言わずと知れた(そうでもないかも知れないが)映画『ストリート・オブ・ファイヤー』の冒頭を飾る、ジム・スタインマンの名曲。
 映画ではダイアン・レインがエレン・エイムという劇中アーティストの役で、口パクしている歌だが、Fire Inc.というそのためだけに結成されたらしいグループが歌ってる。どう考えても一人で歌ってないし。でも、ダイアン・レインかっこいい。

 何となく昔からこれを聴くと、いずみたくシンガーズを思い浮かべる。まあ、これについては別項で。

 Fire Inc.はラストシーンの『Tonight Is What It Means to Be Young』(邦題:今夜は青春・・・あながち間違ってない)も歌っていて、バラード調のこっちの方が人気が高い気がするが、個人的には『Nowhere Fast』。テンポ感といいメロディといい、アレンジといい、いつまで経っても聴いてる素晴らしい曲だ。
 このアレンジが素晴らしいのは、同じ曲を歌ったミートローフのアレンジが、なんかふにゃふにゃしてたり(尤も、出だしの歌詞が違うので、同じ曲だとちゃんと聴かないと解らない)。ただ、ミートローフはジム・スタインマンの曲をたくさん歌っているし、スタインマン歌いとしては、ボニー・タイラーと双璧に見える。

 この曲から入れば、嫌でも映画にのめり込む。マイケル・パレはイケメンだし、この映画で始めてみたウィレム・デフォーも、悪役ながらかっこいい。
 そう、この映画は、かっこいいとかイケメンとか、そんな言葉を羅列しておけばいい映画なのだ。そのくらい、エンターテイナー。

 ところでこの作品は最近、『Road To Hell』という、クリス・レアのようなタイトルの続編が作られていて、おっさんになったマイケル・パレも出ている。ネットで詠んだ内容は、なんだか続編ぽくもないのだが、『Nowhere fast』は劇中で歌われるのだ。

 なかなかイカしたお姉さんが歌うのだが、映画はどうもイケてないらしい。でもこの歌のためにサントラが欲しいのだ。

トランスフォーマー~ダークサイド・ムーン~を観た。

 これで3部作が簡潔なのだろうが、脚本的には、いちばん「なんだかなぁ~」感が残ったとしても、こういう映画はシーンの連続で楽しませてくれるので、それなりに楽しんで観てしまう。「ダークサイド・ムーン」を説明するときにピンク・フロイドを出したり、意外にそういうところが好きだったりする。
 こういう巨大ロボットものの嚆矢はやはり、「鉄人28号」だと思うが、CGもここまできれいになってくると、非常にリアルで楽しい。この映画は3Dなので、それで観ればもっと臨場感というか、楽しく観れるのだろうが、PCの画面でも十分楽しめるのだ。

 オートボットという正義のロボット宇宙人とデセプティコンという悪のロボットの戦いが地球上で行われ、そこにシャイア・ラブーフが絡んでくる。他のハリウッド映画でも何度も見たことがあるようなストーリーではあるし、今回はひねりもあまりないのだが、何か納得してしまう。主人公が死ねるシーンは10回以上あるが、決して死なないし、結果ヒーローなのだ。

 唯一設定的に面白かったのは、アポロの打ち上げとストーリーを絡ませたところだろうか。

 マーベルコミックを映画化した作品はとりあえず娯楽作品としては外れがない。
 これまで見た中では、最初の「アイアンマン」が一番面白かったが、その他の作品も、決してつまらなくない。
 
 願わくばマーベルではないが「ドック・サヴェッジ」をシリーズで映画かして欲しいものだ。ついでに翻訳も全部出して欲しいな。





 アンジェリーナ・ジョリーの「ソルト」を観た。
 もちろんDVD。もう何年も映画館には行っていない。大画面の良さというのは知っているが、それとのんびり寛いでみるを天秤にかけて後者を選ぶものぐさだ。
 TSUTAYAのネット宅配……という時点でさらにものぐさな気もするが……でずっと貸し出し中だったのだが、ようやく借りることができた。
 
 あ、ここからはネタバレです。ネタバレ嫌で観ていない方は,間違っても読まないでください。世の中ネタバレといいながら、結構ぼかして書く方もいますが,私はそんな気は遣いません。ネタバレと書いたらネタバレです。
 さて、結論から言えば面白かった。誰かのブログにもありましたが、女版「ジェイソン・ボーン」な感じでした。できとしてはボーンの方が上だと思いますが、好みもあります。
 物語は2年前、主人公のイヴリン・ソルトが北朝鮮にアメリカの工作員として捉えられたところから始まる。
 そのときソルトを救うために尽力したのが、現在の夫である蜘蛛学者のマイク。二人は結婚し、現在に至るが、その2年目の結婚記念日、ソルトが勤めるCIAにロシアから亡命者がある。
 取り調べにあたったソルトに、オルロフというそのロシア人は、ロシアには子供の頃からアメリカ人として教育を受け、いざというとき活動を起こす部隊があり、その一人チェンコフという少女がスパイとしてアメリカに潜入している。(いわば忍者で言うところの草ですね。子供の頃からスパイとして潜伏し、時期を待っているわけです。)

 そのスパイは、今回アメリカの副大統領の葬儀に参列するロシア大統領を暗殺するつもりなのだと告げる。
 そしてスパイの現在の名はイヴリン・ソルトであるという。
 自らの名前を出されたソルトは、罠だと言うが、その瞬間から二重スパイの嫌疑をかけられてしまう。
 一方オルロフは、連行される間に二人の局員を殺害して逃げる。
 ソルトもまた逃亡を図り、同僚のテッド、防諜部のピーボディらが追跡を始める。ここからはアクションの連続。
 自宅に戻り、夫が何者かに拉致されたことを知ったソルトは、追っ手を振り切るため逃げる。捕まりそうになっても、車のコンテナに飛び乗ったり、コンテナからコンテナに飛び移ったり、バイクを奪ったりして、逃げおおせます。なかなか派手です。
 ソルトは、葬儀が行われている教会に地下から忍び込み、追悼の言葉を語るロシア大統領の床を爆破し、階下に落とし、大統領に向かって発砲。
 この時点で、やっぱりソルトは本当にロシアのスパイだったの?と、私は遅めの理解をしました。しかし、明らかに蜘蛛から抽出した毒を打ち込んでいる音がして、「殺害していない」というのが解るので、実は三重スパイか?とか思ったりして。
 ここでソルトは、防諜部のピーボディに捕まる。しかし、護送中のパトカーから脱出を図り、再び逃亡。
 ロシアの大統領はこの時点で死んでいないと解るのだが(敢えて「死亡した」と同僚のテッドに言わせるのがクサイが)パトカーの警官を始め、たぶん相当数が怪我しているし、現実ならきっと死人も出ている。一般人は死んでも数には入らないのだ。
 そしてソルトは、船に乗り、どこかへ行くのだが、回想シーンがあり、明らかにソルトはロシアの工作員であったことが解る。
 ソルトが向かった先には、最初に亡命者としてやってきたオルロフがいる。彼がソルトこと、チェンコフに訓練を行ったのだ。
 彼らのアジトに向かったソルトは、目の前で夫のマイクを殺害されてしまうが、冷静に対処し、仲間として迎え入れられる。この辺りの展開は非常に速く、煩わしさがない。
 次の指令をオルロフに訊くが、オルロフはNATOの連絡員から次の指示があるとだけ言う。
 直後、ソルトはオルロフを殺害し、続けてアジトにいる仲間全てを殺し、NATOの連絡員が待つ飛行機に向かう。
 この時点で、ソルトの思惑が全く解らなくるのだ。
 ただ解らないとはいえ、物語の進行としてはおかしくないし、ある意味の予定調和ではある。
 飛行機に乗ったソルトは、昔一緒に学んだ仲間のシュナイダーから、次の目的が大統領暗殺であることを聞きく。そして最終的にそれを行うのがソルトの役割だと。
 ホワイトハウスの地下8階に司令室があり、そこに大統領を行かせるので,そこで暗殺するというのだが、今ひとつこの行はよく解らない。なぜそこに行かせるの?
 シュナイダーはNATOとホワイトハウスの連絡将校になりすまして何年も経つので、変装したソルトを随行員として一緒にホワイトハウスに連れて行くのだが、そこでシュナイダーは大統領に向かって発砲し、自爆する。
 思惑通り大統領は地下の司令室に向かうのだが、ここは、核戦争でも起こせる安全な司令室で、外からは入れないようになっている。
 ソルトは大統領の後を追うが、この時点でソルトの目的がどこにあるのか、実はよく解らない。
 つまり、大統領を暗殺するのが目的か、そうでないのか?
 エレベータを後から追い、ソルトが司令室へ侵入しようとしている間に、司令室に着いた大統領の下に、ロシアが大統領を暗殺されたために、ミサイル攻撃の準備をしているという知らせが入り、警戒レベルを上げ、アメリカ側もミサイル攻撃に入れるように準備を始める。
 ちょっとここに至る話がかなり強引だが、アクションはカッコイイので許すとしよう。
 なぜなら、ここで準備に入らないと話が先に進まないからだ。
 ソルトが進入しようとしていると知ったシークレットサービスが、外へ行こうとするとき、同行していたソルトの同僚テッドがいきなり銃を発砲し、そこにいた面々を殺し始める。
 彼は本名をニコライ・タルコフスキーというロシアの工作員だった。
 つまりソルトの仲間だということだ。
 彼の目的は、核を使ってテヘランとメッカを攻撃し、イスラム教徒の怒りをアメリカに向けようというのだ。
 これが本当の目的で、そのために大統領をここへ連れてこなくてはならなかったわけだ。でもそのことをソルトは知っていたのか?知らないところで聞かされていた節はない。ちょっとパラレルワールド。
 司令室を目の前にして中に入れないソルトが(この時点で、他のアメリカ人は、大統領も入れてみんな死んだか、気絶している、すごい!)テッドに中に入れてくれと頼むが、その瞬間にロシア大統領が実は死んでいなかったという報道が流れる。テッドは「やはりな」というが、どこまでソルトを疑っていたのだろう?
 それとは別に、テッドは事件の罪をソルトにかぶせるために、色々画策していたのだ。
 
 どうにか司令室に入ったソルトとテッドの闘いが始まり、上階からはピーボディをはじめとする部隊がなだれ込んできた。最後の瞬間に、核の発射を止めたソルトはそこで逮捕される。
 上の階へ向かう途中、ソルトは、隙を見てソルトを殺そうと待ち構えるテッドを、逆に手錠を使って首を絞め、殺害する。こういうシーンの描き方がなかなかいいので、ついだまされてしまう。
 ヘリコプターで護送されるソルトの前にピーボディ。ほとんど活躍しなかったこの男に、ソルトは事実を話すが、ソルトの目的が、彼女から全てを奪ったオルロフとその教え子たち全員を殺すことだと解る。
 教会で自分を殺せたのに殺さなかったソルトの言葉を信じたピーボディは、ヘリからポトマック川にソルトを逃がす。
 そしてソルトは森の中を走って逃げる。エンドロール。
 ということで、間違いなく続編があるはずという終わり方をする。
 さて、確かに面白かったが、実際彼女が何をしたかったのかが実はよく解らなくて、その最大の原因が実は夫とその死にあったらしいのだが、見る限りそこまでのモチベーションを感じない。
 また、彼女が大統領を追ったのが何のためだったのか、最初からテッド、あるいはロシアの工作員が大統領の側近にいると信じての行動だったのか、この辺りが今ひとつぴんと来ない。
 続編を考えての出し惜しみにしては、意外に全容は描かれている気がする。もちろん裏の裏とか、より巨大な陰謀とか、付け足して描くことも可能だし、そうすればきっと面白い作品ができるには違いない。
 エンターテインメントとしてはよくできているので、もう少し脚本を練って欲しかったというのが本音だ。
 面白い演出に後から説明を付けた感が否めないのだ。錯綜した話なので難しいのは解るが、そのためにソルトの人間性や性格も、ちょっとぼやけている。
 この前に観た「アルマゲドンコード」という映画があるのだが、こちらはロシアの作品で、有名な人はあまり出ていないが、話の展開に雑な部分はかなりあるが、ストーリー自体はちゃんとしているので、とても楽しく見れた。主役の女優のアクションもすごかったし。「ソルト」は。あまりどんでん返しばかり狙うと、どこかで話が破綻してしまうのだな、という典型の映画であった。
 褒めているのか貶しているのか解らないが、たぶん両方だ。面白いのでまた見ると思うが、やはりどこか不満を持つのだ。
 
 

仲里依紗主演による映画「時をかける少女」を観た。もちろんDVDだが。
「時をかける少女」に関しては、最初の出会いはNHKの少年ドラマシリーズ、島田淳子主演の作品だった。熱中して観た。私自身は当時、中学1年だった。筒井康隆による原作、「時をかける少女」も購入して読んだ。今でも持っているが少年少女向けの、新書よりちょっと大判で出ていたSFシリーズの1冊だった。
原作とドラマは少し違っていたが、こちらも楽しく読んだ。
半年後には続編も放送され、こちらもとても面白かった記憶がある。尤も、内容は全く覚えていない。
ウィキペディアを見るとこの作品、実にたくさん映像化されている。
時系列でいえば、上記の72年のNHKドラマのあと
1983年 原田知世主演 映画
1985年 南野陽子主演 TVドラマ
1994年 内田有紀主演 TVドラマ
1997年 中本奈奈主演 映画
2006年 仲里依紗(声)主演 アニメ映画
そして2010年 仲里依紗主演 映画
と、NHKを2本と数えれば、なんと8回だ。面白いのは、このうちの3回は原作の世界の続編的位置づけであるということだ。NHKは当に「続・タイムトラベラー」というタイトルだったし、アニメ作品はかつての主人公芳山和子の姪という設定らしい。
そして今回の仲里依紗は芳山和子の娘だった。
実際のところ、最初の2作品は、細かい部分に関して記憶も曖昧だ。一時期Youtubeに上がっていた最終話を見ると、こんな最終回だったかなと思えるくらい、記憶にない。現在はYoutubeで見ることができないが、どういう理由で削除されたのか、こういう映像こそ、Youtubeで公開すればいいので、NHKの著作権を理由に削除されたなどという理由だとしたら、受信料を払いたくなくなる。理由を知らないので、あくまで憶測だが。
さて、残りの作品の中で見たことがあるのは、角川映画の原田知世版だけだ。何でも自分のノスタルジーと同化させてしまう、当時の大林宣彦によって作られた、全く緊張感のない映画は、まだタイムトラベラーの記憶が鮮明だったであろう当時の私にとっては、駄作以外の何物でもなかった。
原田知世は嫌いじゃないが、作品としては泣けてきた。「転校生」「さびしんぼう」と併せて尾道三部作といわれているようだが、「転校生」は悪くない。
残りの2本のドラマは観ていないか、観たかもしれないが忘れてしまった。97年の映画に至っては、全く存在を知らなかった。その後の2作に関しては脚本がオリジナルなので、過去の作品と同列に扱うことはできないが、2006年のはアニメであるという理由で観ていないが、今度レンタルしてみようと思う。
なぜかといえば、今回の仲里依紗の演技が非常に良かったからだ。
今回の「時をかける少女」は、医学部に進んだかつての主人公芳山和子が、自らの手でタイムトラベルの薬を開発し、かつての深町一夫(ケン・ソゴル)に逢いに行こうとしたのだが、事故に遭い、代わりに娘のあいかがその役割を果たすために70年代にタイムトラベルするという話だ。
そもそも芳山和子にいつ記憶が戻り、どれほど重要なことを伝えに行くはずだったのかとか、元々それほどしっかり描かれているわけでもないタイムパラドックスや、都合が悪い部分はさっさと記憶を消してはいさよならという設定の部分は、原作ですらきちんとしているわけでもなく、そこを描くのが主眼でもないはずなので、敢えて問わない。
だがそれを越えて、今回の作品はドラマとしてよくできていて、みて良かったと感じさせてくれた。主役の二人、仲里依紗と中尾明慶の演技が良かったこともあるが、脚本も構成も良かった。
最後をどう見せるかは、こういう作品では非常に難しいし、今回も必ずしも成功しているとは言い難いが、ではどういうラストならいいのかということになると、これは非常に難しく、どういうラストにしても不満が残るに違いないと思う。だが作品の性質上やむを得ないと思う。
かつてこういう恋愛タイムトラベルものの中では、「ぼくの彼女はサイボーグ」はよくできたラストだった。
昔の「時をかける少女」を知っていた方がより楽しめるし、そのためには原田知世の作品を観ておいた方がいいのだが(もちろんこの映画の続編というわけでは全くないが)、単体でも楽しめると思う。
仲里依紗という名前は、なんと読むのかなと思っていたが、「なか りいさ」と読むらしい。「マイボスマイヒーロー」にも出ていたのか!知らなかった。





ニュースでスティーヴン・セガールの「沈黙シリーズ」の19作目が公開されるとあった。
そもそも「沈黙」シリーズは「沈黙の戦艦」から始まるが、これは「Under Siege」という原題で(包囲されたとかの意味か)ライバックという元海軍特殊部隊のコックが主役の話で、この後、「Under Siege2」という映画が、「暴走特急」というタイトルで公開される。これは同じ主人公を主役にした続編である。
ところがこの間に公開された「On Deadly Ground」という、アラスカの石油採掘所を舞台にした作品がある。そしてこれの邦題が「沈黙の要塞」。実際にこのときに、既に「沈黙シリーズ第2弾」と言われていたらしい。

だが、「暴走特急」は沈黙シリーズ第3弾とはならす、97年の「沈黙の断崖(Fire Down Below)」が第3弾となる。
で、その間に「グリマーマン」という、これこそそのまま原題をカタカナにしたのでは、意味不明なタイトルの作品を挟んでいるが、これは「沈黙」していない。
沈黙って何だ?
セガールは全く寡黙ではないし、軽薄な声で日本語を操るとってもラブリーな男だ。途中かなり太ってやばかったが、最近は少しダイエットしたようだ。でも、「刑事ニコ」とか見ると別人のようだ。
その沈黙の意味が分からぬまま、時折「沈黙」していない作品をいくつも間に挟みつつ、今度の作品は「沈黙」シリーズ第19作目だという。
断言してもいいが、作品のテイストや傾向で「沈黙」と銘打っていないことは確かで、考えられるのはただ、そう付けた方が売れるから・・・・間違いなくそうに違いない。
確かに、作品のクオリティがあまり高くない作品は多い。個人的に好きなのは「沈黙の戦艦」「暴走特急」「沈黙の断崖」「グリマーマン」で、それ以降の作品はあまりいただけないものが多い。でも必ず見る。
それは、「浅見さんは刑事局長さんの弟さんでしたか~お人が悪い」シーンが読みたいが為に内田康夫を読み続けるのとにている。
とにかく強い。負けない。ヒーローってのはこういうのを言うのだ。何度も苦境に陥るヒーローなんてエセだ!
というくらい強い。
日本人は負けて這い上がるタイプが好きなようだが、ヒーローたるもの、負けてはならない。負けているように見えるのは、卑怯な不意打ち、女を守るため、そしてわざと、他にはない。自分と同等のライバルなどあってはならないのだ。
私は「バビル2世」が好きだが、あたかもヨミはバビル2世と同等のように見えるが、決してそんなことはない。ヨミは一度としてバビル2世には敵わないのだ。ここにヒーローのヒーローたる所以があると私は思う。
いや、世間の誰がなんと言おうと、私にとっては弱いヒーローなどヒーローではない。それでいいじゃないか。私が言ってるだけだ。ウィキペディアの「ヒーロー」の項に付け足そうなんて、これっぽっちも思っていないのだから。
あ、セガールもきっと、何回か負けているかもしれない。でも見なかったことにしよう。
そして予告編・・・

 NHKが「新・三銃士」というタイトルで、月曜日から人形劇の放送を開始した。
 NHKの人形劇と言えば、個人的には「新・八犬伝」が記憶にある。もちろん、「ひょっこりひょうたん島」も記憶にあると言えばあるが、鮮烈な印象という意味では、近石真介が声をやっていた犬塚志乃とナレーションの坂本九、そして何より玉梓の怨霊だ。
 それ以降の「三国志」や他の作品は全く見ていない。
 さて、今回「三銃士」ということもあって、見ようと思った。取り敢えず好きなので。
 しばらく前に、「巌窟王」というアニメについて書いたが、これはデュマの「モンテクリスト伯」が原作のアニメで、賞なども取っている大作だった。
 今回、NHKは相当入れ込んで「三銃士」を放映しているようだ。ただ、脚本・三谷幸喜ではなく、脚色・三谷幸喜となっているところがくせ者で、「巌窟王」とは別の意味でやってくれている。
「三銃士」「モンテクリスト伯」というのは「レ・ミゼラブル」と共に、ぼくが小学生の頃から慣れ親しんだ数少ない世界文学の一つだ。そもそも読書が大嫌いだった僕にとって、小学6年生で友人からSFを教えてもらうまで、ほとんど面白かったという読書の記憶がない。
 上記のフランスもの3作品は例外中の例外だ。
 しかもこの3作は、何度も繰り返して読むという、ぼくの読書にあっては、比較的珍しい作品に属している。他には、「三国志」「水滸伝」「新書太閤記」「幼年期の終わり」「氷点」「編笠十兵衛」くらいだ。大概は1回読んで終わりだ。
 さて、それだけ思い入れがあるということなのだが、映画などでは、比較的原作に忠実な(それでも改編は多いが)作品のような気がする。ディカプリオの「鉄仮面」や、ソフィー・マルソーが主演の「三銃士(原題は「ダルタニアンの娘」)」などは、かなりオリジナリティーが高く、前者はなかなかよくできている。
「モンテクリスト伯」や「レ・ミゼラブル」に比べると、制作者のポイントと、ぼくのポイントにずれがないのかな?と思ったりする。前記の「巌窟王」などは作品そのものの質はともかく、腹立たしい結末だった。これらの、原作に手を加えることで、何がしたいのかよく分からない作品群は、その話が書きたいのならオリジナル作品を作れ!という制作者のレベルの低さを伺わせる。
 これは、例えば太閤記や豊臣秀吉の話が複数あるというのとは訳が違う。秀吉は実在した人物で、彼を主人公、乃至は登場人物の一人として描く作品は、作家それぞれのオリジナリティーを生かした作品としての価値がある。だが、そもそも創作に手を加えるというのは、その原作に与えられた作家の力量を利用し、自己満足の世界を実現させているに過ぎない。
 最近「アトム」のハリウッド版が公開されたが(これからかな?)、これだって所詮は人のふんどしで相撲を取っているのだ。原作を歪めて作品化するというのは、原作者が生きているならいざ知らず、はっきり言って興ざめな感じは否めない。ただし、それを凌駕して素晴らしい作品に仕上げてくれるのであれば、それはそれとしての価値はあると思うが。
「新・三銃士」の第1回を夕べ見た。
 ダルタニアンの父が、ロシュフォールと知り合いだった。ロシュフォールは彼を殺した。つまり、ロシュフォールはダルタニアンと共に天を頂かぬ仇敵となった。これで、ラストシーン、リシュリューの薦めでダルタニアンがロシュフォールと手を握ることはなくなった、そして彼らのその後の友情も葬り去られた。
 第2回以降の録画を全て解除した。
 この時点で見るのを止めることができた点で、「巌窟王」よりはましだな。
 映画化や漫画化というのは、オリジナル作品に手を加える必要が必ずあると考えているに違いない制作者に言いたい。完璧に原作通りの作品を、たまには作ってみろよ!
 

ダーウィン映画、米で上映見送り=根強い進化論への批判
9月13日14時48分配信 時事通信
 【ロンドン時事】進化論を確立した英博物学者チャールズ・ダーウィンを描いた映画「クリエーション」が、米国での上映を見送られる公算となった。複数の配給会社が、進化論への批判の強さを理由に配給を拒否したため。12日付の英紙フィナンシャル・タイムズが伝えた。
 映画は、ダーウィンが著書「種の起源」を記すに当たり、キリスト教信仰と科学のはざまで苦悩する姿を描く内容。英国を皮切りに世界各国で上映される予定で、今年のトロント映画祭にも出品された。
 しかし、米配給会社は「米国民にとって矛盾が多過ぎる」と配給を拒否した。米国人の多くが「神が人間を創造した」とするキリスト教の教義を固く信じている。ある調査では、米国で進化論を信じるのは39%にすぎず、ダーウィンにも「人種差別主義者」との批判があるという。
 今年はダーウィン生誕200年で、「種の起源」出版150年の節目の年。英国では関連イベントが盛り上がっている。

 というニュースがYahoo!にあった。そしてちょっと驚いた。
 ダーウィンの進化論(「種の起源」)そのものが、どこまで正しいのか、それは別にして、大筋では天地創造も、人類の進化も、教科書にはたぶん、ビッグバンやダーウィンのものが世界共通で,ある程度は学ばれているに違いないと思っていた。
 宇宙の始まりや終わりを描くSFに比べて、生物の進化を描くSFは比較的少ない。後者はどちらかというと、タイムトラベルものになりがちだ。「太陽の黄金の林檎」に収録されている「雷のような音(または「いかずちの音」)-レイ・ブラッドベリ」とそれを原作とした映画「サウンド・オブ・サンダー」などは、背景に厳然と進化論がある。
 まあ、本当にアメリカ人で進化論を信じているのが39%で、残りの人がみんな聖書を文字通り信じているのだとすれば、とっても驚異的だが、どちらかというと、そういうキリスト教団体の力が、日本では想像できないくらいに強いのだろうと思える。
 先日、テレ朝の「学べるニュースショー」で池上彰が(この人はかつて、NHKの「週刊こどもニュース」のお父さんとしても、非常にわかりやすい解説をしていたが)、丁寧に説明していたが、ユダヤ教が信じる旧約聖書、キリスト教が信じる新・旧約聖書、イスラム教が信じる新・旧約聖書とコーラン、いずれにしても、旧約聖書を信じている人は(文字通りという意味ではなくても)、世界の人口の半分くらいはいるという計算になる。
 一週間で世界を想像した神が最後に人間を作ったわけで、「光あれ」はビッグバンと相応しているからきっと問題はないけど、進化論は人間が神によって神に似せて作られたというところに抵触するのだろうな。
 宗教を信じるあり方というのは何通りかあると思うが、それはぼくが日本人だからそう客観的に言えるのかも知れない。よく、海外で無宗教だというと不思議がられると言う話を聞くが、本当に無宗教であるなら、盆も彼岸も無くて良いわけだし、神社に参る必要もない。
 非常に希薄な信仰心の中で、おそらくたいていの人は何かにすがっていて、日常的には何も感じていなくても、いざというときに見えない何かに頼むと言うだけで十分宗教であるに違いない。もちろん、体系化された何かを主体性を持って拝むなり祈るという行為がそこに必要であれば、確かに日本人はそこから外れる人が格段に減る。そして、神を信じる外国人には、おそらくそのことはいい加減という風に映るかも知れない。
 ビッグバンや、それ以前の宇宙を論じる、理論天文学者の多くは、常に始まりの前という誰も踏み込むことができない領域、無限の外側という、人間が規定できない領域に挑みつつ、そこで論理を組み立てることができないときに、神を持ち出すしか無くなる。
 それが旧約聖書の神なのか、ギリシャ神話の神なのか、ヒンドゥー教の神なのか、人によって様々だろうが、この世が人の想像、あるいは学問なり論理が及ぶ以外の部分を持っているため、それはやむを得ない事なのだ。
 テレビを見ていると、以外に心霊写真や幽霊を信じている人が多いように思える。テレ朝のスピリチュアルな番組(最近はやってないのかな)などを見ても、いわば日本仏教的な先祖だったり、生まれ変わりや守護霊や、そんなことを某か信じている人は多いように見える。
 生まれ変わりに関しては持論があって、過去何であろうと、そのときの記憶がない限り、生まれ変わりなど存在しない、と思っている。
 ただ先祖は間違いなく存在するので、お父さんの霊が守ってますよとか、この写真に写っているのはこの滝から身を投げた女性の霊ですとか、そんな話はあるとも言えないしないとも言えない。こういうものに限らず、「ない」ことを証明するのはとても難しい。
「わしは裸だ」とのたまう王様に、見えない生地などないと証明するのは、なかなか難しいことなのだ。
 人類が猿から進化したという表現は、たぶん、日光の山にいる猿が、いずれ人間になるような錯覚を与えるので、あるいはよろしくないのかも知れないが、よくある人類進化の絵のように、・・・昔、UriahHeepなどがレコードを出していたブロンズというレーベルは、その絵を使っていた・・・類人猿やさらに猿人と言われるような、人類の原型が、単純に神の似姿としてではなく、いたという話は、単純にエデンのそので一対の男女が作られたという人類誕生の話よりも説得力はある。
 アダムとイブ、そしてその子孫であるカインや、とても重要なアブラハムなどの話の中で、ふと気づくと、聖書にはおそらくアダムとイブを祖先としていないように見える他の部族がどんどん出てくる(ように見える)モーゼが脱出し、その前は世話になっていたエジプトの人間も、どうやら聖書の神とは一線を画すようだ。
 さて、バベルの塔の故事以前は、世界が同じ言葉を話していたそうなので、そこを基準に、神を信じる部族と信じない部族ができ、それ以前は一つだったという考え方もできるのかも知れない。
 ぼくはクリスチャンじゃないし、聖書学者でもないので、拙い知識でいろいろ考えるが、自分の祖先の一番古い人は神が作ったのだ、と信じることは、とりもなおさず、アダムとイブに帰着し、「人類皆兄弟」となるわけだが、カインとアベルの故事よろしく、人類は殺し合っている。十戒ですでに禁止されている殺人を、まあキリスト教を信じて生きたこれまでの歴史上の人々も、現代の人々も、犯しまくっているように見える。だがこれはまあ、神に敵対する者への聖戦という位置づけで、少なくとも宗教上は回避できるのかも知れない。
 さて、であれば、ダーウィンの映画など、神を知らぬあほどもの(異端の民の)映画として、鷹揚に見られないものなのだろうか?
 ぼくは、マイクル・ムアコックという人の「この人を見よ(Behold the Man)」という小説が好きなのだが、一般的にこのタイトルはニーチェの小説として名高い。ヨハネの福音書で、ピラトが群衆に向けてイエスを指さして言う言葉だ。この後イエスは十字架にかかる。
 ムアコックの小説は、サウンド・オブ・サンダーではないが、イエスの時代にタイムスリップした男が、イエスを見ると白痴だった。彼は、未来の技術で人の病を治したりしているうちに、なぜか自分が聖書に書かれているイエスの行跡をたどっていることに気づき、やがて十字架にかかるという話だったと記憶しているが(ずいぶん前に読んだので、面白かったという記憶だけで結末などを覚えていない)、こんな小説は、批判の対象にならないのだろうか、と、当時思ったものだった。
 いずれにしても、ああびっくりなニュースでした。



ニーチェの作品


ムアコックの作品。現在絶版中のよう

 ここ1か月くらいの間に、「インクレディブル・ハルク」「アイアンマン」「ハンコック」というアメコミヒーロー(ハンコックはどうだか知らないが)のDVDを観た。
 テレビのCMで3か月連続リリースと、この3作をまとめていたような記憶がある。
 マーベル・コミックというアメリカのコミック誌で人気のあるハルクとアイアンマン、同時期に上映されたがやはりヒーローものということで一緒くたにされたのだろう。
 単純に面白さから言えば、「アイアンマン」「インクレディブル・ハルク」「ハンコック」の順だ。
 ハルクに関しては、何度も書いているように、かつてのドラマ「超人ハルク」に心酔しているので、ひいき目でもあり、実は逆に手厳しくもなる。ルー・フェリグノが演じたハルクは、コミックのハルクとは全く違うが、CGではない、生身の人間としての迫力があった。また、デヴィッド・バナーを演じたビル・ビクスビーの魅力も大きかった。そもそもオリジナルはコミックなので、このドラマ版も亜流で、主人公の名前も、ブルースからデビッドに変わっている。でも、アメコミ版を読んだことがないので、実はその点はどうでもいい。
 今回の映画は、ブルース・バナーと原作に忠実だが、実は音楽の一部に、ドラマ版の音楽を使っているところが心憎い。ドラマのエンディングで、デヴィッドが一人町を去り、ヒッチハイクをしていくシーンで必ず流れていたピアノ曲が、使われていた。
 数年前に「ハルク」というのが上映されたが、実はこれを観ていない。今回の作品とつながりがあるのかも知らない。
 今回のバナーは、うまく孤独感も出していた。
 お話はこういう物語によくある、ハルクと同等に強い悪が出てきてハルクが倒すという物語なので、単純にストーリー展開だけを追うのであれば、ありきたりだ。だが今回の「インクレディブル・ハルク」は、比較的よくできていた。結局のところ、この物語は、元に戻りたいバナーが苦労をしても元へ戻れない中で、ハルクが活躍をする物語でしかないので、その点がいかにうまく描かれるかが勝負なのだが、今回は成功していると言える。
 エンドロールが終わった後に、ハルクを軍の兵器として利用しようとして失敗したかつてのバナーの上司にして、恋人の父親でもある将軍の元に、「アイアンマン」の主役であるトニー・スタークが現れるという心憎い演出がある。
 一方その「アイアンマン」だが、何となく一見すると古くさいアイアンマンの外見だが、アメリカ随一の軍事会社の社長トニー・スタークが作り上げるアイアン・マンというまあ、言ってみれば小型のガンダムのようなものだが、このハイテク鎧のCGはなかなかよくできている。そもそもスタークが、武器商人から正義の人に変わるきっかけとなる無骨なプロトタイプを出すことで、そのハイテクぶりも際だっているし、空想科学読本辺りで完全に滅多切りされそうな、突っ込みどころの多い鎧ではあるが、物語中では十分にリアリティを感じさせる。
 物語はこの手によくある、仲間だった男が実は最大の敵だったというパターンだが、その辺りを含めても、よくできた作品に仕上がっている。秘書役のグィネス・バルトローもいい味を出している。
 しかも、ヒーローが堂々と記者会見で正体を明かすというのは楽しい。
 この作品もエンドロールの後に、一くさりある。
 こちらはアヴェンジャーズのソーからのお誘いだ。
 アヴェンジャーズは、マーベル・コミックのヒーロー大集合のグループだが、リーダーがキャプテン・アメリカ、そしてソーとアイアンマンがビッグ3と言われるらしい。ハルクもこのメンバーだ。
 これが次の作品への布石なのか、単なるおまけなのかは解らないが、なかなか粋な計らいだ。
 さて「ハンコック」だが、嫌われ者のヒーローという設定が面白そうで一番期待していたのだが、図らずも最も肩すかしを食らった。ただ、彼をまっとうなヒーローに仕立てようとするエンブリーという男の妻が、実はハンコックの元妻で、ハンコックと同等の力を持っていると言うところは面白かった。だが、逆に言えば、その設定が物語の骨子をほぼ決めてしまっていて、「インクレディブル・ハルク」や「アイアンマン」にある、同等かそれ以上の力を持つ悪との対決という構図にはなっていない。むしろ、弱点を突かれて、力を失うというパターンで、どちらかというと人間的な感動ドラマに持っていこうとでもしているかのような部分が、ちょっとうざい。
 ただ、これも決してつまらないわけではない。先日書いたキアヌの「地球が静止する日」に比べたら、遙かにできはいい。映画としてはあれはくそだ。
 この3作、何よりトニー・スタークのかっこよさが際だっている。
 さて、ハルクのバナー役の吹き替えを水嶋ヒロ、ハンコックのエンブリー役を眞木大輔、この3作とは関係ないが「スピードレーサー」の吹き替えを赤西仁、「ウォンテッド」の主役をDAIGOが吹き替えており、まあ昨今芸能界の著名人による吹き替えが花盛りだが、どうにかこれを止めて頂きたい。使うなら端役からうまくなるまで待って使って欲しい。
 DAIGOは論外だが(今時素人でもこんなくそみたいな吹き替えはしない。これでいいと思っているスタッフの気が知れない)。赤西もなかなかひどかった。相手役の上戸彩はまあまあだったのに。水嶋と眞木大も決してうまくはないが、我慢できる範囲だった。とはいえ、他の声優に比べたら、雲泥の差で、最近吹き替えで観ることが多いので(字幕を読むのが面倒)、不満の一つだ。
 さすが餅は餅屋で、声優さんというのはたいしたものだと、思わずうなってしまうのだ。


「地球が静止する日」を観た。といって、このタイミングなので、決して「ジャイアントロボ」じゃない。キアヌ・リーヴスの方だ。
 まあ、こういうテーマの映画ができれば、ほとんど観る。ただし映画館では観ないが。DVDだ。
 たぶん、地球温暖化とか、そういう環境問題への啓発的な意味もある駄作だ。
 圧倒的な科学力を持つ宇宙人が人類を破滅させるためにやって来るという、これまでSFでは、いったい何人の作家が書いているのだろうというシチュエーションを題材にしている時点で、相当にハードルを上げているわけだが、案に相違せず、ハードルを倒しまくっていた。
 圧倒的な迫力という意味では、「インディペンデンスデイ」の宇宙船の方が遙かに勝っているし(とはいえこの映画も最初に観たときには「幼年期の終わり」かな?と思ったくらいだが、「未知との遭遇」とか、「2001年」のモノリスをたどるまでもなく、人類より優れた文明の到来というのは,それほど多くのパターンで描けるわけではない)
 
 この時点でネタバレ的に見えるが、そもそも、映画の予告編を見れば、この辺りまでは解る。
 いや、たぶん、結末も最初に見える。見えないのは、何が原因で地球は危地を脱するのか、という点で、もはやこの件は、あほらしすぎる。
 あほらしいと言えば、アメリカの国務長官と大統領の、もっと言えばアメリカ軍の反応が、これほどステレオタイプに描かれなくてもいいのではないかという点だ。
 こういう映画は、予定調和でも仕方がない。ある程度は我慢する。
 だが、この脚本は、全く人物が描かれていないし、描き方も平板だ。
 
 冒頭でジャイアントロボと書いたが、「地球が静止する日」というアニメは、横山光輝の「ジャイアントロボ」を元に、横山光輝が生み出した多くのキャラクターを縦横無尽に配置したアニメで、文字通り地球というか、文明の動きを静止させることを目的としたBF団と国際警察機構の戦いを描いた作品だ。
 今回の「地球が静止する日」は「The Day the Earth Stood Still」の邦訳だが、原題も含めて、何かピントがずれているような感じを受ける。確かにそうなのだが・・・・みたいな。
 同様に、横山作品に「マーズ」というSFがあるが、これも危険な人類を宇宙から抹殺しようとする宇宙人の話だ。確かに、地球を滅ぼす宇宙人と、地球を守るために人類を滅ぼそうとする宇宙人という差こそあれ、今回の映画制作者に、この作品を読ませてやりたい。
「インディペンデンスデイ」くらい、アメリカ万歳みたいな映画なら(これは「アルマゲドン」も同じだが)それは娯楽として楽しめばいいので、痛快であるという時点で成功している。
 だが、この啓蒙的な臭いがぷんぷんしながら、その実、どこよりも優れた兵器を持つ生物が、宇宙の平和を守っているという、本末転倒な何かが、ここにはある。クラークの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい。、

 これはDVDについてで、完全ネタバレなので、万が一これから見ようかなどと考えている方は、お気をつけを。
virginwars.jpg
 標題のようなDVDを観た。レンタルで。・・・レンタルで良かった。
 現代は「MISTRESS OF SOULS」・・・このMistressが誰を指すのかにもよるが、魂の女王様とでも訳すべきなのか、いずれにしてもVirgin Warsというタイトルのような戦争物ではない。
 一般的にはやはり、ひどい映画と言うことになると思うが、ひどいにしてもすごい。あまりこの手の映画を観ないので、たまたま観たこれが特殊なのか、一般的なのか判らないうちのカルチャーショックだったのだ。
 一応あらすじ

石油戦争から7年後。世界は無政府状態に陥り、犯罪が横行していた。アルテミーシャは、戦争中に研究者である父を軍に殺され、その後、奴隷となった。しかし彼女は切り札を隠し持っていた。それは、彼女の父が残した一冊の本であった。その本には、石油の代わりにエネルギーとなる水素を水から抽出する製法が記されていた。戦後、石油危機となった世界で、その価値は計り知れないものであった。だが、囚われの身である彼女は、昼は労働に従事させられ、そして夜は女看守たちの性の相手をさせられ本の隠し場所を追及されていた。自らの気持ちとは裏腹に、体験した事のないとめどない快楽に溺れながらも、彼女は自由を求め脱出の機会を窺っていた。そして彼女はついに牢屋の鍵を手に入れる。果たして、その先に待つ運命とは・・・。
アルバトロス・フィルム

 水から水素を取り出すという、小学校の電気分解の実験のような大発見がまずすごいが、この作品を出しているアルバトロス・フィルムのホームページを見れば解るとおり、この作品は「エッチな」作品だ。AVではないし、R指定でもないが、全編9割以上が女性の裸で満載だ。
 確かにあまりやらしくはないが、一応女性同士の絡みもあるので、一般的に言えば、どこかのR指定が正しいのではないかと思う。
 尤も、今日書きたいのはそんな裸が云々とか、そんなことではなく、ストーリーのことだ。
 上記のあらすじを読めば解るが、当然、主人公は苦境にあり、牢屋の鍵を手に入れた。父親を殺した側のトップはこれも女性なのだが、このアルテミーシャという主人公ばかりでなく、多くの女性を奴隷にしている。女性に革の拘束具を付け、馬の変わりに車を引かせたりもしている。まあ、いわゆる悪い奴なのだ。
 この悪い親分が、アルテミーシャから本の情報を聞き出そうと、スパイを使う。このスパイの女性は、姉を捕らえられていて、姉を助けて二人を自由にする代わりに、スパイをしろということだ。このスパイは本の在処を聞き出すことはできなかったものの、合い鍵の一件はしっかり伝える。
 だが、しっかりスパイをした割には、姉と共に、新しい馬車馬にさせられてしまうのだ。ああ、かわいそう。
 そしてこの悪の親分は、しっかりアルテミーシャの合い鍵も確認しながら「バカな女」といって、そのまま合い鍵を元の場所に置いておく。
 合い鍵の件を知られてしまったアルテミーシャだが、脱出を試みる。
 さてここからが、言わば、悪者とアルテミーシャの駆け引きになるはずだ。いかにしてアルテミーシャはそこから抜け出し、悪と対決するのか、・・・・と思っているうちに、アルテミーシャは、本を地面から掘り起こした瞬間に、悪者の側の兵士に捕らえられてしまう。「バカな女」先ほどの親分の言葉だけが画面に流れる。
 そしてエンドロール!
 おい、ここで終わりか!
 天網恢々疎にして漏らさず・・・漏らしっぱなしかよ!
 結局悪者が勝ったのだった、ちゃんちゃん。
 彼女は抵抗らしい抵抗をしていない。逃げようとして失敗した。それだけの話だ。
 この脚本で、たとえそれがエロビデオでも、作ろうとした監督は偉い。
 ある意味これはどんでん返しだ。
 何だか解らないが、つい他のアルバトロス作品も観たくなる。
 怖いもの見たさだ。
 いやあ、すごい。絶句。