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2005年9月14日

外来種

 最近、サソリやらピラニアやら、外来の動物や昆虫などが沢山輸入されて、ペットなどで飼われたりした後、捨てられて、日本固有種を駆逐したり、生態系や人の生活にまで影響を多く及ぼし始めている。

 犬や猫でも嫌いな人はいるが、サソリや、かみつき亀、蜘蛛、蛇など、どちらかと言えば、好きではない人の方が多いのが特徴だが、人とは違うというスタンスを、多くの人が取りたがるのは、何もペットだけのことではない。
 人と違うという表現が、どちらかというと褒め言葉のように感じてしまう人は多く、私などは、そう思う人の方が多いのではないかとさえ感じる。だとすれば、そこで既に、人とは違うということを尊しとする多数派が形成されるわけで、それは最早人と同じ感性と言うことになる。

 それらの生き物が自分で逃げ出したのか、置き忘れたのか、あるいは故意に捨てたのかというのは、大きな違いではあるが、「管理はきちんとしろ」「責任を持て」というのは、たとえそれが犬や猫であっても同じ事だ。
 ペットが家族と同じというのであれば、その行動に責任を持つのは、家族としてある程度の責務だ。しかもそのペットに人間ほどの明確で明晰な意志がないということであれば尚更だ。

 変えなくなったら、それを買ったところに行けば、案外簡単に引き取ってくれるのではないだろうか?もちろん物によると思うが。
 アライグマやら、一見かわいらしく見える動物ですら、結果的に駆除しなくてはいけなくなるのが、今の社会だ。テレビで猿を観て「可愛い」と思うのは簡単だが、年中部屋に侵入したり、いたずらをされているような近所の人にとっては憎らしい限りになるわけだ。

 ゴミのポイ捨てが、ひいては町の美観を壊していくように、たった一つの破綻は、堤を壊すこともあるわけだ。自らの行為が、実は蟻の一穴であることを、誰もが感じる世の中にならないといけないのかも知れない。

投稿者 keisuke : 2005年9月14日 23:36

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