2007年2月28日
君が代伴奏拒否:教諭の敗訴が確定 という記事に関するお話
http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20070228k0000m040012000c.html
http://www.sankei.co.jp/shakai/jiken/070227/jkn070227018.htm
http://www.asahi.com/national/update/0227/TKY200702270392.html
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070227it12.htm
各新聞社の記事だ。
この最高裁の記事は妥当だと思う。逆に、君が代や日の丸に何を期待し、何を嫌悪するかという事が実は結構曖昧だ。
教師というのは、そういうことに非常に敏感な人が昔から多いように思う。
日の丸や君が代が国粋や軍国と直接的に結びつくわけでもない。
尤も、今回の判決の妥当性は、「ピアノ伴奏を命じたこと」が「特定の思想を持つことを強制したり、特定の思想の有無を告白することを強要したりするものではなく、児童に一方的な思想を教え込むことを強制することにもならない」という点にある。平たく言えば、「言いがかりでしょ、それは」ということになる。
但し、些細な言いがかりが何かに変貌しないとは断言できない。
教育委員会という、頭の固そうな方たちが集まっているようなイメージの団体は、様々なニュースを見るに付け、やはりイメージ道理なのだなと思うこともしばしばある。
上記のニュースに関連するが、卒業式の国歌斉唱をしないとか、国旗に礼をしないとかで「減俸」などの処分をしている辺りがまさにそれだ。
国や地方の行政が教師に、「君が代を歌って日の丸に礼をしろ」というのも、教師が敢えてそれをしないのも、ある意味どちらも生徒にとっては「思想の押しつけ」であることは間違いない。
「君が代」の歌詞が何を歌っていようと、実は子供の多くはその意味が分かっていないし無関心だ。
私などは、「君が代」ばかりでなく「贈る言葉」なども、卒業式で歌え等と言われたら、非常に拒否反応がある。・・・・そもそも卒業式自体に拒否反応があった。
人間というのは、何かにかこつけて、よっぽど儀式をするのが好きな生き物なのだな、と思うわけだ。
「蛍の光」「仰げば尊し」など、卒業式で歌われる歌というのは、色々あるが、そもそも私は、集団の中で歌う歌というのが嫌いだ。結婚式の時に教会で、あたかも誰でも知っていて当たり前かのように賛美歌の歌詞を渡されたりすると、祝う気持ちとは裏腹に、憂鬱になる。
何でみんなで同じ事をしなくてはいけないのだろう?まだ結婚式は理解できる。
だが、卒業式や入学式等、百歩譲って、式は我慢しよう。そのまま静かにさせて置いてくれというのが私の気持ちだ。
う〜ん、何というか、卒業式の国家・国旗問題は、教師や行政が考えるほど、子供たちは思い入れがないのではないだろうか。戦前の日本や、北朝鮮などの国のように、国家を上げて思想統制をしようとしない限り、今の子供たちは聞く耳を持たない。
国家の枠組みなど捨て去って、まずは地球人として考えるという視点を持つには、きっと宇宙人が攻めてこないと難しいのだろうな。いつまで経っても、争いと進歩はセットのような気がして滅入ってしまう。
投稿者 keisuke : 政治・経済・行政 | 01:11 | コメント (0) | トラックバック (0)
2007年2月25日
パン
パンはパンだ。
日常生活において、パンを買う機会というのは決して少なくはない。1週間に何回かは買う。コンビニだったり、スーパーだったり、パン屋だったり。下手すると1日おきかそれ以上に買っているかも知れない。
だからかも知れない。もったいないとは思いながらも、捨てることが多い。
一人暮らしなので、1斤の食パンはまず食べきれないでカビを生えさせる。
そもそも、数日経てば、やはり味も落ちるのだ。パンだって焼きたてが一番美味しい。
ぼくが住んでいる笹塚には、クイーンズ伊勢丹がやっているパン屋と、京王が運営しているルパというパン屋が駅前にある。それぞれ個性があるので、どちらがいいとは言い難いが、総菜パン系はルパで買うことが多く、食パン系は伊勢丹が多い。
最近のパン屋はだいたいイートインが可能だが、これまでどちらでもしたことがない。
女性などは、昼食をそれですます人も意外に多いことだろう。
人間が古いのか、自宅で食事をするときに、パンですませるのは、ほとんど朝食だけだ。別にそう決めているわけでもないが、何となくパン食というのは、1食の気がしないのだ。外国人が聞いたら笑うだろう。
でも考えてみれば、小学校の給食なんて、ほとんど毎日パンだった。ぼくの頃は米飯なんて見た記憶がない。だから、その頃は食事の内1食は間違いなくパンだったわけだ。
なのに今では、物足りないというのではなく、食事の気がしない。
近所にスペイン料理の店(Costa Brave)があり、2週間に3回ほどのペースで昼を食べに行っているのだが、確かにそこは料理+パンなので、パンで昼食という回数は増えている。パエリア頼んでも、リゾット頼んでもパンは付いてくるので、米料理も料理なのだ。
チャーハン餃子はあっても、チャーハンご飯はない。でもラーメンライスはあるか。
いずれにせよ、食いかけで捨てるパンがもったいない。そんな気持ちがこれを書かせた。
投稿者 keisuke : 料理・グルメ | 23:54 | コメント (0) | トラックバック (0)
2007年2月 4日
週刊こどもニュース
週刊こどもニュースはNHKが土曜日の夕方にやっている子供向けのニュース番組だ。
その一週間に起こったことや、最近の社会や政治などのトピックなどを、わかりやすく解説している。
説明を見ると、もう10年以上にわたって続いているらしい。ちょっと前までは、最近独立したのか、他局でもよく見かける池上彰がお父さん役をやっていて、お母さん役は、林家きく姫、林まやとかがやっていたと記憶している。
たいてい子供は3人で、その子供たちも取材に係わって来るという流れだ。
今日は、裁判制度の見直し(被害者の遺族が検察側として裁判に大きく係われる)などが、国会で議論されることになるといった話や、地方の赤字路線対策として、線路・車道両用のDMV(デュアル・モード・ビークル)という乗り物が開発されたといった内容が放送されていた。
非常に解りやすく、実際の視聴者の中心が、子供よりもむしろう、壮年層だというのがよく理解できる。
現在のお父さんは鎌田靖というNHKの解説員の人がやっている。この人、初期の頃、ちょっと羽目を外しすぎて、お母さんからマジで窘められているようなシーンがあったのを思い出す。最近は慣れたようで、落ち着いた感じだ。・・・最初の頃ののりも嫌いじゃないのだが。
この週刊こどもニュース、できれば日刊にしてもらいたいくらいだ。民放のニュースは、テレビ東京を除くと、どこも似たり寄ったりで、新鮮味がないし、非常に週刊誌的な臭いがすることもしばしばある。それ自体の存在意義は否定しないが、こどもニュースのような切り口の番組はNHKならではだと思うし、これなら受信料を払っても文句はない。
最近、古舘伊知郎の報道ステーションは、非常に薄っぺらにしか見えない(本当に薄っぺらかどうかはこの際問題ではない)古館の社会はなコメントは、聴いていていつも気分が悪くなる。本人はそういうつもりはないと思うが、この世で自分一人が聖人君子とでも言いたげな調子にしか聞こえないし、「自戒を込めて」などと言われた日にはなおさらそれを煽る。
何も言わず報道だけに専念しておれと言いたくなる。同じ内容を言っても、たぶん他の人だとだいぶ違うのだろうから、損だな、と思わざるを得ない。
隣に座っている河野アナも、古館の発言に同調ばかりしていて、スポーツキャスターをやっていた頃の方がぜんぜん印象が良かった。
ニュース番組としては時間帯もいいし、つい見てしまうのだが、どうもやるせない。
こどもニュースを見ていると、お父さんが何か意見を押しつけるでもなく、かといってある程度子供に解る程度の問題提起をしている。いい番組だと思う。
ついでに言えばNHKはNHKスペシャルなどのハイビジョンで科学番組で非常にいい物を作っている。同じ受信料を使うなら、もっとこういう文化的な方面に使って欲しい。お笑いや歌番組、クイズなど、たとえ面白くても、他局に任せていればいい。尤も、演歌だけは放っておくと他曲ではやらないだろうから、別かな、という気がしないでもないが。
投稿者 keisuke : 社会的 | 00:27 | コメント (0) | トラックバック (0)
2007年2月 2日
アナログ→デジタル
最近、仕事の最中に、昔のカセットテープの音源をパソコンに移し始めた。
カセットの内容は、その多くが80年代のNHK-FMのエアチェック音源だが、多くのクラシックに混じって、ホワイトスネイクのBBCライブとか、ブラックサバスの日本公演の録音とかがあってなかなか興味深い。
やたらとマーラーが多いのは趣味だから仕方がないが、シェーンベルクの「ワルソーの生き残り」とか、ペンデレツキの「失楽園」組曲(歌劇からの組曲)など、珍しい作品もある。
CDやDVDでは、全てが発売されるわけではないし、奇妙な曲は寿命が短く、あっという間に店頭から姿を消すものなので、こういう音源はなかなか貴重だと思う。
惜しむらくは、かなりの数を紛失したり、音源がなんなのか解らなくなっているケースが多いので、もっと大切にしておけば良かったと、後悔しきりだ。
ところで、変換用に使っているのは、IOデータのDAVOXLという装置なのだが、アナログの機械から、それを通してUSBに繋ぎ、それがPCの入力デバイスになる。音質はそもそもそれほどいいわけではないので、デジタルにしたところで、それなりなのだが、このところほとんど聴かなかった音楽を改めて聴けるのでうれしい。
当初、USBのハブを通して接続していたら、うまく録音できなかった。途中からノイズになってしまうのだ。本体のUSB端子に接続したら直ったのだが、最初は焦った。
また、ずっと使っているビクターのカセットデッキだが、モーターがいかれかけているのか、非常に回転がおかしい。耳で聞いて解るほどおかしい。そこで、やむを得ず眠っているラジカセを登場させ、そこから録音している。
デッキからなら、本体の出力を使えるのだが、ラジカセにはヘッドフォン出力しかないので、そこから取っている。それでも、オーディオマニアなわけではないので、そこそこの音質で聴けて満足している。・・・・満足しなくてはいけないのだ。新しいデッキを買って、出力をミキシングしてなんて、考えるだにめんどくさいし、無駄金もかかる。
そうそう、レコードも少し残っているので、それも録音しよう。
最近では、オペラやロックのDVDをたまに購入するのだが、観るには時間がかかるし、音声だけ訊きたいことがよくある。先日、ホワイトスネイクのライブを買ったときには、CDがおまけで付いていたが、このCD、DVDの全曲が入っているわけではないのだ。
そこで、DVDdecrypterというソフトで音声だけを吸いだし、さらにそこからできたWAVやAC3等の音声をMP3に変換という手間を掛けることになる。尤も、手間と言ったって、ソフトが勝手にしてくれるので、たいした手間ではない。
むしろそれにID3のタグ情報を書き込む方がよっぽど大変な作業だ。・・・・こんなことしてないで仕事しろという感じだが、そこはバランスの問題なのだ。
今も、なぜかテープに残っていたスウィング・ウエスト版の「雨のバラード」。湯原昌幸のソロヴァージョンではないこの曲がかかっている。持っていたのを忘れたのでラッキー。
DVDから音声だけをコピーするのは、なぜもっと簡単にできないのだろうか?I-Pod等があれほど売れているわけで、当然、それを持ち歩いて聴きたいという気持ちになる。CDカラは簡単だが、DVDからはほとんど手がない。
もっとも、最近のオーディオ情報には疎いので、DVDコンポなどで、簡単にダビングできるのかも知れないが。だが、いずれにしたところで、そんなコンポも持っていないし、今更コンポを買うのもなあ。
今は、再びエアチェックをしたいと思っているのだが、いかんせん、渋谷区に住んでいて、NHK-FMが結構ノイジーだ。ここからNHKの放送センターまで、どのくらいあるのだろう。結構近いと思うのだが。やはりちゃんとしたアンテナが必要なのかな・・・
BSが受信できれば、BSもとりたいところだが、あいにく現在は衛星放送を受信できる機械がない。
いくつになっても、男の子はこういう事が好きなのだな。と、おじさんは思うのだった。
投稿者 keisuke : 音楽 | 00:28 | コメント (0) | トラックバック (0)