メソポタミア、エジプト、黄河、インダスという世界の4大文明は歴史の最初で習った。「ナイルの賜」とか、チグリス・ユーフラテスとか、懐かしい気がする。
 しかしそれらの、年中洪水を起こすような川の畔で、どうして人類の最も古い文明が起こったのだろうか?
 川があって農耕に適している地域は他にもたくさんあるだろうし、実際人が住むに適していて、気候がそこそこで、等といういくつかの条件を加えていっても、世界中に候補はまだたくさんあるだろう。
 変な話、人の大きさと地球の大きさを考えれば、日本の中で、濃尾平野だって、信濃だって、起こる可能性があったかも知れない。尤も、日本はよっぽど昔でなければ、大陸と海で隔てられていたから、人的交流という点では他の地域より少なかったろうし、外敵も少なかっただろう。
 私は、農耕とか川とかよりも、外敵などによる緊張感が、一番大きな理由のような気がしている。民族的な集団が、より大きな規模でぶつかりながら、頼りも生き残るという、サバイバルな条件が、文明を起こす最も大きな原動力で、農耕ができたなどというのは二の次のような気がして仕方がない。
 現代に及ぶ5千年の文明の中で、人類が発展してきたのは争いと、多をけ落とすための、涙ぐましいほどのエゴイスティックな努力こそが、最大の理由だ。
 
 よく戦争が文明を発達させてきたと言われる。これは事実だが、それ以上に、戦争でなくても人は、競うというレベルから殺し合うというレベルへの切れ目のない諍いの歴史を通じて発展してきたのだ。ことさらな平和は文明を停滞させてきているように思える。と同時に、過度な争いもまた文明の発達を阻害する。
 メソポタミアの地は紀元前3千年以上前に文明を築きながら、現代では紛争のるつぼとなっている。単純に宗教が問題なら、ヨーロッパだって暗黒時代を通ってきている。もちろん、キリスト教徒ユダヤ教、イスラム教という微妙に共通する素地を持った宗教は、あの地域に西洋のような合理的な文明を発達させるための「割り切り」のようなものが生み出される余地がなかったと言えばそれまでだ。
 だが、ふと見ると4大文明が生まれた四つの地域は、現代では文明の近代化では遅かった地域ばかりだ。これは何か意味があるのだろうか?伝統が文明化を邪魔する等という短絡的な表現は多分意味を持たないが、でも、そういった何かが有るような気が、私は少しだけしている。
 革新とかエポックメイクとかは、言ってみれば伝統の打破と表裏一体で、それが必ずしもいい物を生み出すという保障はないし、人類の歴史をそれで括るのは必ずしも正しい見方ではないのかも知れないが、古くて昔から連綿と続く何かにしがみつくというのは、一面、新規なものを否定していくということで、それは長い歴史をたどってみると、結果的に時代の中で取り残されることになる。
 日本が経済大国になった道をブラジル、ロシア、インド、中国等が追いかけてきて、追い抜いていくのもそう遠くないらしい。短期でもそうなのだ、文明も長い歴史の中では移ろいゆくのだろう。オリエントの神話の本を読みながら、ふと思った。

4大文明” への1件のフィードバック

  1. (4大文明について調べていたら、たまたまたどり着きました・・・。)
     興味深いコメントを読ませていただきました。
     農耕と大河は重要なポイントであったと考えられます。
     まず農耕ですが、現在のようにカレンダーが発達していない時代、繁栄するためには「正確に一年を決めることができる」技術は不可欠で、そのために文明が発達したと考えられます。その場合、緯度も重要な要因となります。赤道付近過ぎると大きな四季の変化がなく、厳密な一年の把握は必要ありませんし、高緯度の場合、農耕自体が厳しかったでしょう。
     大河ですが、洪水によって農地の区画を引きなおす必要があり、幾何学の発達につながります。
     カンタンですが、外敵などの緊張感だけでなく、農耕(緯度)、大河も大きな要因であると考えられます。

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