「誤解を与える発言」という政治家の言い回し

 世間では稲田朋美が、自衛隊や防衛大臣として投票をお願いみたいなことを言って、様々なところから批判を受けている。
 そして数時間後に、特に謝罪もなく
「その中で誤解を招きかねない発言があったことに関しまして、その誤解を招きかねない発言に関して、撤回をいたしたいと、そのように思っております。」と、発言を撤回した。
 発言の内容については、他の人がたくさん言っているし、「なんとまあ」と思うわけだが、今日の論点はそこではない。

 こういった発言は稲田朋美ではなくとも、多くの閣僚、議員、有名人が時々している。謂わば、言わでもの事を言って、追い込まれ、後で撤回したり謝罪したりする。
 その時ほとんどの議員が言うのがこの「誤解を与える発言」という、人をバカにしたような表現だ。

 誰も誤解していないし、それを口にしたときの、あなたの考えがよく解っただけだから、といつでも思う。
 人間なので、言い間違えや、意図しない言い回しになることもあると思うが、その多くが、日常的に思っていることが口に出た結果、社会から糾弾されたり、ツッコまれたりと言うことで、その言い訳として誤解を与えるという、相手が間違った解釈をする可能性に言及することで、自分が言ったことをなかったことにしようとする。
 
 こんな事は実は日常的に家族や友人間でもあることだし、結構な確率で人間はこれらの議員と同じ行動を取る。
「そういう意味じゃなかった・・・・」
 まあ、多くの場合そういう意味だ。だが言ってはいけない言葉なのだ。素直に謝ればいい。

 ところが政治に携わる人たちはそうはいかない。

 先日の「東北地方だったからまだ良かった」みたいな発言も趣旨は、「東京だったらより甚大な被害があった」という規模だけのことを言おうとしたという解釈もできるが、それはそう言わなくてはいけない。

 今回の自衛隊の件でも、この人のこれまでの、教育勅語についてや様々な意見を聞いていれば、少なからず歴史修正主義に傾いた思想と、明らかに自衛隊を国軍と認識しながら、自らがその頂点に立って意気揚々としているように見えてしまう。だからこういう発言が出ても仕方ないよな、と思う人が多いし、こういう人に防衛大臣を任せていていいのか?と思う人がとても多いと思う。そもそも撤回の仕方も、印象としては、嫌々している感は否めない。

 こういったことは「誤解を与える発言」といういい方で、自らの発言を否定し、あるいは謝罪したとしても、それで解決することなのだろうか?
 あるいは解決する場合もあろう。だがテレビを観ていたりして、多くの発言は「誤解」とは無縁だ。誤解ではなくただの「誤った発言」であり、「訂正」すればそれがなかったことになるわけではない。それをこれで解決させようとするのは、間違った発言を誤解という表現で塗り固めようとする、文脈を無視した国語力の無さに感じられる。
 ケースバイケース、その時の発言にあった修正の仕方や謝罪の仕方、認識の過誤や思想的な過ちを認めないのは、政治家に許された特権のようである。

 ぼくなどは、そもそも稲田朋美は、普通に自分が思っていることを言ったので潔いと思うし、そのまま政治の世界から消えて頂いても結構なのだが、むしろその撤回とその言葉のチョイスにこそ卑怯と許しがたさを感じるのだ。
 あなたの言葉は誤解を与えるのではなく、あなたという人間の考え方をよく知らしめてくれる貴重な言葉なので、だとすれば、同じことを言ったのが他党の別の人だったときに、どのような批判をその人に対してするだろうかを想像し、その通りに行動しましょう、というだけだ。

 そろそろこの「誤解を与えるような表現」という言い訳を、政治家に限っては使ってはいけないと決めてはどうだろう。

 まあ、そうしたら別の表現使うのだろうな・・・・。こんなんあったんか!みたいな。

 

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