2007年6月26日
選挙
参議院選挙の日取りが7月22日から29日になった。夏休みに食い込んでいるので、投票率は下がるだろう。選挙にいけいけと、むしろ投票率を上げなくてはいけないはずの政府が、みすみす投票率が下がる可能性のある選択をしたというだけでも、今度の政権に対する支持率の低下は故のあることだ。
さて、現在の選挙は、小選挙区比例代表並立制が採られているが、いつでもこの制度を不思議の思う。
まず比例代表という仕組みだ。
選挙というのは、政治家を選ぶものだが、時には政治家を落としたいこともある。
しかし、この比例代表という選挙は大きな政党の上位にノミネートされて居さえすれば、選挙運動などしなくても通ってしまう。しかも、小選挙区と重複立候補などという、こちらは民意を無視した制度までおまけに付いている。小選挙区で落選し、救済のようにして当選した議員は少なからずいる。
そうして選ばれた多くの議員が、あたかも国民から選ばれたと言っているのは非常に片腹痛い。
少なくとも民意を反映して選ばれているのは選挙区で立候補した議員だけだ。
政党に投票することが、政党の上位に名前がある議員に投票しているわけでは、必ずしも無いことは明らかだ。
個人的には昔の全国区の方がいい。宮田輝が大量得票しようが、それでもかまわない。
同時に、こいつは議員を辞めてもらいたいという落選投票制度も作って欲しいものだ。
若い人が選挙に無関心だという。だが、民主主義というのは多数が少数を支配する制度なので、共産党支持者は日本ではとうてい大勢を占めることなど無いと思いつつ、きっと投票しているのだ。政党政治の中で、少数でも「意味がある」行動を取れるという見方もあるかも知れないが。
今国会の自民党の強行採決などを見ていると、悪しき民主主義の側面という気がして仕方がない。
ただ不思議なのは、同じ政党とはいえ、皆が同じ意見だとは思えないのに、採決をすると同じ政党の議員は同じ態度を採るということだ。
以前の郵政民営化の時くらいだろう、あからさまに党内対立が起こったのは。
ただその方が人間らしい。
百年大丈夫と言って決めた年金制度だって、こんなに色々ほころんでいるのに、大丈夫なはずはない。そうやって信用できない法律をどんどん作り、美味しい思いをしているのは一部だったりする。
実はこれは人類の歴史のほとんどがそうだったのかも知れないし、これからも変わることはないのかも知れない。などと思えてしまうのだ。
でもだからと言って、街頭で歌を歌ったり、印籠もどきを高らかに上げて平成の水戸黄門を自称しているようなじいさんが居る政党に一票入れるのかと思うと、泣けてくるのだ・・・・
投稿者 keisuke : 政治・経済・行政 | 23:01 | コメント (0) | トラックバック (0)
飲酒運転
また飲酒運転による死亡事故があった。ニュースによれば、犯人は泥酔状態だったともいう。
1年くらい前の福岡の追突による幼児3人死亡の裁判がしばらく前に始まったばかりだ。
私は車に乗らない。免許がないので乗れないが正しい。確かに都会に住んでいるので、まず必要性を感じないし、そういう意味では、生活上の自家用車の必要がないという意味で、地方在住の人とは条件が違う。
酒を飲んでも、電車は遅くまで走っているし、タクシーもすぐ捕まる。
でも、そんなこととは全く関係なく、飲酒運転は犯罪なのであり、環境には左右されない。
以前、これもテレビだったと思うが、飲み屋に行くにも車でないと行けない。駅前にある都会とは違う、というようなことを言っている人がいた。・・・・だったら都会に引っ越してこい。そんなに飲みたけりゃ。
恐らくタクシーを使っていくと、飲み代以外にお金もたくさんかかるに違いない。しかし、都会に住んでいれば、それなりに高い家賃で、かなり切迫した生活を送っているのだ。
どんな理由があろうと、飲酒運転は犯罪だし、しかもことは他人の命に関わる。
危険運転致死罪ができても、あまり適用されず、業務上過失致死で終わるケースが多いと聞く。
先日、自動車運転過失致死傷罪というのができて、「自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、七年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。ただし、その傷害が軽いときは、情状により、その刑を免除することができる。」という刑法の追加があったようだ。
でも7年だ。最高で。
車の運転は飲酒以外に居眠りとか、よそ見とか、様々な原因で事故に繋がる。しかしとりわけ、飲酒による事故は、飲んでなければ起こらなかった可能性が高いわけで、許されてはいけない。
私は昔から、飲酒運転は事故を起こしても起こさなくても、「永久免停」にすべきだと思っている。そんなやつに車を運転して欲しくない。道路を歩いていても、他の車に乗っていても、怖くて仕方ない。
だから、飲酒運転をするような人間からは、まず免許を剥奪し、二度と乗せない、と言うことが必要だと思う。
そんな法律を作っても、まだ飲酒運転をするような人間からは、免許を剥奪してもかまわないだろう。それでもする人間は、実際に事故を起こすまで絶対に同じことを繰り返すに違いない。
飲酒死亡事故は、時々世論で出るように、このご時世、「未必の故意」に等しいので、殺人として定義するべきだし、厳罰化も必要だろう。だが同時に、潜在的な彼らのために、車に乗せないことを考えた方がよい。
そうすればタクシー業界も、少しは景気が良くなるのではないかな。
車を運転するのは楽しいことかも知れないし、必要がそうさせる場合もあるだろう。しかし、そのことが、社会のマイナスになるのであれば、温暖化に対するレジ袋削減や、クールビズと同じ意味で、できるだけバスを利用したりするのも、意味のあることだろう。たとえではなく、温暖化防止の役にも立ちそうだ。
投稿者 keisuke : 社会的 | 00:29 | コメント (0) | トラックバック (0)
2007年6月20日
DVD-VRという規格とコピーワンス
ようやくハードディスクレコーダーを買った。
昔と違って、昨日の済む済みまで考えて購入するということはなくなったので、購入してからいろいろな機能を試したりするのだが、何とも、昔の聴きに比べると複雑だ。
単純に年取って、機械ものが苦手になったというのとは違う。明らかに多機能だし、様々な制約や、思いもかけない機能もある。
そもそも、マンションで、しかも賃貸なので、購入したからはい、地デジも自由に見られますよ、という環境にいるかどうかも確認したわけではない。運が悪ければ映らないと思っていた。
案に相違して、簡単に映った。
接続も簡単だったし、そこまでは苦労はなかった。
しかしリモコンのボタンの多さには辟易する。慣れるまで大変だ。
どうやらスカパー!やWOWWOWも映るようだし、お金さえ払えば、デジタルでいろいろな番組も楽しめるらしい。・・・と、それほどテレビは見ないのだが・・・・・
いや、新聞を取らない分を、報道番組とインターネットでカバーしようとしているから、視聴時間は決して短くない。お昼前と夕方、夜の10時以降と、報道番組をはしごする。時には7時と8時45分のNHKも。
でも、ドラマもあまり観ないし、映画はレンタルしてるからなあ。
でもまあともかく、地上波のアナログとデジタルを比べてみると、デジタルの方がきれいに映るのでそれで録画してみる。
さてここで問題はデジタル放送にはCPRM(Content Protection for Recordable Media)という技術が使われており、さらにコピーワンスという取り決めがある。
これで録画したソースは、まず、CPRM対応のディスクで無いとコピーできず、さらにコピーではなく、ハードディスクからの移動しかできない。しかも、VRという、通常のVideoモードとは違う方式でしかDVDに移すことができない。
これらの方法を経て、パソコンなどで再生しようとすると、結局VRモードに対応したドライブなどほとんど無いに等しいので、所詮再生できないことになる。
また、ビデオと違って、DVDはメディアとしては弱い。傷が付くと再生に支障を来す場合もあるし、誤って壊す率もビデオよりは高い。にもかかわらず、コピーワンスという仕組みによってバックアップを取ることができない。
無償にせよ有償にせよ(地上波、BS、CSに係わらず)、有償であればお金を払って番組を見ているわけだし、無償であっても、CMを通じて間接的にお金を払っているのは視聴者であるから、現実的には有償な分けだ。
録画機器を製造し、販売しながら、その利用方法を過去よりも不便にすることが、「著作権保護」という美名の影で行われている。消費者の利益よりも生産者の利益が優先されているのが現状だし、今後の方策だ。
放送メディアと録画機器などのこういった方策に関して取り決めを行う政府の会議は、安倍政権になってから、その半数が生産者サイドに取って代わったというのを物の本で読んだ。この政権は改革改革と言いながら、非常に旧態依然とした部分が多く見られるし、「美しい国」などという抽象的で意味の分からんことを最初から言っているので、期待はしていなかったが、今度の参院選で、徹底的に負けると言いように思える。
まあそのことは置いておいて、録画したものをどんな方法でも、再販売するという、言わば著作権法が最も守らなくてはいけない、著作者の権利は、その法律で守られるべきで、機器に余計な仕組みを入れて、日常的に家庭で楽しもうという人間の権利を阻害すべきではない。
DVDのリージョンコードやなどとも同じだが、悪意の犯罪者を取り締まるために、消費者にとって有用な機能をコントロールしようというのは、おかしな話だ。
最初から「録画」とか「ダビング」というのが物理的にできないのであれば(この世の成り立ちとして)、仕方ない。この世で光速より速いものはないと言われれば、人間はそう遠くまでは行けないだろうというのと同じくらい、あきらめは付く。
「著作権保護」だか何だか知らないが、著作権は立派な権利だとしても、著作物を購入する消費者がいなければ、商売なんて成り立たないのだということを、今一度考えるべきなのではないか!
やはりそう思う。
あらゆる商売の基本は、結局客だ。・・・・社会保険庁や政府や政党も同じだ・・・・国民が客だ。
映像や音楽を事業として扱う人間は、そこをもう一度考え直すべきだ。・・・・いや、大変なのは解るが・・・・・
投稿者 keisuke : 日常的 | 01:38 | コメント (0) | トラックバック (0)
2007年6月17日
WordPress
これまで、ずっとMovableTypeというブログシステムを使ってきた。
最もメジャーで、Plug-inなども豊富なので、そういう意味では使いやすい。但し、この手のソフトの常ではあるが、デザインなど、多くの部分のカスタマイズは、結局HTMLやCSSの知識無しではどうにもならないし、知識があってもかなり面倒ではある。
スタイルシートという、ホームページのデザインをするには非常にきめ細かく、精密なページを作るツールは、逆にHTMLを見ただけでは、そのページの概要が分からないという弊害もある。
CSSは、インラインでも書けるが、多くの場合、別にファイルを用意し、共通スタイルの効用を発揮する方法が採られる。そのため、HTMLはclass とidが大量に並び、見てもホームページを想像できない。
同様に、CSSのファイルを見ただけでも、ホームページは解らない。
MovableTypeなどはこの方法で、「さあ、勝手にデザインをカスタマイズしたまえ」とテンプレートファイルを提示してくる。
HTMLもそうだが、CSSは人によって当然癖があるし、可能な書き方も元々一様ではない。
その分、慣れてしまえば色々できるのだろうが、面倒は面倒である。
さて、そもそもMovableTypeは個人に対しては無償で利用できるが、個人でも営利サイトであったり、企業など向けには有償のソフトだ。1サーバ、5ユーザーという使い方でこれまで3万円だった。これでも決して安いとは思えないが、今回ヴァージョンが上がり、4.0以降は5万円になるらしい。
ブログを無rちょうで作れるYahoo!やらgooやらその他多くのサイトよりは、遙かにオリジナリティの高いものが作れるからとはいえ、5万円はないんじゃないの?という感じだ。CMSへのシフトがあるようだから、もはやブログではなく、サイト構築ツールだ。
うちでのこづちは個人使用なので元々無償で使わせてもらっているが、仕事でも使おうと思うと、5万円かかるとなれば、他の方法が自ずと必要になる。
そこで、b2evolutionとかWordPressという今回導入したような、オープンソースのブログを試しに使ってみようと考えた。
b2evolutionは、日本ではそれほど普及していないので敷居が高いと思い、WordPressを試してみた。
http://www.psymage.com/kozuchi/
上記のリンクがそれだ。うちでのこづちを移してみた。
インストール自体はMovableTypeに比べてもとても簡単だった。
移行も、UTF-8とSHIFT-JISの変換をしなかったために、スムーズとは行かなかったが、それでも画像を除けばうまくインポートできた。
これが使えると、仕事で役に立ちそうなので、しばらくはうちでのこづちをダブル更新していこうと思っている。
オープンソース万歳。
投稿者 keisuke : インターネット・PC | 00:41 | コメント (0) | トラックバック (0)
2007年6月10日
Pablo Cruise
先日、ダウンロードで楽曲を購入しようとしたときの話だ。
最近は、CDやDVDは主にHMVかタワーレコード、amazonなどで購入している。HMVはダウンロードも同時にできるので、重宝している。・・・・但し、Firefoxではダウンロード購入がうまくいかないので、そのあたりはぜひとも改善して欲しいものだ。
タワーはNapsterなので、どんな楽曲があるのかがまず解らない上、定額制で聴き放題という、そもそもこちらが望む音楽をきちんと揃えているのかい?という部分が解決されないままに利用したくない方式なので、二の足を踏んでいる。
iTunesは、利用しようと思うのだが、HMVでなかったものを探すという手順を踏んでいるせいか、購入に至った試しはない。尤も、プロバイダがSo-netで、So-netはmoraというダウンロード専門のショップと関連があるので、以前はそこで買うことが多かった。だから、まずiPod利用者でないぼくとしては、iTunesから入るという道は歩く必要がなかったのだ。
さて、最近はとみに新しい音楽への探求心が欠乏し続け、昨今の音楽はほとんど聴かない。若い頃聴いていた音楽にばかり拘泥し続けるのは、年を取った証拠かも知れないが、ただこれまで聴いたことの無かった音楽を拒否しているわけではなく、最近の音楽を聴かないというだけに過ぎない。
単にそそるものが少ないからであり、昔のものが感性に訴えかけてくる率が高いから、そちらで探しているだけだ。だから時折耳に入ってくる、最近の音楽でも、全く拒否しているわけではなく、買うこともある。
前にも書いたが、購入商品の8割はクラシックになってしまっているのだが、パソコンの中身を考えると、クラシックとそれ以外の割合は半々くらいなので、聴く確率というのも、たぶん半々くらいだ。
今も久しぶりに、Wishbone Ashを続けてかけながらこれを書いている。
先日、HMVでめぼしいものをウィッシュリストに入れていて(ウィッシュリストは、購入する前の候補のことだ。入れておいて、あとで購入するか、やめるかを判断する)、その中に、Pablo Cruiseというバンドのベストアルバムをそこに入れた。
このバンドも70年代から居たのではないかと思うのだが、よくは知らない。たぶん、サーファーが好んでいたのではないかという程度の知識だ。
このバンドの中のLifelineというアルバムに、「Zero To Sixty In Five」という曲があるのだが、この曲が昔から好きで、尚かつ1回も購入したことがない。
最初の聴いたのは、確か学生時代に友人が持っていたのを聴かせてもらったときだったように思う。
但しこの曲が、Pablo Cruiseの「Zero To Sixty In Five」という曲だと知ったのは、ずいぶん後だったように思う。
その最大の理由は、後日別の機会に他の曲を何回か聴き、気に入った曲がなかったので、買わなかった、と言うことだ。
1曲に2千円も出したくないという気もあった。
そこで、1,500円くらいでベスト盤を購入できると知り、まあいいか、買おうか、と考えて、ウィッシュリストに入れた。当然、1曲でダウンロードできるか確認して、できなかったので、そうした。
しかしちょっと待て、このグローバルなネット時代に、何で日本で買わなきゃならんのだ。と思った。
そこで海外のサイトを探してみると、見事行き当たった。しかもいくつもある。
iTunesでも買える。早速、クリックしてみると、この曲は日本では買えませんときた。
MusicMatchというソフトを使っているところでも、Noだ。USAオンリーだそうだ。
DVDのリージョンは、保護貿易の国アメリカのハリウッドのおかげで、無効のDVDは基本的に日本では再生できない。ここでもかよ!と思った。
ミュージックダウンロードなどと、世の中で、何でもかんでもダウンロードで買えるかのように喧伝されてはいるが、最近のヒット曲だって、大して買えないのが現実だ。
実際に、アルバムを購入しようとまで思えない曲は、ダウンロードで探すが、ヒット率は非常に低い。これはぼくの趣味にも原因はあると思うが、それでも、たまたまいいと思った、Tokioの「宙船」とか、いまだにない。
ちなみに、「宙船」とカップリングになっている曲など、何の興味もない。買うだけ無駄だ。顧客主義やユーザビリティなど、購入する側の希望や便宜を商売の最大のよりどころにしようと、表面はしていても、結局のところ、どういう方法が最大の利益になるか、という視点でしか考えられていないということだ(尤も現在のやり方が、最大の利益を生んでいるかは解らないが)。
だがまだ諦めたわけではない。拙い英語力を駆使して、探してみせる。
先日人から頼まれて、iPODと、ソニーのWalkmanの設定を行ったのだが、このWalkmanに曲が転送できないで困っていたのだ。
原因は、パソコンに取り込んだときに、著作権保護設定をそのままで取り込んだためだった。しかしこういったことは、ただ音楽が聴きたいためだけにこういった機器を購入した人にとっては、非常に解りづらい。
著作権の保護という問題は、ぼくなどが言わなくても世間でも多くの人が行っているから、敢えて、著作物は、客がいて始めて金に換わるものだということを、著作権の所有者側が、もっと謙虚な気持ちでとらえて欲しいような気がする。
海賊版や不法コピー対策も必要だろうが、店の万引きと同じで、無くなるわけではない。少なくとも、一般の消費者や顧客に影響が及ばない範囲で、対策を講じる必要があろう
実はPablo Cruiseだけではない。Badfingerの「Carry On Till Tomorrow」という曲もそうなのだ。
Eddie Grantの「Romacing The Stone」は結局ベスト盤を購入してしまったのだが、やはりこの曲しか聴かない。そんなものなのだ・・・・
投稿者 keisuke : 社会的 | 22:29 | コメント (0) | トラックバック (0)
2007年6月 7日
携帯のパケットというやつ
http://www.itmedia.co.jp/bizid/articles/0706/05/news103.html
を見ると、若い人の多くはブログやSNSを見るのに携帯を使っているらしい。全体で70%を超えているし、一番少ない50代以上の女性出さえ、46%が見ると答えている。
携帯でWebをほとんど閲覧しないぼくとしては、非常に驚くべきアンケート結果だ。
もちろん、電車であろうが街中であろうが、携帯を見続けている人は非常に多いので、結果にうなずけないわけではない。
それに反して、携帯の料金で法外な請求を受けたという例を、ちょっと前のニュースで見た。就職活動のために携帯で企業情報を取ったりして、多額の請求があったというものだった。思っているのとは一桁違った。
パケット定額というサービスが、全てのパケット通信を対象にしていないからだという。
とはいえ、ここでいくつか疑問が出てくる。
まず、そもそもパケットというものの曖昧さだ。データ通信を分割送信することで、可能にするこのパケットという考え方自体は別にかまわないが、これまで、音楽であれ画像であれ、通信をする際に、このファイルは何パケットかなどと、明確にされている例があるだろうか?
僕はあまりこの通信も行わないので、資料的には薄弱な根拠だが、有料コンテンツなどでも、「別に通信料がかかる」などとは書かれているが、果たしてのその通信料がどの程度かかるのかは明示されていないように思う。
そもそも、携帯の通信料金は、会話でさえ、現在自分が30秒あたりいくらではなしているのかなど、正確に解っている人はどの程度いるのだろう?確かに料金体系は認識して契約しているが、他社の携帯への通話、あるいは時間によって変わったり、有線の電話よりは遙かに解りづらい。
このパケットというの、もう少し解りやすくならないだろうか?パケットより、kb単位で課金される方が、まだ理解しやすい。
これだけネットの閲覧に携帯が使われているというのは、その収入たるや、たいした物だと思わざるを得ない。
DoCoMo2.0という非常に解りづらいキャッチフレーズは、芸能人をあれだけ使って、大量にCMを流している。あれだけの莫大なCM料金を掛けられるほど儲かっていることの裏付けだ。
携帯文化というのは一体どのような方向に向かっているのだろう。
個人的には携帯電話の小さいパネルに表示される情報で、ネットを楽しむ気にはなれない。間違いなく目が悪くなると思うし、そもそもインターネットだけでも、役に立つ反面、何かを失ってきた部分も多くある。
インターネットを商売にしているので、無くなればいいなど東毛党思わないし、携帯にしても、利用者が好みで使い分ければいいだけなので、敢えて夜の潮流に異を唱えたいとも思わないが、せめて誰もが解りやすく使えて、よりリーズナブルな方向へ進んで欲しいと思うのだ。
機種変更にしても、高いものは何万円もする。2年程度で変えるとすると、毎月千円、ジャパネットたかたじゃないが、分割料金を払っているくらいの負担はある。
まあ、あのパケットという、得体の知れない「もの」だけでも、もうちょっと解りやすくして欲しい。
それとも、単に俺が知らないだけで、世間の常識なのかな?
投稿者 keisuke : | 01:17 | コメント (0) | トラックバック (0)
2007年6月 4日
あざみ野
週末、所用があってあざみ野へ行った。
あざみ野は田園都市線で渋谷から20分あまり(この日は各駅で行ったのでもっとかかったが)、横浜市青葉区の北西部に位置する。急行も止まる。
友人がたまプラーザにいるので、田園都市線はそれほど知らない路線でもないのだが、急行が意外に少ないようで、渋谷駅で急行に乗れたためしがない。大概、鷺沼で急行に抜かれるという電車に乗ることが多い。今回もそうだった。
二子玉あたりを過ぎればだいたい座れてしまうので、鷺沼では乗り換える気がしない。たまプラーザは鷺沼の次だし、あざみ野はさらにその次だから。
横浜市の人口は、日本一だし、神奈川県の人口を全国威第2位へ押し上げる、恐らく原動力にもなっている。
一極集中と言われる日本だが、確かに東京を中心とする首都圏の人口密度は非常に高いようだ。東京、神奈川、埼玉、千葉の4都県だけで、日本の人口の4分の1を占めている。面積で言えば、全国の5%にも満たない地域だけで、25%だ。
さて、実はあざみ野で、ちょっと人から携帯に電話があるはずだった。ところが、圏外、アンテナ1本、時折大丈夫な地域もあるのだが、ちょっと移動すると圏外。おいおい。
使っている携帯はSoftbankなのでそのせいかなとも思うのだが、それにしても横浜市で圏外かよ、とびっくりした。
確かにSoftbankの携帯は、DoCoMoなどでつながる場所でもつながらないことが結構ある。恐らくauよりもつながりづらいに違いない。
それでもなおなぜ、Softbankを使うのかと言えば、僕の携帯スタイルにSoftbankの料金体系が(正確にはVodafoneのが合っているからだ。
携帯電話がない時代には、無いなりの過ごし方ができた。しかし携帯が存在し、しかもここまで生活の内側に入ってきてしまうと、もはや「昔は・・・・」などというのはただの言葉に過ぎない。
そんなことを言いはじめたら、仕舞いには火のない時代には生肉を食っていたのだからまで遡るしかない。
ま、そんなわけで、そこらでお茶を飲みながら電話なりメールなりを待つというのが非常に恐ろしく、やむを得ず駅前で時間をつぶした。よく、店舗に入り、席に座ったとたんに圏外ということが、実際にあるのだ。
人前で携帯を掛ける掛けないというマナーの問題とは別に、連絡装置としての携帯は、そこに厳然と役目がある。マナーは、その携帯の機能と、社会的な感覚のバランスで成立する。
ともかく、今回はまだ不十分な携帯の使い勝ってのおかげで、少しばかりまいったというお話。
帰りの電車で携帯を見ながら行ったが、たまプラーザではいい感度だったので、恐らくあざみ野周辺限定かも知れない。・・・・まさか昼間の地震のせいでもあるまいが・・・
とにかく、あざみ野在住でなくて良かったと思った次第。・・・いい街のように感じられたが・・・
携帯のような生活のインフラは、そのアンテナなどを、共通化し、通信料などは全て無料になるのが望ましいと思うのだが・・・・
あざみ野というタイトルだったが、結局は携帯のお話。
投稿者 keisuke : 社会的 | 01:14 | コメント (0) | トラックバック (0)