2006年2月15日

ホームページでのマンガ摘発

 ホームページ上で作家に無断でマンガを公開していた漫画喫茶の経営者が摘発された。
 まあ、犯罪行為だし、被疑者もそれを認めているから、当然著作権法違反で起訴されるのだろうが、こういう人たちがいるので、「著作権」と言うことの意味が難しくなる。
 音楽でも文学でもマンガでも、売れるまでの製作者側は、金を出しても呼んで欲しい、聴いて欲しいというのが本音だろう。もちろん実際にそうすると言うことはないにしても、読者や聴取者を希求してやまない部分はある。
 ところが、売れてくると今度は、利益を守りたくなる。これまた当然だ。
 しかし、利益を守るあまり、顧客に不便を強いることがあれば、これはまた別の話だ。

 本来は、制作側と、顧客が、ギブアンドテイクで言い関係を気づくのが望ましいわけだが、それは得てして壊れる。一つにはやはり、人のふんどしで相撲を取ろうという、今回の業者のような輩が出てくるからで、そのために著作側は過剰防衛したくなる気持ちはよく分かる。

 しかし、このインターネット時代、ファンがサイトで多少の作品の露出をしても、それは有名税と、むしろ宣伝効果であるくらいの割り切りは欲しい。わたしは横山光輝のホームページを管理し、プロダクションからも許可を頂いているので、こういう内容は書きづらいこともあるが、一般論として、例えば今は知らないが、一時期のガイナックスのように、かなり統制されていたという話も記憶にある。

 インターネットでの個人サイトというのはこれまで無かった新しい文化で、まだまだ試行錯誤の上に制作が進んでいる。もちろん、著作権は守られるべきだし、作家の意見は尊重されるべきだ。
 だが、ここ数年で、企業が進出し、インターネットの世界がある面でつまらなくなってきたことも事実だ。かつての、技術はないが野放図な、情報が管理されていなかったコロの方が、楽しい部分もあった。

 現在では、犯罪にも利用され、ウイルスが蔓延し、官制の当世もかなり入っている。技術が革新され、猫も杓子もFLASH動画で、プロフェッショナルが幅を利かせるようになった。
 それでも尚、ブログばかりでなく、素人が楽しみながら沢山のサイトを作っている。そのどれほどが統制されていくのか判らないが、あらゆる情報は、今回の犯罪のようなものと、個人的な趣味の間にまんべんなく広がっている。
 どこに境を設けるのか、その辺りがいつの時代も、大きな課題となって行くに違いない。

投稿者 keisuke : まんが | 01:33 | コメント (1) | トラックバック (0)

2006年2月12日

オリンピック

 トリノオリンピックが始まり、既に多くの競技が終わっている。メダルが期待されていた(のかどうか詳しくは知らないが)日本の選手の多くが、惨敗している。
 ハーフパイプなどは話題になって知っている名前の選手は決勝にも残れず、それ以外の選手ががんばった。ジャンプの原田は、失格したり、モーグルの里谷もまったく精彩を欠いていた。

 オリンピックは参加することに意義があるという言葉を聞いたのは子供の頃のことだ。確かにそういう国もあるだろう。雪も降らない国から多くが参加している。
 しかしオリンピックに限らず、競争ごとというのは、買ってナンボなのであり、メダルを取れて始めて意味をなすのだ。なぜかと言えば、ほとんどの選手がメダルを手にすることができないから、だからこそ貴重であり、意味がある。参加することにももちろん意味はあるだろうが、意義はそこで表彰台に登ることだ。
 全ての選手は、それが叶わなかったときに悔しがっていいと思う。

 日本の選手がメダルを取れない理由は、日本選手の技量が低いというより、メダルを取る選手の技量が図抜けている感じがする。女子のハーフパイプなどを見ていると、上位3選手の高さはちょっと違う。
 これはジャンプの距離などとは別の世界があるような気がする。

 何でもそうだが、1番がいればビリもいる。その中で1番を目指そうとすることができる能力を持っていたり環境にあることは、素晴らしいことだ。普通の人が望んでも得られないことだからだ。
 その高尚なレベルでの戦いでも、その違いを見ると、「なんだあ」というような感想が漏れる。見る側というのはお気楽なものだ。そう思いながら、今日もテレビを点けている。

投稿者 keisuke : スポーツ | 01:32 | コメント (1) | トラックバック (0)

2006年2月 7日

MovableType

 前にも書いたが、最近このブログを書くときには、やむを得ずIE,つまりInternet Explorerを使っている。
 もちろんNetscapeがそんなにいいわけではない。最近のシステムはIE偏重で、ネスケで動かないものが時折あるから、そういう点ではなぜいつまでもネスケを使っているのか?と言うことになる。
 だがそれでも、何となく使いやすいから、でもいいではないかと思う。IEでできないこともたくさんあるので。

 ところがMovableType、ネスケではうまく表示されないので、仕方がない。まあ、IEを使っているからと言うわけでもないのだが、登録するときにちょっと変わったことをしようとすると、時折エラーを起こす。
 しかもそれが致命的だ。
 一生懸命書いたものを登録しようとしてエラーが起きたので戻ると、記事が消えている。最早同じものを書く気力はない。瞬間的には相当な喪失感だ。

 このところ数回それをやっていて情けない。
 これはIEを使っているからではなく、MTのヴァージョンを上げたことにこそ原因があるのかも知れないが、まあ、八つ当たりだ。

投稿者 keisuke : インターネット・PC | 01:22 | コメント (0)

2006年2月 5日

パソコン

 パソコンを買った。買ったと言っても、まだ手元に届いてはいないが。
 ネット上で買いやすいので以前と同じデルを選んだ。考えてみると今のパソコンは5年くらい使っている。よく保った。いや、壊れたわけではない。だが、アプリケーションなどがどんどん肥大化し、重くなる。複数のソフトを立ち上げて作業することが多いので、さすがに効率が悪くなってきた。仕事に使っている部分も多いので、唐突に決断した。
 
 ホームページへ行って、最近CPUなどに無頓着になっていたため、何がいいのかよく分からなくなっていた。クロック数が高いのがいいに決まっているが、そこはそれ、予算との兼ね合いがある。
 全てがそうだ。メモリも多いに越したことはないし、ハードディスクも大きい方がいい、グラフィックボードもいいのを付けたい・・・・あっという間に40万近くになるわけだが、5万円もパソコンでさえ、かなりよく動く時代に、40万円はないだろうと思うし、考えてみると、10万円出せば、現在使っているものより数段良い物が買えるのだ。

 結果的に、CPUはPentiumDualプロセッサ830Mhz、メモリ2GB、ハードディスク250GBを基本に構成したところ、20万円ちょっとになった。なぜかデルは、クレジットにすると大幅な割引が使えるので、それを使って、18万円くらいにした。分割合計は元の価格とほとんど変わらないので、値頃感はいい。しかも均等払いにしたので、月の支払が非常に楽だ。
 そこそこいいマシンが買えたと思っている。
 現在は CPUがPentium4 2.4Ghz、メモリ512MB、ハードディスク80GBで、一応それでも仕事も趣味もどうにかはなっているので(但し相当に砂時計が頻出する)、これからしばらくは、さくさくと作業ができるに違いない。

 全くもって日進月歩はありがたいことだが、それに応じてお金がかかるのが今の世の中だ。中でも通信費の伸びは著しい。まあ、原因は2つで、インターネットと携帯だ。
 昔は電話もこんなにかからなくて、などと言いながら、きっと電話が普及しだした頃には、同じような台詞を口にしていた人も少なかったに違いない。

 世の中が便利になればなるほどそういう変化は著しいわけだ。

 だが、同じ機能でもっとコンパクトに、と思うのだが、それならノートを買えばいいと言うわけにも行かない。やはりノートはノートなりなのだ。価格も高いし、拡張性は低い。自分が使う用途としてはまだまだデスクトップの方がフィットする。
 だがそれでも、遠くない将来、家庭用やオフィス用には、デスクトップパソコンというのは無くなっていく運命にあるだろう。あらゆる機能がもっとコンパクトになり、しかも高機能になって行くに違いない。
 プリンタなど、一部物理的にこれ以上小さくできないという限界がある機器がある。それ以外は小さくなるだろう。尤も、いつまでプリンタ自体が必要になるのか解らないが。


投稿者 keisuke : インターネット・PC | 00:05 | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月 3日

豆まき

 テレビで、豆まきが日本全国一緒でないことを知った。
 北日本では落花生を撒くらしい。ピーナッツではなく、殻付きと言うことだ。合理的ではある。
 辞典で調べても、「炒り豆」というような表現があるから、主流は大豆に違いない。

 まあこういうことは、時代が下がり、どんどん地方と都会、東西南北の交流が進めば、自ずと混ざり合い、何となく全国同じようなことを行う用になるのだろう。太巻きの寿司を食うなんていうのは、誰が始めたかは知らないが、元々関西の風習だが、そんな風習を、寿司屋が黙って見過ごすはずもない。

 バレンタインデーが菓子屋の策謀なら、丸かぶりは寿司屋の策謀に違いない。とはいえ、節分の豆まきが、豆屋の企てとは到底思えない。
 つまりは世知辛く、資本主義社会が生み出したものは、商業的意味を持つ伝統と言うことなのかも知れない。あたかも、それが風習や、ありがたいもののように、そのうち感じられてくるのだ。

 人間て面白い。
 

投稿者 keisuke : 社会的 | 02:51 | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月 1日

2月

 2月がなぜ28日までしかないのかをネットで調べた。インターネットというのはとても便利だ。
 暦にはユリウス歴とか、グレゴリオ暦とか、それを制定した人の名前が付いているが、ユリウスは、かの有名なジュリアス・シーザーに他ならない。

 かつては、1年の始まりが3月で、終わりが2月だった。3月から始めて奇数の月は31日、偶数の月は30日とすると、31×6+30×6で366日になる。1日多いわけだ。そこで、彼は最後の月から1日引いて、2月を29日としたのだという。
 その後、皇帝アウグストゥスは、自分が生まれた8月を、本来は30日なのに、見栄を張って、31日にした。奇数月が31日だったのを8月を31日にしたため、その後を交互に30日と31日が来るようにしたら、また1日増えてしまった。そこで再び2月から1日減らした、ということらしい。
 かれこれ2千年近くも前のローマ皇帝に由来した暦は、いまだに変わっていない。

http://koyomi.vis.ne.jp/directjp.cgi?http://koyomi.vis.ne.jp/reki_doc/doc_0310.htm

ここが詳しい。

 人間というのは権力を持つとそれを誇示したがるものなのだ。

投稿者 keisuke : 歴史 | 03:05 | コメント (0) | トラックバック (0)