2007年12月 4日

帰属意識ということ

 星野Japanが台湾に勝ってオリンピックを決めた。
 6回に逆転されたときにはどうなることかと思ったが、やはり野球に関しては日本は強いのだな。アジアでは。
 こういうことは、一日の長みたいなことがあるようだ。日本よりはアメリカの方が上らしいし。

 ところで、試合を見ているとなぜか自分自身が日本を応援していることが解る。
 国際試合の場合、やはり多くは日本人を、たとえほとんど知らなくても応援する。

 民族自決というのは、民族毎の世界観だと思うが、日本民族というのは、どちらかというと日本という島国と日本語という言語で結ばれているに過ぎないように思える。
 というより、そもそも民族って何だ?

 広辞苑にはこうある
  

(nation) 文化の伝統を共有することによって歴史的に形成され、同属意識をもつ人々の集団。文化の中でも特に言語を共有することが重要視され、また宗教や生業形態が民族的な伝統となることも多い。社会生活の基本的な構成単位であるが、一定の地域内に住むとは限らず、複数の民族が共存する社会も多い。また、人種・国民の範囲とも必ずしも一致しない。

 
 なんだかんだと言っても、結局は大きなグループに過ぎない。
 自分がどこのグループに属するかによって、そこを応援する、その感覚というのは、どれほど普遍的なのだろうか?
 実は戦争もその延長のはずだから、この何かへの帰属意識というのは面白い。

 日本国内であれば、県毎に競い、学校単位で競い、町内会で競い、個人に帰着する。
 恐らくいずれかのレベルで、これらの帰属意識が、人によって無くなることもあるのだろうが、全て無くなることはあるまい。

 オリンピック予選で、自分が韓国人だったら、と考えてみた。韓国戦のあった日曜日は、女子ゴルフの日韓戦もあった。これも日本が勝っていた。自身が韓国に住む韓国人であれば、悔しかったに違いない。
 尤も、そこには自ずとレベルがあり、ぼくの場合、「ちょっと悔しい」というレベルだが。

 それでも、スポーツなどにおけるこういう帰属意識は、あってもそれほど外にはなりそうもないが、民族って、そんなに団結すべきなのだろうかと思う。まとまるには大きすぎるし、目的も多様に過ぎる。
 貴族ということが問題になるのは、アイデンティティという言葉が通用する範囲であるべきではないか。民族のアイデンティティなんて、どうも眉唾な感じがする。あたかも血液型占いのようだ。

 血液型占いは、よく、人間が4つ程度に分類できるか、という批判があるが、男と女という二元分類があるのだから、4分類できても問題はない。だがそこには自ずと、より細かい分類にはない曖昧さが残る。
 そう考えて楽しめばいいことだ。民族や国家も、所詮はどこか、そのレベルのグルーピングに過ぎないのではないかと思う。

 文化や言語の差異はあっても、何かそれで運命が決められるような、それほどのもののはずはないと思うのだが。

投稿者 keisuke : 社会的 / 人生 / 政治・経済・行政 / 歴史 | 01:50 | コメント (1) | トラックバック (0)

2007年12月 2日

徳川家康

 NHKの大河ドラマのお話だ。
 先日来、TSUTAYA DISCASで、「徳川家康」を順次借りて観ている。
 山岡荘八の原作で、横山光輝もマンガにしている、非常に長い小説のドラマ化だ。大河の21作目で1983年の作品だ。
 ぼくはリアルタイムで観ていない。再放送など基本的にないから、今回が初めてになる。
 徳川家康を滝田栄、信長に役所広司、秀吉に武田鉄矢、今川義元は、今は亡き成田三樹夫が演じている。「編み笠十兵衛」の船津弥九郎以来、成田三樹夫は好きな俳優だ。
 巷間の家康像とは違って、大柄でりりしい家康だと思うが、まだ10回を見終わったところだが、なかなかいい。
 
 20年も前の作品だが、あまり亡くなっている俳優さんが少ない。すごいことだ。
 まだお話は、桶狭間を経て、信長が美濃を攻略する前の段階なので、ようやく家康が少年を脱して滝田栄に変わったばかりと言ってもいい。
 この話は家康の父、松平広忠の代から始まるからだが、広忠は近藤正臣が演じている。柔道一直線の結城慎吾、ピアノで猫踏んじゃったを足の指で弾く男だ。
 そしてその正妻、於大の方は大竹しのぶなのだが、この演技が泣ける。これまであまり大竹しのぶという女優をちゃんと見たことがなかったのだが、とても引き込まれる演技だ。こんなにすごい女優さんだったとは知らなかった。これを見れただけでも、ちょっと幸せだ。

 原作は秀吉の九州征伐の前で挫折した。横山光輝のマンガは何回か読んでいるので、どういう描き方を山岡荘八がしているかは解るが、原作をもう一度最初から読み直す気力はちょっと無い。

 普通家康は「狸おやじ」などと評され、あまりいい描き方はされない。小ずるく、信長、秀吉の後を受けて天下を我がものにした狡猾なじいさんとして描かれることの方が恐らく圧倒的に多い。
 しかし山岡版の家康は第10回に出てきた「厭離穢土、欣求浄土」を生涯貫き通した高潔な男だ。「人の一生は重荷を負ふて遠き道をゆくがごとし」で有名だが、ぼくは個人的に、家康の実像はこちらが近いと思っている。
 性善説というわけではないが、200年近く続いた戦国の世をまとめ、世界に類のない260年という太平の世の基を築いた男が、それほど狡猾で悪い本姓を備えているようには思えない。

 確かに天下に覇を唱えるということのために、人も多く殺しているに違いないし、多少なりとも狡猾な駆け引きなども当然しているかも知れないが、マンガや小説に出てくる世界征服を狙う総統のような意識で、戦国を終焉に向かわせ、尚かつ平和な世を維持する基礎をつくるなどということは、簡単にできることではない。

 僕は、日本の武士道精神みたいなものをそれほどありがたがっている方ではない。・・・それほど知らないという方が正しいが。武士道とは死ぬことと見つけたりみたいな言葉は、好きではない。
 殺し合いが平然と(少なくとも現在より)、しかもそこに大儀をぶら下げて行われていた時代が、いいはずはないので、なぜかと言えば、もしその時代に自分が生きていたら、その刃から逃げることに躍起になっていたに違いないと思えるからだが、とにもかくにも、せめてそこに秩序をもたらした家康という男は、たいした者だと思うわけだ。

 個人的には秀吉の方が好きなのだが(面白いから)、信長や秀吉とは全く違った角度で天下統一を考えていたと思えるのだ。

 話の内容は知っているのだが、これからも十分楽しみだ。あと40回。まだ先は長いな。

投稿者 keisuke : 歴史 | 00:27 | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月 1日

2月

 2月がなぜ28日までしかないのかをネットで調べた。インターネットというのはとても便利だ。
 暦にはユリウス歴とか、グレゴリオ暦とか、それを制定した人の名前が付いているが、ユリウスは、かの有名なジュリアス・シーザーに他ならない。

 かつては、1年の始まりが3月で、終わりが2月だった。3月から始めて奇数の月は31日、偶数の月は30日とすると、31×6+30×6で366日になる。1日多いわけだ。そこで、彼は最後の月から1日引いて、2月を29日としたのだという。
 その後、皇帝アウグストゥスは、自分が生まれた8月を、本来は30日なのに、見栄を張って、31日にした。奇数月が31日だったのを8月を31日にしたため、その後を交互に30日と31日が来るようにしたら、また1日増えてしまった。そこで再び2月から1日減らした、ということらしい。
 かれこれ2千年近くも前のローマ皇帝に由来した暦は、いまだに変わっていない。

http://koyomi.vis.ne.jp/directjp.cgi?http://koyomi.vis.ne.jp/reki_doc/doc_0310.htm

ここが詳しい。

 人間というのは権力を持つとそれを誇示したがるものなのだ。

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2005年3月26日

モナリザ

 今日のテレビで「モナリザ」はもう一枚あったという番組をやっていた。実は事情があって、最初と最後を見ていない。
 ただ、あまりに世紀の大発見みたいな大げさな番組だったのでちょっと気になった。確かに、学会では昔から話題だったみたいな言い方のナレーションはあったが、全体的に、この番組のスクープみたいな扱いで、鼻についた。
「ダ・ヴィンチ・コード」のヒットもあって、タイムリーで、面白い話題だが、世界に先駆けて番組独占スクープで初公開、誰も見たことがないみたいな雰囲気を感じた。

 たまたま手元にあるコリン・ウイルソンの「世界不思議百科」という本に、同じ内容が載っていて、しかもアイルワースの「モナリザ」の写真も見ることができる。これを見たとき、今日の番組同様、確かにこちらが本物というかジョコンド夫人を描いたものに違いないという風に思えた。この本の翻訳は1995年、原著作は1887年出版になっている。
 そもそもピューリッツァがこの絵を手に入れたときに、所蔵品ばかりか家まで手放したというくだりで、この絵の価値が解ろうというもので、科学的な分析が最近されたというのであれば、そういった歴史的経緯をしっかり流し、番組が発見したかのような作りにするのは、川口浩や藤岡弘。の探検番組のようで、それでいながらシリアスなドキュメントなので、どうも納得いかなかった。

 この絵が確かに公にダ・ヴィンチの「モナリザ」として認められてなく、今回詳細な研究の結果それが公表されることになったとしても、この「モナリザ」が、歴史の闇の奥深くから出てきたような謂いは、ダ・ヴィンチの絵に対して「暗号」という言葉でミステリアスなものを付加していくのと同じように軽薄な気がする。もちろん、「ダ・ヴィンチ・コード」は小説だから関係ない。

 こういう番組を見ると、テレビというものの底が知れるようで、今回のライブドアとフジテレビニッポン放送の問題も、それがいいかどうか分からないが、旧態依然とした放送業界が変わるのなら、ライブドアがんばれとさえ言いたくなる。
 今回の放送のようなものも、実は十分ジャーナリスティックである訳で、そういう意味では中途半端や誇張はない方がいい。
 もちろん、内容そのものは盛り上げるに十分な内容だから、それはそれでいい。だが、そうするあまり、世紀の大発見のような言い方をしたところから、実はジャーナリズムの嘘が始まるような気がする。実際にはそれほどひどい番組でもないし、カラーのアイルワース版「モナリザ」を目にできたのはそれだけでも面白かったからこそ、そう思う。

monarisa.gif

 NHKのその時歴史は・・・のように、番組なりの新しい切り口を時折見せても、それはそれ、学説としてきちんと出されていることを前提としているのは楽しんでみられる。今回も、もう少し煽ることを止めて、しっかり作ってくれたら、もっと良かったな。

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2005年3月20日

水滸伝

 水滸伝というのは中国の小説だが、明の時代にまとめられたと言われる。中国の小説は、章ごとに分かれたものを数えて何回本という言い方をするが、水滸伝は版により70回本、100回本、120回本がある。70回本は登場人物が全員揃うところで終わっている。
 この登場人物こそが、「水滸伝」の「水滸伝」たる部分で、108人という膨大な数の好漢が物語を色取る。この好漢達が梁山泊という湖の中の山に集まっているから水滸伝なのだ。
 この108人には、その昔、洪という軍人が封じてあった魔物を解放してしまい、それが宿った108人なのだが、皆一癖もふた癖もあり、しかも元役人であろうと、山賊仲間なのだ。
 それぞれ名前にはあだ名が付いており、しかも順位がある。例えば順位の1番は及時雨の宋江、2番目は玉麒麟の盧俊義といったようにだ。これらの人物は天こう星、地さつ星に大きく分かれている(この「こう」と「さつ」はパソコンでは出ない)。天こう星36人、地さつ星72人で108人となる。

 まず話は官軍の棒術師範の王進が陥れられて都を逃げるところから始まる。この陥れる相手が、国を牛耳る高毬という高官で、梁山泊と敵する第一の男である。王進は好漢の一人ではなく、逃げる途上、史進(九紋竜)という男の家で世話になり、史進に稽古を付ける。この史進こそは、108人のうちで最初に物語に登場する好漢で、物語は王進から史進に移る。
 108人を登場させるには一人一人は無理なので、ここでも山賊として3人が仲間になり、一気に4人の好漢が登場する。
 史進に次いで、魯智深(花和尚)、林沖(豹子頭)というように、すこしずつ関連性を持ちながら新しい人物が登場し、まず林沖が梁山泊に身を寄せる。
 この時の梁山泊は王倫という男が仕切っているが、その後、晁蓋という男を首謀者に山賊行為をした7人の好漢がまとめて入ってきたときに、王倫は林沖に殺され、晁蓋が最初の山塞の主となる。

 晁蓋は途中で命を落とすので108人の一人ではないが、その後ただの人殺しや、悪徳商人、官吏、軍人など様々な職業の人間を迎え入れて108人が水泊に寄るのだが、人を殺しまくり、人肉をまんじゅうに入れて売ったりしながら、それでも義に篤く曲がったことの嫌いな、奇妙な道徳観に支配された男達が、最後には朝廷に帰順し、官軍として戦い、一人一人と命を落としていく、なんだか結果的にとても寂しさを感じさせる物語でもある。

 とにかく長大な物語の中心は108人が集まるまでの数々のエピソードで、こればかりは読んでみないと面白さは解らない。

 私は初めて水滸伝に接したのはゲームだったので、偉そうなことは言えないが、様々な翻訳で読み直し、漫画も読み、いろいろな人が自分たちでエピソードを書き換えている類の小説も読んだ。一番面白いのは普通の翻訳物で、なんてよくできているのだろうと、他の本を読むたびに思う。
 多分、ただの悪人は悪人に描かれ、それでも義に篤いとか、人助けをするとか、実際にその辺りにいたら、時にはいい人かも知れないが自分勝手で、とても野放しにはしたくない奴らなのに、書き換えられて別な性格付けがされた本よりも非常に生き生きした感じがいいのだろうと思う。

 壮大な歴史上のの事実も交えながら、三国志より大分時代が下っていながら、より幻想的で嘘くさいお話しは、それ故に破天荒でわくわくする。それぞれの好漢の性格付けなど、それほどされているわけではない。ごく数人に関してのみ、しっかり特徴づけられてはいるが、それ以外は実はかなり十把一絡げで、別の好漢と入れ替わってもいいだろうという程度だが、それでも108人はエピソードや得意分野、等で書き分けられているのだ。

「南総里見八犬伝」はこの水滸伝を元にしているが、この108という人物が縦横に飛び交う面白さというのはなかなか味わえないと思う。
 お読みでない方は是非ご一読あれ。

投稿者 keisuke : 歴史 | 23:46 | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年3月 7日

4大文明

 メソポタミア、エジプト、黄河、インダスという世界の4大文明は歴史の最初で習った。「ナイルの賜」とか、チグリス・ユーフラテスとか、懐かしい気がする。
 しかしそれらの、年中洪水を起こすような川の畔で、どうして人類の最も古い文明が起こったのだろうか?
 川があって農耕に適している地域は他にもたくさんあるだろうし、実際人が住むに適していて、気候がそこそこで、等といういくつかの条件を加えていっても、世界中に候補はまだたくさんあるだろう。
 変な話、人の大きさと地球の大きさを考えれば、日本の中で、濃尾平野だって、信濃だって、起こる可能性があったかも知れない。尤も、日本はよっぽど昔でなければ、大陸と海で隔てられていたから、人的交流という点では他の地域より少なかったろうし、外敵も少なかっただろう。

 私は、農耕とか川とかよりも、外敵などによる緊張感が、一番大きな理由のような気がしている。民族的な集団が、より大きな規模でぶつかりながら、頼りも生き残るという、サバイバルな条件が、文明を起こす最も大きな原動力で、農耕ができたなどというのは二の次のような気がして仕方がない。
 現代に及ぶ5千年の文明の中で、人類が発展してきたのは争いと、多をけ落とすための、涙ぐましいほどのエゴイスティックな努力こそが、最大の理由だ。
 
 よく戦争が文明を発達させてきたと言われる。これは事実だが、それ以上に、戦争でなくても人は、競うというレベルから殺し合うというレベルへの切れ目のない諍いの歴史を通じて発展してきたのだ。ことさらな平和は文明を停滞させてきているように思える。と同時に、過度な争いもまた文明の発達を阻害する。
 メソポタミアの地は紀元前3千年以上前に文明を築きながら、現代では紛争のるつぼとなっている。単純に宗教が問題なら、ヨーロッパだって暗黒時代を通ってきている。もちろん、キリスト教徒ユダヤ教、イスラム教という微妙に共通する素地を持った宗教は、あの地域に西洋のような合理的な文明を発達させるための「割り切り」のようなものが生み出される余地がなかったと言えばそれまでだ。

 だが、ふと見ると4大文明が生まれた四つの地域は、現代では文明の近代化では遅かった地域ばかりだ。これは何か意味があるのだろうか?伝統が文明化を邪魔する等という短絡的な表現は多分意味を持たないが、でも、そういった何かが有るような気が、私は少しだけしている。

 革新とかエポックメイクとかは、言ってみれば伝統の打破と表裏一体で、それが必ずしもいい物を生み出すという保障はないし、人類の歴史をそれで括るのは必ずしも正しい見方ではないのかも知れないが、古くて昔から連綿と続く何かにしがみつくというのは、一面、新規なものを否定していくということで、それは長い歴史をたどってみると、結果的に時代の中で取り残されることになる。

 日本が経済大国になった道をブラジル、ロシア、インド、中国等が追いかけてきて、追い抜いていくのもそう遠くないらしい。短期でもそうなのだ、文明も長い歴史の中では移ろいゆくのだろう。オリエントの神話の本を読みながら、ふと思った。

投稿者 keisuke_yui : 歴史 | 22:02 | コメント (1) | トラックバック (0)

2005年1月26日

ツタンカーメン

 ツタンカーメンと言えば、エジプトの最も有名なミイラだ(変な表現だが)。10才で即位し、18才で死んでいるのだから、何かをすると言うことの方が困難だが、イギリスのハワード・カーターという考古学者が、ほとんど盗掘されていない墓を発見し、なおかつその後の発掘に関わった人々の不思議な死で、「ファラオの呪い」として有名になった。

 現在、そのツタンカーメンのミイラがCTスキャンにかけられ、分析されているという。約3350年前の死体に対するCTスキャンというのがすごい。先日テレビで、そのシーンを放映していた。
 分析に当たった博士は「カーターが無理矢理仮面を剥がそうとしたからミイラが痛んだ!」みたいなことを言っていたが、カーターが見つけなければ、いまだにツタンカーメンの王墓は見つかっていなかったかも知れないことを考えると、ほとんど八つ当たりに近い。
 放送で見たミイラは、確かに人の形をしているが、人型をした黒い固まりに過ぎなかった。魂が永久不滅だとしたら、この抜け殻は必要ないし、むしろ、魂があるとしたら、このミイラにこそ宿ってしまいそうな気がした。
 この分析を担当した学者も『ファラオの呪い』はあると信じていると言っていた。現にミイラを運び出すときにいくつかの問題が発生したらしい。

 この世に、呪いだの祟りだのという、ホラー小説には欠かせないテーマが本当に存在するのか否かは、普通に生活していては解らないし、何かが起きても『偶然』という言葉はいとも簡単にそれらを否定してくれる。
 しかした例えばツタンカーメンの関連書籍などを読んでみると、確かに発掘に関わった多くの人が、奇妙な病気や事故でなくなっているのも事実だ。偶然にしては頻度が高すぎる。と言って、ではカーターは、と言えば、65才まで生きている。これを早いと言えば、そうかも知れないが、発掘からは15年以上経っているし、全員が不思議な死に方をしているわけではない。
 
 何でもそうだが、例えば細木数子の占いが100%当たるのかというとそう言うわけではない。でも、もしかすると、普通よりも確度が高いのかも知れない。氏の六星占術は、人間を六つに分類して「水星人」「金星人」「火星人」「木星人」「土星人」「天王星人」の性格や、運勢を判断するものらしいが、昔から八卦見と言うのは当たるも八卦当たらぬも八卦という一六進法で50%を言ってしまう性質を備えている。
 つまり、何も考えなくても半分当たる可能性があると言うことなのだ。半分当たれば、それはそれで傾聴に値する。少なくとも、災難に関する物であれば、避けて通るにしくはない。外れるかもしれないけど、50%は当たる。

 まあ、ファラオの呪いが、果たしてこれとどうクロスしてくるのかと言うことだが、確率から言うと、多分こっちの方が率が高いと言うことくらいだ。墓の前に「暴くと呪うぞ」と書いてあったからそう言うことになったというのが、ある意味真相に近いらしい。

 ことほど左様に、眼に見えない何かというのは当てにならない。
 だが、では否定できるかというと、否定すべき根拠がない。「非科学的」という言葉もまた、現代の科学を過信して、あらゆる事が現代科学の前には白日の下に晒されているかのような誤解の上に成り立っている、あまり意味のない言葉だ。
 否定できない最大の理由は、否定するほど明白ではないからだ。
 だが諸君、場合によっては予言も成就する。当たるも八卦なのだ。
 部屋にいても「明日雨になる」と言えば、時には雨になることもある。
 占いとか予言、信じるに値しない物がほとんどだろう。ノストラダムスだって外した(尤もこれは解釈が間違っていたという見方もあるようだが)。だが、君子危うきに近寄らずだ。

 これを読んでる人、いつかあなたも死にます。この予言だけは外れることはない。

投稿者 keisuke_yui : 歴史 | 23:12 | コメント (1) | トラックバック (0)

2005年1月16日

源義経

 NHKの大河で「義経」が始まった。
 NHKの大河は、戦国時代と鎌倉時代は何となく視聴率が取れていそうな気がする。だからこそ、信長、秀吉、家康、義経という武将(が登場する)物語は、非常に多いのだと思う。
 データベースで秀吉が出てきた大河ドラマというのがあったが、「太閤記('65)」「天と地と('69)」「春の坂道('71)」「国盗り物語('73)」「黄金の日日('78)」「 おんな太閤記('81)」「徳川家康('83)」「独眼竜政宗('87)」「武田信玄('88)」「春日局('89)」「信長('92)」「琉球の風('93)」「秀吉('96)」「毛利元就('97)」「葵 徳川三代('00)」「利家とまつ('02)」とある。家康にまで幅を広げると、当然もっと多い。「宮本武蔵」なんかも入るはずだ。
 同様に義経は「源義経('66)」「新・平家物語('72)」「草燃える('79)」「炎立つ('93)」「義経('05)」
 両方足すと、大河全体のほぼ半分になる。驚異的なことだ。
 私は大河ドラマをそれほど昔から一生懸命観てきた方ではないので、実はよく知らず、「真田太平記」なども大河ドラマだと思っていた。もちろん、内容は大河ドラマだが、あれは、水曜時代劇というやつだそうだ(当然これにも秀吉は出ている)。
 もちろん、秀吉は出ていても、ほんの脇役という作品は少なくない。それよりも、明らかに秀吉が主役のものだけでも3本ある(「おんな太閤記は」ねねだが、これも入れて)。見方によれば、「利家とまつ」も、相当に出番は多い。

 この偏り方は尋常ではないが、それだけ日本人が戦国時代好きと言うことだろう。平家と源氏の争いも、結局は戦国時代的だ。しかも、信長、秀吉、義経というのはかなりヒロイックだ。自ずと活劇的で面白い。
 清盛を主人公に置くより、義経を置いた方が当然かっこいい。判官贔屓と言うことだけではなく、義経が持つ強さは、信長や秀吉に通じるものだ。そういう意味では、頼朝は家康的で、動の面白味に欠ける。
 大河の「徳川家康」は、山岡荘八の長い作品をドラマ化した物だが、当然仏様のような家康像ができあがっている。だが、多くの場合家康は、それほど良い描き方をされない。同様に、頼朝もまた、鎌倉幕府を開いた将軍だが、弟・義経を死に追いやった男として、描かれることが多い。「忠臣蔵」と同じくらい、片方よりだ。もちろん、家康や頼朝が吉良上野介のように描かれるということではない。ただ、実際の上野介は名君であったらしいし、家康や頼朝だって、きっと優れた武将であったに違いない。
 血腥いローマ皇帝のようではなかったはずだ。
 今回のドラマでは頼朝は中井喜一がやるらしい。そう言えば、「武田信玄」は中井だった。
 今回は宮尾登美子の原作のようなので、村上元三のものや、吉川英治の「新・平家」とは違った作品になる感じはする。
 取り敢えず楽しみだ。
 「新撰組」は「新撰組」というだけで興味が全くなかったのだが、今回は観てみようと思う。

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2004年11月29日

戦争を知らない子供たち

「戦争を知らない子供たち」という歌がある。ジローズだったか。杉田二郎がよく歌っているからきっとそうだと思うが。
 戦争が終わった後で生まれた子供たちが平和を大切にというような内容だった。
 現代は、そんな戦争を知らない子供たちの子供たちが既に社会に出ている時代だ。

 よく、戦争体験を語り継ぐことの大切さというようなことが言われる。現実に体験した人が、戦争がいかに悲惨かということを後世に伝えることで戦争を二度と起こさないためだ。
 私はこういう話を聞くと悲しくなる。人間は、たとえ理由がどこにあろうと、殺し合いを、直接体験や体験談を通じてでしか悪いこととして認識できないのだろうか。戦争の話など聞かなくても、戦争がいいわけはないと思うが。とても単純な問題だ。
 機動戦士ガンダムとか、いわば未来の宇宙戦争を扱ったアニメがある。これはあたかもアメリカの戦争物と似て、戦うことを美化しているように思う。ただこれはアニメだし、制作者の意図はそんなところにはないと思うし、ファンは「もっとよく見ろよ」と立腹するかも知れない。
 しかし、戦国時代の戦記が人殺しをしても現実感がないのと同様、アニメやスクリーンの中の戦争は、概ね現実感がない。描かれるのは主要な人物の周りだけであり、あまり無駄な死というのは少ない。
 戦争の悲劇とは、実際に戦争を決めた人物以外が死んでいくことだと思う。ブッシュは戦争を命じることで多くのアメリカ国民を含むたくさんの命を奪っていることを、全く自覚していない。

 人は生まれてきたからには、死に向かって生きているのだ。いつ来るか判らないが、いずれは来る死に向かって生きている。だからこそ生きている間の人生の瞬間瞬間は大切なのであり、怠惰に生きようが夜の目も寝ずに努力しても、その人なりの充足感や生き様が許せばいい人生であると思うが、いずれにしても終点は死なのだ。
 人にとって、誕生は自分の意志ではどうにもならない。だが死は、病気や怪我といった不測の事態はあるとしても、死に向かって飛び込むことを命じられるかどうかというのは、完全に個人の裁量に任されるべきだ。
 空から落ちてきた爆弾は、隕石の落下とは違う。

 戦争など知らなくても戦争の恐ろしさや無意味さは解る。
 小泉の靖国参拝の問題で、世論の70%前後が賛成しているという。これは、中国がとにかくそのことに反発して、「参拝するな」と国を挙げていうからで、単純なそれに対する反発の数字だ。別に首相の参拝を指示しての高い数字ではない。そもそも日本人の多くはそのことに関心すら持っていない。
 過去の戦争を云々するのは、国家としての被害者への賠償といった問題はともかく、一般市民レベルでは、ほとんどの日本人に責任はない。なぜなら、今ではほとんどの日本人が戦争を知らない子供たちなのだから。親の責任を子が背負うのは、遺産相続で次いだ借金くらいでいい。
 と言って、あれだけ反発している他国の状況を見て、いつまでも参拝し「二度と戦争を起こさないため」などと嘯く人物が自分の国のトップに立っているかと思うと、寒々しい感じがする。
 これが戦争の原因にはならないとはいえ、こういう事の積み重ねが過去の戦争を引き起こしたことだってあるのではないのか?

 人間は些細なことで争い、感情的に殺人さえ犯す。自分の行動を戒め、他との関係を良好な物とする努力を、嫌でも強いられるのが社会というものだ。
 富、権力、優越感、様々な不公平感をなくそうとして共産主義や社会主義のイデオロギーは生まれた。しかし、これらのイデオロギーや社会体制も、そもそも人間が持つエゴイズムを統制できないことはソビエトや東欧の各国、あるいは北朝鮮や中国を見れば解ることだ。
 自由社会で、いかに他を思いやれるか、世界の平和を勝ち取るためには、恐らくそれしか手はない。少なくとも近い将来にそれが訪れるというのは、自分が宝くじで1等を取るより、遙かに難しいのだろうな、そう思う。だが、少なくともそういう意識を、死ぬまで忘れたくないと思う。
 一人でも多くがそう思って生きていけば、少なくとも戦争の危機は少しは減るのじゃないかと思う。

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2004年11月20日

太閤記

 世に太閤の話は数多い。信長、秀吉、家康と、いわゆる戦国の世を太平に導いた三傑は、それぞれに個性的で、よくホトトギスを呼んだ俳句で象徴的に言われる。
 信長は気性が激しく、残虐さと華麗な戦略が同居した、英雄的な魅力を持っている。家康は泰然自若とし、隠忍と深謀遠慮が持ち前で、時として容貌も影響しているが、狸と評されたりする。しかしこの二人は、元々武士の出で、規模はともかく、家臣を持ち、「殿」と敬われていた。
 それに比べ、秀吉はそもそも武士でもない。ただの百姓で、それが国のトップに躍り出たのだから、異質だ。
 最近ではどうかは知らないが、高度成長期の日本では、この3人の中では秀吉が一番人気があったようだ。かっこいいのは信長だし、結果的に政権を盤石のものとして確立したのは家康だが、最初に天下統一を果たしたのは秀吉だし、やはり、がんばるサラリーマンの琴線に触れるというか、どこかをくすぐるものがあったのだろう。
 
 私も、本人を知っているわけではないが、若い頃の書物で読む秀吉がやはり一番好ましい。信長の破天荒で、無駄な伝統をどんどん排除していく姿勢は非常に共感するところもあるが、なかなか上司や知人にしたくはない感じだ。家康は、一緒にいたらうまい物も食えそうでないし、口うるさそうで、しかも自ら実行して範を垂れるという、いわば一番やっかいなタイプに見えるので、どうも好きになれない。尤も、山岡荘八の描く家康であれば、それはそれ、一目も二目も置きながら遠くで手を合わせて見ていてもいいかもしれないが。

 秀吉が若い頃、本当に小説などで描かれるような人間であったのかはともかく、一介の百姓から太閤にまで上り詰めるためには、ただ才能があって、世渡りがうまいだけでは不可能だろう。それ相応の人望や、人間的な魅力がなければ、人は付いてこない。そういう意味では、秀吉という人は、そこそこな人物であったのだろうと思う。
 運も実力の内と言うが、私に言わせれば実力も運の内なので、結果から判断して運が良かったか悪かったかは判断するしかない不可逆の評価であれば、秀吉は極めて運の強い人物でもあったといえる(所詮終わったあとでしか運がいいとか悪いとか言えないのであれば、運という言葉は非常に軽くて意味の薄弱な言葉ではないか)。

 戦時中に連載されていた吉川英治の「新書太閤記」は、さすがによくできた小説で、面白い。文章はちょっと古臭く感じるが、当時の日本人が鼓舞され、明るさを取り戻したというのも解る気がする。
 今では太閤記といえばやはりこの作品が最右翼で、私はべたべただが、山崎の戦いから賤ヶ岳の辺りが一番好きだ。

 秀吉は関白になってから人が変わったようになるみたいだが、彼は常に外へ外へと発散していくようなタイプなので、頂点を極めると言うことができないのだろう。山の頂上へ行けば、そこから見えるより高い山を目指すような人間だ。私などには到底理解できないバイタリティーの持ち主に思える。壮年期以降の秀吉の行動で、彼の性格が大きく変わったとは思えない。若い時にはいい面に活かされていたエネルギーが、下に向いた時に別な形で出るというのはよくあることだ。
 例えば、政治家というと悪者の代名詞のようなところがあり、確かに様々な悪いことをしている人もいるだろう。しかし、その人が悪人かというとそうではない。とてもいい人だったりする。政治家の行動と人柄は、必ずしも一致するわけではないのだ。
 やくざだって身内には優しい。
 大局的には同じ意味だ。
 秀吉の変質は、立場の変質に過ぎない。日本を統一した秀吉が、必然的に次は海外に目を向けてもあまり不思議なことではないと思う。彼は自分でどうにかなることは誰にでもどうにかなると考えるタイプの一人かも知れない。彼自身が指揮を執って朝鮮の役を戦ったら、あるいは違った結果になったのかも知れない。尤もいずれにせよ、朝鮮の人にとってはさんざんなことだ。

 強い人間はどこかで自重しなくてはいけないと言うことだし、武力で外から民主化をもたらすことが正義だと信じているどこかの星条旗の大統領や、ネオコンと呼ばれている人たちと同じに、秀吉もエゴイストだったのだろう。ある部分。ただ、日本という小さな島国にいて、百姓から太閤に上り詰めた人間が、ではどこを目指せばいいのか?今のような情報化社会ならともかく、彼の生き様はある意味やむを得ないことだったろう。
 でもやっぱり、秀吉は賤ヶ岳が頂点だよなあ。

投稿者 keisuke_yui : 歴史 | 12:16 | コメント (1) | トラックバック (0)