どうも解らない部分がある。</p>

<p>　最近!DOCTYPEの宣言をXHTML1.0にし始めてから、できるだけstrictで書きたいと考えているのだが、なかなかそうは問屋が卸さない。<br />
　そもそもXHTMLとHTMLはXHTMLの方が厳密なので、これまでHTMLで許されていた、というか普通だった<br>などのタグも<br />と自己完結しなくてはならない。<br />
　ただこんなものは、大したことではない。</p>

<p>　例えば、<fotm>〜</form>の中で<input />を使おうと思うとXHTML　strictでは<input />がインライン(行内)要素なのでそのまま記述してはいけないということになる。<p>〜</p>や<div>〜</div>で囲んで、ブロック要素にするように、ということになる。</p>

<p>　そもそもこのインラインだのブロックだのの要素分けが、その使命について今ひとつよく分からない部分もあるのだが、まあそれはよいとして、元々HTMLでも、この<p>や<div>、<fotm>〜</form>などは非常に使いづらかった。なぜならこれらのタグは、それだけでそこに改行を含んでいるため、続けて表示したくても、1行空いてしまうからだ。<br />
　何でこんな仕様になっているのか、そこいらは勉強していないので未だに解らないが、使用感から言えば煩わしいことこの上ない。</p>

<p>　また、&lt;form&gt;や&lt;a&gt;で「target」属性というのがあり、これによって、リンク先を別ファイルにしたり、別フレームにしたり、制作者側から言わせてもらえば、非常に役立つ仕組みなのだ。<br />
　ところがXHTMLではその思想そのものが無くなっている。</p>

<p>　もちろん、何でもかんでも新しいウインドウを開くようなサイトも時折あるので、それはそれでどうかと思うが、意図的に新たなウインドウを開いて欲しい場合もある。特に、Firafoxなどのタブブラウジングを装備したブラウザでは、一つのウインドウだけで先に進んだり戻ったりする過去のブラウジングはありがたくない場合も多くある。</p>

<p>　これはリンク先を元のウインドウにするのか新しいウインドウにするのかは、閲覧者の権利だという考えから発している。shift+クリックで新しいウインドウが開くからというのだが、閲覧者の権利と便利は違っていて、shift+クリックなどは知らない人も大勢いるはずだ。<br />
　また、何でもかんでも閲覧者の自由というのであれば、制作者の意図というのはどこで斟酌されるのであろう?</p>

<p>　もちろん、利用しやすく閲覧者フレンドリーなサイトが望ましいのは当たり前のことだ。<br />
　だが、リンク先ウインドウをどうするかなどは、双方の意図があるだろう。</p>

<p>　また、&lt;iframe&gt;というインラインで埋め込むタイプのフレームがあるが、フレーム内で情報を更新するとすれば、当然target属性を使わざるを得ない。ところがこれは、XHTML　strictばかりでなく、flamesetでもエラーや警告対象になり、transitionalで書かざるを得ない。<br />
　であれば、strictの意味というのはどこにあるのだろうか?</p>

<p>　transitionalであれば、おおかたのことは大目に見てもらえるが、何か中途半端さを感じる。<br />
　<br />
　xml宣言というのもまたややこしいが、これについてはまたいずれ。・・・という書き方をしていずれ書いたことがないのだが。</p>]]>

</content>
</entry>

<entry>
<title>ポータブル・オーディオ3</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.psymage.com/blog/archives/2008/01/3.html" />
<modified>2008-01-11T06:20:45Z</modified>
<issued>2008-01-11T04:35:48Z</issued>
<id>tag:www.psymage.com,2008:/blog//1.517</id>
<created>2008-01-11T04:35:48Z</created>
<summary type="text/plain">　あけましておめでとうございました。 　笑っていいともでの里田まいの挨拶だが、日...</summary>
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<name>keisuke</name>
<url>http://www.psymage.com/</url>
<email>keisuke@psymage.com</email>
</author>
<dc:subject>音楽</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.psymage.com/blog/">
<![CDATA[<p>　あけましておめでとうございました。<br />
　笑っていいともでの里田まいの挨拶だが、日本語としてどうかということとは別に、こうやって日数が過ぎ、松の内でもない1月の挨拶としては、理屈に合っているように思えてしまう。現在形で言うには時間経過が大きく、とはいえ1年の最初の挨拶を交えておきたい、みたいな場合には。</p>

<p>　言葉というのは、文法的に合っていようがいまいが、定着してしまえば価値なので、「マジ?」みたいに、いつのまにか年齢関係無しに誰でも使えるようになれば、問題ないのだ。尤も、「まじ」は、昔からまじめの意味で使われているようなので、口語的に復古したといった方がいいのかも知れないが。</p>

<p>　さて、年末最後がポータブル・オーディオの話題だったが、新年もその続きだ。<br />
　ということで、iriverのT-60を購入した。直営のオンラインショップで、安売りをしていたので、思わず購入した。<br />
　実際にはブラックを注文したつもりだったのに、なぜかホワイトになっていた点が残念だが、気づかなかった自分が悪いので仕方がない。・・・ブラックに変えたつもりだったんだが・・・・ぶつぶつ<br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><img alt="1198140164.XC0020893.jpg" src="http://www.psymage.com/blog/1198140164.XC0020893.jpg" width="300" height="300" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;"　/></span><br />
　これは電池駆動なので、基本的に電源部の消耗により駆動時間が短くなるという弊害が無くなる。<br />
　前の時にも書いたが、内蔵充電池は、消耗し、極端に駆動時間が短くなる。電池と違って、外出先で交換できないので、困りものだ。</p>

<p>　単4の充電池を持ち歩けば、カタログ値は19時間持つことになっているので、操作をしても10時間は持つだろうから、予備と合わせれば、外出時に使えなくなることはない。万が一でも通常の電池を購入できる。</p>

<p>　まあ、外出時にそんなにまでして音楽を聴くという執念は、どうかとも思うが、これは、必ずしもずっと聞き続けているということではなく、いざというとき聴けるかどうかという問題である。</p>

<p>　もちろん4GBというメモリの制約があるので、選曲して持ち歩かないといけない。<br />
 　前の機種から800曲弱をコピーしたが、MP3のVBRで録音していたため、ここのファイルサイズが大きく、一旦、128kbpsにビットを下げて変換した。以前、たくさん収録するためにMP3-proの64kbps等のを使っていたが、どうも音が薄っぺらくなるようだったので、一応、標準のビットレートを選ぶようにした。</p>

<p>　音質は、iAudioの方が良かったが、外出先で気になるほどではない。早送りなど、こちらの方がいいが、操作性はあまり良くない。何より、付属の説明書に全ての操作に関する記述がないことだ。あまり細かい説明書も困りものだが、書いてないのはもっと困る。日本で発売しているのに、デフォルトが英語仕様なので、まずそこから直していかねばならず、あまり親切とは言い難い。</p>

<p>　ただ前のとは違い、コンパクトなので、携帯には便利だ。ストラップはオプションだったので、同時に購入したが、必要なかったようだ。</p>

<p>　いずれ、メモリタイプで、１TBなどが出てきて、持っている音楽全て収納できるといいのだが。選ぶのがめんどくさい。<br />
　かつて、レコードからカセットに、1曲1曲ダビングしていた時代が懐かしい。今ほど数も持っていなかったが、その行為自体が楽しかった。わずか90分程度のカセットに入れることができる曲は20曲程度で、旅先などにせいぜい5本程度のテープを持って出るのだが、100曲かそこらだ。今ではその10倍を持ち歩ける。単純にカセット50本分だ。</p>

<p>　便利になると、人間、ありがたみが無くなるものだ。文句ばっか書いて。感謝して使わなくては。</p>

<p>　でもやっぱり黒がなあ・・・<br />
　</p>]]>

</content>
</entry>

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<title>ポータブル・オーディオ2</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.psymage.com/blog/archives/2007/12/2_1.html" />
<modified>2007-12-31T08:53:24Z</modified>
<issued>2007-12-31T08:14:17Z</issued>
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<summary type="text/plain">　iAudioのM3とうポータブル・オーディオ・プレイヤーを購入して、1年半が経...</summary>
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<dc:subject>音楽</dc:subject>
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<![CDATA[<p>　iAudioのM3とうポータブル・オーディオ・プレイヤーを購入して、1年半が経つ。<br />
　非常にお役立ちで、枕元で一晩何か流れているし、外出の時は必須だ。<br />
　しかし、数ヶ月前から電池の持ちが非常に悪くなっている。カタログ値では、1階の充電で14時間くらいだと思ったが、今では2時間がいいところだ。ちょっと操作をすると1時間ちょっとで突然止まる。<br />
　かつてのウォークマンやMDプレイヤーなどは、概ね電池が使えたので、電池切れでも電池を交換すれば良かったが、最近のものはほとんどが充電式なので、切れてしまったら、充電するしかない。<br />
　<br />
　とはいえ、外出先で充電できるかと言えば、最新式の新幹線や一部のファーストフードなど、PCなどのためにコンセントが用意されているケースは稀だ。<br />
　iPodなど、電池式の充電器がサードパーティから発売されていれば、多少はいいと思うが、USBへの電池式旧電気で汎用的なものは、調べても一つしか出てこないし、とても大きくて、携帯には適さない。</p>

<p>　そうやって調べていたら、iriverから出ているT60というタイプが、電池式だということが分かった。単41本で19時間動く。これはT10、T50などの後継機で、１G、２G、４Gの3タイプがある。</p>

<p>　そもそもiAudioを購入した最大の理由は、ハードディスクタイプで、20GBという容量だった。できるだけたくさん携帯したいという気持ちから、とはいえ、60GBくらいのものは高価なので、最初に購入する機種としては値頃感もあり、しかも本体をバッグの中などに入れて、小さなリモコンで操作できるというのも魅力だった。</p>

<p>　実際には、起動が遅い、操作性がいまいち、早送りや巻き戻しがとても遅い、マイナーなので、オプション品もほとんど無いし、他のメーカーからそれにるいするものも発売されないなど、ディメリットもたくさんあった。録音がモノラルで、しかも本体内蔵マイクなので、時折ハードディスクの回転音ノイズが入るし、FM機能はあってなきがもので、不満はたくさんあった。<br />
　但し、メリットに比べれば、改善余地という程度のものだ。でも、動作時間が短くなるというのは致命的なので、買い換えを考えて調べたのだ。</p>

<p>　先に述べたT-60は、最大でも４GBで、容量的には5分の1になる。メモリタイプなので、当然軽くなるから、本体で操作するのは問題ないし、電池式なので、常にエネループのような充電式電池を補助で持っていれば、電池切れの心配はない。<br />
　とはいえ、録音は所詮モノラルだし、操作性などは試すことも叶わない。・・・これは店頭へ行けば多少できるかな。</p>

<p>　SDカード方式などは、昔のカセットやMDと同じで、メディアを入れ替えることで、実質容量は無限になるわけだが、そのタイプには電池式が見あたらないし、そもそも大きなサイズのメモリカードは高い。</p>

<p>　ということでまだ購入には至っていないのだが、これらの機械は、ポータブルのハードディスクとしても使えるので、データ・ストレージとしても役に立つので、本当は100GBくらいで、長時間駆動、電池パックでも動き、リモコン付きというのが望ましい。無駄な動画再生などの画面は入らないので安価なものがでないかな、と思う。<br />
　外出先で、どれほどビデオやテレビを観るのだろうか?音楽は流しっぱなしでも動けるが、映像は流しながら歩くなどできないから、液晶画面などいらないのだが。</p>

<p>　今年最後がこれか・・・</p>]]>

</content>
</entry>

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<title>ヴァージン・ウォーズ</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.psymage.com/blog/archives/2007/12/post_311.html" />
<modified>2007-12-29T18:37:04Z</modified>
<issued>2007-12-29T16:25:19Z</issued>
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<summary type="text/plain">　これはDVDについてで、完全ネタバレなので、万が一これから見ようかなどと考えて...</summary>
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<name>keisuke</name>
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<email>keisuke@psymage.com</email>
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<dc:subject>映画</dc:subject>
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<![CDATA[<p>　これはDVDについてで、完全ネタバレなので、万が一これから見ようかなどと考えている方は、お気をつけを。<br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000VP072U/psymage-22" target="_blank"><img alt="virginwars.jpg" src="http://www.psymage.com/blog/virginwars.jpg" width="198" height="320" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;"/></a></span><br />
　標題のようなDVDを観た。レンタルで。・・・レンタルで良かった。<br />
　現代は「MISTRESS OF SOULS」・・・このMistressが誰を指すのかにもよるが、魂の女王様とでも訳すべきなのか、いずれにしてもVirgin Warsというタイトルのような戦争物ではない。</p>

<p>　一般的にはやはり、ひどい映画と言うことになると思うが、ひどいにしてもすごい。あまりこの手の映画を観ないので、たまたま観たこれが特殊なのか、一般的なのか判らないうちのカルチャーショックだったのだ。<br />
　一応あらすじ<br />
<blockquote>石油戦争から7年後。世界は無政府状態に陥り、犯罪が横行していた。アルテミーシャは、戦争中に研究者である父を軍に殺され、その後、奴隷となった。しかし彼女は切り札を隠し持っていた。それは､彼女の父が残した一冊の本であった。その本には、石油の代わりにエネルギーとなる水素を水から抽出する製法が記されていた。戦後、石油危機となった世界で、その価値は計り知れないものであった。だが、囚われの身である彼女は、昼は労働に従事させられ、そして夜は女看守たちの性の相手をさせられ本の隠し場所を追及されていた。自らの気持ちとは裏腹に、体験した事のないとめどない快楽に溺れながらも、彼女は自由を求め脱出の機会を窺っていた。そして彼女はついに牢屋の鍵を手に入れる。果たして、その先に待つ運命とは・・・。<br />
<a href="http://www.albatros-film.com/" target="_blank">アルバトロス・フィルム</a><br />
</blockquote></p>

<p>　水から水素を取り出すという、小学校の電気分解の実験のような大発見がまずすごいが、この作品を出しているアルバトロス・フィルムのホームページを見れば解るとおり、この作品は「エッチな」作品だ。AVではないし、R指定でもないが、全編9割以上が女性の裸で満載だ。<br />
　確かにあまりやらしくはないが、一応女性同士の絡みもあるので、一般的に言えば、どこかのR指定が正しいのではないかと思う。</p>

<p>　尤も、今日書きたいのはそんな裸が云々とか、そんなことではなく、ストーリーのことだ。<br />
　上記のあらすじを読めば解るが、当然、主人公は苦境にあり、牢屋の鍵を手に入れた。父親を殺した側のトップはこれも女性なのだが、このアルテミーシャという主人公ばかりでなく、多くの女性を奴隷にしている。女性に革の拘束具を付け、馬の変わりに車を引かせたりもしている。まあ、いわゆる悪い奴なのだ。<br />
　この悪い親分が、アルテミーシャから本の情報を聞き出そうと、スパイを使う。このスパイの女性は、姉を捕らえられていて、姉を助けて二人を自由にする代わりに、スパイをしろということだ。このスパイは本の在処を聞き出すことはできなかったものの、合い鍵の一件はしっかり伝える。<br />
　だが、しっかりスパイをした割には、姉と共に、新しい馬車馬にさせられてしまうのだ。ああ、かわいそう。</p>

<p>　そしてこの悪の親分は、しっかりアルテミーシャの合い鍵も確認しながら「バカな女」といって、そのまま合い鍵を元の場所に置いておく。<br />
　合い鍵の件を知られてしまったアルテミーシャだが、脱出を試みる。</p>

<p>　さてここからが、言わば、悪者とアルテミーシャの駆け引きになるはずだ。いかにしてアルテミーシャはそこから抜け出し、悪と対決するのか、・・・・と思っているうちに、アルテミーシャは、本を地面から掘り起こした瞬間に、悪者の側の兵士に捕らえられてしまう。「バカな女」先ほどの親分の言葉だけが画面に流れる。</p>

<p>　そしてエンドロール！</p>

<p>　おい、ここで終わりか!<br />
　天網恢々疎にして漏らさず・・・漏らしっぱなしかよ！<br />
　結局悪者が勝ったのだった、ちゃんちゃん。</p>

<p>　彼女は抵抗らしい抵抗をしていない。逃げようとして失敗した。それだけの話だ。<br />
　この脚本で、たとえそれがエロビデオでも、作ろうとした監督は偉い。</p>

<p>　ある意味これはどんでん返しだ。<br />
　何だか解らないが、つい他のアルバトロス作品も観たくなる。<br />
　怖いもの見たさだ。</p>

<p>　いやあ、すごい。絶句。</p>]]>

</content>
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<title>銃</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.psymage.com/blog/archives/2007/12/post_310.html" />
<modified>2007-12-15T17:17:07Z</modified>
<issued>2007-12-15T16:40:35Z</issued>
<id>tag:www.psymage.com,2007:/blog//1.514</id>
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<summary type="text/plain">　このところ銃の事件が続けて起きている。 　猟銃やらクレー射撃の銃やら、身近に銃...</summary>
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<dc:subject>社会的</dc:subject>
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<![CDATA[<p>　このところ銃の事件が続けて起きている。<br />
　猟銃やらクレー射撃の銃やら、身近に銃を所有している人というのはどれほどいるのだろうか？<br />
　先日の佐世保の事件では、８人が被害に遭っている。</p>

<p>　そもそも人なり獣なりを殺傷する目的しか本来はない銃が、一般の人間の手元にあるということ自体、どんな意味があるのだろうか？</p>

<p>　アメリカでは、西部の開拓時代を通じて、銃社会が定着してしまっている。結果的に銃犯罪は非常に多いし、コロンバインに戻るまでもなく、ここしばらくでも多くの死傷事件が起きている。アメリカは身を守るための銃という意識が高いらしい。<br />
　しかし、そもそも銃がないと身を守れない社会は社会的に成熟していると言えるだろうか？銃が無くても危険のない社会を目指すという発想は、そこにないのだろうか？<br />
　もちろん無いわけはないし、そういう運動をしている人も大勢いることだろう。</p>

<p>　テッド・ニュージェントは僕の好きなハードロックギタリストの一人だが、彼は無類の狩猟好きらしい。ワイルドなヤンキーなのだ。テッドの音楽を聴くと、時折そのことに想いが至る。尤も、できあがった音楽と、彼の思想や行動は、直接的に、少なくとも聴く側にとっては関係がないので、それで聴くのをやめようとは思わないが、それはそれで、そういった彼の部分はあまり好みではない。</p>

<p><br />
　さて、佐世保の事件では、銃の所持に関して、警察は適正の処置であったことを記者会見で述べていたが、銃の所持者がこのような犯罪を犯した時点で、その処理は不適切であったことの証左であり、そうでないとすれば、その決まりに不備があるということだ。</p>

<p>　趣味としての銃による狩りなどというのは、まことに持ってくだらないと思うし、無くなってしかるべきだと思う。</p>

<p>　クラークの「幼年期の終わり」の中に、人類が生きるための目的以外で、他の生物を殺傷することを、オーバーロード（宇宙人）が禁じ、闘牛場の観客全員が、非常に激しい痛みに襲われ、闘牛がこの世からなくなるという行があるが、これは闘牛一個のことではなく、人が、文化だとか伝統だとか趣味だとか言う理由で、動物を殺傷することは、あまり胸を張って言えるような優れた風習ではない。</p>

<p>　当然人間は、生物を食って生きている。仏教の僧侶が、生臭といって四本足の動物を食わなかったり、精進料理などと言うが、では、植物は生きていないのかと言えば、そんなことはなく、進化のどのレベルにあろうと、人間は今のところ、他の生物の死無くしては、生存していけないのだ。<br />
　それは「食べる」という行為だけではない。「駆除」もまた、生存ためにやむを得ない。それが、田畑を荒らす狸や狐や鹿であっても、駆除すべきは駆除する必要があるのだ。</p>

<p>　だが、個人の趣味などによって「狩る」のは、彼らのエゴ以上の行為ではない。趣味のレベルとしては程度が低いと思わざるを得ない。</p>

<p>　古代の人間は狩猟で生計を立てていたかも知れないが、彼らのは生計を立てるのが目的ではないからだ。</p>

<p>　クレー射撃というのがある。<br />
　確かに安全に配慮した射撃場での射撃は、例えばSecondlifeでの戦闘地域のように、ゲーム性やスポーツ性がある。銃というものがそもそもある以上、それが適切な場所で、安全に使われるのであれば、それはそれでいいと思う。<br />
　尤も、戦争の場が適切であるかと言えば、はなはだ疑問だが。</p>

<p>　少なくとも、日本という社会で、職業として狩猟を営むか、山奥などで生活し、熊などの危険を感じながら生きているのではない限り、家庭に銃を所持するというのは、「許可制」などという生ぬるいものではなく、禁止した方がいい。</p>

<p>　こういうことは、なかなか国会でも実現は難しい。それは飲酒運転のより厳しい罰の制定などと同様に、議員の中にも銃を趣味にしていたり、飲酒運転の可能性を自身感じていたりする人がいるからではないかと、うがった見方をしたくなる。<br />
　銃を「自分は適切にしようしているから大丈夫」と思っている人は、「私は酒を飲んでも酔っていないから大丈夫」といっているドライバーと、全く同質のものを感じる。</p>

<p>　銃刀法というが、刃物は少なくとも料理やその他様々な日常生活で必要な場があるが、銃には無かろう。同じテーブルで考えるのは、そもそも間違っている。ただ、この場合の刃物はある程度、「刀」に限られるのかも知れないが。</p>

<p>　以下次回</p>

<p>　<br />
</p>]]>

</content>
</entry>

<entry>
<title>参議院議員の新宿舎</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.psymage.com/blog/archives/2007/12/post_309.html" />
<modified>2007-12-07T14:34:37Z</modified>
<issued>2007-12-07T14:05:23Z</issued>
<id>tag:www.psymage.com,2007:/blog//1.513</id>
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<summary type="text/plain">　このところ、参議院議員の新たな議員宿舎がニュースなどで問題になっている。 　し...</summary>
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<name>keisuke</name>
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<email>keisuke@psymage.com</email>
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<dc:subject>政治・経済・行政</dc:subject>
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<![CDATA[<p>　このところ、参議院議員の新たな議員宿舎がニュースなどで問題になっている。<br />
　しばらく前に、赤阪の衆議院宿舎が問題になったばかりなのに、またぞろこんな問題という感じだ。<br />
　ニュースなどで言われているように、赤阪の議員宿舎が開いているんだったら、そこに入れば、基本的には済む問題だ。慌てて、別の衆議院宿舎から議員を移そうなどと言う姑息なことをしようとするから、政治家は信じるに足りないと思われるのだ。<br />
　<br />
　今度ばかりは石原都知事や猪瀬副知事に方向性は賛成だ。<br />
　だが、そもそも、赤阪宿舎の折りに言われていた、安価すぎる家賃などが解決されなければ、議員宿舎そのものに反対だ。議員も官僚も、国家が建てた宿舎を利用するなら、相場の料金を払えということだ。<br />
　そうなれば、敢えて宿舎を建てずとも、民間の物件を借りてもいいことになる。<br />
　<br />
　高くて借りられないのなら、東京に借りる必要はない。近県に借りて、電車で通勤すればよい。</p>

<p>　地球温暖化がこれだけ声高に叫ばれ、二酸化炭素などの排出ガスを減らすことが世界中の目標になっているとき、たとえわずかでも、その二酸化炭素を酸素に帰る森を切り開いて自分たちの宿舎を作ろうという議員に「良識の府」などと誇りを持って語る資格はない。バカばかりだ。</p>

<p>　バカばかりというのは、少なくとも、大声を出してこのことに反対しているのがあくまで都側で、内側からの意見としては非常に声が小さいからだ。確かに何人かは衆議院宿舎に入ればいいなどと言っている人たちもいるようだが、もっとしっかり反対して欲しい。<br />
　こういうことは、しっかりと反対意見を言うだけの価値がある。</p>

<p>　国の借金がいくらあるというのだ。借金があるのなら、そこで働く人間が、まず質素に生きろよと言いたい。</p>

<p>　何かの番組で、世耕弘成がこの件について、今更やめれば違約金が6億もかかり、それでは無駄な税金を使うことになるなどと言っていた。違約金は決めた人間の給料から払えよ。</p>

<p>　何だかこの件は異様に腹立たしい。どんなに選挙があっても、所詮こいつらの多くは再び政治の世界に立つ。<br />
　限りなく政治家は儲からない、ボランティアのような職業にして、それでも国のためにがんばりたい人間にやって欲しい。・・・まあ、僕には無理だが。<br />
</p>]]>

</content>
</entry>

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<title>帰属意識ということ</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.psymage.com/blog/archives/2007/12/post_308.html" />
<modified>2007-12-03T17:21:42Z</modified>
<issued>2007-12-03T16:50:44Z</issued>
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<created>2007-12-03T16:50:44Z</created>
<summary type="text/plain">　星野Japanが台湾に勝ってオリンピックを決めた。 　6回に逆転されたときには...</summary>
<author>
<name>keisuke</name>
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<email>keisuke@psymage.com</email>
</author>
<dc:subject>社会的</dc:subject>
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<![CDATA[<p>　星野Japanが台湾に勝ってオリンピックを決めた。<br />
　6回に逆転されたときにはどうなることかと思ったが、やはり野球に関しては日本は強いのだな。アジアでは。<br />
　こういうことは、一日の長みたいなことがあるようだ。日本よりはアメリカの方が上らしいし。</p>

<p>　ところで、試合を見ているとなぜか自分自身が日本を応援していることが解る。<br />
　国際試合の場合、やはり多くは日本人を、たとえほとんど知らなくても応援する。</p>

<p> 　民族自決というのは、民族毎の世界観だと思うが、日本民族というのは、どちらかというと日本という島国と日本語という言語で結ばれているに過ぎないように思える。<br />
　というより、そもそも民族って何だ？</p>

<p>　広辞苑にはこうある<br />
　　<blockquote>(nation) 文化の伝統を共有することによって歴史的に形成され、同属意識をもつ人々の集団。文化の中でも特に言語を共有することが重要視され、また宗教や生業形態が民族的な伝統となることも多い。社会生活の基本的な構成単位であるが、一定の地域内に住むとは限らず、複数の民族が共存する社会も多い。また、人種・国民の範囲とも必ずしも一致しない。</blockquote><br />
　<br />
　なんだかんだと言っても、結局は大きなグループに過ぎない。<br />
　自分がどこのグループに属するかによって、そこを応援する、その感覚というのは、どれほど普遍的なのだろうか？<br />
　実は戦争もその延長のはずだから、この何かへの帰属意識というのは面白い。</p>

<p>　日本国内であれば、県毎に競い、学校単位で競い、町内会で競い、個人に帰着する。<br />
　恐らくいずれかのレベルで、これらの帰属意識が、人によって無くなることもあるのだろうが、全て無くなることはあるまい。</p>

<p>　オリンピック予選で、自分が韓国人だったら、と考えてみた。韓国戦のあった日曜日は、女子ゴルフの日韓戦もあった。これも日本が勝っていた。自身が韓国に住む韓国人であれば、悔しかったに違いない。<br />
　尤も、そこには自ずとレベルがあり、ぼくの場合、「ちょっと悔しい」というレベルだが。</p>

<p>　それでも、スポーツなどにおけるこういう帰属意識は、あってもそれほど外にはなりそうもないが、民族って、そんなに団結すべきなのだろうかと思う。まとまるには大きすぎるし、目的も多様に過ぎる。<br />
　貴族ということが問題になるのは、アイデンティティという言葉が通用する範囲であるべきではないか。民族のアイデンティティなんて、どうも眉唾な感じがする。あたかも血液型占いのようだ。</p>

<p>　血液型占いは、よく、人間が4つ程度に分類できるか、という批判があるが、男と女という二元分類があるのだから、4分類できても問題はない。だがそこには自ずと、より細かい分類にはない曖昧さが残る。<br />
　そう考えて楽しめばいいことだ。民族や国家も、所詮はどこか、そのレベルのグルーピングに過ぎないのではないかと思う。</p>

<p>　文化や言語の差異はあっても、何かそれで運命が決められるような、それほどのもののはずはないと思うのだが。</p>]]>

</content>
</entry>

<entry>
<title>徳川家康</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.psymage.com/blog/archives/2007/12/post_307.html" />
<modified>2007-12-01T16:09:29Z</modified>
<issued>2007-12-01T15:27:56Z</issued>
<id>tag:www.psymage.com,2007:/blog//1.511</id>
<created>2007-12-01T15:27:56Z</created>
<summary type="text/plain"> 　NHKの大河ドラマのお話だ。 　先日来、TSUTAYA DISCASで、「徳...</summary>
<author>
<name>keisuke</name>
<url>http://www.psymage.com/</url>
<email>keisuke@psymage.com</email>
</author>
<dc:subject>歴史</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.psymage.com/blog/">
<![CDATA[<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000EGCWCY/psymage-22" title="ieyasu" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/515XP3C7TFL._AA240_.jpg" align="right" border="0"></a></p>

<p>　NHKの大河ドラマのお話だ。<br />
　先日来、TSUTAYA DISCASで、「徳川家康」を順次借りて観ている。<br />
　山岡荘八の原作で、横山光輝もマンガにしている、非常に長い小説のドラマ化だ。大河の21作目で1983年の作品だ。<br />
　ぼくはリアルタイムで観ていない。再放送など基本的にないから、今回が初めてになる。<br />
　徳川家康を滝田栄、信長に役所広司、秀吉に武田鉄矢、今川義元は、今は亡き成田三樹夫が演じている。「編み笠十兵衛」の船津弥九郎以来、成田三樹夫は好きな俳優だ。<br />
　巷間の家康像とは違って、大柄でりりしい家康だと思うが、まだ10回を見終わったところだが、なかなかいい。<br />
　<br />
　20年も前の作品だが、あまり亡くなっている俳優さんが少ない。すごいことだ。<br />
　まだお話は、桶狭間を経て、信長が美濃を攻略する前の段階なので、ようやく家康が少年を脱して滝田栄に変わったばかりと言ってもいい。<br />
　この話は家康の父、松平広忠の代から始まるからだが、広忠は近藤正臣が演じている。柔道一直線の結城慎吾、ピアノで猫踏んじゃったを足の指で弾く男だ。<br />
　そしてその正妻、於大の方は大竹しのぶなのだが、この演技が泣ける。これまであまり大竹しのぶという女優をちゃんと見たことがなかったのだが、とても引き込まれる演技だ。こんなにすごい女優さんだったとは知らなかった。これを見れただけでも、ちょっと幸せだ。</p>

<p>　原作は秀吉の九州征伐の前で挫折した。横山光輝のマンガは何回か読んでいるので、どういう描き方を山岡荘八がしているかは解るが、原作をもう一度最初から読み直す気力はちょっと無い。</p>

<p>　普通家康は「狸おやじ」などと評され、あまりいい描き方はされない。小ずるく、信長、秀吉の後を受けて天下を我がものにした狡猾なじいさんとして描かれることの方が恐らく圧倒的に多い。<br />
　しかし山岡版の家康は第10回に出てきた「厭離穢土、欣求浄土」を生涯貫き通した高潔な男だ。「人の一生は重荷を負ふて遠き道をゆくがごとし」で有名だが、ぼくは個人的に、家康の実像はこちらが近いと思っている。<br />
　性善説というわけではないが、200年近く続いた戦国の世をまとめ、世界に類のない260年という太平の世の基を築いた男が、それほど狡猾で悪い本姓を備えているようには思えない。</p>

<p>　確かに天下に覇を唱えるということのために、人も多く殺しているに違いないし、多少なりとも狡猾な駆け引きなども当然しているかも知れないが、マンガや小説に出てくる世界征服を狙う総統のような意識で、戦国を終焉に向かわせ、尚かつ平和な世を維持する基礎をつくるなどということは、簡単にできることではない。</p>

<p>　僕は、日本の武士道精神みたいなものをそれほどありがたがっている方ではない。・・・それほど知らないという方が正しいが。武士道とは死ぬことと見つけたりみたいな言葉は、好きではない。<br />
　殺し合いが平然と（少なくとも現在より）、しかもそこに大儀をぶら下げて行われていた時代が、いいはずはないので、なぜかと言えば、もしその時代に自分が生きていたら、その刃から逃げることに躍起になっていたに違いないと思えるからだが、とにもかくにも、せめてそこに秩序をもたらした家康という男は、たいした者だと思うわけだ。</p>

<p>　個人的には秀吉の方が好きなのだが（面白いから）、信長や秀吉とは全く違った角度で天下統一を考えていたと思えるのだ。</p>

<p>　話の内容は知っているのだが、これからも十分楽しみだ。あと40回。まだ先は長いな。<br />
</p>]]>

</content>
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<title>Made in Europe / Deep Purple</title>
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<modified>2007-11-30T14:40:49Z</modified>
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<summary type="text/plain">&quot;Made in Europe&quot;は恐らく、僕が最も好きなDeep Purpleの...</summary>
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<dc:subject>音楽</dc:subject>
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<![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000006Y3X/psymage-22" target="_blank"><img alt="Made in Europe.jpg" src="http://www.psymage.com/blog/archives/2007/11/30/Made%20in%20Europe.jpg" width="190" height="185" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;"/></a></span>"Made in Europe"は恐らく、僕が最も好きなDeep Purpleのアルバムだ。
　最初にパープルを聴いたのは、たぶん解散直前くらいの時だったと思う。それまでは日本の歌謡曲やフォークばかり聴いていた僕にとって、パープルは騒音以上の何物でもなかった。今では想像できないが、本当にうるさかった。
　確か当時、世界で最もうるさいバンドとか言われていたはずだ。そういう意味では、ぼくの印象はあながち間違っていなかったことになる。

<p>　そんなぼくがハード・ロックを聴くきっかけはRainbowのセカンドアルバムだったが、当然そこから遡って、ディープパープルも聴くようになったし、Zepやらグランドファンクやら、当時のハード・ロック、へヴィ・ロックをそしてプログレッシブ・ロックを端から聴き倒した。<br />
　このメイド・イン・ヨーロッパもその中の1枚だが、このアルバムは、デヴィッド・カヴァーデルを再認識させるアルバムだったし、後のホワイトスネイクを聴く大きなきっかけだった。</p>

<p>1. Burn 	<br />
2. Mistreated [Interpolating Rock Me Baby] <br />
3. Lady Double Dealer<br />
4. You Fool No One<br />
5. Stormbringer</p>

<p>　レコードのA面3曲／B面2曲と、わずか5曲しか入っていないアルバムだったが、捨て曲はなかった。<br />
　第3期といわれる布陣になってからのアルバム2枚からの選曲で、当時も実は"Smoke on the Water"や"Highwaystar"なども演奏されていたが、ここには入っていない。そしてそれが正解だ。デヴィッドとグレン・ヒューズの2期の曲は、あまり出来がいいとは思えない。この時期の他のアルバムを聴くと、それがよく分かる。</p>

<p>　パープルのヴォーカリストとしては、デヴィッド、ロッド・エヴァンス、イアン・ギランとうい個人的な序列なのだが（グレンは入っていません）、イアンのヴォーカリストとしての才能は認めるにやぶさかではない。当時のイアンとデヴィッドの歌唱力の差は歴然で、しかもイアンの歌詞はデヴィッドには合わない。<br />
　曲は基本的にリッチー・ブラックモアが作っているのだろうが、Burn以降の曲は、基本的にそれ以前と違う。</p>

<p>　その「Burn」で幕を開けるこのヨーロッパでのライブは、まことに素敵だ。<br />
　Mistreatedも全パープル及びホワイトスネイク、レインボー、ディオ、あらゆるヴァージョンの中で最高の出来だ。ここでのデヴィッドは歌唱力などを超越してセクシーで魅力的な歌を歌っている。<br />
　リッチーもきっと、これからレインボーという新天地でがんばるぞという意気込みでもあるのか、熱が入っている。</p>

<p>　パープルの代表曲というと、「Highwaystar」「Smoke on the Water」「Speedking」「Black Night」「Woman from Tokyo」など、2期の曲がほとんどで、1期では「Hash」3期では「Burn」4期はない。と、とても偏っているわけだ。<br />
　仕方がないとは思うが「Mistreated」は名曲だと思うのだな。出来に比べて評価が低い。<br />
　このmIstreatというタンゴを知ったのはこのときが初めてだし、その後、別の文脈でも見たことがない。<br />
　辞書で引くと虐待とか酷使と載っているのだが、こんな単語は日本語環境で暮らしていては、英語の単語としてお目にかかれなくても不思議ではない。<br />
　I'ven mistreated〜と始まるこの曲は、つまり「俺は虐待された〜」という歌い出しだ。続けてI'ven abused〜I'ven struck downherated　babe〜I'ven confusedと続くのだが、結局女に逃げられて落ち込んでるという歌なのだ。<br />
　デヴィッドの歌詞はこの手が多い。相当打ちのめされているのだな、という感じだ。ルチアの狂乱もこれでは敵うまい。<br />
　<br />
　そしてLady Double Dealer（邦題はなぜか「嵐の女」）これもMistreatedと同工異曲かな。内容は。<br />
　You Fool No oneは18分にも及ぶ。この前奏で、ジョン・ロードが弾く「Hava Nagila」というユダヤ民謡が好きで、CDまで買った。<br />
　そしてラストがStormbringer（邦題は「嵐の使者」・・・こちらは解る）<br />
　個人的にはライブ・インジャパン（外国ではMade in Japan）よりもこちらの方がはるかに好きだ。</p>

<p>　このアルバムは、リッチー・ブラックモアが抜けるという、危機的状況を前にしながら、当時のパープルの音楽がいかにクオリティの高いものだったかを証明しているように思える。<br />
　1970年というのはビートルズが解散した年だが、その70年代は、へヴィでハードなロックが席巻した。<br />
　その70年代のほぼ真ん中に発表されたこのアルバムは、少なくとも僕にとって、70年代を象徴するアルバムの1枚なのだ。<br />
　ビートルズではぼくを洋楽に引き込むことは叶わなかった。レインボーとそれにるいするバンドたちが、未だに愛しい。<br />
</p>]]>

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<title>日本シリーズ</title>
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<modified>2007-11-01T12:14:33Z</modified>
<issued>2007-11-01T11:58:23Z</issued>
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<summary type="text/plain">　中日が53年ぶりの優勝を飾った。まずは中日におめでとう。 　だがしかし、中日フ...</summary>
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<dc:subject>スポーツ</dc:subject>
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<![CDATA[<p>　中日が53年ぶりの優勝を飾った。まずは中日におめでとう。</p>

<p>　だがしかし、中日ファンでもないぼくが、なぜ途中からこの試合を見ていたかと言えば、山井のパーフェクトが見たかったからだ。日ハムのファンでもないが、9回は思い切り日ハムを応援してしまった。</p>

<p>　僕はヤクルトが好きなので、ヤクルトの立場に置き換えて考えてみた。<br />
　かつてヤクルトはとても弱かったが、広岡監督の下で初優勝、その後しばらく優勝から遠ざかり、野村監督時代と、若松監督時代に優勝を経験している。仮に広岡以来優勝がなかったとして、今日のようにピッチャーが8回までパーフェクト試合をやっていたら、やはりその投手に9回を投げて欲しいと思う。</p>

<p>　落合監督はオレ流とやらで、地道に勝ち進んで、2年連続の日本シリーズだし、もしあの場面で山井を変えずに逆転負け、しかも日本シリーズ優勝を結果的に落としていたら、中には、その最大の原因をこの投手交代に求める人もいたかも知れない。</p>

<p>　それでも猶、パーフェクト試合、ましてや日本シリーズでのとなれば、ちょっとやそっとの記録ではない。やろうと思ってできるわけではない。それを目前にした投手を交代させるというのは！</p>

<p>　ぼくは自信、スポーツに縁がないが、プロスポーツというのは、競技であると同時に、エンターテインメントであるとも思う。そういう意味で、非常に、少なくとも僕にとっては、程度の低い試合に終わった。<br />
　尤も中日ファンの多くは喜んでいると思うが。</p>

<p>　優勝と1選手の記録、しかし日本シリーズのパーフェクトと秤に掛けると、個人的には後者が重いと思うのだ。<br />
　野球はチームプレーだとよく言うが、それも個人技がうまく咬み合わさったチームプレーだ。<br />
　<br />
　昨今の野球の人気の低迷は、こういうところで、少しばかり拍車がかかるのかも知れない。<br />
　是非論は置いておいて、他人事ながら、何か悔しい。</p>]]>

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<title>ノーネクタイ、もはや普通</title>
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<modified>2007-10-20T09:57:27Z</modified>
<issued>2007-10-13T16:32:21Z</issued>
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<summary type="text/plain"> 　【シカゴ13日時事】仕事の際にネクタイを着用するのはもはや1割にすぎず、3分...</summary>
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<dc:subject>社会的</dc:subject>
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<![CDATA[<blockquote>
　【シカゴ13日時事】仕事の際にネクタイを着用するのはもはや1割にすぎず、3分の2以上の人が仕事でも一切ネクタイをしない−。ギャラップ社がこのほど発表した世論調査で、米国のビジネスマンの服装が急速にカジュアル化していることが改めて確認された。
　仕事で着る服の質問に対して、男性ではスラックスとシャツ、女性ではスカートとブラウスという「カジュアル・ビジネス」が全体の43％を占めた。次いでジーパンなどの「カジュアル・ストリート」が28％、制服が19％、スーツなどの「フォーマル」は9％にとどまった。2002年の調査では、カジュアル・ビジネスは32％、フォーマルは12％だった。
　男性のネクタイ着用については、仕事の時に常に着用する人は9％で、仕事時間の約半分が4％、時々が20％だった。</blockquote>
　という時事通信社の記事を見た。・・・・だからノーネクタイに、ということではなく、仕事の時も、自由な服装で致しましょう（ただしある程度の常識はわきまえて）。ということではないだろうか。

<p>　猫も杓子もスーツにネクタイという姿は、これまで何回も書いてきたように、意味が分からない。学生時代に詰め襟で過ごし、取り敢えず一つの組織に参加している一体感が欲しいのではないかと錯覚するかのような、スーツ姿オンリーは、大学を卒業して以来、4半世紀の謎だった。<br />
　スーツの形態はバブル期にダブルが流行ったりと、変遷はあったものの、基本は変わらなかった。このめまぐるしい世の中で、何とまあ、かたくなで、意固地とも思える定着の仕方だ。<br />
　とはいえ、会社勤めの18年間で、スーツを着た回数は延べにしても1年と1ヶ月くらいだったろう。この1年は新入社員の時だが、それ以来、基本的にはスーツとは縁を切った。</p>

<p>　いや、スーツが嫌いなわけではない。好きでもないが。時にはかっこつくので、スーツを着たいこともある。<br />
　だが、毎日スーツって！しんじられな〜い（もう古いか・・・昨日は日ハムが勝ったらしいが）。<br />
　<br />
　そもそも欧米から入ってきたスーツだ。米に習って少しカジュアルな方向に進んでもらいたい。<br />
　僕のように、カジュアルでビジネスを行っている人間が、少しでも目立たなくなるのがいい。もちろん、スーツを着たい人は着ればいいが、スーツを着ていないとちゃんとしていないというような見方は、・・・少なからずいると思うので・・・・さっさと返上していただきたい。</p>

<p>　また、ジーパンがビジネスに相応しくないなどという偏見もさっさと捨てていただきたいものだ。根本的に、その理由が薄弱だ。下着姿でビジネスはとかであれば、理由は分かる（下着姿が正装の人たちは除いて）。<br />
　ジーパンだってチノパンだって、だらしなく着ていなければ全くいいではないか。</p>

<p>　とにかくだ。服装ではなく、能力だったり、人と接するときの礼節だったり、コミュニケーションお解きの態度の方がもっと大切だ。スーツを着た慇懃無礼より、腰の低い顔ピアスの方がまだいい。</p>

<p>　カフェや電車で、スーツをかっこよく着こなした人が、大声で携帯でビジネスの話をしているなんて、よく見るシーンだ。結局は中身だぜ。</p>]]>

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<title>ヤクルトと古田</title>
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<modified>2007-09-22T17:11:55Z</modified>
<issued>2007-09-22T15:57:44Z</issued>
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<summary type="text/plain">　古田がヤクルトを退団するというニュースが今週あった。 　確かに今年のヤクルトは...</summary>
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<email>keisuke@psymage.com</email>
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<dc:subject>スポーツ</dc:subject>
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<![CDATA[<p>　古田がヤクルトを退団するというニュースが今週あった。<br />
　確かに今年のヤクルトは負けが混んで、何度も最下位に落ちている。今日時点では5位だが。<br />
　元々古田ファンでヤクルトファンという構図ではないので、古田が辞めようと、ヤクルトファンを辞めるわけではないのだが、やはり入団以来、どこかでミスター・ヤクルトのような存在になっていたので、非常に寂しいし、そもそもプレイング・マネージャーという困難な位置にいたのだから、2年目で結論を出すのは早いと、ファンは思う。</p>

<p>　今日現在のヤクルトの成績を見ると、54勝75敗、勝率4割1分9厘。昔はよくこんな数字もあったのではないかな？何て思ったりする。<br />
　ところが、選手成績を見ると面白い。<br />
　首位打者青木3割4分8厘、2位ラミレス3割4分6厘。ラミレスは185安打しており、残り試合15、1試合1本どうにかヒットを打てば、200本安打に到達する。3番打者だ！<br />
　それ以外にも、宮本が7位、田中が9位とベスト10に4人も入っている。首位争いをしている中日は、一人も入っておらず、中村紀洋が14位で一番上だ。当然3割を切っている。中村をヤクルトが取っていたらどういうことになっていたのだろう？<br />
　にもかかわらず、チームとしては中日の方が得点が27点も高い。残り試合差を考えても、中日の方が圧倒的に効率よく得点していることが解る。ウッズがホームラン王だとしても、ラミレスよりも打率は低いから、ホームランではなく、しっかり得点しているのだ。きっと残塁は、ヤクルトの方が相当多いに違いない。</p>

<p>　一方投手は、防御率こそ巨人の高橋尚成が1位だが、グライシンガーはしっかり2位にいて、勝ち数はグライシンガーが1位だ。残り試合を考え合わせると、グライシンガーが最多勝を取る可能性は高い。<br />
　ところが、敗戦投手のベスト10に館山、石井、藤井と3人もヤクルトは入っている。負け数が多いのだからこれは当然だが、自責点の1位は石井一久。でも石井はそれほど勝率は悪くない。<br />
　つまりヤクルトは、中継ぎや押さえがたくさん負けているのだ。</p>

<p>　首位打者と最多勝のいるチームが5位6位に低迷するということは、バランスが悪いのと、拙攻が多いこと、見方によれば、采配が悪いと言うことになる。<br />
　何回時代にプレイングマネージャーをやった野村克也ほど、采配は上手くないと言うことになる。</p>

<p>　もちろん、球団と古田の補強などに関する意見の違いはあるし、思い通りにできなかったことも多々あるに違いない。ファンはプレイをも古田に期待するし。・・・・ほとんど出てこないが。<br />
　<br />
　古田が今回対談を決意したのは、現状ではとても理にかなった決断なのだ。<br />
　やがて、一流監督となって戻ってくることは間違いないので、ここは一旦、球団を離れてもやむなしと思うわけだ。<br />
　<br />
　他のチームのコーチとかにはなってくれるなよ・・・・</p>]]>

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