2007年5月30日

やじ

 やじは漢字では通常野次と書く。弥次と書く場合もあるようだ。どちらも当て字らしいが。
 やじには二つの意味があって、一つは野次馬のこと、そしてもう一つはやじることだ。
 広辞苑で「やじる」を牽くと

(「やじ」を活用させた語) 第三者が当事者の言動を、大勢に聞こえるよう大声で非難し、からかう。また、一方を応援するのに他方の言動を嘲笑し、妨害する。「議長を―・る」「会場で―・る」

とある。
 つまり、やじにはそもそも嘲笑とか妨害の意図があることになる。

 今日の党首討論会を見ていて、改めて思ったのだが、国会中継の時のあの議員たちのやじはどうにかならないものだろうか。とても頭が悪く見える。
 もちろん国会議員のやじには、それなりの根拠や意味があるのだろうが、テレビなので見ている限り、邪魔だし、こんな人たちを選挙で選んでいるのかと、暗澹たる思いになる。もちろん、やじだけでは「暗澹」は大げさかも知れないが、それ以外の、いつでも紛糾している政界の有り様と合わせ技一本の「暗澹」だ。

 発言する人間は、時折やじに怒りを向ける。しかし、大臣などの立場でない限り、発言者でなくなった場合には、やじっている人も多いだろう。

 予算委員会や、党首討論などで、このやじと、「質問に対する答えがない」という二つが、見ていて、とても無駄を感じる。
 よく野党が、議論を尽くせと言い、与党が十分に尽くしたという。
 しかし、例えばこれは代表質問に限らないのだが、質問に答えないという非常に不誠実な態度を、多くの政治家が採る。
 そして、何度もこのやり取りをする。その結果代表質問の時間は非常に無駄な時間を費やして終わることさえある。
 先日自殺した松岡元農相の、「適切に報告している」という、実は党から規制されていた(らしい)回答もその一つだ。何回も堂々巡りをしていた。
 それに対して、発言者が「その答えは、発言者も、国民も、マスコミも、ここで明確にできない何らかのことがあったと解釈してよろしいと言うことですね」みたいなことを言ったかどうか・・・・

 しない回答は、その質問に含まれる疑惑を肯定したのと同じというスタンスを、どんどん採ればいいと思うのだが。

 政治家は特に、「断言」をしたがらない人種だし、それは当然のことだが、当然であればそれを許していいのかと言えばそういうことではない。

 政治家も人間だし、色々あるに違いない。しかし、よりよい政治や政治家を求めるのは国民の権利だし、それができない人間は立候補などしなければいいだけの話だ。
 そう言う意味では、あのやじが持つ騒音は、僕には不適正な人物に思える。
 あのやじがなくても、政治はできるだろう。

投稿者 keisuke : 政治・経済・行政 | 22:07 | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年5月28日

水着

 といって、スポーツにほとんど縁のないぼくが書くのだから、水泳のことではない。
 
 テレビのCMを見ていてふと思った。
 何のCMだかよく覚えていないが、たぶんシャンプーとかトリートメントのCMだ。南海キャンディーズのしずちゃんが出ているやつだ。
 海辺でたくさんの女の子が水着になってはしゃいでいるのだが、確かほとんどがビキニだ。当たり前と言えば当たり前で、今更ビキニがなんだという話だが、さて、人前でビキニになることは、海辺やプールでは当たり前だが、それは水着だからで、下着ではおかしいわけだ。

 今、手塚治虫の「仏陀」をまた読んでいるのだが、ブッダに出てくる女性は、そのほとんどが下半身だけを隠し、上半身は裸だ。
 当然のことながら、人類はその生誕の時から服を着ていたわけではない。最初は暖を取るためとか、危険を防ぐという目的だっただろう。そう言う意味では、一番の急所である下半身を隠すというのは、とても解りやすい最初の衣服だったはずだ。
 それが全身を覆うようになる頃には、保温や保護といった目的だけではなく、羞恥や権威、ファッションなど、様々な目的がそこに付与されてきたわけだ。

 さて、それでも尚、男性は下半身、女性は下半身と胸を隠すというのが、人前での最低限の現在の有り様だ。
 長い年月を掛けてそうなってきたのだろうが、サラリーマンがネクタイを皆締めているように、よく考えると不思議な光景だ。

 いいとか悪いとか、やめようとか、そんなんではなく、ふと、なぜ人間は他人に対してそこを隠すのか、あるいは、そこだけ隠せば取り敢えずいいのか、気になった。
 もちろん、街中で水着というのはほとんど無いし、TPOなのは言わずもがなではあるが、なぜそのTPOなのか、が気になるのだ。

 裏を返せば、そこを露出した写真集やDVDが商売になるわけだから、そこには単純なTPO以上のものがあるはずだ。
 
 そんなとき、R25の記事で、家庭内全裸が流行っているというようなのを読んだ。mixiにもコミュニティがある。全裸がいい人もいるわけだ。
 ヌーディストビーチなんていうのもある。
 そんなことを考えると、水着というのはちょっと不思議な着衣なのだ。・・・ちょっと中途半端な。

投稿者 keisuke : 日常的 | 00:08 | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年5月15日

Jackpot Day

 今日、夕方の4時半くらいだったか、やたらに外がうるさいので見てみると、ヘリコプターが飛んでいる。それもたくさん。
 ベランダに出て数えてみると、見えるだけで10機。恐らく建物の陰に隠れているのもあったと思うので、それより多かったのに違いない。
 うちは、笹塚駅の近辺だが、世田谷区の方から、幡ヶ谷の方にかけてを旋回している。

 何事かとテレビを回してみたが、何も放送していない。
 5時過ぎまで、実に30分以上、その状態は続いた。
 いったい何だったのだろう?今まで経験がない。

 くだらないことだが、ヘリコプターというのは、飛行機と違って、かなり低空を飛んでいる。
 10機も頭上を旋回していると、操縦ミスなどがあったら怖いなあ、などと考えてしまう。
 実際にはほとんど無いことだろうが、絶対無いかというと、そうとも言えないではないか。

 ネットで調べてみたが、いくつかのブログで触れられていたようだが、よく分からなかった。火事と書いてあるブログがあった。確かに前後して甲州街道を消防車のサイレンが移動しているようなのを聞いた。

 としても、10機以上のヘリコプターって!

 それとは全く関係ないのだが、夜の10時半頃外にいた。近所だ。
 観音通りという、昔懐かしい、しかし半分寂れた感の否めない商店街を歩いていたが、やたらと人が多い。この時間にこれだけ人が歩いているのも珍しい、と思うくらいに多かった。
 別に特定の集団が居たわけでもない。
 毎月18日には縁日で、出店も少しだけ出るのだが、そこまでではなかったが、10時半という時間を考えると、やはり多い。

 何だか解らないが、ハインラインの「大当たりの年(The Jackpot Day)」を思い出した。
 この小説と、内容は全くかぶるところはないが、かすかな「異常」を感じて、連想しただけだが。
 
 日常の中で、異質なことっていうのはそうざらにある訳じゃないので、たまたまヘリコプターのことで、人の多さを感じたというただそれだけのことが、異常に見えたのだろうとは思う。

 いずれにしても、あのヘリコプターの理由は知りたい。

投稿者 keisuke : 日常的 | 22:59 | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年5月13日

模様替え

 うちでのこづちを少しばかり模様替えした。
 小粋空間
 さんにあったカレンダーやサイドバーをすっきりさせるスクリプトなどを導入した。
 前から、右側がごちゃごちゃしているなあ、と思っていたので、良かった。

 全体的にデザインも変えたいところだが、なかなかそこまで手が回らない。
 それよりも投稿しろという感じだ。

 まあしかし、他にやることもあるので、今日もこれだけ。

 

投稿者 keisuke : インターネット・PC | 00:09 | コメント (0) | トラックバック (0)