2008年9月15日

総裁選とか・・・

 福田康夫が総理らしからぬ無責任な辞め方をし、自民党の総裁候補が5人立った。そしてそこから数日が経った。

 そもそも、自民党の総裁は総理大臣になるわけだが、国民はその総裁選には手が出せない。テレビで候補の主張を聞いても、それが何に結びつくのかぴんと来ない。
 一つには、自民党という一つの党内での争いであるから、誰になったところで彼らはあまり困らないという事情があり、その根本には、小沢一郎の無投票選出に対するアピールという色が濃いので、何かどこか白々しい。

 麻生太郎、与謝野馨、小池百合子、石破茂、石原伸晃という顔ぶれは、テレビでもおなじみである。小泉純一郎が総裁になったときは、当初の予想を覆して総裁になったが、こういう形が実は、自民党にとっては望ましいのではないか。
 つまり、麻生太郎当確という状況で、小池百合子や石原伸晃がひっくり返すというようなアピールの仕方が、来る総選挙を乗り切るための最大の武器ではないのか、等と思ってしまう。
 麻生は、負けても負けても立候補するし、口も達者だし、マンガと秋葉原で一部の若者には人気があるかもしれないが、麻生で決まると、無投票再選の小沢民主と同じだし、そもそも、1年前の選挙で、麻生ではなく福田を押した人たちが、たった1年で、雪崩を打ったように麻生指示を言うのもいかにも感がある。

 小池百合子を、これまでの渡り鳥的な政党変遷を見て”節操がない”という人がよくいるが、基本、政治家の節操などと言うのはそんなものだ。その点を見るのなら、世渡りのうまさを見るべきで、そういう意味と、女性候補である問2点では、総裁に相応しいように思う。尤も、小池百合子が自民党をまとめきることができるかどうかははなはだ疑問なので、小泉が押したくらいでは当選は難しいかもしれない。
 石原は、テレビで語った2点、議員の総数を減らすことと、2世議員が、父親の地盤を継ぐことを禁止するということを実現してくれるのなら、是非とも総理になってもらいたいと思うが、なってもきっとできないだろう。
 もっと言うなら、選挙の地元なんて、選挙の都度ランダムにシャッフルするべきだ。国会議員である以上、地元への利益誘導と票の結びつきを絶つべきで、天和国家のための政治を常に指向して頂かないと困る。

 取り敢えず、生活は苦しいが、この際財政出動などと言っている人には、あまり総理になって欲しくはない。それと、与謝野馨は老齢だ。別にじじいは政治に口を出すなとは言わないが、もう少し若い総理の方がいい。

 石破茂は、実は最も論理的に話す人で、その点は大変評価するが、いかにも防衛族で、気に入らない。

 個人的には、石原になってもらうのが面白い。次が小池。ただし好きな政治家ではない。あるいは、麻生か与謝野で、早々に民主政権に変わるのもいいが、今の民主では、1年くらいでまた自民に戻る気がして仕方がない。

 私は消費税増税大賛成派だが、ただしこれは、すべての税金、年金、保険を消費税に代えるという前提での大賛成だ。細かいことはいつか書こうと思うが、消費税はある意味非常に計算しやすい税金で、手間がかからない。その分で、国税庁、地方税務局、社会保険庁・・・諸々の組織を解体し、一つに集約できる。大幅な組織と人員のカットで、とてもいいと思う。

 さて、総裁選が終わった後には総選挙が待っているらしいが、安倍政権も福田政権も、国民の裁可を一度も仰がなかったというより、安倍政権はNoを突きつけられたわけだが、今度はどうなるのだろうか?
 昔から思っていることだが、選挙は、「この人になってもらいたい」という人と共に、「こいつには政治家をやっていて欲しくはない」という1票を入れることができるようにしてもらえないものなのだろうか?
 あの、比例代表という曖昧な制度によって、安閑と政治家になっている上位の人たちを見ると、少なくともおまえに入れていないぞという人が結構多い。
 まあ、政治家が自分たちに都合の悪い精度を率先して導入するとは思えないので、あくまで、遠吠えなのだが・・・・
 

投稿者 keisuke : 政治・経済・行政 | 02:05 | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月10日

ペリー・ローダン3

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 早川書房から刊行されている宇宙英雄ローダンシリーズが、ついに月2冊の刊行になった!
 今後もそうであることを望むのだが、今月2008年9月は、5日、25日の発売だ。
 月2冊の発売ということになれば、年間で24冊、48話が読めることになる。ほぼ1サイクルを、年間で読み通すことが可能なわけだ。
 原作は週間ペースだから、365÷7で52冊が出るわけで、まだ原作の方が速いので、その差が縮まることはないわけだが、もはや光子ロケットをなんとかで追っかけてるのではなく、明らかに相対性理論の影響が色濃く出るほどの速度で飛ぶことになるのだ。

 ぼくには、時折ローダン症候群じゃないが、無性にローダンに興味がわくときがあって、逆に、興味を失っている期間も長い。一つには、死ぬまでに読み終えることが絶対にできそうもないシリーズという、ほぼ確定的な消化不良に対する諦念みたいなものが、何よりも前面に出ている時期、そして、かつて1冊読み終えてから1か月以上しないと次が読めなかった頃、何冊も貯めおいて一気に読むことで、楽しんでいた。つまりはその貯めている期間というのは停滞期だったわけだ。
 前にも書いたが、複数作家によるリレー形式なので、翻訳の質よりも、原作の質が、面白さに大きく影響したりする。そのため、時折作品のできというか好みで、ぱたっと止まることもある。
 
 さて、月2冊刊行ペースというのは、読み終えてから次が出るまでに、あまり待たないですむということだ。作品の内容以外で、停滞することはなくなるはずで、とても好ましい。

 ぼくはローダン・シリーズに関して、あまり批判めいた話を聞かない。日本版で350、原作で2300を越えているシリーズだから、そんな巨大な風車に挑むドン・キホーテになる人がいないのか、批判するほどの内容がないと思っているかのどちらかだと思うのだが、たぶん後者だ。

 あまりに多くが詰め込まれているし、文学的な香りなどはもとよりないし、読者もそんな無用の長物をこのシリーズに望んではいない。とはいえ、第三勢力が地球を統一する行などは、実は現状の世界を俯瞰すると、こういう形の世界平和が訪れれば、なんぼいいかと思う。

 このローダン的世界平和の実現というのは、多くの世界政府実現のビジョンの中では、最も望ましいと思うからだ。ただ、現実にはローダンという人知を超越したような人物はいないし、アルコンの超兵器も実在しないから無理な話だが。
 
 さて、このシリーズの月2冊刊行が今月だけの椿事なのか、今後も続くのか、まずは見守りたいが、何はともあれ、喜ばしい限りだ。

 

投稿者 keisuke : SF / 文学・日本語 | 19:41 | コメント (0) | トラックバック (0)