2008年8月19日

トーナメント戦における銀メダル

 北京オリンピックももうあと僅かだか、昔から思っている不思議を一つ。

 例えばオリンピックでのA,B等がある柔道などのトーナメント戦で、双方の勝ち上がりが決勝を行い、勝った方が金メダルなのは解る。だが、仮にAグループの選手が金メダルを取ったとしよう。
 Aグループの準決勝で負けた選手(つまり金メダリストに準決勝で負けた選手)と、Bグループの準決勝で負けた選手(銀メダリストに負けた選手)が銅メダルを賭けて戦い、3位を決めるわけだが、もし、3位決定戦で、Bグループの選手が勝てば、この選手は、銀メダリストに負けているので、明らかに3位で問題はない。
 だが、Aグループの選手が勝った場合、この選手は金メダリストには敗れているが、銀メダルを取った選手が勝ったBグループの準決勝敗退選手に勝っているので、実際のところ、銀メダルの選手には負けていないことになる。
 つまり、このケースでは、3位決定戦の勝者と、決勝の敗者とが、もう一度銀メダルを賭けて戦う必要があると思うのだが。
 これは柔道に限らず、予選トーナメントが複数に分かれているレスリングや、あるいはサッカーなどでもそうではないのだろうか?
 
 こういう格闘技では、おそらく総当たりのリーグ戦なんて不可能だろうが、どうもグループ分けの時点で、結果論なのだが、どちらかが不利を背負っている結果になっているのが解せない。

 金以外は一緒と、女子柔道の選手が言っていたが、やっぱり銀と銅では違うだろう。
 あっちのグループで戦っていたら銀メダルが取れたかもしれない、というかすかな可能性は、検証してあげた方がいいように思う。敗者復活なんていう、体力を使いそうなルールがあるのだから、1試合増えても同じような気がするのだが。

 何か考え方の筋道というか、自分の理屈がおかしいのかな?ルールの勘違いがあるのかもしれないが、不思議だ。

 まあ、下らんことと言えばそれまでだが。

投稿者 keisuke : スポーツ | 02:32 | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月10日

北京オリンピック

 北京オリンピックが開幕した。

 開幕まで、様々なことがあり、なぜか競技の第1日目から市内で殺人事件が起こったりもしている。
 聖火の採火式からこの方、チベット問題で揺れた。あの騒動はどこへ行ってしまったのだろう。ダライラマと中国政府が話し合って、簡単に解決する問題でもないだろうし。同様な問題がウイグルにもある。
 尤も、毎日どこかで暴動が起きているなどというお国柄を、隣の国であっても、オリンピックがなかったら、今でも知らなかったかもしれない。
 とはいえ、オリンピックはスポーツの祭典であることは間違いないわけで、これまでも多くのオリンピックが政治的に利用されたり、果ては中止になったことがあったとしても、やはりスポーツの祭典なのだ。
 オリンピックで戦う選手たちには、基本的に政治問題はあずかり知らぬことだ。ただ、オリンピックを利用して、チベットの人権問題等に、世界の注視を呼び込もうとする企てが、必ずしも間違っているとは言い難い。何故なら、聖火リレーの妨害だからこそ、より多くのマスコミも集まるのであり、そのことで初めてチベットやウイグルなど、中国が抱える人権問題を知った人も多いに違いないからだ。
 ただし、目的が手段を正当化するわけではないので、行為として正しいかどうかはまた別の話だ。必ずしも正しくはないが、意味のある行動ではあるわけだ。

 ところがいざ開幕式を迎えてしまうと、それらのことから人の興味は遠のいてしまう。
 
 イスラムのテロ組織から爆破予告があったり、未来から来た人間が北京オリンピックは行われなかったと証言していたり、結果的にやはり北京の大気は汚れていたり、開会式会場で観覧している人よりも、警備の人数が多かったり、応援は横断幕や同じ服装がだめだったり、何とも異例だったりエキセントリックだったりするオリンピックで、競技以外の興味も、大きな祭典だ。

 と言っている間に、谷亮子が銅メダルに終わった。
 日本人であれば、あの3度目の指導が谷だけに与えられたことに不満や不審を持つ人が多いのは間違いないだろう。ただ、「誤審」ではないし、明らかに両者とも互いに攻めあぐねていたので「やむを得ない」ということか、それに文句を言う人は比較的少ない。
 国内の選考大会で敗北を喫しながら、代表に選ばれ、尚かつ金メダルを取って当たり前という期待と責任を負わされた谷という選手にとっては、攻めないことが負けに等しいのだという、見る側にもより厳しい目があるのかもしれない。
 実際に、代表選考大会で勝利した選手を生かせなかったことに言及しているブログなども多い。
 こういうことはタラレバだし、そもそもこれまでの5大会でメダルを取り続け、世界大会でも勝ち続けてきた選手の功績という物は、やはり大きいのだ。

 だがそれとは別に、オリンピックの柔道は面白くない。負けないことが勝ちになる試合というのは、格闘技などには向かない。ましてや審判という人間がその勝利を判定する競技は、その競技が本来持っている魅力が十全に出されるためには、その競技が本来どういう競技であるのかを根本に据えたルール作りをしてくれないと、面白さは半減する。
 逃げても逃げても、有効、技あり、一本という攻めから相手を打ち負かすこと以外で勝利を決めるというのは、面白くないし、選手自体、フラストレーションではないのだろうか。
 記録を競う競技は、基本的に、人より早く、人より遠く、ということ以外に勝ちはない。柔道で言えば、投げにしても寝技にしても、相手を負かすというベクトル以外で、勝利を決めないようにすれば、どれだけ面白くなるだろう。時間短縮など言わずに、決まるまで戦わせればいいのだ。
 水泳のように、複数日に渡って競技を行い、1階級1試合を1日でこなしていけばいいのだ。
 時間切れ判定なんて面白くない。
 尤も、自分が戦わないからこんなことを言っていられるので、テレビで観戦している無責任な意見であることは承知の上である。

 今回のオリンピックは日本の金メダルはアテネと比べても減りそうな雰囲気だが、こればかりは終わってみないと解らない。
 参加することに意義があるといったのはいったい誰だろう?
 もちろん、参加するためには相当な苦労があるはずで、参加できるだけでも相当な意義があるのは当たり前のことだ。ぼくなど、オリンピックどころか、校内の運動会でさえ、上位になった記憶はない。
 こういうことは、「努力すれば」どうにかなったり、「願えば」叶うわけではない。
 もちろん努力も必要だし、人間にとって、「願う」ということがなければ向上心も生まれてこないだろうから、必要ではあろうが、「努力」や「願う」力もまた、個人差があるのだ。

 中国という国は広大だ。その強大な国が共産党という一党で治められている。
 今回の開会式などを見ていると、逆に、だからこそできたのではないかという統一感や集中力みたいなものを感じる。
 中国という強大な国が、率先して、軍縮や環境に配慮する国になってくれると、地球の未来も少しは明るい気がする。・・・アメリカにはあまり期待できないからな。
 
 
 

投稿者 keisuke : スポーツ / 社会的 | 02:17 | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月 1日

日本シリーズ

 中日が53年ぶりの優勝を飾った。まずは中日におめでとう。

 だがしかし、中日ファンでもないぼくが、なぜ途中からこの試合を見ていたかと言えば、山井のパーフェクトが見たかったからだ。日ハムのファンでもないが、9回は思い切り日ハムを応援してしまった。

 僕はヤクルトが好きなので、ヤクルトの立場に置き換えて考えてみた。
 かつてヤクルトはとても弱かったが、広岡監督の下で初優勝、その後しばらく優勝から遠ざかり、野村監督時代と、若松監督時代に優勝を経験している。仮に広岡以来優勝がなかったとして、今日のようにピッチャーが8回までパーフェクト試合をやっていたら、やはりその投手に9回を投げて欲しいと思う。

 落合監督はオレ流とやらで、地道に勝ち進んで、2年連続の日本シリーズだし、もしあの場面で山井を変えずに逆転負け、しかも日本シリーズ優勝を結果的に落としていたら、中には、その最大の原因をこの投手交代に求める人もいたかも知れない。

 それでも猶、パーフェクト試合、ましてや日本シリーズでのとなれば、ちょっとやそっとの記録ではない。やろうと思ってできるわけではない。それを目前にした投手を交代させるというのは!

 ぼくは自信、スポーツに縁がないが、プロスポーツというのは、競技であると同時に、エンターテインメントであるとも思う。そういう意味で、非常に、少なくとも僕にとっては、程度の低い試合に終わった。
 尤も中日ファンの多くは喜んでいると思うが。

 優勝と1選手の記録、しかし日本シリーズのパーフェクトと秤に掛けると、個人的には後者が重いと思うのだ。
 野球はチームプレーだとよく言うが、それも個人技がうまく咬み合わさったチームプレーだ。
 
 昨今の野球の人気の低迷は、こういうところで、少しばかり拍車がかかるのかも知れない。
 是非論は置いておいて、他人事ながら、何か悔しい。

投稿者 keisuke : スポーツ / 人生 | 20:58 | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月23日

ヤクルトと古田

 古田がヤクルトを退団するというニュースが今週あった。
 確かに今年のヤクルトは負けが混んで、何度も最下位に落ちている。今日時点では5位だが。
 元々古田ファンでヤクルトファンという構図ではないので、古田が辞めようと、ヤクルトファンを辞めるわけではないのだが、やはり入団以来、どこかでミスター・ヤクルトのような存在になっていたので、非常に寂しいし、そもそもプレイング・マネージャーという困難な位置にいたのだから、2年目で結論を出すのは早いと、ファンは思う。

 今日現在のヤクルトの成績を見ると、54勝75敗、勝率4割1分9厘。昔はよくこんな数字もあったのではないかな?何て思ったりする。
 ところが、選手成績を見ると面白い。
 首位打者青木3割4分8厘、2位ラミレス3割4分6厘。ラミレスは185安打しており、残り試合15、1試合1本どうにかヒットを打てば、200本安打に到達する。3番打者だ!
 それ以外にも、宮本が7位、田中が9位とベスト10に4人も入っている。首位争いをしている中日は、一人も入っておらず、中村紀洋が14位で一番上だ。当然3割を切っている。中村をヤクルトが取っていたらどういうことになっていたのだろう?
 にもかかわらず、チームとしては中日の方が得点が27点も高い。残り試合差を考えても、中日の方が圧倒的に効率よく得点していることが解る。ウッズがホームラン王だとしても、ラミレスよりも打率は低いから、ホームランではなく、しっかり得点しているのだ。きっと残塁は、ヤクルトの方が相当多いに違いない。

 一方投手は、防御率こそ巨人の高橋尚成が1位だが、グライシンガーはしっかり2位にいて、勝ち数はグライシンガーが1位だ。残り試合を考え合わせると、グライシンガーが最多勝を取る可能性は高い。
 ところが、敗戦投手のベスト10に館山、石井、藤井と3人もヤクルトは入っている。負け数が多いのだからこれは当然だが、自責点の1位は石井一久。でも石井はそれほど勝率は悪くない。
 つまりヤクルトは、中継ぎや押さえがたくさん負けているのだ。

 首位打者と最多勝のいるチームが5位6位に低迷するということは、バランスが悪いのと、拙攻が多いこと、見方によれば、采配が悪いと言うことになる。
 何回時代にプレイングマネージャーをやった野村克也ほど、采配は上手くないと言うことになる。

 もちろん、球団と古田の補強などに関する意見の違いはあるし、思い通りにできなかったことも多々あるに違いない。ファンはプレイをも古田に期待するし。・・・・ほとんど出てこないが。
 
 古田が今回対談を決意したのは、現状ではとても理にかなった決断なのだ。
 やがて、一流監督となって戻ってくることは間違いないので、ここは一旦、球団を離れてもやむなしと思うわけだ。
 
 他のチームのコーチとかにはなってくれるなよ・・・・

投稿者 keisuke : スポーツ | 00:57 | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月 6日

インターネットの速報性

 国内のインターネットの利用者数は、4千万人近いらしい。携帯電話は1億人(台)近いから、倍くらいになる。もちろん、携帯電話は電話なので、情報端末としての利用は、やはりインターネットの方が高いだろう。

 最近、続きはウェブでという安直なCMが増えた。商品を宣伝しようというのに、消費者に手間を取らせようというのだ。オリコカードのはつい見てしまった!
 情報端末という意味で、PCはテレビに変わるのかどうかは知らないが、テレビの普及台数と、インターネットの利用者数が同じくらいになる日はそう遠くないだろう。

 さて、今日、ミズノ・クラシックをテレビで見ていたのだが、結果を知りたくてネットを検索した。日米野球と違って、これは録画なので、すでに結果は出ているはずだからだ。同じ理由で、女子バレーも結果を探した。
 どちらもネット上の新聞で見つけた。但し、そこに行き着くまでは少々面倒だった。ほんとに少々だが。
 当然、テレビ放映されているので、公式サイトでは結果を出していない。

 しかしちょっと待てよ?
 テレビの放送と、ネット上の情報が、どうしてリンクしなくてはならないのだ?
 すでに結果が出てるなら、出ている段階でネット上に掲載すれば良いではないか。少なくともニュース速報では(ネット上で)見ることができるわけだから。
 もし、テレビでわくわくしながら見ているかも知れない視聴者への配慮なら、そもそもおかしい。わざわざネットで探してまで見ようという人間は、取り敢えず結果が知りたかっただけで、その後の試合はあまり観ない。当然今日の私も観なかった。
 結果が分からなかったら観たかというと、可能性としてはあるが、それとは別の理由で観なかったりするわけで、あまり関係ない。

 テレビというのは、自身や大きな事件以外では、あまりニュース速報などをながすことはない。先日テレビ朝日の「太閤記」の時に、北朝鮮が六カ国協議に出席することになったというニュースが出た。これこそ余計なニュース速報だ。「太閤記」をそれほど面白く観ていたわけではないが(今回の太閤記はそれほど出来がいいとは思えないので・・・千利休が信長に始めて会ったのがいつかは知らないが、桶狭間の前ならきっとまだ30代か40代くらいのはずだ。あの藤田まことでは、秀吉が太閤になる頃にはとっくに死んでるぞ。)、
 北朝鮮がミサイルを撃ったとか、2回目の核実験を行ったというのなら話は別だが、六カ国協議に参加するといった程度なら、ニュースの時間で十分だ。
 
 これは、利用者にとって、いかにテレビが受動的なメディアであるかという典型だ。
 いや、Web2.0だろうがなんだろうが、基本的にメディアは、利用者にとって受動的であることは、基本的に変わらない。メディアの発信側という意味では全く違うが。
 ゴルフの結果やバレーボールの結果が、リアルタイムに更新されてこそ、その受動性は非常に緩和され、ある意味、ネットも次の世代へと入っていくのだ。テレビと妙なコラボレートをされたのでは、全くネットの意味がない。
 
 もちろん、ニュースでも何でも、事が起きてからそれがメディアを通じて伝わるまでにはタイムラグがある。それだ、といってしまえば、今回のこともそうではないと、断言できるわけではない。実際に、ニュースも、ネット配信よりはテレビの方が速報性が高い。

 しかし、そのあたりの利便性を高めていくことが、今後のネットの融通性であり、展望を明るくしていくのだ。

 ネットが本当に便利で、あらゆる意味で使いやすくなるためには、発信者側がより大変になっていくのかも知れない。どうしたって、全て機械ではできないわけで、最終的には人の力なのだな。
 頭にチップ埋め込んで、記者が思考でニュース配信なんていう時代もくるかも知れないけど。

投稿者 keisuke : スポーツ | 00:27 | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月 3日

日米野球

 今日から日米野球が始まった。定食屋に夕飯を食いに入ったらやっていた。今日は巨人対MLBで、どうやら同点で終わったらしい。
 明日から日本代表と1週間で5試合するらしい。

 Yahoo!の関連記事などで、出場辞退選手が、名前の判っている選手以外にも居て、25人くらいが辞退しているらしい。
 今シーズン限りで辞めてしまう新庄や、直後のアジアシリーズに出場する日ハムの選手はともかくとして(野手だからだろうが、小笠原はそれでも途中まで出るらしいが)、それ以外の多くの選手は、だいたいが怪我だったりする。

 Yahoo!のアンケートでは、7割くらいが出場すべきと考えている。そして、おそらくはこれが世論というものだろうし、口ではファンファン、と連呼するのであれば、その試合の価値云々は別にして、多少の無理は押して出るべきだろう。少なくともファン投票で選ばれた選手は、その義務があるし、そのための高額年俸でもある。
 ましてや日本シリーズや、直前まで、自分たちが優勝するための試合にはがんばって出ていた選手がその中にたくさんいる。もちろん、その選手たちにとっての優先順位なのだろう。

 私は、あらゆる職業は客商売だと思っている。行政や芸術家でも同じだ。貨幣経済社会の中で、飯を食うためには何らかの形で金を稼がなくてはならない。金を稼ぐと言うことは、何らかの側面で対価を払う「顧客」が居るということで、行政であればそれは税金だし、芸術家であってもパトロンやスポンサーではなくとも、売れなければのたれ死にするしかない。
 スポーツ選手もまた同様、彼らの給料は最終的には多くのファンやスポンサー起業にお金を落とす一般人から出ているのだ。ファン投票の多くは、彼らにそこで活躍して欲しいと感じているファンの気持ちだ。ファンというのは身勝手だが、でも彼らが金を払い、その金で、通常よりも高い給料を彼らは得ている。
 よくスポーツ選手は選手寿命が短いから、高い年俸をもらうのは当然だということを言う人があるが、それは全く当たっていない。彼らが高い年俸をもらうのは、それに見合う活躍、平たく言えば総合的な意味でのファンサービスへの対価として評価を得ていると言うことに過ぎない。選手を辞めた後の生活など、勝手に考えればよい。それは、定年後のサラリーマンだって同じだ。
 政治家には退職金がないから議員年金があるようなことを言っている議員がいたが、退職金が欲しいのなら、議員を辞めてサラリーマンになれと言うだけのことだ。

 スポーツ選手には年俸として数千万、数億を得るだけのサービスをすべき義務がある。もちろん、命をかけて行う必要は全くないと思うし、怪我を治したいという気持ちも分かる。あるいは、シーズンの最後の試合が限界だったのかも知れない。でも、それが選抜された数十人の中の何割もの選手だと言うことになれば、自ずとこんな試合は出なくても良かろうという、勝手な思いがあると見ないわけにはいかない。

 シーズン中だって怪我を押して、多くの選手はがんばっている。だから、シーズンオフのはじめくらいは休めるなら休めばいいと思うが、でも、日頃ファンが大切と、言っているばかりでは嘘くささも感じてしまう。

 かなりの人が、そもそも日米野球なんて、と思っているのかも知れない。まあ、私もそのうち野一人だ。おもしろさという意味では、ペナントの方が面白い。でも、日米野球だって楽しみにしている人はたくさんいるし、現にチケットを買って見に行く人が大勢いるのだ。
 ファン投票12名の内7名が辞退って、おかしすぎないだろうか?

 おかしいと言えば、読売がスポンサーだからだと思うが、日米の選抜の前になぜかMLB対巨人を1試合だけやる。これもおかしな話だ。こういうところで、アンチジャイアンツは、さらにそのアンチ度を増すのである。

投稿者 keisuke : スポーツ | 00:10 | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月13日

ワールドカップ初戦

 先ほど、ワールドカップドイツ大会の日本対オーストラリアの初戦が終わった。1-3で負けた。
 私は、基本的に普段はサッカーはあまり観ない。野球よりは少なくとも観ない。一つには、テレビ放送も少ないというのもあるが、全てのチームが阪神タイガースのような、サポーターという名のファンの集団に、性格的になじめないという部分もある。
 それでもオリンピックやワールドカップという舞台になると、やはり日本人としてその試合をテレビで観る。観戦に行くという選択肢は全くないのだが、何となくテレビでは観る。そして勝って欲しいと、心から応援している。まあ、それでもこのときばかりの庭かファンであることは間違いない。
 あまり遊びでもやったことがないばかりでなく、知識としてもあまり優れたファンでもないと思う。

 さて、言い訳を書いたので、今日の試合の感想を。
 まずは残念。オーストラリアはFIFAのランキングでは日本に比べてずいぶん下のチームで、夕方のニュースでは、木村太郎が、それを根拠に大丈夫だと言っていた。しかし前回の大会で躍進した韓国や日本の例もあるので、事前のランキングなどそれほど当てにはならない。むしろワールドカップに出場してきた実力を見るべきだろう。
 前半は1-0でリードしたまま折り返したわけだが、川口のいわゆるファインセーブのおかげで0点に抑えられていたので、実際には圧倒的にオーストラリアが押しているように見えた。ボールを持っている時間はオーストラリアの方が多かったと思う。
 サッカーというのは、実力差がないと、さほど点が入るスポーツではない。1点が重いゲームだ。オーストラリア・サイドからすると、「シュートが入った」わけではなく、「センタリングが入ってしまった」失点で、非常にいやだったに違いない。日本にとってはラッキー・シュートだ。運もあるようにここでは見えた。

 しかし後半に入って、結構攻撃の機会が増えたようにも思えたが、その都度シュートが決まらない、あるいはシュートに至らないという、昔から日本チームが抱えている問題がここでも露呈したように見えた。確実なシュートをねらって、その前のシュートチャンスを失っているように、少なくともカメラを通してみている私などには、そう見えるシーンが多かった。
 それと、駒野のセンタリングは、ほとんど合っていなかったのが気になった。これで何回かのチャンスを失っていたように思える。
 また、今日の試合は、日本選手のパス・ミスが非常に目立った。二本て、こういうのすごく上手かったような記憶があるのだが。

 同点にされた原因を探ると、ロングスローを川口が取りに行って、失敗した点に見えるし、それはその前のファインセーブで妙な高揚感が川口にそうさせたようにも見えた。だがその前に、終了10分ぐらいのところで、中澤がゴール前でファウルをしたからその流れがある。
 もちろんスポーツなんて、後から考えればここでこれがとか、どこに原因があるかなんて言うのは、実は無意味という見方もあるが、見ていた人間が「ああ、ここで」と思う瞬間というのは、それはそれで意味がないわけではない。

 ただ、全体を俯瞰するなら、あそこで点が入らずに負けてしまったら、オーストラリアはフラストレーションのたまる試合だったと思える。それくらい押していた。
 そういう意味では、流れとしてはある意味順当な結果なのかも知れない。同点にされた時点で、日本には焦りが見えたし、2点目の時は、選手全体の意識が「攻撃」に向いていたように映った。

 しかし、前述のFIFAの順位のこともあるが、スポーツは水物だ。弱いからと言って、素人ではない。日本チームがワールドカップ前に高校生と練習試合をやったときのような実力差があるわけではない。
 この後、クロアチア、ブラジルに連勝する可能性だってあるのだ。
 今年は野球でも、韓国に連敗し、アメリカに負け、それでも優勝した。あんな事だってあるわけで、最後まで希望は捨てない方がいい。まあ、私などが言うことでもないが。
「死中に活」そんな感じかな。

投稿者 keisuke : スポーツ | 00:23 | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月 3日

新庄の襟

 先日の日本ハムとソフトバンクの一戦で新庄がシャツの襟を大きく出して出場し、王監督やソフトバンク側からクレームが出た。結局審判団が「マナーの問題」という、何ともオールマイティな言葉を使って今後はだめという判断を下した。
 元々新庄は、続けて同じことをするつもりはなかったかもしれないが、「もうやらない」ということになったらしい。審判団は「違和感」を感じたらしい。

 私の印象は、「髪を黒く染めてこい」という高校生と教師の会話のように見えた。
 曰く、「青少年に与える影響・・・・」
 などというあたりがどうにも解せない。どちらかというと、新庄めあんなことばかりやりやがってという、単なる腹立ち紛れにしか見えない。
 新庄のファンサービスが、野球をショーにしてしまっている部分は確かにあると思う。定めし星一徹なら、「男たる者、浮き足だって、ちゃらちゃらした女みたいなことをする出ない!命をかけた男と男の勝負、試合が全てぞ」とでもいうかもしれない。

 今度のことは、ネクタイをしないで、評論家の怒りを被ったかつての堀江と似ていなくもない。
 私は野球をしないし、ほとんどしたこともこれまでない。しかし観るのは好きだし、ヤクルトファンだ。そして少しだけアンチジャイアンツ。巨人阪神戦を伝統の一戦などというのを聞いていると、古けりゃなでも伝統かい、とヤジを飛ばしたくなるような、心の狭い男だ。
 だが、今回の新庄のスタイルは、個人的には「違和感」は感じないし、シャツの襟のボタンを外し、なぜかきんきらのネックレスをしている選手などよりも、「きちっと」して見えた。
 しかしそもそも、そんなことが大事なのではなく、あんなことで青少年への悪影響をいうなら、この世の報道などは、なべて悪影響を及ぼしている。

 球場で両軍選手が入り交じって乱闘をしたり、相変わらず巨人中心主義の野球放送や、細かいところはともかく、体質そのものは何も変わったようには見えない野球界こそ、糾弾されてしかるべきだ。
 むしろ新庄の様々な(やり過ぎがあったとしても)パフォーマンスは、日ハムに関する限り、ファン獲得の大きな動力源であるし、それに簡単に水を差してしまう世界の王が、少し小さく見えた。

投稿者 keisuke : スポーツ | 02:41 | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年3月17日

WBC

 WBC2次リーグで、日本は韓国に負け、事実上準決勝への進出の道を閉ざされた。イチローが一人、なぜか感情を爆発させ、気を吐いた。
 
 考えてみれば、アジア予選でも韓国に負け、2次リーグでも誤審があったにせよアメリカに負け、さらには再度韓国に負けた。
 原因はきっといくつもあるだろう。大リーグで活躍する一流選手を中心にチームを作る韓国に対し、松井や井口が参加を拒否する日本チーム。理由はどうあれ、これは韓国と日本の国民性の違いが非常に大きいと思う。国際試合などで、おそらくは太平洋戦争の敗戦後、挙国一致ということへの反動が、日本という国家の牙を抜いたのは否めない事実であろう。
 国家を称揚する韓国チームと、日本という御旗が非常に形骸化している我が国とでは、こういった国際試合などでの選手も、国民も意識は低い。もちろん、それが悪いというわけではない。
 バレンタインが日本チームを応援するように、ところ変われば立場も変わるし、所詮はスポーツだ。

 結果的に今江のエラーが敗北の最も大きな、直接的な原因に見えても、そんなことで今江を責める人は余りいない(おそらくいるのが事実で、そのことは個人的には悲しむべき現実、という気がする)。
 あるいはヒットを打たれた藤川を責める人もいるかもしれない。また、9回裏にホームランは期待できても、安打可能性としてはそれほど高いとは言い難い新井をピンチヒッターに送った王監督を責める人もいるかもしれない。個人的には、松中の代走に青木ではなく、ピンチヒッターに青木を使ってほしかったのだけれど。
 全体的に、手堅い野球ではなかった気はする。アジア予選は、韓国意外にはイケイケだったので、そのせいもあるのかもしれない。

 スポーツだから、しかも団体戦だから、勝敗は自ずとある。楽天だって全敗するわけではないし、以下の強いチームでも全勝はしない。勝敗は兵家の常とも言う。
 韓国チームはベスト4にはいると兵役が免除になるから必死だったという話も聞く。そういう側面も全くないわけではないだろう。

 ただふと見ていて思ったのは、トリノオリンピックで金メダルを取った荒川と、必死で金を追い求め、転倒してしまったスルツカヤの姿が、地道な韓国と、最初から優勝優勝と言い過ぎる日本に重なって見えたのは、私だけだろうか?

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2006年2月12日

オリンピック

 トリノオリンピックが始まり、既に多くの競技が終わっている。メダルが期待されていた(のかどうか詳しくは知らないが)日本の選手の多くが、惨敗している。
 ハーフパイプなどは話題になって知っている名前の選手は決勝にも残れず、それ以外の選手ががんばった。ジャンプの原田は、失格したり、モーグルの里谷もまったく精彩を欠いていた。

 オリンピックは参加することに意義があるという言葉を聞いたのは子供の頃のことだ。確かにそういう国もあるだろう。雪も降らない国から多くが参加している。
 しかしオリンピックに限らず、競争ごとというのは、買ってナンボなのであり、メダルを取れて始めて意味をなすのだ。なぜかと言えば、ほとんどの選手がメダルを手にすることができないから、だからこそ貴重であり、意味がある。参加することにももちろん意味はあるだろうが、意義はそこで表彰台に登ることだ。
 全ての選手は、それが叶わなかったときに悔しがっていいと思う。

 日本の選手がメダルを取れない理由は、日本選手の技量が低いというより、メダルを取る選手の技量が図抜けている感じがする。女子のハーフパイプなどを見ていると、上位3選手の高さはちょっと違う。
 これはジャンプの距離などとは別の世界があるような気がする。

 何でもそうだが、1番がいればビリもいる。その中で1番を目指そうとすることができる能力を持っていたり環境にあることは、素晴らしいことだ。普通の人が望んでも得られないことだからだ。
 その高尚なレベルでの戦いでも、その違いを見ると、「なんだあ」というような感想が漏れる。見る側というのはお気楽なものだ。そう思いながら、今日もテレビを点けている。

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2005年12月22日

浅田真央

 最近のこの体たらくは難だろうと、自分でもちょっと呆れているのだが、いずれエンジンがまたかかるだろう。1年365日とすると今回のエントリーが366件目なので、ちょうど1年ということになる。

 さて浅田真央だが、先日のグランプリ・ファイナルとかで素晴らしい演技で優勝をした。
 ルールで2ヶ月くらいの差でオリンピックには出られないとかで、日本スケート連盟などにはどうにか出せるようにメールやら電話やらが鳴りっぱなしだというニュースを先日流していた。

 しかしルールとは言っても、そんな昔にできたルールではない。それ以前はジュニアの優秀選手だってオリンピックに出られていたようだ。ルール改正の元になったのは、アメリカの選手が15才で金メダルを取った後、プロに転向したためだという話も聞く。
 アマチュアで金メダルを取った後、プロになろうと選手の自由だし、そもそもオリンピックがアマチュアの祭典だなんて嘘だし(いくらでもプロが出ている場合があるだろう・・・サッカーにしたって無くなってしまうが野球だって)、そのようなことで、今回のルールができたのだとしたら、委員会を運営する人たちは、あまり頭が良くない。
 実際には医学的見地からだとか言っているが、だとすれば、他の大会は問題なくてオリンピックだけにそのような決まりがあるということは、オリンピックというのはよほど身体に悪い何かを秘めているとしか解釈のしようがない。仮に身体に悪いのであれば、煙草と同じに子供にはスケートでテクニッカルな技はしてはいけないと、法律で決めたっていいくらいだ。

 しかし、では身体に悪いからと、彼女たちの多くが練習をしないのか、オリンピックに出ないからと、ゆっくり身体を休めるのかと言えば決してそんなことはない。つまりは今度のルールは屁理屈に過ぎないのだ。
 ルールーだから仕方がないとよく言う。スケート協会の何とか部長は、平社員は社長に直に意見が言えないという、直訴は切り捨て御免のような例え話をして、ご理解いただきたいようなことを言っていたが、ああいう考え方の人が上にいるとすれば、新しいことはあまり生まれてこないだろうし、多くのことが保守的になっていくしかない、としか、少なくともニュースの部分からでは印象を得られなかった。
 しかも、これからがある浅田よりも、今がんばっている他の選手を、トリノでいかにいい演技をさせるかなどと言っていたが、ちょっと首をかしげる表現だ。

 かつて世界一になった村主章枝の今と浅田真央を比べてみると解るが、誰でもそのピークがある。
 オリンピックは4年に1回。その中で2ヶ月違いで行けないというのは、最も運のない生まれといえよう。4年後の浅田真央がどれだけの演技をできるのか、オリンピックのスケート界を運営する人々は、その保障ができるのだろうか?
 今しかないかも知れない少女の可能性を、説得力のないルールだけで壊してしまうことが、いいことなのだろうか?
 確かにルールというのは守るためにある。しかしあらゆるルールが正しいわけではない。人が決めるルールは人が変えればいいだけのことではないのか?

 安藤美姫は独特の雰囲気を持っていて人気がある。世界で唯一4回転ができるが、このところは転倒ばかりで、なぜかエキジビジョンでは4回転を飛べたりすると、用は本番に弱いのだという印象を持つ。そういう意味では個人的に共感する部分が多いが、それではオリンピックで活躍できない。

 どう考えても、世界一の演技ができる可能性がある選手を、4年間待たせるというのはどうかと思うのだが。

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浅田真央

 最近のこの体たらくは難だろうと、自分でもちょっと呆れているのだが、いずれエンジンがまたかかるだろう。1年365日とすると今回のエントリーが366件目なので、ちょうど1年ということになる。

 さて浅田真央だが、先日のグランプリ・ファイナルとかで素晴らしい演技で優勝をした。
 ルールで2ヶ月くらいの差でオリンピックには出られないとかで、日本スケート連盟などにはどうにか出せるようにメールやら電話やらが鳴りっぱなしだというニュースを先日流していた。

 しかしルールとは言っても、そんな昔にできたルールではない。それ以前はジュニアの優秀選手だってオリンピックに出られていたようだ。ルール改正の元になったのは、アメリカの選手が15才で金メダルを取った後、プロに転向したためだという話も聞く。
 アマチュアで金メダルを取った後、プロになろうと選手の自由だし、そもそもオリンピックがアマチュアの祭典だなんて嘘だし(いくらでもプロが出ている場合があるだろう・・・サッカーにしたって無くなってしまうが野球だって)、そのようなことで、今回のルールができたのだとしたら、委員会を運営する人たちは、あまり頭が良くない。
 実際には医学的見地からだとか言っているが、だとすれば、他の大会は問題なくてオリンピックだけにそのような決まりがあるということは、オリンピックというのはよほど身体に悪い何かを秘めているとしか解釈のしようがない。仮に身体に悪いのであれば、煙草と同じに子供にはスケートでテクニッカルな技はしてはいけないと、法律で決めたっていいくらいだ。

 しかし、では身体に悪いからと、彼女たちの多くが練習をしないのか、オリンピックに出ないからと、ゆっくり身体を休めるのかと言えば決してそんなことはない。つまりは今度のルールは屁理屈に過ぎないのだ。
 ルールーだから仕方がないとよく言う。スケート協会の何とか部長は、平社員は社長に直に意見が言えないという、直訴は切り捨て御免のような例え話をして、ご理解いただきたいようなことを言っていたが、ああいう考え方の人が上にいるとすれば、新しいことはあまり生まれてこないだろうし、多くのことが保守的になっていくしかない、としか、少なくともニュースの部分からでは印象を得られなかった。
 しかも、これからがある浅田よりも、今がんばっている他の選手を、トリノでいかにいい演技をさせるかなどと言っていたが、ちょっと首をかしげる表現だ。

 かつて世界一になった村主章枝の今と浅田真央を比べてみると解るが、誰でもそのピークがある。
 オリンピックは4年に1回。その中で2ヶ月違いで行けないというのは、最も運のない生まれといえよう。4年後の浅田真央がどれだけの演技をできるのか、オリンピックのスケート界を運営する人々は、その保障ができるのだろうか?
 今しかないかも知れない少女の可能性を、説得力のないルールだけで壊してしまうことが、いいことなのだろうか?
 確かにルールというのは守るためにある。しかしあらゆるルールが正しいわけではない。人が決めるルールは人が変えればいいだけのことではないのか?

 安藤美姫は独特の雰囲気を持っていて人気がある。世界で唯一4回転ができるが、このところは転倒ばかりで、なぜかエキジビジョンでは4回転を飛べたりすると、用は本番に弱いのだという印象を持つ。そういう意味では個人的に共感する部分が多いが、それではオリンピックで活躍できない。

 どう考えても、世界一の演技ができる可能性がある選手を、4年間待たせるというのはどうかと思うのだが。

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2005年11月 8日

ゴルフ

 我ながら、世の流れに逆らえないのだなと思うことがよくある。
 それまでほとんど見なかったゴルフを、特に女子ゴルフを、最近週末はよく見る。不動と宮里の賞金争いなどに興味を持ちながら見ていたりする。もちろん、見ていて楽しいからこそ、人気も出るし、自ずと画面の向こうのギャラリーの数も増えるわけだ。
 宮里藍や、横峯さくらがアイドル扱いされているが、彼女たちよりも美人で見栄えのするゴルファーは沢山いる。それでも若くて実力があるというので彼女たちはクローズアップされるわけだ。とすれば、不動裕理の恐るべき実力は、群を抜いてすごいのだなと思う。
 先週のミズノクラシックでのソレンスタムのプレイは別格として、何となく3日間が終わったとき、3位にいる不動というのは名前通りの安定したゴルフをする人だ。

 と、そんな感じで、ゴルフに興味が出てきた。と言って、いわゆるおつきあいのゴルフがやりたくなったわけではない。元々社会的なおつきあいとしてのゴルフは嫌いだし、今もその気持ちに変わりはない。
 しかも、あらゆるスポーツに関して、最初から上手くないとイヤになってしまう性格なので、あまり向いているとは思えない。よっぽど時間とお金に余裕でもできればやってみてもいいかもしれないが、荘でもない限り、ゴルフゲームでお茶を濁しているのが性に合っている。

 ボールを打ってカップインさせるという、単純だが、非常にゲーム性は高いように思う。しかも簡単ではない。合わせて運動になる。しかし金がかかりすぎるのが難点だ。日本では、あまり気軽さはない。
 打ちっ放しならともかく、ボーリングなどのように、駅前でフルプレイができるわけでもない。いやはや、私の目から見ると、なんて敷居の高いゲームなのだろう。

 しばらくは観戦だな。

投稿者 keisuke : スポーツ | 23:42 | コメント (1) | トラックバック (0)

2005年10月16日

北京マラソン

 今日北京国際マラソンがあり、テレビでも昼間中継していた。知っている選手もあまりいなかったのもあり、見ていたわけではないが、あとでニュースを見て、優勝したケニアのチェロノという選手が、最後のところで近道をして、記録が無効になったと報じていた。
 どうやら800mくらい近いコースを取ったらしい。しかし大会の運営委員会は、後続のランナーに5分ほど差を付けていたので、記録を無効にして優勝としたらしい。

 Yahoo!のニュースによれば、日本の関係者からは、失格にすべきだという意見が出ていたと載っていた。日本人選手の順位に影響するので抗議すべきだという事らしい。

 しかし、ゴール近くで順位が拮抗していたのならともかく、後続との時間差を考えて運営サイドが取った処置は、非常に妥当だと、多くの人が思うだろう。
 ドーピングなどとは違って、既に歴然とした当日の実力差があるのに、敢えて抗議しようという発想は、この場合は飲み込んで発すべきではない。
 スポーツマンシップと勝負の結果論というのは、よく言われる2つの考え方だ。あらゆるスポーツが、単なるきれい事で成立しているわけではない。ゴール前でPKを取られれば、審判のせいにすることだって往々にしてあるし、かつて「巨人の星」で巨人2軍の紅白戦で、審判が見逃していた落球を自ら申告した星飛雄馬みたいな選手はあまり見たことがない。
 とはいえ、その折に漫画が川上監督に言わせた正論は、一つのスポーツマンシップの(若干意味は違っているかも知れないが)ありようではないかと思う。

 結果に抗議すべき時とケースを間違えると、かっこわるいものだ。

 ナベツネが、タイガースの上場問題で発した、上場が八百長の温床だというような発言は、そもそも違っていて、八百長の温床は、元々が勝負事という世界にあって、その部分にこそ内包しているのであり、それ故に関係者は矜持を持たねばならないのである。
 むしろファンだファンだといいながら、監督の首をすげ替えることを会社の人事だと言ってはばからないような、独善的なオーナーの方がありがた迷惑だ。上場がいいかどうかはしてみなければ解らないようにも思えるが、少なくとも今のプロ野球界には、球団をファンのものだと本気で思っている経営者がいるようには見えない。
 スポーツと栄誉やお金というのは切っても切れないもので、それはどんなスポーツも結果的に例外ではない。スポーツが持つどこか清々しいスポーツマンシップという潔癖姓と、それが時折生み出す莫大なお金は、本質的には相容れないように見えて同居しているので、だからこそ様々なところで問題が起きたりするのだ。

 ま、観る側にとっては、面白ければそれでいい、極めて無責任なことではあるのだけれど。

投稿者 keisuke : スポーツ | 23:37 | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年10月 3日

高校生ドラフト

 高校生のドラフト会議が開かれ、はんこの問題で勘違いが起こったことが報道された。誰がどこへというより、そちらの混乱の方がニュースだったようだ。
 150キロを投げる辻内なども2度記者会見で別チームの印象を語ったらしい。
 昨年のプロ野球のスト問題以来、何かと高い金だけ取って何もしていない印象の強いコミッショナーが、笑顔で、若い選手に迷惑をかけたと言っていた。
 実際問題は大したことではなく、勘違いを起こさせるくじに問題があっただけだ。がっかりしたのは、オリックスとソフトバンクで、この2球団だけがぬか喜びをさせられた感がある。

 ドラフトで希望球団に行けに生とはたくさんあるはずだが、プロ野球にいけるだけでもありがたい部分はあるし、会社の中での配属だと思えば、それほどのことはない気がするが、改革元年といいながら、交流戦だけで何が変わったのか解らないプロ野球業界で、視聴率だけが低迷している。

 それでも尚、辻内に、「昔からファンだ」と言わせる巨人がすごいのか、野球界だけが、いまだに昭和の「巨人、大鵬、玉子焼き」を引きずっているのが寂しい気がしないでもない。
 あ、この玉子焼きはきっと、卵焼きではいかんだろうな。

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2005年8月20日

駒大苫小牧連覇

 駒大苫小牧高校が甲子園の優勝を果たした。夏の甲子園連覇は57年ぶりだという。駒大も北海道も、個人的には縁もゆかりもないが、つい決勝戦を見てしまった。
 なかなかいい試合だった。
 高校野球というのは自分が出た高校が全く縁がなかったこともあり、それほど興味を持って見たことがない。
 元々地元意識も低いので、埼玉県はどこが出ているのかなど、知らないことも多い。あ、今は地元は東京だが、何となく生まれたところの高校が気になるというのは不思議なものだ。
 
 高校時代を、スポーツやら何やらに真剣に燃えて何かをやったという記憶がない。のんべんだらりと過ごした3年間だった気がする。
 彼ら高校球児を別にうらやましいと思わないところが、そういう3年間を過ごした人間のそれらしいところかも知れないが、純粋にその努力と結果に関して賞賛を送りたい気がする。見ていて清々しかった。

 世の中というのは、優勝の1校に対して、敗れていった数千校があるのだが、実は私が高校時代、野球部を見た記憶がない。あったかも知れないが、新設高校としてはあったとしても名ばかりであっただろうことは予測が付く。つまり、敗れることもなかった高校がまたたくさんあるに違いないのだ。高校野球の予選にさえ出てこれない野球部もあるのだ。
 世界陸上の時、60億分の1というキャッチフレーズを、金メダリストに送っていた。
 高校野球のナインもその年の60億分の15くらいではあるのだ。・・・でもそうすると4億分の1くらいになってしまうのかな?と下らんことを考えてしまうのが悪い癖だ。

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2005年7月25日

世界水泳

 今、夜中に世界水泳をやっている。柴田亜衣が女子の400メートル自由形で銀メダルを取った。
 泳げない私にとっては、見ているだけでもすごいことだ。
 だが見ていて思うのは、本番に強い人、本番に弱い人というのがいるのだな、と言うことも思う。
 かつて岩崎恭子がオリンピックで金メダルを取ったとき、日本代表で出ているとはいえ、金メダルを取ると思っていた人はそれほど多くないに違いない。北島康介のように、やると言ってやることもすごいが、なかなか世界大会で実力を出せない人がいるのも確かだ。
 アテネオリンピックでの山田沙知子などは、当時世界ランク1位だったし、彼女は日本記録なども持っているが、なかなか実力を出すことができない。

 言い訳のように聞こえるかも知れないが、いつもと違う場所に行ったときに、緊張とは違う違和感で、なんとなく普段と同じことができないことがある。自分自身がよくそういうことを経験している。私の場合は、実力不足が原因であることは否めないが、その時の最大限が出せるかどうかと言うのは、トータルの実力がどうかということではなく、「運」という言葉を使いたくなるほど、上手くいかないことがある。

 この世のことは全て不公平な部分から成り立っているので、水泳選手を目指すとすれば、全く同じ食生活、同じ練習量でも、結果はどこかで歴然と出るのだ。もちろん、だからこそ競争の意味があるので、勝つために努力しているわけだ。
 この不公平というのは、最初から解っている部分と、最後まで解らない部分がある。であれば、努力も意味を持つわけだ。
 全ての選手に、応援してくれる仲間や家族がいるのだ。少しでもいい成績、そして満足のいく泳ぎをして欲しいな、と思う。

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2005年6月18日

プロ野球交流戦

 セ・パのプロ野球交流戦が終わった。パ・リーグトップのロッテが、交流戦でも1位を取り、強さを見せつけた。私はヤクルトファンだが、セ・リーグのペナントでは5位6位にいたヤクルトは、交流戦のおかげで上位に上がれた。
 5月6月で、1チームが6球団と6戦ずつするわけだから、1週間に1日休みがあると6週間かかる計算だ。パ・リーグでは軒並み観客動員増となったらしい。
 しかしここで交流戦が終わると、まずオールスターまでの1ヶ月は動員が減るだろう。セ・パとも。また、オールスター後は、その時の状況にもよるが、おそらくは、なぜ一気にまとめて交流戦を行ったのかという議論が起こるに違いない。
 交流戦の1位を決めるという目的のために、総当たりのリーグ戦をまとめて行うと言うことが目的ではあろうが、シーズンの中にちりばめたところで、交流戦の1位を決めることはできる。その方が、「交流戦だけのファン」というのがきっといるに違いないから、そういうファンを1年を通して確保することができるように思うし、何より不確定要素がシーズン終盤まで残り、ペナントレースが楽しくなるだろう。
 同一リーグの場合、シーズン終盤では1勝1敗が1ゲームの変化を及ぼすが、交流戦の場合、それが0.5ゲームになるからだ。もちろん、まとめてこの時期にやっても、例年のように、勝ち数と負け数の割合が同じでないので、マジックが微妙なものになる。ただ実際は、パ・セ双方の勝ち数がほとんど変わらないので、それほど極端なことにはなっていないはずだが。

 期間中思ったのは、やはりマスコミの巨人贔屓はどの放送局も変わらないと言うことだ。放映されるのはほとんど巨人戦。しかも、最後の方は連勝したおかげで交流戦5位となったものの、ずっとセ・リーグの最下位だったチームの戦いをどう考えてもメーン・イベントに置くやり方というのは、ナベツネが帰ってきたのと同じように、日本の野球界のと、マスコミの旧態依然とした姿勢に変わりはないと言うことだ。ああ、日本的!
 日本ハムが、あれだけの観客動員を札幌で行い、ロッテで盛り上がっている野球界を、もしつぶすとしたら、それはほとんどマスコミの冒険心の全くないスポーツ報道と放映のあり方にあるとさえ思う。巨人が野球界でその野球の代名詞になったのは長島や王のせいではない。最も古い球団であることと、長い年月にわたって、テレビでもラジオでも、必ず放映をするということを続けてきたからだ。
 少なくともプロ野球界が何かを変えようとわずかではあるが何かを始めた年に、相も変わらず巨人中心主義を貫き通すマスコミの姿勢には開いた口がふさがらない。

 いずれにしても、交流戦そのものは活気があったというのは経済効果も含めて良かった良かった。

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2005年6月 8日

祝・日本サッカーW杯出場

 サッカーの日本代表が北朝鮮に勝って、ワールドカップ出場を決めた。まずはめでたい。
 こんな時しかサッカーを観ない男なので、ファンとも言えないが、日本代表が勝ったというのはうれしいことだ。所詮人間は、大なり小なりの民族主義的な集団への所属意識というのがあり、国家から個人に到るまでの各段階で、自らが所属する集団に何らかの思い入れを持つ。
 サッカーに興味が無くても、日本代表を応援する所以だ。
 私は取り敢えず、バーレーン戦も最後まで見ていた口なので、平均的な日本人のおじさんくらいには興味を持っている。人と人の、相手を傷つけることが目的ではない戦いというのは、どこか人間の本能的な興奮を誘うのだと思う。

 さて、中田、中村、サントスが出場停止、小野、高原が怪我で出場できないという状況で臨んだ試合だったが、私は出かけていて試合を観ていない。たまたま入った店で、勝った瞬間を放送していた。街中のインタビューされている人たちのような興奮はないが、うれしかった。
 それにしても、試合を放映していたテレビ朝日は、あたかも今日ばかりは日本人の全てがサッカーにしか興味ないのではないかという程、ずっとサッカーの放映をしている。
 その中で、サッカーの競技場の外から応援している日本人の様子も流していたが、試合開場の外で、付近の住民には迷惑ではなかったのかと、そんなことの方が気になってしまう。フーリガンのようなひどいものではないが、結構うるさいのではないか?
 何でもそうだが、すぎたるは及ばざるがごとしみたいな感じもする。
 もちろん、ファンとしての盛り上がりに水を差すつもりはないが、元来日常的に、盛り上がりに欠ける人間なので、そんなことで余計気になるのかも知れない。あ、ひねくれてるってことかな?

 まあ、とにかく選手は素晴らしかった。あんなに走ったら、俺は倒れるな。

投稿者 keisuke : スポーツ | 23:36 | コメント (1) | トラックバック (0)

2005年5月 6日

ウッズの暴力

 一日古い話題だが、5日の中日×ヤクルト戦で5回の裏に、中日のタイロン・ウッズが、ヤクルトの藤井が投げた胸元のボールに怒って藤井を殴った。藤井はしばらくマウンド近くに横になって動けなかった。その後も続投したので、怪我の程度はそれほどではなかったようだ。
 個人的にヤクルトファンであることを別にして、試合後の落合監督のウッズ擁護発言に腹立たしい思いをした。
「アイツら(外国人選手)はあそこ(顔面付近)に来たら怒る。ぶつかるぶつからないという問題じゃない。(藤井が)謝っていれば、何でもなかったけど、挑発したみたいになったから」
 というようなことをいったらしい。確かに乱闘が起こることはよくあるし、デッド・ボールは命の危険もある。しかし、この落合発言は盗っ人猛々しいというものだ。私は試合を見ていたが、あのコースでいちいち怒って投手を殴っていたら、野球なんて成り立たない。投手に向かって怒るのはけっこうだが、手を出すというのは別の問題だ。自軍の選手を擁護するのが監督の務めなのかも知れないが、この件で一気にアンチドラゴンズになった。というより、落合嫌いかな。
 人生をかけてやっているのは投手も打者一緒で、デッドボールでもないのに、あの場面で藤井が謝るというのは、弱さを見せることだし、危険球でもないのにいちいち謝るようなことではない。少なくとも試合中は。
 
 確かにウッズは五十嵐から死球を食らって骨折もしているので、心情的には外国人ということも加味して解らなくはない。だが事の是非はそことは別のところにあるし、ましてや監督が「悪くない」ということを言うべき状況ではない。
 落合は確かにすごい選手だったし、監督になっても中日を優勝に導いた監督だ。今年の中日も強い。だが、だから飄々と、敵軍の選手を殴った自軍選手をかばい、「相手が謝らないのが悪い」という表現をするのは、どうかと思う。

 暴力っていうのはだいたいにおいてそれを振るった方が悪いことが多いものだ。

投稿者 keisuke : スポーツ | 21:49 | コメント (1) | トラックバック (0)

2005年5月 1日

ゴンゴール

 Jリーグ・ジュビロ磐田の中山雅史が、Jリーグ史上初の150ゴールを達成したという。サッカーに疎い私などでも当初から中山の名前は知っていたし、「タンスにゴン」のCM以来、ゴン中山として、芸能人並みに有名だ。昨今のワールドカップなどには、さすがに年齢もあり名前を見ることもないが、37歳という、あれだけの運動量を要求されるサッカーに於いては高齢とも言える年齢でもがんばっていて頭が下がる。
 年間10得点決めても15年かかる計算だ。
 確かにハットトリックなどと言うこともあり、優れたフォワードの選手なら、年間数十点を決められることもあるのかも知れないが、年間の試合数は野球などと比べると圧倒的に少ないので、普通に考えても偉業だと思う。記録を見てみると、中山は11年で達成している。まだ歴史の浅いJリーグなので、これからは若い選手がどんどん抜いていくことになるのかも知れないが、1試合平均得点が0.523というのも立派だと思う。当然のことながら、30を超えてしばらくすれば、試合には出場しても、自ずと出場時間は減ってくるはずだからだ。
 
 先日、清原が500号本塁打を打ち、その前には古田が2000本安打を達成した。
 本塁打の記録を調べると、清原の上には王 貞治(868)、野村 克也(657)、門田 博光(567)、山本 浩二(536)、落合 博満(510)、張本 勲、衣笠 祥雄(504)しかいない。清原が張本と衣笠を抜くのは時間の問題だし、今年中に落合も抜くだろう。あと何年できるのか解らないが、山本浩二までは抜きそうな気がする。・・・門田は危ういかな。
 
 野球選手にしてもサッカー選手にしても、人がなかなかできない記録をできる選手はすごいし幸せだと思う。古田が達成した2000本安打をイチローは31歳で達成している。安打の1位は張本の3085だが、イチローが今のペースで行けば、30代半ばでその記録を抜く。
 今回の中山の150ゴールは恐らくそれくらいすごい記録ではあろう。それにまだ現役を続けるようだし。
 単純に努力だけで達成できる記録だとは思えないが、逆に努力がなければ達成できなかった記録は、手放しで賞賛を送りたい。

投稿者 keisuke : スポーツ | 23:42 | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年4月24日

祝2000本安打!! と愚痴・・・

 ヤクルト・スワローズの古田敦也が、大卒で社会人野球経験者としては始めて2000本安打を達成した。捕手としては野村克也に続く二人目だ。素晴らしい成績で、ファンとしてはうれしい限りだ。
 私がスワローズファンになったのは、最初の優勝前後のことだ。子供の頃は、父親が野球を見るために、自分が好きな番組を見られないことで、野球嫌いだったが、「巨人の星」は好きだったので、野球は見ないが父親の好きな巨人は嫌いな子供だった。当時のヤクルトは万年Bクラスで、とても弱いが故に共感が持てた。荒川、広岡という監督時代に隠れファンになり、恐らく広岡監督の下で優勝したときにファンであることを自覚したといった感じだ。
 武上、土橋、関根という監督の下でもやはりBクラスが定位置だった。この関根監督の最後の年に古田は入団している。そして野村監督になって4度の優勝、若松監督の下での優勝と、古田は、ヤクルトの優勝6回の内5回も絡んでいるのだ。すごいという他はない。
 もちろん古田一人の力で優勝できるわけではないが、古田がいなかったら、このうちの何回かの優勝はなに違いない。
 
 キャッチャーという肉体的にも精神的にも厳しいポジションで、16年間プレイをし、2000本安打を達成した古田という人には頭が下がる。
 ヤクルトの現監督、若松勉も2000本安打を達成した一人だが、若松は19年で21732安打だ。尤も、2000本を超えたのは古田と同じ16年目なので、古田が来年もレギュラーで活躍できれば、この数字はきっと抜くに違いない。師匠とも言える野村克也は、2901安打という強烈な記録を保持しているので抜くことは難しいだろうが、何しろ現役26年なので勝負にはならない。古田が高卒ルーキーで活躍していたらどうだったのだろうか?
 明日からも是非がんばって、大杉の2228安打を抜いて欲しいものだ!

 ところで、2000本安打のシーンは是非テレビで観たかったが、ろくでもないフジテレビのおかげで結局見ることは叶わなかった。フジが、ごく限られた人しか試聴していないCS専門チャンネルでヤクルト主催ゲームを放映するおかげで、Jスポーツなどの標準チャンネルでは放映をしていない。巨人戦は地上波で放映するくせにだ。もしフジが視聴料で運営している局だったら、明日から視聴料を払いたくない。前にも書いたが、読売は、標準チャンネルで放映しているし、何より地上波でほとんど放映している。
 昨年、あれだけ野球界にごたごたがあって、低迷している原因をプロ野球機構のせいにしたり、放映権の制にしていたマスコミの一角であるフジテレビが、今やっていることは、到底昨年の報道をした同じ局の振る舞いとは思えない。
 さっさとどこかに買収されてしまえ!・・・・あくまでこれは愚痴ですので。・・・・ほとんど飲んだくれ親父の理不尽な・・・・・ああやだ。

投稿者 keisuke : スポーツ | 22:34 | コメント (1) | トラックバック (0)

2005年4月 8日

フジテレビ

 今日は疲れたので、ただの愚痴だ。
 プロ野球が開幕してセ・リーグは1週間経った。ヤクルトは弱い。昨日今日は連勝なのでこれから期待だが、がんばってくれよ、五十嵐。

 ところで、私はケーブルテレビを契約しているので、取り敢えずスポーツチャンネルで、ほとんどの試合が見られる。ヤクルトファンなのでもちろんヤクルト戦のことだ。ただ、ヤクルトはフジ・サンケイグループなのでヤクルト主催ゲームのいくつかはフジが8チャンネルで放映する(関東の場合)。
 読売ジャイアンツは、当然読売だから、4チャンネル(日本テレビ)が主催ゲームに関しては、そのほとんどを放映するが、日本テレビにはCSにG+というチャンネルがあって、試合が延びているときなどはここで続きを見られる。もちろんここでは、放送前というより、試合開始前から放送しているのだが、とにかく巨人戦をほとんど全て放送する。ケーブルテレビに加入していると、基本料金ないでみられる。
 フジも複数のCSチャンネルがあって、地上波放送に入らない場合は、こちらで続きを放映している。但し有料なので契約していない。たかがそれだけのために契約するも無駄だ。
 まあ、この辺はそれぞれの局の事情もあるに違いない。という風に考える。
 ところがこの前の3連戦、火・水・木とあった公式戦、どこのチャンネルを回してもヤクルト戦が見られなかった。スポーツチャンネルはパ・リーグの放送をしている。番組表を見ると、ヤクルト戦はそのフジのCSで放送していた。
 ここまでは仕方がない。だがその時、火曜日のことだが、フジテレビを見ると、あろう事か巨人戦をやっている。
 昔からそうだが、フジに限らず、プロ野球ニュースはどのチャンネルも巨人中心で、昨年あんな騒動が野球界にあっても、あれだけプロ野球機構を責め続けたマスコミのやることは巨人中心主義の延長であり、話題になる楽天を多少大きく取り上げるだけなのだ。
 恐らく関係者はそうは言わないだろう。公平になっているというかも知れない。だが視聴者の目にはそうは映らない。フジテレビは面白い番組を多く作る力もある。だが、その底に流れる「流行至上主義」みたいなものが鼻についてならない。かつてバブル期に、最もトレンディだったのは、多分フジテレビだ。おにゃんこクラブも、オールナイトフジも、軽薄な文化の多くを最もたくさん作ってきたのは、多分フジテレビだ。
 だが、その影で失われてきたものもきっと多い。少なくとも、プロ野球界に於いて、巨人は読売が強力にバックアップし続けてきた。最近視聴率が落ちたからって、その姿勢を変えることはない。フジは昔からヤクルト戦の一部を放映し、何年か前の日本シリーズでは、優勝が決まる瞬間、他の番組を突然中止してその瞬間だけ流したことがあった。夕方のドラマの再放送なんて、きっと視聴率は低いかも知れないが、そんなときばかり、そういう手段に訴えるのは、まさにフジ体質でしかない。その時の日本シリーズの中継は別のチャンネルがやっていた。

 ライブドアを応援しているわけではないが、フジテレビの体質改善はニッポン放送よりもよっぽど必要だ。そんな気がしてならない。野球のことは一つの例だが、象徴的だ。
 
 ところで、ジャイアンツはなぜ巨人なのか?読売ジャイアンツだから巨人は解るが、であれば、阪神は虎、中日は竜と呼ぶべきだろう。それぞれ、阪神タイガースであり、中日ドラゴンズなのだから、もしその伝で行けば、巨人は読売と言うべきだ。何か特別扱いもこんなところにまであって何だかな。・・・・星飛雄馬は好きだが・・・

投稿者 keisuke : スポーツ | 23:56 | コメント (1) | トラックバック (0)

2005年3月31日

プロ野球開幕

 パ・リーグは先週から、セ・リーグは明日からプロ野球が開幕する。
 1勝したものの、前評判通り楽天は弱い。これで岩隈がなかったらどんなことになっていたのだろう。だが同様に最下位を走っているのがオリックスだ。近鉄とオリックスが合併するはずだったわけだが、楽天ができたせいで戦力が分散されたのだろうか?中村ノリなどの影響もあるのかも知れない。
 だがオープン戦を見てみると、オリックスが1位で楽天は9位だ。どちらかと言えばいいとこ取りをしたオリックスが強いのは当たり前のような気がするが、ペナントというのは面白い。そして、その楽天よりもオープン戦で下にいたのが日ハム、ヤクルト、広島だ。
 セ・リーグでヤクルトも広島も、それほど戦力補強していないので確かに強いようには思えない。戦力的に言えば、どう考えたって巨人が一番強そうだ。

 まあ所詮、オープン戦はオープン戦なので当てにはならないが、パ・リーグを見ると、去年の名残をそのまま背負ったような順位になっている。まだ5試合だが、ソフトバンクが圧倒的に強い。同じ風に考えれば、セ・リーグではやはり中日が強そうには見える。巨人は見た目強そうだが、その割に勝たないというのが、ここしばらくの巨人らしいと言えば言える。相変わらず4番バッターがたくさんいるには違いない。

 個人的にはヤクルトファンなので、実は他のチームはどうでも良い。稲葉や、飯田が抜けたが、飯田はそれほど出ていなかったし、いつでもいい選手だと言われ続けてきた稲葉だが、しばらく前に優勝した年以外は大して良かった試しがないので、それほど影響はなさそうだ。
 それよりも気になるのはラミレスの息子だ。義理の息子だから、血が繋がっているわけではないが、「アレックス・ラミレス・ジュニア」だぜ!ピッチャーらしいので是非がんばって欲しいものだ。パフォーマンスも含めて。
 それ以外は去年とあまり変わらないので、高望みはしてはいけないと思うのだが、しばらく優勝から遠ざかっている。そろそろ楽しませて欲しい。
 きっと、横浜や広島のファンはもっとそう思っているに違いないが。

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2005年2月21日

ダルビッシュの喫煙

 日ハムのダルビッシュ有が喫煙しているところを写真週刊誌に撮影されて、チーム練習から外され、さらに高校も停学になった。

 まあ、どっちでもいいと言ったらいい話だが、そもそもこの喫煙という問題、以前にも書いたが、私的には釈然としない。一度全国の教師、野球関係者、いや大人全てに、「あなたが最初に煙草を吸ったのはいつですか?」と尋ねてみたい。
 喫煙と飲酒は二十歳から、というのを定めた法律をちょっと調べると、少年法にある。

次に掲げる成人の事件については、公訴は、家庭裁判所にこれを提起しなければならない。
一 未成年者喫煙禁止法(明治三十三年法律第三十三号)の罪
二 未成年者飲酒禁止法(大正十一年法律第二十号)の罪

 概して法律は古いものが多いし、ことさら、変える必要もない、という類の法律という認識だろう。細かい内容は知らないが、屠蘇は罪にならないのかとか、親が一緒にいればいいのかとか、気になる。
 私も酒に関しては18から飲んでいるが、健全な方だろう。居間ではたまにしか飲まないし。だが、当時法律違反であることには違いない。現在では、年齢認証のある居酒屋もあるらしい。

 酒に関して言えば、どうも単純に年齢で切るのはどうかと思う。造り酒屋の息子が二十歳まで酒を飲まないとも思えないし、レストランでワインぐらい飲んでもいいように思える。酒の害というのが酔っぱらって、例えば暴力沙汰を起こすとか、気が大きくなって良からぬ事をするとかであれば、年齢の問題ではない。恐らく身体に対する影響だとしても、大正11年と今では、若者の身体も違うだろう。

 煙草はと言えば、そもそも身体の害なんて関係ない。悪いのは子供ばかりでなく大人も一緒だ。JTの広告にも、はっきりそう書いてある。こんな世の中で、煙草を手放せないのは、こんな世の中になる前に煙草の味を覚えてしまった人か、自分にとっての損得が冷静に必ずしも判断できない思春期の青少年である。
 これを吸うと癌になりますと箱に書いてある煙草は平気で、他の環境問題や、食生活に厳しい人もたくさんいるに違いない。
 煙草はかように依存性の高い薬物であることは言を待たない。
 
 ほとんどの人は、覚醒剤や麻薬には手を染めない。最初から悪いと解っているからだ。依存性も高く、幻覚を起こしたり、様々に生活に影響を及ぼす。とっても気持ちいからと言われても、やる人は少ない。法律で禁じられていなければでも、それなりにやる人は増えるだろう。
 つまりそれが煙草だ。
 煙草の効用と言うこともよく言われる。確かに煙草を吸う人にとっては、リラックスのための最大のツールでもあり得ると言うことだ。
 
 だが、リラックスのために必要だからと言って、何事も許されているわけではない。社会が、禁煙という方向に進んでいる以上、喫煙者の肩身が狭くなるのもやむを得ないことと言えよう。
 何年後かは解らないが、「今時煙草吸ってるの?」みたいな会話が街でされることもあるかも知れない。
 ダルビッシュが煙草を吸った。未成年のくせに。この論調は非常に嫌いだ。私に言わせれば、学校の先生、高野連の方々、野球関係者、あなたがのうちで、煙草を吸ったことのない者が、最初にダルビッシュに石を投げなさい、といった感じだ。
 百歩譲っても、世間のほとんどの人が、未成年のうちに煙草を吸ったことはなく、ごく限られた人間だけがそうであるような、マスコミの報道や発言も、正直言って、あきれる。

 少なくともダルビッシュに対し、「おまえは野球選手だろう、煙草を吸わない方が、きっと長い野球生活、絶対いいぞ」ならともかく、「未成年なのだから・・・・」二十歳を過ぎたら大いに吸えと言わんばかりのこの論調が、的はずれな文化であることを、世の中が認めてくれたらな、と思う。

投稿者 keisuke_yui : スポーツ | 23:11 | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年2月10日

サッカー 北朝鮮戦

 昨日、サッカーのに本体北朝鮮が放映された。
 瞬間最大視聴率は50%を超えたという。単純に2軒に1軒が、少なくとも一度はチャンネルを合わせたと言うことだ。すごいな。
 まあ、私もその1人ではあるので、視聴率の計算とは無関係だが、何となく、視聴率の計算も、それほど間違ってはいないのかな、という気がしないでもない。だが、よく言われることだが、知り合いでも何でも、視聴率のリサーチに参加しているという話を聞いたことがない。まるで宝くじの一等のような感じだ。

 視聴率の話はいいとして、その瞬間最大と同様に、私も全部見たわけではない。最初見始めたのが、開始20分くらいだったのかな?1−0で日本が勝っていた。しばらく見ていると、どうも雲行きが怪しそうなので、一旦テレビを消して別のことをやっていた。再び付けた直後、同点にされた。
 野球でもそうだが、自分で見ていると負ける、というときがある。こんな事は全く意味がないとは知っているが、何となく雰囲気があって、また消した。
 偶然とか必然というのは、所詮は確率の問題で、サイコロを6回振ったら、均等に1から6までの目が出るのが確率ではない。単純に1回振った場合に1から6が出る確率は6分の1ずつである(厳密に言うと違うらしいが・・・トリビアの泉でやっていた)。
 それでも、1が6回続けて出ることだってあり得る。だが、1が6回続けて出たりすると、そこに何かありそうだという無形の不思議を見たがるのが人間の常だ。イタリアの宝くじで「53」が出ないために自殺者まで出たというのは、まだ最近のニュースだ。ようやく出たらしいが。これだって、「53」という数字に不可思議な何かを感じている人は多くいたはずだ。
 13が不吉だったり、666が悪魔の数字だったり(余談だが、「ドラゴンボールZ」のアニメのエンディングで、孫悟飯とビーデルが乗っている車の脇に「666」という番号が付いている。こういうしゃれが私は大好きだ。・・・ビーデルの父親はサタンだ)、とかく数字に限らず、験担ぎや、ジンクス等というのは多かれ少なかれ、誰にでもあることだろう。

 というわけで、次にテレビを付けたのは、ちょうど試合が終わった直後で、アナウンサーが「2−1で日本が勝った」事を伝えている瞬間だった。時間を計ったわけではないし、ロスタイムもあるわけで、最後のゴールの瞬間は見られなかったが、日本人の私としてはいい結果と言うことになる。
 先日書いた、「郷愁」という気持ちはなくても、「同胞意識」というのは何となくあるもので、日本が勝てばうれしいというのは素直な感想だ。

 北朝鮮チームのサッカーというのはほとんど知らないが、今回の試合を部分的に見た素人の見方という前置きをして、どうも今回の日本チームはちぐはぐな感じを受けた。単純に攻め込まれていることが結構多かった(私が見ている時間帯は)のでそう見えるのかも知れないが、そんな印象だった。
 サッカーに関しては、私は完全にその他大勢のファンのしかも大分上っ面なファンなので、「なんとなく」でしかものが言えないが、昨日の試合を評して「白熱」という風にはあまり見えなかった。結果から言えば白熱だが、シュートとしてかっこよかったのは北朝鮮のゴールだったな。
 ただ不思議に思うのは、日本という国は何でもそこそこやる国だなと思う。純粋に体力勝負の、短距離走や、ハイジャンプなど、身体的な技術以前の優劣が物を言う競技は、どうしても外国の選手が強いことが多いが、技術を活かす競技では、意外にいいところまで行くような気がする。
 サッカーなんて、日本で盛んになったのはついこの間のことのような気がする。「巨人の星」は誰でも知っているが、「赤き血のイレブン」はあまり知られていないみたいな比較が、意外に野球とサッカーのJリーグ以前を象徴しているように思う。
 そのサッカーが、とっても強いわけではないが、前回のワールドカップでもそこそこの試合をしていたりする。なかなかすごいことだ。

 ま、どちらにせよ、昨日の試合を勝ったことは良かった。次の試合が、同じ視聴率を取れるとは思えないが、是非試合はがんばって欲しいものだと思う次第。

投稿者 keisuke_yui : スポーツ | 22:53 | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年11月 9日

楽天イーグルスとプロ野球機構

 プロ野球の分配ドラフトが終わり、楽天のドラフトの指名順も決まったようだ。
 三木谷社長が憤っているように、プロ野球界全体のものの考え方非常に解りやすい。「入れてやるけどあとは勝手にしろよ」だ。
 あれだけいろいろなことがあっても、企業のエゴを最大限押し通そうとしているのが結局は野球界だ。オリックスはあれで心が痛まないとしたら、はっきりって情けない。ファンはその辺りをよく見た方がいい。卑怯この上ない。
 マスコミはその辺りを三木谷氏の記者会見だけであまり言おうとしない。パリーグの他の球団も文句を言わないという辺りは不思議だが、単純にオリックスと近鉄の強い選手をオリックスがせしめただけのドラフトであろう。

 楽天が弱かったとしてもそれはそれで来年の話だが、この分配ドラフトに関しては、どうしても疑義がぬぐえない。
 それを踏まえて、ドラフトの順位を考えるなら、楽天を1位にすべきで、例えば、分配ドラフトを一人ずつ指名していくなどの公平性が保たれていれば、新規球団である楽天がドラフトの指名順最下位でも納得がいく。
 私は来年、別に楽天のファンでもないし、元々オリックスや近鉄のファンでもない。ただ、自分がファンであるヤクルトが、今回のオリックスのような挙に出れば、正直ファンであることがいやになるかも知れない。
 
 これは政治家や役人が、平気で都心の一等地に、法外に安い官舎を借りて平然としているのに似ている。誰しもいい境遇や得という概念の中ではそこを離れたくない。しかし宝くじの当たり券とは違って、そこに明確な不公平感が第三者に有り、それがしごく理にかなっていれば、その時点で改善すべきではないだろうか。

 大リーグのことはよく知らないが、テレビなどで話を聞く限り、少なくともプロ野球球団を持つ企業の体質は、明らかに日本の方が落ちる。かつてエコノミック・アニマルと呼ばれた日本人の悪い側面がそこにある。
 市場原理でものが動き、企業が利益を追求するのは当たり前のことだが、社会とのバランス感覚を失ったら終わりだ。

投稿者 keisuke_yui : スポーツ | 23:29 | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年11月 2日

パ・リーグの新球団

 パ・リーグの新球団が楽天に決まった。前評判通り、また、オーナー会議や球団代表が集う審査会がどういう思考経路で決断するかを普通に考えれば、非常に予定調和の結果である。

 いくつかのポイントがある。
 まず、仙台の市民の多くはlivedoorを指示していたこと。
 次に、明らかに楽天とlivedoorでは企業規模が違うこと。
 選択するプロ野球機構側を、年経たじいさん達が占めていること。

 まずlivedoorは、近鉄の買収を端緒とするならば、プロ野球への参入を強く希望していた。近鉄とオリックスの合併が決まり、選手がストライキをやる中、新球団設立を目指し、仙台をその候補地に選んだ。ここまではlivedoorとしてはしごく一貫性がある。livedoorという企業の好き嫌いや、堀江氏自身への好悪を別にしても、評価の声が上がるのは当然のことである。
 少なくとも赤字覚悟の野球業界参画で、当然あれだけの企業人であれば、勝算もあったに違いない。「負けることは考えていなかった」というのは、誰が考えても嘘くさいし、それはそれで戦略の一つでもあろう。
 そんな中に、楽天が参加してくる。当然楽天への風当たりは強い。日本人の人情的な傾向を考えたって、楽天ではなくlivedoorを推す仙台市民の反応はとても素直なものだと言えよう。
 三木谷氏は「早い者勝ちってことはない」と言って参入表明をしたが、やはりあれは姑息だ。この理屈は、商店街のど真ん中にでかいスーパーが後から入ってきて、市場をすべて奪っていくのとどこか理屈が似ていて、より強い企業が取っていい戦略だとは思えない。優等生の6年男子が、ちょっとひねた2年生男子とけんかをして、その裁定を金八先生のところの校長に頼んでいるようなものだ。
 ただこの二つの例と大きく違うのは、商店街の既存商店は、たっぷり立ち退き料をもらったのだし、ひねた2年生には金八先生が付いていたのだ。すなわち、この一連の騒動で、livedoorは、一切被害を被っていない。むしろ莫大な広告宣伝費を使っても為し得ないような、宣伝効果を得た。livedoorが全国区になったことだけは間違いない。
 一連の流れを見る時、こういう結果を堀江氏が見越していたとは到底言えないと思うが、結果的には最も大きな宝箱を掘り当てたのがlivedoorだったことは間違いない。そしてこれには姑息さや卑怯な感じがないことが、最大の企業メリットだろう。アダルトコンテンツなんて言うのは些細なものだ。
 少なくとも日本の男性で、アダルトコンテンツに本気でバッテンをくれているようなやつがどれほどいるだろう。未成年が見られる番組で、裸こそ出なくても、よっぽどきわどい番組をテレビで流しているではないか。おっぱいの先っぽが見えなければそれでいいなどというのははっきり言って欺瞞でしかない。

 そしてこの欺瞞こそが、プロ野球機構側にある。
 いみじくも日本テレビのゲスト解説で出ていた小林至氏が言っていた。「最終的な理由は、企業の経営的な資質などではなく、今後どちらが一緒にやって行きやすいかだ」と。私もそう思う。楽天が日本の大きな柱に経常利益を支えられていて、livedoorが走ではないという皮相なもののとらえ方だけで、将来的な安心を、本当に考えられると、プロ野球オーナー達は考えているのだろうか?これはあたかも、街の電気屋よりも大手の電気屋で買った方が品物が安心だと言っているようなものだ。寄らば大樹が日本人の体質だとすれば、あるいは本音かも知れないが、単純に堀江氏と三木谷氏を見てみよう。
「三木谷はネクタイ締めてるが、堀江はやっとジャケットを着だしたぞ。あんなやつと一緒にやるのか?」
 デフォルメしてしまえばそういうことだろう。どちらがより、プロ野球界をかき回すのかと言うことだ。そういう意味では三木谷氏の方が堀江氏より大人だと言うことになる。

 今年の一連のプロ野球界のごたごたを見てみれば、実はどんな国でもあるごたごたと同質のものだ。努力して作り上げた世界が新たなパラダイムによって崩壊していくことを嫌う旧人が、そのパラダイムに力で抵抗しているのだ。
 今年ヤクルトと阪神の最終戦、金本とラミレスが打点王を競っていた。金本は、2回フォアボールを喫した。しかしそれは、金本が選んだフォアボールだった。しかし3打席目のラミレスは敬遠された。阪神が大量得点差で勝っていて、ラミレスがホームランを打った時に影響を受けるのは金本の打点王だけだったときだ。私が見る限り、直後の金本も、投げた井川も不服そうだった。
 これは今年に限ったことではない。ローズが王のホームラン記録を塗り替えようとしていた時を例に挙げるまでもなく、毎年行われている下らない行為だ。これを下らないと断ずるのは、業界人がテレビでも言っているのだからいいだろう。そしてこれが、古いパラダイムに支配されたベンチの行動で、今はもう時代が変わっているのだ。
 この例は時代に変革ということに対する例としてはあまり相応しくないかも知れないが、ことほど左様に、プロ野球業界を支配している様々なしがらみは、経営者や、経済原理が握っている。
 損していいとは言わないが、その方法論が何か違っているように思う。

 いずれにしても、結果は丸く収まっていることになぜか不思議な違和感を感じる。
 セ・パ両リーグともに7球団にして、毎日交流試合があるようにすればいいのに。

投稿者 keisuke_yui : スポーツ | 15:29 | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年10月20日

追い風

 台風です。やたらに多い今年の台風。個人的にはそれほど大きな被害はないですが、家が流されたり、作物がダメになったり、あるいは亡くなった方がいたりと、日本各地に大きな被害を及ぼしているようで、大変なことです。
 自然災害というのは、苦情のもって行き場がないところが辛いですね。結果的に対応が良くなかったり、ゴルフに言っちゃったりしていて、行政に風当たりが強くなるのは、そもそも行政という立場がそうなのでやむを得ないと思いますが、そこへ苦情を申し述べたところで、家が復旧するわけでも、野菜が元気になるわけでもありませんから。

 さて、テレビで台風情報を見ていて、傘が背中にくっつくようにして後ろから風に押されながら走っている人を見ました。
 よく陸上の競争で、追い風だったり向かい風だったりして、一定の風速以上は参考記録になったりするが、例えば風速25mの追い風で100mを走った場合、人間はどのくらいまで早く走れるのだろう?
 例えば100m10秒で走る選手が25mの追い風を受けたら、4秒縮まるはずはないと思いますが、最高度の位のタイムが出せるのだろう?

 単純計算で、秒速100mの風が吹くと、陸上の選手でさえ、向かい風に対して1mも進めないことになるわけで、瞬間最大風速で40mとか50mという風は、普通の人にしてみれば、とんでもない風と言うことになります。

 もしかすると、追い風も10mも吹けばちゃんと走れないのかも知れないな。

投稿者 keisuke_yui : スポーツ | 12:28 | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年10月 4日

パラリンピックの話

 先月、パラリンピックが行われ、日本選手も大活躍の内の幕を閉じました。
 毎回思いますが、オリンピックの華やかさに比べると、パラリンピックはどうしてもトーンダウンします。祭りの後・・・のような。

 これはもちろん自分の中でもそうなので、いいか悪いかということではないのですが、結果を見るとメダル数などはオリンピックよりも多く(競技数の問題もあるのかも知れませんが)、一人で6つも金を取ってる選手とかまでいます。
 当然ニュースとかでは知っていましたが、そもそも中継していたのがオリンピックの時とは違って、ほとんどNHKオンリーだったような気がします。まあ、NHKは公共放送(とはあまり思えませんが)らしく、こういう放送はしっかりしてくれます。ただやはり民放は、ニュースなどでは大きく取り上げますが、実際に中継をすることはありません。

 これは、野球が巨人一極集中は問題だという討論会をしている放送局が、所詮は巨人戦しか放送しないというのと似て、放送局というのはまず何より公共性よりも視聴率だし、もっと言えば、そこにお金を出しているスポンサーの顔を見て番組を作っている部分が少なからずあるのだろうなということを思います。

 みんなは見たいものを作る、すなわち視聴率の高いものを作る。これはこれで一つの理屈ではありますが、例えばオリンピックにしたって、マスコミがあれほど取り上げなければ、国民の関心はやはりそれほど高いことではないでしょう。
 よく、世論調査を行いますが、あれとて、かなりマスコミによる情報操作があるように思えます。小泉支持がかつてあれほど高かったのも、マスコミがあおったからだと、ある意味思えます。もちろんそれが全てとは言いませんが。

 同じ理由で、もう少しパラリンピックに注目したかったな、と今にして思います。私にとってはスポーツは娯楽の域を全く出ないので、野球はヤクルトが勝てば見ますが、負けているときは見ません。イチローが今回のような記録を作れば、「同じ日本人」という括りで素直にうれしいので見ますが、マグワイアがいっぱいホームランを打ってもそう関心はありませんでした。
 同様に、あれだけオリンピックの見所を事前にテレビで見ていたりすると、つい見てしまいます。見れば面白いし。

 パラリンピックについては、ちょっと見逃したのが残念な競技がやはりいくつかあります。4年後は気をつけていよう。・・・・シドニーの時もちょっと思ったかな?

投稿者 keisuke_yui : スポーツ | 02:06 | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年10月 1日

中日優勝??

 ニュースで今日(正確には昨日だが)のヤクルト中日戦の結果を放送していた。アナウンサーが「果たして今日の中日は勝って優勝できたのか?!」などといっていたが、優勝した日は必ず、番組の冒頭で優勝決定シーンか、喜ぶ監督やナインの表情が映るので、アナウンサーが前記のようなことを言った時点で、優勝していなかったことが判明する。

 この矛盾は面白いように各局が同じように放送する。誰も指摘しないし、指摘しても変わらないだろうが、世の中にはこの手のことが意外にあるのかと思うが、実はさほど思いつかない。疑問が結果を断定するというのは、そもそも文脈に不正確さがある。
 疑問は疑問であり、それ自体は結果を表現する物ではないからだ。

 多分ロボットが開発され、思考に近いことができるようになったとき、人間とロボットを分ける能力の一つにもなるように思える。
 ふとテレビを見て考えた次第。

投稿者 keisuke_yui : スポーツ | 01:37 | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年9月21日

158キロ

 俺ってこんなに野球ファンだったか?
 このエントリーを書くにあたって、考えてみましたが、そんなことはないのです。
 親父になったんだといわれると、しゃくに障るので、別に対して好きじゃないと言い放ちますが、ファンというにはおこがましいほど、薄いファンです。
 きっと私は、何に関しても薄いファンなんだな、とつくづく思います。別に球場へも行かないし、テレビもながら観です。

 だから野球の記事ばっかり書くのは気が引けるのですが、昨日おとといがストだったからという理由ではなくて、今日のヤクルト・阪神戦で、ちょっと感動したのでそのことを。

 私はヤクルトファンなので、当然ヤクルトを応援しているわけで、今日は勝ったから、少しだけ機嫌がいいのかもしれません。今日の試合は、岩村のホームランでヤクルトが1点を勝ち越した後、どちらもチャンスを生かせず、追加点が入らないまま、9回まで来ました。
 1点差ですから、ヤクルトのマウンドは当然五十嵐亮太です。150キロ以上の速球をばしばし投げる、今球界で最も早いピッチャーです。去年までに比べると、今年は大分コントロールも付いてきて安定しているので、間違いなく今年の最多救援投手になるでしょう。

 さて、彼は去年まで157キロという球が最速でした。歴代の日本の最高速度は158キロで、五十嵐も実は今年既に1回158キロのボールを投げています。ストライクではなく、ボールでしたが。
 今日五十嵐は9回にツーアウト満塁というピンチを迎えていました。阪神のバッターは矢野でした。矢野もいい選手です。非常に危険な場面でした。去年までの五十嵐だったら、「ああ、ワイルドピッチで同点か!」と思ったことでしょう。
 でも今日の五十嵐はちょっと違いました。
 1球目を154キロで空振り。
 2球目に158キロ(ボール)
 3球目158キロ、ストライク(空振り)
 4球目158キロ、ストライク(ファール)
 5球目153キロ、ボール(三振)
 という内容でした。158キロ三連ちゃん!!思わずテレビを観ていて拍手してしまいました(恥ずかしい)。でも素晴らしい。

 きっと五十嵐は近いうちに160キロを初めて投げた日本人選手になるでしょう。まだ若いし。がんばって、高津や佐々木を抜いてほしいものです。でも、国内でね。

 今日は面白い試合が多かったようです。サヨナラホームランを打った新庄が前の打者を追い抜いてシングルヒットになってしまったとか。スト効果ではないでしょうが、いいことですね。

 

投稿者 keisuke_yui : スポーツ | 03:08 | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年9月18日

プロ野球スト

 とうとう、明日、明後日とプロ野球がストを行うことになった。
 労使交渉が決裂したからだ。
 野球ファンの多くはストを支持している。大リーグと違い、自分たちの年俸がどうのというような利己的なストではないからだろう。むしろその利己的な側面は経営者サイドに色濃く見えるからだろう。

 根本的に、パ・リーグの経営が苦しいのは当然のことで、猫も杓子も巨人や大リーグに行ってしまう選手にも多少は問題がある。
 巨人が勝つことを義務づけられているというような表現を時々見かける。例えば、巨人・大鵬・卵焼きといわれた頃や、「巨人の星」「侍ジャイアンツ」といったようなアニメで巨人ファンを義務づけられた幼年期を抱える大人たちが多い中で、野球といえば巨人、何かを超越したように「長島、王」。また、なんだかんだとマスコミを上げて巨人を応援しているかのような昨今、パ・リーグが活気づくはずはない。「男どあほう甲子園」はあったが、そうしたって関西ローカルで、全国区にはならない。
 経営者だってきっと巨人ファンなのだ。

 そんな根本的な問題を抱えながら、野球界は多分自助努力を各球団で行ってきたのだろう。各球団が、その親会社の一つの宣伝媒体であり、まず第一義としてそのためにこそ存在している限り、問題は解決しない。新規参入を考えるlivedoorや楽天にしてもその辺りの感覚が旧態依然としたものであれば、あまり何かが変わることは期待でない(そうでないことを若い経営者に期待しよう)。

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投稿者 keisuke_yui : スポーツ | 02:13 | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年8月17日

戦うことの意味

 オリンピックが毎日テレビで放映され、日本は今、メダル獲得数で3位に位置している。初日から柔道で2つ、翌日も一つ、さらに北島で都合4つの金メダル。そして昨日の横沢の銀。このままで行けば、ここ数年来のメダルラッシュになるのは間違いない。
 ただその影で、予選敗退のサッカー男子、苦戦を続けるソフトボールや女子バレーボール、また、柔道も3日目はメダルを取れなかった。
 シドニーで銅だった日下部は敗者復活でも負けて大泣きしていた。昨日、決勝で敗れた横沢の、負けた後の呆然とした姿も印象的だったが、今日の日下部の臆面もない号泣は、あの競技に賭けていた彼女の悔しさが、画面を超えて見る側にひしひしと伝わってきた。

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投稿者 keisuke_yui : スポーツ | 00:26 | コメント (0)