うんちく

 最近、うんちくとか、無駄な知識とか、クイズではない形で「こねた」とも言える情報を流す番組が増えているように思う。トリビアの泉とかテレ朝で夜中にやっていたうんちくの何とかいう番組などが火付けなのかも知れない。
 世の中には、「何で?」と思いつつもそれほど気にせずに、しかも知らなかったからと言って別に生活に影響を及ぼさないことがたくさんある。
 蘊蓄というのは深い知識のことであり、トリビアというのは些細なことの意味であり、一見相容れないことのようだが、些細なことまで深く知識として蓄えるからこその蘊蓄なのかも知れない。蘊は包む、畜は蓄えるだから、相当深い知識でないと蘊蓄とは言えないのだろう。
 クイズ番組というのはまさにその蘊蓄を試される番組であるが、よくこんな事まで知っているなと驚かされることもよくある。芸能人が出てくるクイズは比較的安易な問題が多く、ミリオネアなども芸能人大会のようなときの問題は、終盤近くまで、他の回よりは安易な問題が並んでいるように思える。
 知識というのは経験と努力によって蓄えられていくと思うが、経験というのは知識の豊富な人との交流なども含んでいる。同程度の知識人との交流ばかりでは知識などあまり増えることはない。
 読書というのが最も豊富な知識の源を探る方法であるとは思うが、漫画であれテレビであれ、そこから得るものは決して小さくない。子供の頃など、テレビばかり観るなとか、漫画などはそれこそ青少年の育成の阻害にさえなるように思われていたものだ。
 しかし、媒体は何であれ、何らかの情報を得られるのは同じだ。そこから得られた情報がどのようにして蓄えられ、自分自身の知識になるかと言うことが大事だ。これは技術の取得とよく似ている。
 テレビ版組や、クイズ、たわいもない会話の中、様々な場所に情報は隠れているが、それを自分のものにしていくのはなかなか骨が折れる。蘊蓄を披瀝するような番組でそれを聞いても、実はあまり覚えていないというのが現実だ。その時は「ほう」とか思っても、次の日、あるいは番組終了直後には忘れていると言うことも決して少なくはない。当然読書もそうだ。読み終わった時点で、どれほどが自分の知識になっているかははなはだ疑問だ。
 しかしその些細な積み重ねこそが、実は知識を増やしていく、少なくとも私のような凡人には最良の方法のように思える。
 知識や情報というのは、微妙な関連性をもって、自分の中で繋がっていくので、単独で覚えていた知識が、実は広範なものにといずれ変貌していく。
 子供の頃一生懸命勉強するが、その時の知識を大量に、大人になっても保持していくのはなかなか難しい。勉強したはずでも忘れ去っている。むしろ大人になって興味を持って読んだ本や事象などの方が、長く知識に残っている。用は興味なのだな、と思う。
 学生時分に、より大きな知識を習得するための秘訣はきっと、この興味なのだという気がする。そういう意味では、かつて学んだ授業の内容の多くは、自分の興味とはかけ離れた部分が大きかった。いや、勉強というだけで興味が持てなかったというのが実際かも知れない。
 子供に勉強させるのは、いかに興味を持たせるか、それがきっと鍵に違いない。

お葬式で流したい曲

 標題のようなタイトルのニュースが載っていた。
<お葬式で流したい曲ベスト10/UK版>
1.ロビー・ウィリアムス「Angels」
2.フランク・シナトラ「My Way」
3.モンティ・パイソン「Always Look On The Bright Side Of Love」
4.レッド・ツェッペリン「Stairway To Heaven」
5.クィーン「Who Wants To Live Forever」
6.グリーン・デイ「Good Riddance (Time Of Your Life)」
7.R.E.M.「Everybody Knows」
8.オアシス「Live Forever」
9.ベット・ミドラー「Wind Beneath My Wings」
10.ロイヤル・スコットランド騎馬隊「Amazing Grace」
<お葬式で流したい曲ベスト10/ヨーロッパ版>
1.クィーン「The Show Must Go On」
2.レッド・ツェッペリン「Stairway To Heaven」
3.AC/DC「Highway To Hell」
4.フランク・シナトラ「My Way」
5.モーツァルト「鎮魂歌」
6.ロビー・ウィリアムス「Angels」
7.クィーン「Who Wnats To Live Forever」
8.ザ・ビートルズ「Let It Be」
9.メタリカ「Nothing Else Matters」
10.U2「With Or Without You」
 4曲だダブっているのが面白いが、それよりも、AC/DCとかメタリカとかheavy metalが入っているのがすごい。ヴェルディのレクイエムから「怒りの日」を流してくれみたいな感じだ。
 個人的には、自分の葬式自体がどうでもいいので、この曲を流して欲しいというのはないが、敢えて仮想で選ぶとしたら、やはりマーラーの「復活」かな?でもこれもあまり葬儀に相応しそうな感じはしないので、そうすると、Rainbowの「Catch the rainbow」辺りかな。どっちにしたって、天国への階段とか、マイウエイはないな。
 R.シュトラウスの「メタモルフォーゼン」なんかもいいな。
 いずれにしたって、自分が生前好きだった曲と言うことになるのだろうが、その自分は棺桶の中で聴けるわけもないから、どちらかというと、喪主の好きな音楽とかでいいような気がする。
 昔から思っているし、今も思っているが、葬儀というのは所詮、生きている者が死んだ者に決別する儀式であり、あくまで、生き残った人間のために行うものである。死者の魂とか、死後の世界がないとは言わないが、あるとも思っていない。死んだことがないから解らないし、死んでしまっては証明のしようもない。「箱の中身はリンゴです」と言って、見ないであたりましたと言われても、信じられるだろうか?という世界だ。と言って、では多くの人や歴史、宗教がその存在を肯定していることも否定しきれるだけの根拠はない。箱の中身を見ないで、「この中にリンゴはない」と断言する勇気はない。
 ただそれでも、葬式で流したい曲というこのと背景にはそこで何が聴きたいか、という多分に聴く側の意志が関わっているので、もちろん、「死後も堂々と生きて欲しいからMY way」なんていう死者への手向けという部分も含めて、やはり個人の好きな曲の域は出ないように思う。
 それでも面白いのは、「My way」なんて結婚式でも歌われる歌だ。儀式というのは、それがたとえ死に関わることでも、その先の明るい何か(死者は死者として)を期待するものなのだな、と思う。
 音楽というのは不思議なもので、その場の雰囲気を有る特定の方向に向けてくれる。それがどんなに楽しくて明るい曲でも、生前故人が好んだという台詞を聞かされると、しんみりした気分になるから不思議だ。ただ言葉で聞くのではなく、その曲が相乗効果を持ってくれる。
 死そのものは、生を受けたからには誰にも等しく訪れる。だが訪れ方やその時期は全く公平でも平等でもない。死自体は不幸なことでも忌むべき事でもない。それはどんなに嫌がってもいずれは来ることだからだ。そういう意味では、有る程度の寿命と、老衰などの静かな死を迎えた場合は、お祝いをしてもいいくらいだ。
 MY wayという曲は確かに、そういう場合でもしっくり来るのかも知れない。個人的には絶対嫌だが。