由比敬介のブログ
マナーということ
マナーということ

マナーということ

 以前にもちょっと書いたことがあるかも知れないが、
 マナーという言葉がある。
 広辞苑では「行儀。作法。」新明解国語辞典では「〔manners の日本語形。扱い方の意〕〔礼儀作法にかなっているかどうかという観点から見た〕態度。」
 英語のmannerは、研究者の英和中辞典に「1方法,仕方 2態度,物腰,様子,挙動 3 [複数形で]行儀,作法 4 [複数形で] 風習,習慣 5 流儀,様式」と、多くの意味が載っているが、日本語で言ういわゆるマナーはこの中の3と、一部4を含む場合があるように思う。
 山手線のドアの上にあるモニターに「60秒講座」という名前で、マナーについてのうんちくめいたものが流されている。車の席順やエレベータの位置など、上司と部下の配置などを目にしたことがある。
 今日の昼間、ちょっと疲れてテレビを付けたら、たまたま結婚式のマナーというのをやっていた。他にもやっていたのかも知れないが、ぼくが見たのは、出欠はがきの返信用の書き方だった。
 一般的に、御出席、御欠席などのどちらかに丸を付けるなり、どちらかを消すなりするだろうが、テレビでは、御出席や御欠席の全ての「御」を消すこと、御芳名は「御芳」を消すのだそうだ。しかも、出席であれば、御欠席を二重線で消し、御出席の御を消して、出席に丸を付けるというご丁寧さだ。
 さらに、ワンランク上という何が上だか下だか解らないが、「御」を消す際に、一つ一つ「寿」という赤字で消すという技を教えていた。
 その上さらに、最近では、「おめでとうございます.式を楽しみにしています」のように、一言添えるのがマナーなのだと、宣うておられた。
 なかなか楽しいマナーだ!
 
 個人的には、結婚式の出欠はがきは、連絡事項なので、出欠と名前が分かればそれで十分だといういう考え方からは外に出ない。その上で、上記のようなことを知れば、多少は気を遣う。
 マナーというのは、礼儀というか、慣例というか、作法と言うかによって若干の意味が違うし、しょせんと言ってしまっては身も蓋もないが、時と共に移り変わるし、土地によっても変わるものだ。こいつをTPOというのかも知れない。
 
 ぼくはマナーマナーと小うるさいのは嫌いだし、基本的にはマナーは他者との関係で相手がどう考えるのかに全てが関わっていると思っているので、当然のことながら、臨機応変が必要になる。といって、本気でどうでもいいとは決して思っていない。
 例えば、日常的なことを言えば、電車でまだ降りようとする人がいるのに、どんどん乗ってきたり、知り合いとの別れを惜しんでいるのか、いつまでも入り口でなかなか降りなかったり、こういうところで周りに気を遣うのはマナーだと思っている。
 
 だから結婚式にはきちんと黒のスーツで白いネクタイを締めていく。本心では、猫も杓子も同じ格好をしてあほらしいと思いながら、それに倣う。祝儀袋も香典も、どちらが上でどちらがしたかとか、名前の書き方とか、一応気を遣う。
 よく、祝儀は2万円だと割り切れるから奇数がいいと言われることがあるが、どうして分母を2と決めているのか意味不明だ。どんな金額を入れようと札であれば必ず割り切れる。気を遣う意味がない。・・・はずだが、世の中は面白い。
 ちなみに、ずいぶん前から、若いうちの社会人は2万円くらいが相場のような気がするので、きっとこんなマナーは、あってなきがごときなのだろう。
 マナーというのは、誰かが最初にそれを必ずやっているはずだ。確かに長い歴史の中で組み立てられてきたに違いはないが、必ず最初に行った人がいる。結婚式に祝儀を渡すのは、おそらくお祝いが形式化しただけのことだと解るが、「御」を消したり、たとえば「~行き」と書いてある封筒を「御中」に変えてみたりというのは、さっさと無くなってくれても一向に構わないしきたりのような気がする。
 年賀状という仕組みが、なぜかここまで定着すると、年末年始の無駄な出費が増える。これも相手が取引先だったり、上司だったり、必ず皆が出しているわけではないが、礼儀ということを考えると、何となく出さざるを得ない。
 もちろん、普段合わない知己などに近況を報告したり、相手のことを知るのは悪いことではないので、一定の価値はあると思うが、正月休みを終えれば会える人や、単なるご挨拶以上の意味を持たない賀状は、実際のところ、日本郵政を肥え太らせる以上の価値はないと思う。
 さて、それでも尚、「マナー」とことさら言われると、そのほとんどに反発したくなるのはなぜだろう?一定の価値を認めながら、煩わしく、勝手にさせてくれと思うのはなぜだろう?
 まあその半分は、現実問題としてそのマナーが下らない決まりである場合がある。
 今日やっていた、乾杯の時のグラスの高さや、「益々」のように重なる言葉はスピーチでさけるなどは、まさに下らない。どっちでもいいことだ。
 でもまあ、相手がいることだから、きっと乾杯の時は、そこそこ気を遣って乾杯をするに違いない。かつて歌があった。ああ、小市民なのだな。
 
 
 
 

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