2008年10月11日

ストリートビュー

「「ストリートビュー」法規制検討を、町田市議会が政府などに要請」

 という記事がImpressWatchに載っていた。
 もちろん本国アメリカでも問題になっているこのストリートビューだが、世界的規模で見ると、非常に狭い範囲しか、まだ見ることができない。しかも適宜更新されるわけでもないので、風景が変わっても、しばらくはそのままだろう。
 
 基本的にこういう類の新しいテクノロジーが待ち受ける批判は必ずあり、例えば出会い系サイトが悪の温床と一部には信じられているように、功罪がある程度の時間を経ないと分からないことが多い。
 今回はプライバシーとか、個人情報というくくりで、おそらくは批判があるし、「覗かれてる感」がある人もいるかもしれない。実際に人物も写っているし、遠目で見ても、あ、これは誰々だと分かる場合もあるかもしれない。
 実はこんなものは、最初から「消して」おけばよかったのに、と思わないでもない。人物や車は、実際のストリートビューには邪魔だ。臨場感とか、現実の風景としてはいいのかもしれないが、地図の延長としてのストリートビューには不要だと思う。このくらい、Googleには手間を惜しんで欲しくなかった。

 現実問題として、今回の町田市議会の

 1)当該サービスにつき国に寄せられた意見の実態調査をはじめ、現状把握に努めること。
 2)インターネットを利用しない国民に、必要な広報活動を行うこと。
 3)住居専用地域の公開の適否につき、国民の意見聴取の上、事業者に対する指導を行うこと。
 4)個人や自宅等を無許可で撮影し、無断で公開する行為につき、都道府県迷惑防止条例上の迷惑行為として加えることを検討すること。
 5)必要に応じて法整備を行うこと。

 の要請は、大まかな部分はやむを得無いとも思える。ただ、4に関しては、今までテレビで、いくらでも映していた。もちろん、場所を特定するのは難しいが、それでも、自宅が写ることに関して、許諾を求められる例は少ないと思う。近所で事件があれば、嫌でも映る。
 
 この点では、迷惑である部分と、利点である部分がどうなのかを、きちんと判断すべきだ。

 たまたま、明後日町田市までコンサートを見に行くのだが、初めてのところで、よく分からない。大きな会場でもないし。もちろん、昔と違って、今は住所一発で詳細な地図が出るので、それでもかなり効果がある。だが、実際にストリートビューで見ていけば、風景も分かるので、まず迷わないと思う。最初から店構えばかりでなく、周囲の様子まで分かるからだ。
 極端に言えば、玉川学園駅から、会場まで、実際に道路をシミュレートできる。
 実際にやってみると、線路沿いのフツーの住宅街のようなところをずっと歩いていくと、数件お店がある中に、目的地があるのだが、これだけで、1回行った気になる。

 こういうメリットもあることを、果たして議員さん達は意見書に書いているだろうか?

 先の出会い系サイトもそうだが、おそらく、その中できちんとした出会いを実現している人たちだって、少なからずいるはずだ。実際の犯罪は、そういう経路や技術、サービスの中で起こっているかもしれないが、この世に犯罪がある以上、ましてやそれとはまったく関係のない場で多くの事件は起こっているわけで、技術や場が問題なのではなく(そういうものもあるかもしれないが)、基本は人の生き方や教育にこそあるのだ。

 新しい技術を良好に生かすことがいつでもできる社会を構築していく方向に、考え方を向けていくべきであるような気がする。
 
 ストリートビューで、世界旅行ができる日が来るといいなあ。・・・凱旋門とかニューヨークではなく。

投稿者 keisuke : インターネット・PC / 社会的 | 02:26 | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 6日

年金

 年金について前々から思っていることをいくつか。

 いろいろもめていて、社保庁のずさんな管理ばかりでなく、違法な改ざんや、無駄遣いなど、枚挙にいとまがないが、そんな中でも、議員年金などはきちっと払われて、しっかり管理されているのだろうな、等と思う。

 私が思う年金制度のあり方。
 
1.年金は一元化し、国が管理する。
2.一元化とは、国民年金、厚生年金、共済年金、議員年金など、とにかく区別をせず、一つにまとめる。
3.これまで払ってきた金額は分かっているわけだから、すべての受給対象者に対して、同一の基準で、支払ってきた金額の合計を元に新たな算出基準を策定し、年金を支払う。
4.年金支給対象年齢を超えても尚、年間1千万円を超える収入がある人には年金を支払わない。
5.それ以下の年収社には、年収+年金が1千万円を超えない範囲で年金を支払う。
6.今後も、企業に勤めている人には企業が年金の半額を支払う制度は続ける。
7.年金の未払いについて、過去2年まで遡って支払える制度を改め、必要であれば、20歳の時点まで遡って、支払えるようにする。
8.年金は、受給資格を得るために25年の納入期間など必要としないようにする。
9.年金の納入は、税金と考え完全に義務化し、運用はせず、全額年金に使う。

 と言ったところだ。

 なぜ一元化ができないのかがまったく分からない。現状のシステムが違うと言ったって、所詮は、納めている金額の違いに還元できるわけで、それを基準に作り直せばいいだけだ。一元化できない最大の問題は、安定している共済年金や議員年金にしわ寄せが来るからに違いない。さっさと一元化すべきだ。
 また、年取っても高額な収入がある人たちに年金を払う意味が分からない。それを当然の権利だなどとうそぶく元議員の老人達は、何を勘違いしているのかと思う。そもそも現行のシステムは、現在の労働人工が、高齢者の年金をまかなうシステムであるなら、それはもらう権利ではなく、払う義務だけが存在すべきなのだ。
 もらう権利は、一定の年齢になって、収入がそれまでとは違って亡くなった人たちの生活をまかなうために使われるべきで、人生で大きな成功を収め、その年齢でも多額の収入がある人たちは、それを感謝して余生を送ればいいのだ。
 年金とはそういうシステムであるべきだ。

 また、現行の25年払わないともらえないシステムでは、そもそも40歳まで払ってこなかった人たちは、今後も当然払わないだろう。払ってももらえないのだから、当たり前だ。
 たとえ少額でも、払った期間に応じて支払われるシステムに変えるべきだ。そうすれば、これから改めて払う人も出てこよう。同時に、遡って過去の年金を支払える期間を2年としているが、こんなもの、何年分でも遡って払えるようにすべきだ。そうすることができない理由が分からない。

 

 現在のPCを持ってすれば、事務が繁雑になることも絶対にない。

 こういう風に変えれば、頭でっかちの社保庁みたいな組織は必要ないし、年金は年金にしか使わないのだから(事務費は税金でまかなえばいい)、年金は収集と支払いだけが必要なので、広報もいらない。コンピューターだって、そんなにたくさんはいらない。人もいらない。非常にスマートになると思う。

 もちろん、少子高齢化で足りなくなった年金は、税金でまかなわなくてはいけない部分もあるのだろうが、だとしても、現行よりは圧倒的に経費を削減し、無駄のないシステムになるに違いない。

 たとえ、現状と同じ標準月額報酬の表を使ったとしても、支払い基準を同じにしてしまえば、サラリーマンは大きい金額を納めるわけだから、受取額も増えるし、国民年金では少なくなってもやむを得ない。
 そもそも、この標準月額報酬や、厚生年金の率が毎年見直されたりもしているが、これもなんだか無駄な仕事を増やしているとしか思えない。

 いずれにしても、厚生労働省や社保庁が行っている仕事の量を激減させ、そういうところにかかっている無駄な経費をすべからく年金に回すことの方が重要だ。また、年金が無くても余裕のある生活をできる人には、払わないということも重要だ。もちろん、この一千万円みたいな基準は、数年に一度見直されるべきだろうが、大きなインフレでも起こらない限り、きっと10年に1回見直せば問題ない。

 と、こんな風に考えるのだが、こんな考えではうまくいかないとしたら、どこに問題があるのだろうか?多くの政治家や官僚が考えてもうまくいかないのだから、きっと大きな穴があるはずなのだが、どこに穴があるのか、ぼくにはさっぱり分からない。
 もちろん素人考えなのだが、基本は、働いている人から集めた金で年寄りの生活を支えるシステムと考えれば、もちろん、受給額の算定や、納入額を決めたりするロジックは重要だろうが、逆に言えば、重要なのはそこだけで、なぜこんなにも、ぼろぼろなのかが、実は理解に苦しむところだ。

 ほんと不思議だ。

投稿者 keisuke : 政治・経済・行政 | 02:04 | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 2日

ネット文字とか漢字とか・・・

http://release.center.jp/2008/10/0102.html
 に、ノシ、wktk、orz、kwskの認識率というのが出ていた。

 orz以外は知らない人が多いが、orzは知っている人の方が多いのだ。
 もう、最近のこういうのはだめだ。ついて行けないと言うより、最初から付いていこうともしていない。更に言えば、ほとんど初見だ。
 毎日パソコンの前に12時間は坐っている生活をしていて、当然、ネットはつなぎっぱなしだから、ブラウザは常に開いている。メールも随時受信している。それでも尚、見たことがなかった。
 いや、見たことはあったのかもしれない。だが、目に入っていなかった。

 ちなみに、kwskは「くわしく」 wktkは「わくわくてかてか」、orzは「落胆」、ノシは「手を振る仕草」を表すのだそうだ。orzは確かによくできているし、ある意味世界共通で仕える可能性だってあるが、ノシはどうしても見えない。
 kwskは、何となく見た段階で解った。KY以来、ひらがなの頭文字で何かを表現することがはやっているのは解るが、共通認識を持つのはなかなか難しい。「わくわくてかてか」は音から確かに胸躍る様子は伝わってくるが、wkの「わくわく」はともかく、tkの「てかてか」は、想像もつかなかった。

 ほとんどが2チャンネルから来ているようだが、2チャンネルをあまり見ないのでよく分からなかったというわけではなさそうだ。他のブログなどにあっても、たぶん無視をしていただけだ。

 まあ、1〜2年もすれば、自然淘汰で使われるものと消えていくものが別れるに違いないし、それでも尚残っていれば、目に付くから覚えるだろう。
 かつての若者文化から残った言葉も多くあるように、これらの表現も、すべて消えていくわけではなく、常用されるものは常用されるだろう。多くの顔文字は、インターネット以前から使われ、今でも残っている。自分ではほとんど使わないが、確かによくできているものもある。
 と言って、やはりすべてが残るわけでもないのは自明のことだ。

 kwskと打つより、詳しくと打った方が、少なくとも日本語キーボードでは打ちやすい。そしてorzよりも面白くないから、それほど長く使われるとは思えない。


 さて、そんなことでふと思い出したのが、爆笑問題が司会をしている何かの番組。漢字がしりとり方式で次々に出てきて、出演者がどれほど読めるかを、競っているコーナーがあるが、時々見る。頭文字が出るので、類推できるものが多いが、それにしても、いつも思うのが、そもそもカタカナである外国の言葉や、すでに日常的には使わない動物や昆虫等の漢字。
 国名などは略として、便利な面はあるが、白と書かれてベルギーと解る人がどれほどいるだろうか?瑞(スウェーデン)、諾(ノルウェー)等。確かに、日、米、中、韓、露、英、仏、伊、独、墺、蘭、西、葡、加、印、台、くらいまでは、ある程度有用かもしれない。だが、ヨーロッパでも「希臘(ギリシャ)」「波蘭(ポーランド)」「勃牙利(ブルガリア)」「羅馬尼亜(ルーマニア)」など、きっと読めないし、あまり読める必要もなさそうだ。「濠太剌利(オーストラリア)」「墨西哥(メキシコ)」「伯剌西爾(ブラジル)」「秘露’(ペルー)」などはどうだろう。ベトナムの越南は、何となく歴史の知識でどうにかなりそうだが、比律賓、新嘉坡、柬埔寨などはどうだろう。前の二つは音で解る気がするが、最後のカンボジアは、たぶん読めない。
 
 最近はネプリーグなど、漢字の読みを答えたり、漢字検定がはやったり、漢字ブームといえる現象がしばらく続いているように思える。
 その反対に、漢字は止めてしまおうという運動も、昔からあるらしい。
 今更漢字を止めては、コミュニケーションがとても大変になるという意味で、単純に仮名文化に向かうことは、よっぽどのことがない限りあり得ないと思うが、いろんなことを考える人がいるのだなあと感心する。

 毎日、地球のどこかで言語は消失し続けているという話をどこかで昔読んだ。それくらい言語の数は多く、それ一つ一つが実は文化なのだといえる。
 英語がグローバルスタンダードであることは間違いないわけだが、地球の言語が英語に統一される日が来るのかな?とも思う。遠い未来に。だが、ニュアンスまで翻訳できるようなポータブルの機械が発明されれば、その必要もなく、母国語で世界のどこでも旅行できる日が来るかもしれない。そうなれば、日本語が無くなることもないだろう。

 言葉や文字は、常に機能的なコミュニケーションツールであると同時に、文化や感性と大きく結びついている。女子高生にしか通用しない言葉があっても、女子高生とおじさんがコミュニケーションをとれないわけではない。

 ネット文字もまた、漢字と同じなのだな。ただ漢字には歴史があり、ネット文字にはそれがないという違いだけなのだ。orz なんて、まさに象形文字なわけで、すばらしいと思う。
 だからといって、それを使いこなせなければならないわけでもない。そういう許容の文化(使う側に対しても、仕えない側に対しても)というのが、平和ということなのではないだろうか。

投稿者 keisuke : インターネット・PC / 社会的 / 文学・日本語 | 02:04 | コメント (0) | トラックバック (0)