「モーツァルトの旅」その2

 先日、台東区のミレニアムホールというところで上演された『モーツァルトの旅』を観てきた。これは、一昨年、大塚のホールで上演されたものの再演である。もう一度観たいと思っていたので、改めて観に行った。
 前回とは若干キャストの変更はあるものの三分の二は初演と同じキャストであった。
 端的に言えば、やはり面白かった。同時に、前回よりもクオリティは増していたと思う。中でも吉田伸昭のダ・ポンテは前回に比べても出色だったと思う。

 この作品は、前回のブログでも書いたが、クラシックのアリアや重唱をお芝居で繋げる形式で書かれているが、実際の所は、既存の音楽を利用した一つのオペラである。モーツァルトの名曲をいいところ取りして作り上げられているのだから、ある意味卑怯と言えば卑怯だが、でも、ではいい音楽にお芝居を付ければ楽しいのか?というのはまた別な話だと思う。
 つまりは、いかに音楽とお芝居が不可分に融合しているかがこういった作品の一つの成功の鍵だと思うからである。

 例えば、モーツァルトが死ぬシーンがある。
 姉、ナンネルの腕に抱かれながら、自らの寂しさを吐露し、「こんな弟でごめんなさい」という天才らしからぬ台詞を絞り出し、そんな弟を、「愛してるわ、ヴォルフガング」と、これまで理屈で励ましてきた弟に、全てを包み込む愛情でかき抱く。そこでピアノが奏でる音楽は、かつてこどもの頃にモーツァルトの父が子守歌代わりに歌った歌(実際には『後宮からの逃走』の中でオスミンが2幕で歌うアリアだが)で、舞台右手にいる二人の元へ、その歌を歌う父親と思われる影が近寄り、とん、とモーツァルトの肩を叩く。だらっと落ちるモーツァルトの腕。「眠ったの?ヴォルフガング?」そして弟の名を叫ぶ姉。暗転。
 あるいは、非常にコテコテの演出かも知れない。だが、この短い時間で、観客は涙を流すだろう。このオスミンのアリアは、一幕もこの時も少しテンポが遅過ぎる。しかし、十分な演出効果がある。1幕冒頭のパパゲーノのアリアの旋律と、このオスミンのアリアは、ここでしっかりと回収される。

 音楽とストーリーが融合しているのは、当に優れたオペラの特質である。モーツァルトもヴェルディも、ワーグナーだって、台本に曲を付けるのだ。違いは、曲と曲の間を全て音楽でつなぐのか、レチタティーボで繋ぐのか、それとも台詞で繋ぐのか、だ。この『モーツァルトの旅』は、その3番目の様式であり、なおかつお芝居の比重が大きい。
 最大の相違点は、今回書かれた台本に作曲家が曲を付けたものではないという点だけだ。
 こういった手法は恐らく、今回が初めてでもないだろうし、実は似たような方法は、年中どこかで上演されているのかも知れない。だが、それらとこの作品を分けているのは、前回も書いたとおり、音楽と芝居の融合の度合いであり、未だにこれは意見を変えることはないが、モーツァルト以外ではこの高みに達することはないだろう。
 他の作曲家に比べてモーツァルトが優れているという論ではない。こういった作品に適合しうるのが、モーツァルト以外にいないというだけだ。

 個人的には、好きなマーラーで作り上げて欲しいが、無理だと思う。

 さて、今回は前述したように、吉田伸昭が誰より良かった。アリアは1曲しかないが、この作品に彼がなぜ登場しなくてはいけないのかがよく解る演技だった。
 モーツァルトに『コジ・ファン・トゥッテ』を書かせるシーンでの、タイトルだけを高らかに歌い上げる部分は前回もだが、好きなシーンの一つだ。
 だが何より、前回はどうだったか全く覚えていないが、モーツァルトがダ・ポンテにコンビを解消だと告げた後、つまりは彼唯一のアリアの後だが、モーツァルトの元を去るシーン。去りかけただ・ポンテが、一瞬躊躇してモーツァルトを振り返り、最敬礼して去って行く。ダ・ポンテの性格も、そこに内在された気持ちも、全てを表現し尽くしたかのような最敬礼に、心の中で泣けた。

 そもそも、サリエリがモーツァルトにダ・ポンテを引き合わせたシーンで、水と油のような二人について、「だからこそいいものができる」という可能性を示唆し、そこからダ・ポンテ三部作と言われる3本のオペラが生まれるわけだが、その事が、モーツァルトの人生を彼が思っていたのとは違った方向へ向けて行く、というのがこの作品の一つの軸であると思う。
 その対立軸にあるのが、その後『魔笛』を生むことになるシカネーダーの存在であり、彼がいみじくもモーツァルトに語る台詞が、最終的にこの作品を決定づける台詞でもあり、同時にこの作品を悲劇で終わらせることがない最大の要因となっている。
 いかにもモーツァルトを描くに相応しいと感じる。『アマデウス』も『モーツァルト!』も、多くの作品が、彼の不可解な死と早世という事実によって、音楽とは別次元の場所で作品が作られている。それはそれでいいのだが、それはそれぞれが伝記だからである。
 だがこの作品は伝記ではない。誤解を恐れないでいうなら、前述の著名な作品たちがモーツァルトという人間を扱っているのだとすれば、この作品はその音楽を扱っているのだ(声楽に偏ってはいるが)。だからこそ、過度に劇的である必要は無い。なぜならモーツァルトの音楽がそうではないか!劇的な音楽ももちろんあるが、α波を出すと言われさえする彼の音楽は、その劇的な部分も包み込んで、幸せな何かを聴き手に伝えてくれるではないか。この作品は、モーツァルトのそういった部分も拾い上げているからこそ評価するのだ。

 だから、モーツァルトの死でも、その後親友シカネーダーがその事で慟哭するシーンでもこの作品は終わらない。ただの芝居なら、このどちらかで終わルという選択肢もあるだろう。より劇的にしたいのなら、その後にレクイエムを合唱して終わってもいい。だがそれではモーツァルトの音楽を描いた舞台としては不十分だ。
 その中で『フィガロの結婚』のフィナーレを選択した中川美和に、私は拍手を送りたい。このシーンがあるからこそ、この作品を高く評価するのだ。
 
 それと同時に、この作品が一部に持つ劇的な部分に、今回は出演者が少し引きずられているように見受けられる部分もあった。
 例えば前述したとおり、冒頭の父親の歌は、テンポが遅すぎる。そのシーンの意味から考えても、もう少し速くていい。恐らくはこの歌は、モーツァルトが最後に死ぬシーンでもう一度かかる。そこの影響されているのではないか?と勝手に解釈したが、であればこそ、後半のその部分も、冒頭同様重くならないテンポで歌って欲しい。そうしないと、モーツァルトの死が悲劇にこの作品を傾けてしまう。意外に重要な歌なのだ。とはいえ、『ドン・ジョヴァンニ』の騎士長も合わせて、バスは前回より今回の岸本大の方が圧倒的に良かった。

 また、ナンネルとナンシー・ストレースを歌う伊藤邦恵も、この作品を少し劇的に解釈しすぎているように思えた。彼女は別にコミカルな部分をあてがわれてはいないので、全般シリアスでいいのだが、モーツァルトとナンネルの成長してからのすれ違いのような部分を(それはナンシーという不倫相手的な歌手においても)、モーツァルトの音楽という面と一瞬乖離した部分で捉えているのではないかと思った。確かに台本自体はそういう側面もあるし、単なるお芝居ならそれでもいいと思う。だからこそ最後に「ヴォルフガング!」と叫ぶシーンは涙を誘うのだと言ってしまえばそれまでなのだが、前述したように、この作品は通奏低音のようにモーツァルトの音楽が流れ、いみじくも作中でシカネーダーが語るように、その音楽は優しく、常に作品に寄り添っているのだ。
 この部分を斟酌すれば、少し違ったナンネル像になるだろうし、どちらかと言えば、それが音楽にも反映されるのではないかと思った。
 ただその上で、『皇帝ティトの慈悲』からのアリアは素晴らしかったと思う。惜しむらくはナンシーのアリアは冗長だった。その後の「最高傑作と言われるコンサートアリア」という台詞が空々しく聞こえる程度には。

 サリエリ役の杉野正隆は、前回同様安定して実直な「サリエリ」を演じていた。これは映画『アマデウス』とは対極にいいるサリエリだが、この作品にはこの、”大人な”サリエリが相応しい。惜しむらくは、最後にシカネーダーを諭すシーンがあるのだが、台詞が少し棒読みだった。

 恐らく前回はなかったように思うのだが、一カ所だけ背景からナレーションが入る。だがこの部分はいらないと思う。内容から考えて、時間経過を伝えたかったのだと思うが、その時間経過が台詞で解らないわけではないので(仮にそういう指摘がどこからかあったのだとしても)ここは蛇足だ。
 
 尤も、ぼくが書いているこの文章も含め、見た人間、関わった人間は色々いう。それはどんな作品にもつきものだ。小説でも何でも、それらの意見の取捨選択や、作家が書き落としたと思われる部分の加除などでも、全てがいい方向に出るわけではない。
 ここでこんな例を挙げるのはどうかなとも思うが、永井豪の『デビルマン』は不朽の名作だと思うが(卒論で1章を割いたほどだ)、文庫化されたときだったと思うが、長いが加筆している。オリジナルが出色なだけに、このクソみたいな加筆は何だ!!と、当時思った。永井は連載では描ききれなかった部分を補筆したのか、まあ個人的には、編集から長さ調整に無理矢理描かされたと解釈している。
 
 なので、今回蛇足と書いたところが、次回どうなっているかが楽しみだ。・・・・これ読んでくれないかも知れないけど。

 さてここまで書いたのだから、残りの出演者にも触れておこう。
 モーツァルトの妻、夜の女王などを歌った末吉朋子は、劇場支配人も含めて、高音をバキバキ決めていたが、僕が感心するのは、コンスタンツェがモーツァルトに迫る歌を歌うまでの鼻歌交じりの演技だ。ソプラノ歌手と彼女は台詞が一切無い中で、しっかり存在感を出しているのだが、何度も書くように、芝居と歌が融合するためには、こういった部分がとても大切だと感じるし、こういう所がおろそかにされていないのがいいと思う。
 ソプラノ歌手は前回とは別の人に変わっていたが、欲をいえば『オレステスとアイアスの』の場面では、もう一歩切迫感みたいなものが欲しいと感じた。このシーンは、ある意味においてモーツァルトの心情描写でもあると思うので、歌い手がいかにそのシーンと歌とをシンクロさせるかが鍵になるシーンだと思う。その上で前回同様このシーンは堪能しているのだが、好きなシーンだけに要求は大きい。
 
 シカネーダー役の古澤利人は、一番声が通っていて、安定した芝居だった。シカネーダーという役は、『アマデウス』でもあまりクローズアップされていたとは言えない。今回のこの作品は、シカネーダーとダ・ポンテという、謂わばモーツァルトの4大オペラの台本を作った人物に焦点を当てているのも面白い。
 本来であればモーツァルトは、その生涯の中で、オペラの何倍もの器楽作品や声楽作品を作曲しているわけで、その中からオペラを切り取り、そしてさらに二人の台本作家に焦点を当てることで、既存の作品とは違った曲面を見せることに成功しているのだと思う。
 この作品でバリトンは二人いるが、シカネーダーの古澤と、サリエリの杉野、どちらも適材だと思う。

 そして、モーツァルト役の中川美和だが、今回改めて、出ずっぱりの役なのだなと感心した。他の誰かが演じるってこと考えてないだろ!と思えるくらい負担が大きそうだ。
 だが、女性をモーツァルト役に置くというアクロバティックな配役は成功していると思う。
 一つには、初めの方に歌われる『後宮からの誘拐』のコンスタンツェのアリアを彼女が歌うからであり、モーツァルトとシカネーダーの『魔笛』からのパミーナとパパゲーノの重唱が、二人の友情をうまく表現しているからである。実際は男女の愛の歌だが、ここでは上手く、もっと広い意味に捉えられるように歌詞が付けられている。
 モーツァルトは主役なので、もう一曲くらいアリアを聴きたいところだが、それでは体力的に保たないのかも知れない。
 ところで、『後宮からの誘拐』は『後宮からの逃走』とも訳されるが、全然意味が逆なのになぜそうなっているのだろう。素朴な疑問。

 いずれにしても、この作品はもっと上演して欲しいし、オケでやって欲しい。前回今回と見ていると、シンプルな舞台装置も売りの一つなのかも知れないし、より多くの場面で手軽に上演できるという意味ではいいのかもしれない(モーツァルトをやる人の負担を考えると、それほど手軽かどうかは別にして)。それでも尚、もう少し手の込んだ舞台でも見てみたいと思う。
 
 これを観た翌日からこのブログを書き始めて、およそ一ヶ月くらいかかった。途中で記憶も曖昧になりかけたが、それでも尚印象に残っているというのはいいことだ。
 三度目を楽しみに、Bravi!でした。

 

 

 

 

 

Tomorrows Child / Full Moon

 80年代後半のバンド・・・らしい。
 どこから手に入れたのか不明だが、1990年のライブを持っていた。

 音はあまり良くなかったが、この曲だけよく聴いていた。

 どんなバンドなのかもよく判らないが、イギリスのプログレバンドではあるらしい。
 でもこのライブの元になったスタジオ録音のもYouTubeにあるんだが、あまり良くない。

脱・プラトニック / 桑田靖子

 桑田靖子は83年に東芝EMIからデビューしたアイドル歌手だ。実は、顔と名前、デビュー曲の微かな記憶しかない。
 ぼくはこの年から配属先の経理を嫌がってレコード店の店頭で働き出したのだが、毎月何人もの歌手がデビューし売れたり消えたり。
 この前年はよく言われる花の82年で、ビッグネームがたくさんデビューしている。
 以下はWikipedia からのコピペだが、当時のレコード売上から見ても82年と83年は、なんでこんなに違うの?というくらい違う。
 分けても中森明菜は突出していたし、『艶姿ナミダ娘』辺りからの小泉今日子もすごかった。それに次ぐのは石川秀美、早見優、堀ちえみで、他はさほどでも無かったと記憶している。83年デビューの人は、確かにわらべはテレビの影響でシングルヒットはしたが、他はたいしたことなかった。

1982年…小泉今日子、中森明菜、北原佐和子、三田寛子、堀ちえみ、早見優、石川秀美、原田知世、伊藤かずえ、新井薫子、松居直美、白石まるみ、つちやかおり、川田あつ子、中野美紀、川島恵、伊藤さやか、水谷絵津子、渡辺めぐみ、水野きみこ、真鍋ちえみ、三井比佐子、坂上とし恵ら。
1983年…わらべ、岩井小百合、富田靖子、伊藤麻衣子、武田久美子、桑田靖子、松本明子、大沢逸美、森尾由美、小林千絵、横田早苗、原真祐美、高橋美枝、徳丸純子、木元ゆうこ、小出広美、河上幸恵、松尾久美子、太田貴子、小久保尚美ら。

 なので、桑田靖子も、さほど売れた記憶はない。ではなぜ、『脱・プラトニック』かと言えば、たまたま今日、仕事をしながらYouTubeの「1983年のヒット曲200」というのを聴いていたら、そこにあったからで、そして、何で当時聴いてなかったのかな?と思ったからである。
 同時に、このYouTubeの投稿がとても面白かったからだ。

 桑田靖子のデビューから86年までのシングルをメドレーにしているのだが、シャカシャカ言うバックのリズムがあるせいで、すごく統一感を持って聴ける。時々同じ曲に聞こえたりするんだが・・・
 そして何より、歌が上手い!
 楽曲も悪くないのに、なんであまり売れなかったんだろう?と思う。
 

 このデビューから10年経った影像を見ると、尚更思う。
 これは福岡音楽祭という、ググっても出てこない音楽祭の風景だが、彼女はこの第1回のグランプリだったらしい。平尾昌晃に付いたからなのかちょっと演歌っぽい雰囲気の発声を感じることもあるが、仕事人の歌でも歌わせてあげれば良かったのに、などと下らないことを考えたりして。
 東芝EMIと考えると、本田美奈子よりRockには向いていたと思う。

教えてどうぞあなたから いくつの悲しみ重ねたら
私は 本当に あなたのものになれるでしょうか
春めく街に立ちすくみ 口びる小指でなぞってます
あなたの 面影が まぶしくて うつむきがちな 夕暮れです

胸に 秘めた あなたの 淡い 想い出に心乱れます
嫌われても嫌われても あなただけです
初めての日 忘れられず 胸を責めます
愛し方は 憶えたけど 愛され方は
忘れそうな16歳 春をまたひとつ 見送ります

本当の齢よりも上に 見られて愛されていたから
今では 同い年 男の子たち もの足りません
この髪二度とあなたから 触れられることはないですか
はしゃいで 街を行く 恋人たちの後姿 見とれてます

胸に 残る あの日の 夢を 消せないで 心乱れます
好きなんです 好きなんです あなただけです
あきらめさえ できないから 苦しいのです
愛し方は 憶えたけど 愛され方は
忘れそうな16歳 春をまたひとつ 見送ります

嫌われても 嫌われても あなただけです
初めての日 忘れられず 胸を責めます
愛し方は 憶えたけど 愛され方は
忘れそうな16歳 春をまたひとつ 見送ります

 ビデオを観ていると、芳本美代子もこのコンテストの受賞者だったことが判るが、それより第1回の司会をしていたのがタモリに見えて仕方がない。いや、きっとタモリだ!

Easy Livin’ / Uriah Heep

Uriah HeepといえばDavid Bylon(あ、ヴォーカリストのことです)というのが、Black SabbathといえばOzzy Osbournというのと同じく相場なのだろうが、ぼくはHeepはJon Lawtonだし、SabbathはRonnie Dioなのだ。
とはいえ、この『Easy Livin’』が無かったら、そもそもUriah Heepを聴いていたかどうか解らない。確かに『July Morning』でも可能性はあったが、やはりこっちだ。謂わばUriah Heepを、一見プログレッシブバンドに分類しかける人がいた原因はロジャー・ディーンのアルバムジャケットと『July Morning』だと勝手に思っているのだが、『Easy Livin’』はめちゃまっとうなハードロックだ。


最初に買った2枚組のライブアルバム。A面の最後がこの曲だった。2枚組の中で最も短い曲だ。Ken Hensleyの面目躍如の名曲だ。
ドライブ感のあるアップテンポで、最初から最後まで一貫している。

This is a thing I’ve never known before
It’s called easy livin’
This is a place I’ve never seen before
And I’ve been forgiven

Easy livin’ and I’ve been forgiven
Since you’ve taken your place in my heart

Somewhere along the lonely road I had tried to find you
Day after day on that windy road I had walked behind you

Easy livin’ and I’ve been forgiven
Since you’ve taken your place in my heart

Waiting, watching
Wishing my whole life away
Dreaming, thinking
Ready for my happy day
And some easy livin’

Somewhere along the lonely road I had tried to find you
Day after day on that windy road I had walked, walked behind you

Easy livin’ and I’ve been forgiven
Since you’ve taken your place in my heart
Easy livin’ and I’ve been forgiven
Since you’ve taken your place in my heart

ちなみに、Uriah Heepは『Look at Yourself』だろうという向きもあるかも知れない。ザ・ピーナッツだって歌ってるし。
そのいい方をすれば、個人的にはUriah Heepは『Sympathy』なのだ。
ザ・ピーナッツはこちら。
https://www.youtube.com/watch?v=ZGkFbl2-U1U
ついでにこの続きで、キング・クリムゾンの『Epitaph』まで歌ってらっしゃる。

ところで、こんな動画を見つけた。

 演奏以外にほとんど動かないおじいちゃんおばあちゃんの、めちゃくちゃ上手い『Easy Livin’』カバー。ハンガリーのアマチュアバンドだと書いてある。調べてみると、並のアマチュアじゃ無さそう。
 まあ、考えてみれば、そもそもカバーされている人たちが、今ではおじいちゃんだものな。

太陽のアラベスク / 秋山絵美

 この曲は以前、つちやかおりの時に少し触れているのだが、改めて。
 しかしまさかYouTubeにあるとは!

 
 実際ぼくは、この人がテレビで歌ったのを見たことが無い。
 東芝の歌手だとばかり思っていたが、FUNHOUSEだったのだな。レコードを持っていてももはや見ないので。
 作詞は誰だか覚えていないが、作曲は井上大輔(ジャッキー吉川とブルーコメッツのメインボーカルでフルートを担当していた井上忠夫)だが、この人は結構ヒット曲もいっぱい持っている。有名なところでは、ASSUKAが作詞した葛城ユキの歌で有名な『ボヘミアン』(そもそもは大友裕子が最初だが)とかシブがき隊屋シャネルズの歌いっぱい書いてる。
 さて、この『太陽のアラベスク』だが、個人的に、同時期に書かれた大西結花の『シャドウハンター』とかぶる。
 どちらもアップテンポで、アイドルの歌としては非常に僕好みのメロディ。
 アイドルの歌としてはロックと言ってもいいのかもしれないけど、なぜか歌謡曲とロックの間には微妙な差異が存在する。
 
 秋山絵美は結局ほとんど売れることなく、このシングルもあまり売れていた記憶はない。でも店頭演奏のテープにも入れて流していた。まあ、店頭演奏のテープにスコーピオンズの『This is my song』なんてマイナーな曲を入れて流していたので(でもかけていたらこれは一回売れたのだ!)、秋山絵美もただのセルフ押しだったが。
 シングルは覚えているが(持っているわけだから)、アルバムが出たのかの記憶がない。

 CDなんか出てないだろうと思ったら、

こんなものが!そして、秋山絵美だけで8曲も!
 このアイドルミラクルバイブルというシリーズ、チェリッシュなんかも入っている辺りがちょっと不思議な気もするが、ほかはこれでもかというくらいマイナーなアイドルてんこ盛り。じっくり見よう。

I’d Love To Change The World / Ten Years After

 Ten Years Afterを最初に知ったのは、確か東芝から『Sssh』というアルバムが1500円くらいで出たときだったともう。マークアーモンドとかと一緒に購入した。鶏の鳴き声で始まるこのアルバムは、当時全く買って良かったと思わなかったレコードの1枚だが、マークアーモンドよりは聴いたかもしれない。
 アルビン・リーといういわゆる速弾きのギタリストが有名なバンドだが、速弾きといっても、何となくイングヴェイやインペリテリなどとは趣が違う。
 現在では、実は結構好きで『Sssh』(しゅsっしゅと読むらしい)、もいいアルバムだと思う。『Good Morning Little Schoolgirl』などは代表曲の一つだ。
 さてそんなさほど気に入ったわけでもないTen Years Afterのベスト盤を買ったのは、恐らく新宿の、今は亡きヴァージンメガストアだった。確か丸井かどこかの地下にあったと思う。そこで輸入盤CDを買った。当時、メガストアがあった新宿通とは一本隔てた靖国通りのレコード店に勤めていた頃だ(新星堂じゃないよ)。

 その中で安定してずっと聴き続けてるのが、この『I’d Love To Change The World』だ。
 ほかの曲の歌詞は知らないが、なかなかヘヴィで社会派な歌詞な感じがする。
 ただまあぼくは、歌詞より曲なので、メロディが好きなのだが。特に面目躍如のアルヴィン・リーのギターだ。
 音色といい、リフといい、ソロパートといい、速弾きだからというよりメロディラインがとてもいい。
 まあ、彼らの中では異質な曲というイメージだが。

Every where is freaks and hairies, dykes and fairies;
Tell me where is sanity?
Tax the rich, feed the poor, till there are no rich no more.
I’d love to change the world – but I don’t know what to do,
So I’ll leave it up to you.

Population – keeps on breeding, nation bleeding,
Still more feeding economy.
Life is funny, skies are sunny, bees make honey,
Who needs money? Monopoly!
I’d love to change the world – but I don’t know what to do,
So I’ll leave it up to you… Oh yeah,

World polution, there’s no solution, institution, electrocution,
Just black and white, rich or poor, them and us,
We’ll stop the war!
I’d love to change the world – but I don’t know what to do,
So I’ll leave it up to you… and Good Luck!

MP3です。
この曲が入っている『Space in Time』というアルバム、amazonで見たら新品だと1万円くらいする。
HMVの輸入盤なら、まとめ買いすれば1364円なのに。びっくり。

ちっぽけな感傷 / 山口百恵

 息子がお母さんの曲をレコーディングして話題になっているが、山口百恵についてはトリビュートも含めて、個人的には全く面白くない。
 山口百恵は『としごろ』から『ささやかな欲望』までの10枚のシングルがベストなのだ!
 代名詞のような『プレイバックpart2』『いい日旅立ち』『秋桜』なんて曲はおまけみたいなものだ。『秋桜』なんてさだまさしバージョンの方がいい。
 千家和也+都倉俊一+馬飼野康二、これがゴールデントリオだ!千家の歌詞、都倉の曲、馬飼野のアレンジ、この全てが素晴らしい!
 なのになぜ、『ちっぽけな感傷』かというと(これは作曲も馬飼野康二なので)、好きだからだ。
 スター誕生を経て、森昌子、桜田淳子についでデビューした山口百恵は普通のアイドル歌『としごろ』がデビュー曲だが、2曲目の『青い果実』でガツンとかましてくれた。「あなたが望むなら、わたし何をされてもいいわ~」と、同い年の中学生歌われてみなさい。70年代の中学生はドキドキです。この後『ひと夏の経験』では、「あなたに女の子の一番大切なものをあげるわ~」と歌ってるし。
 YouTubeにはアルバムバージョンしか無かったが、シングルバージョンの方がいい。この曲の歌詞には合うアレンジだ。

 とはいえ、この当時、ぼくは森昌子のファンだったのだけれど。


 スタ誕の出なので、基本的に歌はうまいわけだけど、だからといって抜群なわけではない。同い年であれば、森昌子や岩崎宏美の方がずっと上手い。でも、歌はそれだけでは無いのだ。山口百恵の持っている雰囲気は格別なものがある。
 アレンジでテンポ感が変わる「ほかの男の人は~」はとくにいい。

もちろん出来ないことだけど
あなたを嫌いになりたいの
傷つきあうのが恐いから
小さな心を痛めてきたの
なぜ愛されちゃいけないの
胸の奥も指の先も 感じてるのに
ほかの男のひととは
どこか違ってたわあなた
今すぐに消えて私の前から どうぞ
泣くのはどちらかひとりでいいわ
死ぬより悲しいことだけど
私を憎んでほしいのよ
求める気持が強いほど
ふたりはすべてを失くしてしまう
なぜ愛されちゃいけないの
黒い髪も白い耳も 感じてるのに
きっと私なんかより
いいひとがいるわあなた
今すぐに消えて私の前から どうぞ
泣くのはどちらかひとりでいいわ

アルバムでは『中学三年生』とか『乙女の祈り』とか、他人の歌も歌ってて、なかなかいいんだがな。
ちなみに『中学三年生』は森昌子、『乙女の祈り』は黛ジュンの曲。実を言えばここらの曲を聴くと、山口百恵はあまり上手くないなと思ってしまうのだが、それでもいいのだ!黛ジュン抜群だぜ!それに百恵ちゃんまだ中学生時だし。

Caledonia / Robin Trower

 ロビン・トロワーという人は、まぁ、ギタリストだが、歌も歌う。
 そもそもプロコル・ハルムのギタリストだったわけだが、プロコル・ハルムの尤も有名な曲『A Whiter Shade of Pale(青い影)』には参加していない。ファーストアルバムから参加しているにもかかわらず、この曲は弾いていないのだ。
 尤もぼくは、ソロになってから知ったので、ロビン・トロワーといえばギタリスト、そしてなぜかロリー・ギャラガーとかぶる。

 そんなロビンのソロ4枚目のアルバム『Long Mysty Days』に収められていたのがこの、『Caledonia』という曲で、FMで初めて聴き、週間FMで記事を読み、そしてしばらく買わなかったというアルバム。結果的に手に入れたのは、ベスト・アルバムでだった。
 ギターの泣くような音から入る、なかなかスピード感のある曲だが、内容はどうやらラブソング。彼唯一のヒット曲らしい。
 確かにこの曲は、ロビンの中でも異質だとは思う。ポップだし。

 でも、聴いて心地よければ何でもいいのだ。この曲はすごく心地いい。ソロパートなんて、何度聞いても飽きない。
 『Victims Of Fury』とかも好きだけど、でもやっぱ一番はこれだな。

Caledonia, Caledonia
Seeing you walk by
Make a river twist and shout
Shakes the birds right from the sky

Caledonia, who could own ya
Spirit of romance
Caledonia, Caledonia, dance

Caledonia, Caledonia
Your simple little greed
Make an inch of a loser’s wings
Make a fool right out of me

Caledonia, Caledonia
You make my senses fly
Give me reason to believe
And I don’t wonder why

Caledonia, Caledonia
Inside of my soul
Caledonia, Caledonia
We’ll move it slow
Caledonia, Caledonia
Caledonia, Caledonia

そしてロビン・トロワー、70歳を超えて、今も現役です。素晴らしい!

こいつは、MP3ダウンロードです。

まあ、生粋のロビンファンには、この曲はきっと邪道なんだろうな。

(愛)という名の誇り / S.E.S.

S.E.S.という韓国のアイドルグループについて、ほとんど知らないのだが、この曲は昔から聴いている。

99年デビューで2002年解散ということなので、ぼくがまだCD卸会社に勤めていたときにデビューしている。なのでどこかで耳にしたに違いない。

伸びやかな声で歌われる、どこか切ないメロディーが好きだ。
いかにも90年代後半から21世紀初頭の日本のポップスで、安室奈美恵やSPEEDに通じるメロディラインやアレンジを感じる。
3人のうち、どうやらバダという女性が、メインボーカルのようだ。
まだ韓流ブームも来ていなかったし、BOAもデビューしていなかった。
この後韓国の歌手でハマったのはイ・ジョンヒョンだが、SESは割りと大げさな歌詞が多いように思う。

あまり歌詞をちゃんと聴いたことは無かったのだが、こうしてみるとなかなかいい歌詞でもある。

言葉にして伝えて君の全てを 迷わないで聞かせて君の声を
人は脆くて知らずに傷付いていく かかえきえない程の痛みを抱いて
守るべきものとは きっと 愛という名の勇気

人は悲しいくらいに 全て忘れて行く生き物
楽しすぎた日々さえもう 今は形さえ残せずに
何ひとつ失うことのない 未来などどこにもなくて
大地は果てしなく 続いてくけど 時は無力で

風と共に 過ぎ行く 時の中で
君と出会い 笑って泣いた日々を
思い出として ではなく 今の気持ちを
このまま胸に 感じたまま 生きてたい
守るべきものとは きっと 愛という名の誇り

遠く想い焦がれて 春は地上へとやって來る
誰も知らない土の中で 夢を抱きしめてやって來る
見つけたい 生まれて来た意味を 探したい自分の場所を
そして伝えたい 君がどれだけ 大事な人かを

言葉にして伝えて 君の全てを
迷わないで 聞かせて 君の声を
人は脆くて 知らずに 傷付いていく
かかえきえない程の痛みを抱いて
守るべきものとはきっと愛という名の勇気

風と共に過ぎ行く時の中で
君と出会い 笑って泣いた日々を
思い出として ではなく 今の気持ちを
このまま胸に 感じたまま 生きてたい
守るべきものとは きっと 愛という名の誇り

アマゾンで調べたら、何と再結成してか、今年アルバム出してる!びっくり。

Look At You, Look At Me / Dave Mason

デイヴ・メイスンがトラフィックを辞めてソロデビューしたアルバム『Alone Together』の最後に収められた曲だが、今回は76年のライブ 『Certified Live』に収められたバージョン。それまで海賊版が横行してたのかどうか知らないが『公認』と名付けられたライブだが、日本盤では『ライヴ~情念~』という2枚組だ。
デイヴ・メイスンは、イギリスのトラフィックというバンドの結成メンバーで、セカンドアルバムまで参加している。トラフィック自体はメイスンが辞めた後の方が売れたらしいが、個人的にはあまり興味がない。

さて、メイスンはジミ・ヘンドリックスの『Electric Ladyland』にも参加しているみたいだが、ジム・ヘンもカヴァーしているボブ・ディランの名曲「All Along the Watchtower(見張り塔からずっと)」なども自らカバーしている。この『Certified Live』でも演奏している。
そんな彼が1970年に出した『Alone Together』はレオン・ラッセルだのリタ・クーリッジだの結構、豪華なメンバーで作られ、ドラムは前出のトラフィックのドラマー、ジム・キャパルディが叩いている。そしてこの『Look At You, Look At Me』は、彼との共作なのだ。

ライブの歌詞はスタジオ録音と順番が少し違う。スタジオ盤は、青文字が先に歌われるが、ライブは赤が先だ。

Looking all around me what do I see
Lots of changing faces and lots of things to be
But I’m happy just to be a part of all I see
As I turn round to look at you
And you look back at me

There’s many ways to reach you Though you’re far away
All the little things we do The little things we say
I miss you like I miss the sun I need you every day
As I turn round to look at you And you look back my way

I’m feelin’ up I’m feelin’ down
My head’s been twisted
All around
But now my feet
Are on the ground
For everyone to see

There isn’t time to hang around Anymore
So fill your heart with lovin’ And open up the door
Someone’s calling out to you And that’s what love is for
As I turn round to look at you And you look back no more

Looking all around me what do I see
Lots of changing faces and lots of things to be
But I’m happy just to be a part of all I see
As I turn round to look at you
And you look back at me

I’m feelin’ up
I’m feelin’ down
My head’s been twisted
All around
But now my feet
Are on the ground
For everyone to see

 スタジオ盤より5分ほど長いこのライブは、テンポアップしロック感が増している。ぼくはメイスンの曲は必ずしも全部好きなわけではなく(大概どのアーティストもそうなのだが)、フォークっぽいメジャーコードの曲はほとんど興味がない。
 その中で、この曲を始め、数曲は相当聴き倒している。そしてこの2枚組ライブはそんなぼくでも捨て曲がない。レコードで言うとA面がロック、B面がフォークC面がブルースロック、D面が能天気なロック(勝手なぼくの分類)になっているのだが、マーク・フィニガンの『Goin’ Down Slow』から
この『Look At You, Look At Me』への流れが特に好きだ。

 またこの曲でのフィニガンのピアノもいい。12分が短い!
 デイヴ・メイスンの声は渋く、しかし意外に伸びがあって素晴らしい。
 しかしそれより何より、デイヴ・メイソンはギタリストなんだなぁ。ぼくにとってはクラプトンなんかよりずっと好きなのだ!なんでクラプトンなのかって?だって少し似てるから(あ、あくまでこれも個人の感想)。

ライブじゃない方